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出雲盛衰記54
 出雲盛衰記
 五十四章



 復興軍側に一人も火魅子候補がいないと知った姫御子は去り、神の遣いは蛇蝎に攫われ、九峪の奸計によって戦力の要であった香蘭紅玉親子が離反した。

 張り子の虎以下に成り下がった川辺城。
 だが、それでもなお戦うことを止めようとしない人間が、二人いた。

 一人は今更火魅子候補としての生き方を止めることは出来ない星華。ここで引いてしまえば自分の全存在が否定される。それは、例え死んでも出来ないことだった。

 そして、もう一人は亜衣。

 自らが犯してきた過ち、その幕引きを曖昧にすることを、彼の軍師はよしとしなかった。
 もとより死するつもりで、戦に望む。
 そして、そうすることで新たな耶麻台国の礎になろうと意志を固めていた。

「……思えば随分と損な役回りになったものだな」
 憑き物が落ちた……、とでも言うのだろうか。亜衣の顔からは軍師としての鬼気迫る表情が消え失せ、今は落ち着き、満ち足りた表情をしている。

「姉様。やはり、意志は変わりませんか」
 衣緒は分かっていながらも、姉に聞かずにはいられなかった。

「私は耶麻台国のために今日まで戦ってきた。それを嘘にしたくない。例えその道が間違った道であっても、その思いだけは本当だろう?」
 己の思いに殉ずる。

 自暴自棄なわけでも、何かを諦めたわけでもない。

 亜衣は、今自分が出来る最も耶麻台国の為になる事が、自らの死であると理解しているのだ。

「では、私も……」
「駄目だ」
 亜衣は衣緒が残ることを許さなかった。

 既に、亜衣は部下達に再興軍に下りたいものは下れと通達している。
 もとより傍目には勝ち目に薄い戦。
 信じるべきものに揺らいでいた弱卒の兵達は、簡単に逃げ出すはずだ。

 残るとすれば、宗像神社の者達で、それも自らが行った罪を罪と認識しているものだけだろう。

「嫌です。姉様一人でなんて」
「お前は宗像の罪など背負う歳ではない。私が死ねばそれで終わる。まぁ、多少は足掻いてみせるが。大体、羽江をどうするつもりだ? あいつを一人にするわけにはいかないだろう。ただでさえ手のかかる奴だ」
「……」
 そう言われてしまえば、衣緒には返す言葉がない。

 衣緒も分かっている。姉を止めることは出来ないし、どうあっても自分は出て行かねばならぬ事を。

「……でも、悲しいです」
「私はこれまでの宗像の罪を贖うために逝く。お前はそれを背負って生きろ。どのみち、償えるものでもないだろうが、どちらが辛いと言うことでもあるまい」
「姉様……」
「まったく、腕っ節だけは強くなっても衣緒はいつまで経っても弱いままだな」
 それでは困る、と亜衣。

 衣緒は目に浮かべた涙を拭うと、深々と頭を下げて、そして踵を返した。

「息災でな」
 去り際に聞こえた、ぶっきらぼうな姉の一言。

 溢れ出した涙を振り切るように、衣緒はその場から走り去った。



「さて……」
 亜衣の瞳に冷たさが戻る。

「話はすんだか」
「ええ」
 隣の部屋から姿を現したのは九峪。亜衣の前に腰を下ろすとため息を吐く。

「で、気は変わらないんだな?」
「愚問です」
 にべもない亜衣。九峪は大きなため息を吐いて頷いた。

「分かった。では、お前には死んで貰おう。出来れば一人たりとも死人は出したくなかったが、仕方がない」
「犠牲無しでは収まりがつかないでしょう。私の死一つで耶麻台国が復興するというのですから安いものです」
「今更言っても無駄だろうが、あまり自分をないがしろにするものじゃないぞ。他人の為の犠牲など馬鹿らしい」
「それが私の生き方ですので」

「分かった。だが、死ぬというなら有象無象に討ち取らせるワケにもいかん。意味ある死で無ければ死ぬ意味も無くなる。犬死にはごめんだろう?」
「?」
 首を傾げる亜衣。九峪の意図するところがまったく読めていなかったのだろう。

「望楼まで付き合え。お前を殺すべき権利を持ってる奴が、そこで待ってる」
 九峪は立ち上がるとそう言って部屋を出た。

 亜衣は後に続きながら、九峪の言葉を反芻する。

 ――殺すべき権利。

 それは誰もが一様に持っているといえる。
 少なくとも九洲の民であれば、耶麻台国の仇として、亜衣の命を奪う権利はあると考えていた。

 だが、九峪の示しているものは、おそらく違う。

 それは亜衣にも察せられたが、それが誰であるか全く思い浮かばなかった。



 川辺城の最も高い場所。
 街を一望出来るその場所で、赤い髪の女は目を閉じて二人が来るのを待っていた。

 気配を察し、瞼を開ける。

 亜衣は、自嘲的に笑った。
 それは九峪に対する幾ばくかの歓心と、自分がこの事実に思い当たらなかった不明さから出たものだった。

 ――確かに、私を殺す権利を有する、最上級の相手だ。

 亜衣は納得し、じっと魅土を見つめた。


 かつて、自らの言葉が引き金となって滅んだ一族。そして、その滅びは――

「いつか、いつかこういう日が来ると思っていた。いや、この日が来るのを望んでいた」
 亜衣の言葉を、魅土は黙って聞いている。

「――龍神族の滅びは、完全な無駄でしかなかった」

 あまりといえばあまりな言葉。だが、魅土は激昂しなかった。

「……正直な所、私はお前が思っているほど、お前を恨んではいない。十数年前、いくら優秀だったからと言って、十かそこらの子供の戯言を実行したのは大人達だ」
「だから私に罪はない……か? くっく、わざわざ私をいい人だと思わなくてもいいぞ。龍神族を狗根国に売り渡したのは、間違いなく私一個人だ。すでに死んだ奴らに責任を転嫁することはない」
「そうか――」
 魅土は剣を引き抜き、その刃先を亜衣へと突き付ける。

「ならば、遠慮はいらないな。同胞の仇、討たせて貰う」
 亜衣は黙って目を瞑った。

 自分がこれまで行ってきた事。
 その大半に間違いは無かったと確信している。

 少なくとも、亜衣が耶麻台国の為に出来る最善を尽くしたのは確かだ。
 それ以上の道は無かった。
 あったとしても、それはその時の亜衣の状況では実現出来なかった。

 悔いなど無い。
 振り返れば他の術があった可能性を考えることは出来たが、それはやはり結果が分かってしまったから言えること。
 現在進行形で他の選択肢など用意されなかったのは、亜衣自身がよく知っている。

 ならば、そこに悔いるべき事など何一つ無い。
 裁かれるべき立場になってしまったとしても、それは状況がそうなってしまったからで、恥ずべき事など何一つ無いのだ。

 そう、思いつつも……

 たった一つだけ後悔するべき事があるとすれば、それはどう考えても考えが足りなかった、一つの選択だけ。

 今、自分の命を絶とうとしている、この女の一族を滅ぼした選択。

 ――無駄だった。

 そう言った。
 そう、思えてしまった。

 或いは、今までの人生そのものが、その過ちを覆い隠そうとする精神から生まれたものではなかったか?

 亜衣はその先の思考を止めた。

 何を思っても、何を考えても、どのみちもう終わり。

 ならば、何を考えても全ては同じ。

 もう、選択肢を選ぶ必要は――



 魅土の剣が亜衣の首筋に向かって横薙ぎにされる。
 終焉への刹那、思考を止めた亜衣の瞳が見開かれ、不意に部屋の入り口に湧いた気配に振り返る。

 そこに立つ、自分が本当に謝るべき存在。
 生まれたときから、ずっと騙し続けてきた存在。
 道具として扱い、そして報われることなく、終わってしまうだろう存在。

 驚いた顔をしている。
 だが、刃はもう止まらない。
 切り落とすつもりで放たれた剣は、瞬きする間も無く、自分の首を刎ねるだろう。

 死に際。
 その想いを読み取ってか、
 男は確かに亜衣に聞いた。

「言い遺すことは、何かあるか?」
 それはいかなる奇跡か。それとも既に死した故に見た幻想か。
 まるで時が止まったような空間で、亜衣は確かにその声を聞き、そして答えた。

「星華を、頼みます」

 育て方が悪かったのか、それともそうし向けた自分の責任か、色々と難しいところはある。
 だが、それでも星華は身内であり、失いたくないと、思えてしまう存在だった。

「……そして、ごめんなさいと」

 生まれて初めて、亜衣は心の底から詫びるという事を知り、そして同時に――死んだ。



「――、」

 首が落ち、あふれ出た血で部屋が染まる。

 身体が崩れ落ち、ものに成り下がったそれに、星華はゆっくりと近づく。

 当惑していた。

 状況が分からず、理解を拒みながらも、目の前の出来事から目をそらすことも出来ずに。


 魅土は剣を納めると、血溜まりに座り込んで亜衣の首を見つめている星華を一瞥し、そして九峪へと視線を送った。

「区切りがついた。感謝する、九峪」
 どこか安堵でもしたかのような声。九峪は軽く頷くに留めた。

 魅土は何処か不満そうな九峪に苦笑を返し、窓から身を躍らせると、下で待っていたまーくんに飛び乗り、そのまま何処かへ飛び去っていった。


 星華は、それを視界の端に捕らえながらも、どうしていいのか分からずただ、亜衣の首を見ていた。

 騙されたと知ったときは、殺してやろうと思った。
 心の底から憎くて、悔しくて、悲しくて。

 でも、それでも何処かで期待していた。
 亜衣なら、私を見捨てはしないと。
 それは、他人から見れば血の通っているかも分からない亜衣でも、確かに人間であると知り、そして愛情を受けていたと知っていたから。

 火魅子候補でなくても、家族であることは確かだから。
 だから、最期まで付き合ってくれるのだと、一方的に思いこんでいた。

 ――だっていうのに、何? これは。

 死なれてしまったら、悪態もつけない。
 自分一人では、この先どうしたらいいのかも分からない。

「亜衣ぃ」
 巫女服に染み込む暖かな血の感触と、濃厚な鉄の臭いは、否定を決め込む星華の頭にも、否応なく現実を認めさせていく。
 名を呼ぶ声は情けなく震え。そして瞳からは止めどもなく涙が溢れる。

 分かっていた結末だ。
 嫌々ながらも、想像もしていた。
 だから、泣くほどの事でも無いはずなのに。

 涙は溢れ続ける。


 ――止めどもなく、いつまでも。













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【2006/06/24 19:53】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
出雲盛衰記53
 出雲盛衰記
 五十三章



 くぐもった笑いを零す女。
 年の頃は二十半ばほどに見える。取り立てて美しいという容姿ではないが、長い黒髪と凹凸のはっきりとしている身体は、殊に男を魅了するには十分な魅力がある。

 誰が知ろう。この女が弱い三百を超える人外であることを。

「え? えぇ? ちょ、九峪様今なんて口走りました? 誰が、蛇蝎ですって!?」
 あわてふためく柚子妃。蛇蝎は楽しげにそれを眺めている。

「だから、この女は蛇蝎だって。普段はあんな骨と皮だけで出来た化け物面してるが、おめかしするとああなるんだ。恐ろしいことに」
「おめかしって、そう言う次元じゃありませんよ。骨格からして別人じゃないですか!」
「落ち着け柚子妃。見た目なんて些細な問題だ」
「些細って一言で片づけていい次元の問題じゃ……」
 頭を抑えて唸り出す柚子妃。

 九峪は極力そちらの方は無視して蛇蝎を見ていた。

「閑谷は本国にいると言っていたが、何してんだこんなところで」
「カッカッカ、少し骨休みにのう。神の遣いなどと言うものを見物に来ていたのだが、存外面白い男で長居してしまったわ」
「そりゃご愁傷様だな、神の遣い。ずっとお前の相手かよ。考えただけで吐き気が……」
 九峪は本気で口元を抑えてこみ上げるものを堪えている。

「あの~、つかぬ事を伺いますが……」
 混乱から若干立ち直った柚子妃がおずおずと口を挟む。
「もしかして九峪様、蛇蝎と……」
「言うな! それ以上言ったら殺す!」
 九峪は珍しく声を荒げる。柚子妃は驚いて黙り込んだ後、やっぱり、と小さく呟いていた。

「カカ、九峪との逢瀬は儂の中でも色褪せぬ思い出じゃ」
 蛇蝎はうっとりと頬を赤らめる。
「……まぁ、いるのはいいさ。別にな。だが、お前の手など借りんぞ」
「つれないのう。別に一晩身体を貸してくれればそれでなんでもしてやると言うに……」
「それが嫌だと言ってるんだよクソ骸骨」
「ふむ。ではここで怨敵として討ち果たそうか? 他の俗物共と違い、儂ならばお主のことを完璧に屠り去ることも出来るのだがな」
 蛇蝎はそう言って、殺意をちらつかせる。

「ちっ」
 舌打ちして視線を逸らすと、その隙に蛇蝎はするりと九峪の前まで移動する。

「ふむ。数年ぶりだが変わりないようじゃの」
「お前の方も相変わらずだ」
「で、儂に頼み事があるのでは無いのか?」
 蛇蝎の見透かしたような視線。勝手口からは虎桃と真姉胡が顔を覗かせていた。

「さすが蛇蝎の子供達……ってか。どこから入り込んだのやら。俺が蛇蝎の事を口走ったのも報告済みと言うワケか」
 呆れつつ、諦めつつ九峪は肩を落とす。
「当然じゃな。で、お主は当然彩花紫を擁護し、それを儂にも手伝って欲しいと言うことで良いのか?」
「見返りはやりたくないもんだがな。お前の相手は疲れる」
「カカカ、そのように邪険にせずとも良いものを。誰がお主の筆降ろしをしてやったのかよもや忘れたのか?」
 それは九峪を黙らす最も効果的な言葉。

「え゛。く、九峪様の初めての相手って……」
「柚子妃。頼むから黙っておいてくれ……」
 半泣きになっている九峪。反面蛇蝎は楽しくて仕方がないという表情だ。

「……では、儂は一度本国に帰りあのうつけものの後釜でも探すことにしようか。狗根国の重鎮でありながら己が愉悦のために敵国と通じるなどもってのほか。大王がそれを擁護するなら丁度良い。それごと根こそぎにしてくれよう」
 軽く言ってのける蛇蝎。
「何もそこまで頼んで無いんだが」
「お主もどうせならば己が娘が支配者になった方が安心であろう。何、儂への借りが一晩と言わず一月になる程度の事じゃ」
「殺す気か……」
「死なぬくせに。まぁよい。取り立ては後日行おう。お主は確か帖佐の部下であったな。帖佐にもそのように伝えておけ」
「は、はっ!」
 柚子妃は当惑顔だったが、軍人としての習性に従って返事をする。それから、ふと疑問に思って視線を九峪へと送った。

「ですが、このままで行けば排斥が本国で決定されようとも、増援軍は彼のものの手の内にあり、そうなれば九洲侵攻は免れませんが?」
「それでよい。たかが二万やそこら、軽いものよ。のう、九峪」
「まぁ、別に俺が戦うワケでもないけどな。俺の仕事も後一つ。まぁ、考えようによっちゃ、三つか四つだが」
 九峪は先の事を考えて頭を抑えて唸る。

「まぁ、お主は気ままに生きすぎだ。少しは世のために働くがいい。では、儂も最後に神の遣いに挨拶でもしていかねばな」
「ああ、それなら俺も付き合う。一度会っておかにゃならんだろうし」
「では参ろうか」
 蛇蝎は楽しげに呟いて九峪の腕に自分の腕を絡ませた。



 神の遣いの寝所。
 薄暗く、甘ったるい香の焚かれた部屋。
 唐突に現れた自分の愛妾と、見ず知らずの男。
「神の遣い様。お暇を貰うことになりました。唐突な別れですが」
「え、あ、ええ!」
 にこりと笑う蛇蝎の横顔を見て、寒気を催す九峪。

「そ、その男は……」
「ああ、こちらは以前話していた生き別れた亭主です。折良く見つかりましたので、これから田舎にでも引っ込もうかと」
「あ、うん、だけど……」
 蛇蝎の台詞に九峪は一人で吹いていたが、そんなものは無視して話は続いていく。

「寂しく、なるな」
「あら、神の遣い様には他にもいい子が沢山下りますでしょう。こんな年増をいつまでも相手する必要はございませんわ」
 確かに年増だな、と相づつ九峪。

「だが、お前といると一番安心する……」
 ぽつりと呟いた言葉に、九峪は神の遣いの正気を疑う。蛇蝎と一緒にいて安心するなど精神が既に崩壊しているとしか思えない。

「あら、嬉しいですね。でも、私この人の事を愛していますから」
 その時の蛇蝎の幸せそうな笑顔。
 それを見て、神の遣いは釣られたように笑みを零す。

 それは、それだけで人を納得させられるような、そんないい笑顔だった。

 だから、神の遣いはそれ以上引き留めることもせず、黙って頷いた。

「ありがとうございます」
 一方九峪は完璧に猫を被っている蛇蝎の擬態能力に人知れずガタガタと震えていた。



 部屋を出ようとする蛇蝎。その背後に、神の遣いからの餞別。

「幸せになれよ」
 不意打ちとも言える、その言葉に蛇蝎は涙目で頷いた。

 そして顔を背けると同時に九峪に邪悪な笑みを浮かべて見せている。

 ――誰かコイツを殺せ。頼むから殺してくれないと、世のためにならん。

 本気で考える九峪だが、水を差すような場面でもない。こんな空気では神の遣いに確認したいが質問が出来ないなと困っていると、全ての空気を自分色に塗り替える、最終兵器が部屋に乗り込んできた。


「あ、いたいた九峪君。探しちゃいましたよ」
 空気を全く読もうともしない姫御子の登場。

「なんだ、姫御子……ってお前等なににらみ合ってるんだ?」
 部屋に顔を出した姫御子は、その場で目をあわせた蛇蝎と、いきなり刺殺戦をはじめる。

「カカカ、これはこれは、落ちぶれ天空人殿では無いか。二百年ぶりかのう」
「蛇蝎……。まだ生きてたのね。何よその格好。因果を弁えず乾涸らびてまで生きてる分際で、みっともなく着飾ったりして」
 冷笑を讃えた蛇蝎と、不満丸出しの姫御子。

「ああ、まぁ、なんだ。知り合いか?」
「古い馴染みじゃ」
「昔少し」
「うん、分かった。じゃあ、積もる話を向こうでしてろ」
 言うが早いか九峪は二人を外に蹴り出した。

 ピシャリと扉を閉めると神の遣いに向き直る。
 神の遣いは、突然豹変した蛇蝎に戸惑っていたが、密室にむさいおっさんと二人っきりという状況に不安になったのか、縮こまってしまう。
「そう硬くなるな。なぁ、神の遣い。お前、この世界の人間じゃないんだってな」
 九峪の言葉に、神の遣いは首を傾げる。

「え、ええ。でも、なんでそんなこと……」
「じゃあ、どの時代に生きていた? 昭和? 平成? それともその後か?」
 九峪の質問に、神の遣いは目を見開く。

「な、なんでそんなこと」
 九峪が黙って見つめると、神の遣いは気圧されて答えを口にする。
「生まれは昭和だけど。貴方ももしかして」
「俺も昭和生まれだ。やれやれ、やっぱり同じような時代から飛ばされてたわけか。まぁ姫御子の話を信じるなら、他の次元からではあり得ないんだろうが」

「えっと、それは……」
「だが、俺とお前は明確に違うとも言える。まぁ姫御子の話を信じればと言うことにもなるが」
「?」
「お前は元々この世界の人間だ」
「え?」
 当惑する神の遣い。

 そこに、姫御子が再び現れる。

「等価交換の原則……、と言うところかしら。九峪君をこの世界に召喚し、二つの世界の間で互換をなくすには、こちらの世界からも向こうの世界に送り込まなければならなかった。混乱が少なくなるように、乳飲み子を選んで。まぁ、時軸の固定とか、多層次元領域の安定性とか考慮すると、それも少しばかり時間をずらさなくてはならなくてね。単純な入れ替えというわけではないのだけれど。でも、どのみち本来の目的である空間の安定性を保つという目的の為には、お互いを元の世界に戻さなくてはならない。だから、君は二年早く九峪君の世界に送り込まれ、少しだけ早く戻ってきた。理解しろとは言わないけれど、だから貴方はこれからもこの世界で生きていかなければならない」

 その言葉に、神の遣いの顔が凍り付く。

 ずっと現実を逃避していれば、いずれ回りが勝手に元の世界に帰れるだけのお膳立てをしてくれる。

 天魔鏡は、少年にそう約束していた。

 だが、その約束は果たされない。

 その事実が、姫御子の口から、宣告された。

「う、嘘だ! だって、あいつは、キョウは帰れるって言った! 元の世界に! だってそうだろ? 俺は向こうの世界で生きてきた。十七年、ずっとだ! なのに、なのに今更こっちの世界の人間だなんてワケわかんないよ。だから生きていけだって? 冗談じゃない。出来るわけ無いだろ。そんな、そんな事……」
 姫御子はちらりと九峪を見る。

「俺は、生き延びたぞ? 十五年間この世界を」
「それは、あんたが特殊だったからじゃ無いのか? 俺は、ただの高校生で、なんの取り柄も無くて……」
「まぁ、好きにすればいい。だが、復興軍は今日中には解体される。その時お前は神の遣いですら無くなる。女の身体に逃げられたのも、今日までだ。死にたくなければ足掻くんだな」
 九峪は気弱そうな男に、無慈悲に告げる。

「……無理、だよ。そんなこと……」
「無理、でも無いかも」
 姫御子が唐突にそんなことを言い出す。

「なんだよ。言っておくが天目がコイツ見たら、その瞬間に神の遣いなんて特権剥奪するぞ? まさかお前が騙って神の遣いに仕立て上げるんじゃないだろうな?」
「ううん。そんな必要もないし。だってこの子、本当は狗根国の王族だもの」
「は?」
 九峪の目が点になる。

「うん、だからね。出生の記録とかはあるだろうから、後は身の証になるものさえ持ってれば、狗根国で王族として贅沢三昧し放題だよ」
「……なぬ?」
「と、すれば神の遣い殿は彼の王子か。妾腹ゆえ、神隠しに会うた時もそれほど騒ぎにもならなんだが」
 いつの間にか戻ってきた蛇蝎がそんな事を言う。

「ふむ、偶然の一致かと思うて気にしてはおらなんだが、とすればその名も本物というワケか」
「……どういう事だよ」
 戸惑う神の遣い。

「確か、そんな事も考えて、君には狗根国縁のものを持たせておいたはずですね。手放せないように暗示をかけて。持ってるでしょう?」
 姫御子に言われ、神の遣いは制服の内ポケットから十センチほどの小さいながらも凝った装飾が施された短刀を取り出す。

「ほう。まさしく狗根国王家の子に渡される証」
「じゃ、本物って事か」
 九峪も物証まで出てくれば納得するしかない。

 だが状況の分かっていない神の遣いは混乱するだけだ。

 自分が神の遣いではなく、よりによって敵国の王子? ならば今は敵陣のど真ん中にいるのと同じなんじゃないのかと。だが、そもそもここに連れてきたのは天魔鏡。耶麻台国の神器。

 考えれば考えるほどワケが分からなかった。


 そんな混乱している神の遣いの襟首を、蛇蝎が掴み上げる。

「では、面倒事をもう一つやってやろうか。何、事のついでだ」
「そうしてもらえると助かります。今から一々狗根国に出向きたくもありませんし」
「ふむ」
「え、あの、ちょ……」
「仮にも王子だ。丁重におもてなしせねばな」
 そう言いつつも、まるで子猫でも抱えるように神の遣いをつまみ上げている蛇蝎。


「さて、では今度こそお暇しよう。九峪、また会うときまで健在でいろよ」
「お前はさっさとくたばれ骸骨」
「カカカ」
 蛇蝎は愉快に笑って部屋を出て行く。

 その後ろ姿に、九峪が最後に声をかけた。

「まだ、神の遣いの名を聞いていなかったな」

 同じ被害者として、少なからずの同情を籠めて九峪は聞いた。

「し、紫香楽です」

 大柄な割りに気弱な男は、哀愁の漂った声で呟いた。













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【2006/06/21 00:11】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出雲盛衰記52
 出雲盛衰記
 五十二章



 天魔鏡の置いてある神の遣いの間。
 そこでは外の状況など知らされず、ただ小心者の神の遣いが女の身体に溺れていた。
 否、彼も薄々ではあるが、城内にはびこる不穏な空気を感じ取っている。だからこそ、それから目を背けるために人の熱を求めるのだ。

「失礼します」
 聞きたくもない怜悧な声に、神の遣いは不機嫌そうな顔になる。神の遣いはこの復興軍の要とも言える軍師、亜衣が嫌いだった。
 一方では神の遣いを立てるような態度を取りながら、実際には何一つ期待せず、見下してすらいる。だが、それを見返してやろうという気概も浮かばない。切れ長の双眸に見つめられただけで、母親に叱られる子供のように射すくめられてしまうのが常だった。

「……なんだ、亜衣」
「お取り込み中申し訳ありません。天魔鏡をお貸し頂きたい」
 形だけ下げられた頭に、神の遣いは苛立った。持っていきたければ勝手にすればいい。どうせ自分に決定権など無いのだから。

「勝手にしろ」
 神の遣いはだから思った通りの事を口にした。
 同時に天魔鏡の鏡面が仄かに輝き、天魔鏡の精であるキョウが姿を見せた。

「……どうしたのさ、亜衣」
 キョウはどこか元気が無い。おそらくは既に分かっているのだろう。

「詳しい話は後で。では、失礼します」
 そう言って恭しく天魔鏡を手に取ると、退室していった。
 それを見送ってから、神の遣いは大仰にため息を吐く。

「――様。どうなされました?」
「ああ、いや、別に」
 まとわりついてくる女の身体を抱き寄せる。胸に顔を沈め、その柔らかい感触に脳の奥が痺れ、ざわついていた心が静まっていく。
 女はその頭を愛らしく撫でていた。



 亜衣と衣緒が評定の間に戻ると、何故か星華と姫御子しかいなかった。
 星華は部屋を出て行く前と変わらず沈んでおり、姫御子は鼻歌を歌いながら床机の上になにがしかの陣を造っている。
 それは緻密な式で描かれた陣が幾層にも重なった、複雑な層状の立体陣だ。

 方術師である亜衣はその陣を見て肌が泡立つのを感じた。態度の端々にどうにも隠せない間抜けさが漂う姫御子だったが、その陣を構成出来るだけで当人がただ者ではないことを再確認させられる。
「姫御子様。天魔鏡をお持ちしました」
「ありがとう、こっちに持ってきて」

 振り向きもせずに答える姫御子。亜衣はおそるおそる近づいて姫御子に天魔鏡を差し出す。
「よし、と」
 陣を完成させて嬉しそうに微笑むと、すぐさま亜衣から天魔鏡をひったくる。
 そしてまじまじとそれを見つめる。
「ん~。キョウちゃんは? 入ってないわね」
「キョウ様でしたらそちらに……」

 亜衣の視線を追いかければ、衣緒の陰に隠れて様子をうかがっているキョウの姿が……

 姫御子は笑顔で手招きする。キョウもいくら耶麻台国内で神器として偉い立場にあるとはいえ、姫御子はそもそも造物主。逆らえるわけもなく近づく。
「あ、あの~」
「久しぶりだね。キョウちゃん。ちゃんと生き残っててくれて嬉しいよ」
「うん。オイラもまた姫御子に敢えて、う、嬉しいよ」
 何故かどもるキョウ。

「そう? 嬉しいこと言ってくれるわね」
 笑顔のまま姫御子の腕が素早くキョウを捕らえる。
「でも、キョウちゃんもう少しなんとかならなかったかしら? 貴方には色々と知識を与えてるんだから、耶麻台国滅亡なんてするはずは無かったんだけどなぁ? ねぇ、どこか壊れた?」
「え、あの、それは……」
「まぁ、いいや。今から天魔鏡を解放するから、さっさと本体に戻って」
「う、うん」
 哀愁の籠もった背中を向けながら、鏡へと戻るキョウ。

 姫御子は準備万端と言うことで鏡を先ほど形成した陣の中に放り込む。

「さてと、私の可愛い子供はどこかなぁ~」
 まるで歯車のようになっている陣をくるくると回すと、全体が発光して天井に映像が浮かび上がる。

「おお、これは……」
 感嘆の声を上げる亜衣。姫御子の陣は、キョウが本来持つ火魅子の血を持つものの波長を探し出す機能を、数千倍に拡張したものだ。場所はおろか健康状態から実際の映像まで確認出来る。
「ん~と、この子か。取り敢えず一人目」
 雑然とした兵士の中で、せわしなく指揮を執っている女の姿が映っている。

「嘘……」
 星華が絶望的な声で呟いた。

「藤那様……?」
 衣緒も驚いている。

「あら、知り合い? まぁ、そう言うこともあるでしょうね。私の血を濃く継いでいるなら、耶麻台国の為に頑張るはずだし、復興軍か再興軍に加わっていないはずはないもの」
「……」
 沈黙する星華。その胸中には、どす黒い感情が渦巻いている。
 姫御子はそんな事には気づかずに、次の火魅子候補の走査を行う。

 切り替わって映し出されたのは、山人の格好をした伊万里。
 また切り替わり、今度は天目の横に立つ志野。

 キョウがはったりで言ったはずの火魅子候補。その実、彼女達は本物で……。

「もう、終わりかな? 三人か。まぁ、十分でしょう」
 姫御子は満足げに頷き、走査を止めようと手を伸ばした瞬間、また別の映像が映し出された。

 浅黒い肌の女のそばに立つ、雪のような肌をした少女。
 先ほどまでとは違い、明らかにこの場にいる人間ではない。

「誰でしょう……。なんというか、お姫様みたいだけど」
 困ってしまう姫御子。
「おそらくですが、都督にいる彩花紫王女ではないでしょうか。面識はありませんので推測でしかありませんが」
「都督って、狗根国のと言うことか。まぁ、確かにあちらにも私の血族がいておかしくはないけど」

「…………よ」
 考え込む姫御子の向かい側で、星華が何事か呟く。

「ん? どうかしました?」
「……で……じゃないのよ」
 俯いたまま、その身体からありったけの怨念を放出して……

「なんで私だけ火魅子候補じゃないのよ!!」

 叫んだ。


 その顔はまるで般若の面のよう。
 同じ火魅子候補として立てられ、自分だけが本物だと持ち上げられていた。
 それが本当であると露ほども疑わず、王族であり、火魅子になるべき人間であるという自尊心で、自分自信を作り上げてきた。
 それが、全て逆だった。

 偽者だったはずの者達が全て本物で、本物だったはずの自分一人、のけ者にされた。

 踊らされていた。
 生まれてからずっと。
 利用され、そして現実だと思ってきたものが全て幻想だったと突き付けられた絶望と憎悪。

 その場にいた亜衣と衣緒が怯むほど、星華は怒り狂っていた。

 火魅子候補に選ばれた藤那と伊万里と志野に。
 十数年間自分を騙し続けてきた、亜衣と衣緒に。
 そして、偽りと知りながら火魅子候補に立てていた、天魔鏡に……


「あああああああああああああああああああっ!!」

  喉から血が出そうな叫びを上げ、ありったけの力をつぎ込んで、全てを焼き払うべく、言霊を紡いだ。

 自分は何も間違っていない。

 私は火魅子候補だ。

 そうでない現実など、消えてしまえ――と。


「星華様!」
 反射的に、だろう。衣緒が危険と悟って星華に飛びかかっていた。
 このまま方術を使わせれば、この部屋にいるものどころか、周辺ごと吹き飛ばされそうな巨大な力。

 止めなければ、死ぬ。

 自分も、姉も、そして星華本人も。

 そこに打算はない。十数年共に育ってきたもう一人の姉のような存在に対する、純粋な想い。

 火魅子候補でないと知っても、無くなることのない大切なつながり。

 衣緒はそれを知っている。知っているから、命を投げ出してまで、止めに入った。

 どのみち星華の詠唱は早すぎる。このままでは、止める前に全て終わる。

 衣緒が、次の瞬間の事を思って目を硬く瞑った、その瞬間。

「仲良きことはすばらしきかな」
 呆れるほど脳天気な言葉。
 同時に放たれた不可視の何か。

「あ――……」

 星華は意識を失い、その場に崩れ落ちた。

「星華様!」
 駆け寄る衣緒。

 必至で星華を揺する衣緒を見つめながら、姫御子は星華に向けていた手を下ろした。

「姫御子様。ありがとうございます」
 亜衣が恭しく頭を下げた。

「いえいえ、巻き込まれたら大変ですもの。それより九峪君はどこに行ったのかしら」
「さぁ。必要なら探させますが」
「あ、分からないならいいわ。自分で探すから。多分、その方が早いし」
 姫御子はそう言って、用済みの天魔鏡を亜衣に投げ返す。

 亜衣はそれを無造作に取ってもう一度頭を下げた。



 そんな一触即発の事態があった中、九峪は川辺城の厨(くりや)でご飯を食べていた。
「いやぁ、朝飯喰ってなかったからさ」
 一方ご飯を用意した柚子妃はあきれかえっている。

「ふぅ。別に構わないですけど。変なところで会いますね。九峪様」
 柚子妃は命の恩人を変な目で見つめる。
「驚いたのはこっちだ。近くに天目がいるんだから、俺がいるのは別に不自然じゃないだろう。お前こそ帖佐はどうしたんだよ」
「帖佐様の指示で潜入任務です。復興軍に狗根国が支援している裏を取るためにですけど」
「ほう。さすが帖佐。そつがないね。と言うことは、これはやはり誰かの独断と言うことか」

「ご想像の通りだと思いますよ。まぁ、調べるところはあらかた調べましたから、後は最後の仕上げを待つばかりです」
「助かるよ。いざとなったら蛇蝎にまた頼まなきゃならないかと思ってたからな」
「あのじじいにですか? 物好きな事ですね」
「ふん。使える奴だというのも確かなんだよ。見返りが大概法外なのがアレだが」
 柚子妃はまた小さくため息を吐くと、九峪が食べ終わったのを見て食器を下げる。

「で、これからどうするんです? 姫御子なんて隠し球を連れてきて、積極的に再興軍にでも加わるつもりですか?」
「まさか。どのみちここでの戦も九割方終わってるんだ。後は――」
 九峪は途中で言葉を切ると、勝手口の方に向き直る。

 そこには長い黒髪の女が、胸元をはだけたような格好で立っていた。

 その女の姿を見て、九峪の顔がかつて無いほどに強ばる。

「あれ、貴方は確か神の遣いの愛妾の……」
「……愛妾? あいつが? んな馬鹿な」

 九峪は素早く周囲を見回し、逃げ場を探す。
 女はそんな九峪を楽しげに見つめ、囁くように九峪の台詞の続きを口にする。

「後は――、狗根国の増援をどうにかするだけ、であろう? 手伝おうか?」

 九峪は掠れる声で返答した。



「遠慮しておこう、蛇蝎」













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【2006/06/20 17:42】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
出雲盛衰記51
 出雲盛衰記
 五十一章



 突如部屋の中央に現れた金髪の美女。
 その場にいたものの視線は例外なくその美女に注がれている。
 奇異なる現象にそれでも取り乱さなかったのは、ある意味さすがと言える。
 それでも混乱は必然として、特に星華は目に見えて狼狽していた。

「ちょっと亜衣。な、何今の?」
「さ、さぁ? 私にもさっぱり……」
 幾分警戒しながら様子をうかがっていると、金髪の美女は蹲ったまま顔を上げ、視線を九峪へと向けた。

「痛いです」
 ぽつりと呟く。
 目には涙を浮かべ、瘤の出来た頭をおっかなびっくりさすっている。

「そうか、そりゃ良かったな」
 九峪は平然と言い放ち、一切同情の籠もらない目で女を見つめていた。

「あの、九峪君。もう少し呼び出し方に優しさがあってもいいと思うんだけど?」
「そうか? 人を上空五百メートルから容赦なくたたき落とした奴の台詞とは俺にはとても思えないんだが、一応正気の確認をとってもいいか?」
「あうぅ、だって他に見つからないで入る方法が……」
「……」
 じと目で睨まれてしゅんとなる女。

「え~と、九峪様。誰ですかその人?」
 柚子妃が困ったように口を挟む。
「え、ああ、ほら自己紹介くらい自分でやれよ。いい歳なんだから」
「誰のせいで間をはずしたと……」
 ぶつぶつと文句を言いながら女は勢いよく立ち上がりその場にいた面々を見渡した。

「我こそは初代耶麻台国女王にして、天照大御神の末、姫御子である」
 それまでの態度から一変させてそう宣言した。

 戸惑う人々。
「「…………」」
 誰もがどう反応していいのか分からず再び固まる。

「あ、あのぉ~、ほ、本当なんですよ?」
 引きつった笑みを浮かべながら弱気に言う。
「……姫御子、様?」
 はじめに呟いたのは衣緒。

「そう! 私こそが耶麻台国を造ったその人。魔天戦争で荒廃しきった九洲の人々をまとめ上げ、生きていけるための基盤を造ってあげたエライ人よ」
 そう言ってえっへんと胸を張る。

「嘘くさ」

 呟いたのは星華。確かに姫御子の登場シーンはあまりに威厳が無さ過ぎた。それに加えてどうにも弱腰。国を治める事が出来たとは思えない。

「あぅ。く、九峪君があんな呼び出し方するから、みんな疑心暗鬼になってるじゃない」
「疑心? 疑う余地なく偽者だと断定していないか?」
 うんうんと頷く星華と柚子妃。

「ひ、酷い! 確かに私ってとっても気さくで親しみやすいけど、ちゃんと天空人だし本当に火魅子なんだから」
「……そう仰るなら何か証拠は?」
 冷静な亜衣の一言。姫御子はそうだと頷いて豊満な胸元に手を突っ込むと、中から何やら取り出す。

「じゃっじゃじゃ~ん!」
 意気揚々と取り出したものを掲げる姫御子。それは見た目黒曜石か何かで出来た、なめらかな黒い球体だった。
「なんだよそれ?」
 聞いたのは九峪。姫御子はふふんと得意気な面持ちで、それに自らの気を送り込んだ。

 いいぃぃぃぃぃぃいいいん

 耳に痛い不協和音を響かせながら、黒い球体は流動するように形を変え、膨張し、発光と共に姫御子の手の中で一振りの剣となっていた。

 それは、とても歪な剣だった。
 刀身は枝のように七つに分かれ、黒光りした全体色は一見して刃物とは見えない。
 
 ただ、刀身にそって赤く浮かび上がった難解な文字と、剣全体から発せられる神気が、それが人の身では作り出し得ない、神器であることを主張していた。

「――馬鹿な」
 呟きは亜衣のもの。
 彼女は宗像神社の巫女。当然耶麻台国の神器にも詳しい。
 自称姫御子の手に握られている剣は、紛れもない耶麻台国の神器、七支刀であった。

「そんなはずは。それは十二代前に内乱があった折、姫御子の御霊が身内に使われることを畏れて封印した幻の神器」
 衣緒も、星華もその事実は知っている。
 知っているからこそ、驚愕している。その七支刀――どうみても本物――を今現在有している人間がいるとすれば、それは当の姫御子を置いて他にいない。

 ――本物。
 その事実が脳に認識されると同時に、一様に三人は息を飲んだ。

 今の復興軍を見て、姫御子がどう思うか。そんなことは考えるまでもない。そして、わざわざ本人が出てきたとすれば、その目的も一つしかあり得ない。

 ――やれやれ、これが結末か。
 亜衣は割と冷静にその事実を受け入れていた。
 亜衣自身、これまでの自分の行動が間違っているとは思ってはいない。どうあれ自分は耶麻台国の為に裏切りも汚い真似も行ってきたが、その贖罪は復興がなされたときに自ら行うと決めていた。だが、真に自分を裁けるものが現れた。

 ――結局、私は間違っていたと言うことか。
 そう考えて首を振る。

 ――いや、間違ってはいない。私は、こうなることすら望んでいたのだから。
 少なくとも、思い描いてきた結末の一つ。それもかなり上等な部類だと思うと、亜衣は心が安らぐのを感じだ。

 ――これで、楽になれるか。

 この後の歴史に、どのような汚名が載せられるかは分からなかったが、それでも後悔は無い。だから、亜衣はまっすぐと姫御子を見つめた。

「私を処断しに来られたのですか?」
 静かな言葉に、星華と衣緒がびくりと反応する。
「姫御子様直々に手を煩わせるとは、私もよくよく罪な事をしていたと見える」
 冷笑さえ浮かべた亜衣に、姫御子は戸惑った視線を返した。

「なぜ貴方を殺さなければならないの?」
「……? では姫御子様は何をしに?」
 亜衣は当惑する。他に心当たりが無い。では、星華の方を?

 姫御子は九峪の横にちょこんと――身体が大きいくせにその形容がはまるほどなぜか愛らしく――腰を下ろす。
「話を戻しましょう。姫御子である事はご理解頂けたようですから、本題に移らせて頂きます」
 幾分締まった顔で言うと、緊張でその場にいた九峪以外の背筋が伸びた。
「え~と……………………、なんだっけ?」
 長い沈黙の後半笑いで九峪に聞いてくる姫御子。

 一斉にこける。

「……前々から思ってたんだけどよ。お前ボケてるんじゃないのか?」
「し、失礼ね! ただちょっと唐突な状況で混乱しているだけよ」
「どうだかなぁ。まぁ、なんだっけ? ああ、そうだ天魔鏡を壊されると困るから、さっさと再興軍に降伏してくれって話だな」
「あ、そうそう。それに本物の火魅子候補が死んだりしたら目も当てられないもの」

「ほ、本物の火魅子候補?」
 その言葉に食いついてきたのは当然星華だ。
「そ、本物。あ、ちなみに貴方は見るからに違うわね。この場にいる四人ではないか。まぁ、早々都合良く見つかりはしないわよね」

「――!」
 絶句する星華。絶望的な表情になると同時に、俯いてしまう。
「え、え? でも、星華様だけは本物だってキョウ様も……」
 衣緒が追いすがるが、姫御子は容赦なく斬って捨てる。

「天魔鏡は自己保全を最優先させるように出来てますから、その為ならどんな嘘も平気で吐きますよ。そう、ただの一般人を火魅子だと言わせるくらい簡単に」
「そ、そんな……」
 トドメを挿されてますます落ち込む星華。

「ちなみにそちらの子も火魅子候補ではありませんね。と言うか……」
 目を細める姫御子。柚子妃は慌てふためいて九峪に目配せする。
 九峪は軽く頷くと、何事か口走りそうになった姫御子の口を塞ぐ。
 塞ぐと言うよりは顔面に裏拳を入れた。
「ふげっ!」
「柚子妃はそもそも九洲の生まれじゃないしな」

 鼻を抑えながらもだえている姫御子を平然と無視して、今度は九峪が話を進める。
「まぁ、細かい話は面倒だから無しだ。ともかく戦争がこのまましたいと言うならそれでもいい。天魔鏡をよこしてくれればな。まぁ、結果的に求心力の中心を引き抜くことになるわけだし、戦争など出来ないだろうし、もしやっても負けるだけだろうから、慈悲を籠めて降伏しろと言いたいわけだが。異論はあるか、亜衣」
「……ええ」
 亜衣は予想外の返事を返した。

「姉様? なぜです? これ以上の争いは無意味です!」
「なぜだ? 姫御子様が再興軍に与しているというなら、確かに復興軍としてこれ以上の抗戦に意味はない。だが、聞けば戦そのものを止めに来たというわけでもないようだ。であれば、我らの戦争はここで止めてはいけないだろう。それともやはり止めますか? 姫御子様」
 姫御子は首を振る。

「そもそも私が干渉する事じゃないし。ただ、火魅子候補はほぼ確実に復興軍か再興軍にいるから、その選定が終わった後ならばと言う条件付きですけど」
「どのくらいで終わりますか?」
「天魔鏡を持ってきてくれるなら、直ぐにでも終わるわよ。終わったらもう用済みだから、割ろうが飾ろうが悪用しようが文句はありません。でもいいの? 今止めなければ、あなた死にますよ」
「迷惑な話でしょうが、死ぬのも必要な事ではありませんか?」
「え?」
 亜衣の言葉に、衣緒も星華も息をのんだ。

「ね、姉様。それじゃ始めから……」
「勘違いするな。負けるつもりだったワケじゃない。ただ、姫御子様が現れて、いざ自分がやって来た事が誤りだったのかと思ったら、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまってな。どのみち再興軍で事が成せぬワケでも無いだろうし、かといって自体を収拾させるのに今更すんなり引き下がるのもあまりいい話ではない。付き合って貰う兵達には悪いがな」

「……ご立派な覚悟です」
 姫御子は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いえ」
 亜衣は軽く一礼すると席を立つ。
「では、天魔鏡をお持ちします。事が終わったらお二人は早々に街から出られるように。おそらくは今日中に決着は付きます」
「あ、姉様」
 慌てて亜衣に付いていく衣緒。

 部屋に残された九峪、姫御子、星華、柚子妃。
 重苦しい沈黙を、破ったのは柚子妃。

「九峪……。本当にいいの?」

 それはこの中で唯一、九峪の本質を理解しているが故の言葉だった。

「まぁ、もう一波乱……ありそうだなぁ」

 けだるそうなため息と共に、九峪は重い腰を上げた。













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【2006/06/19 18:04】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出雲盛衰記50
 出雲盛衰記
 五十章



 朝目覚めるといつも同じ部屋で寝起きしている母上の姿がない。
 昨夜見回りに行くと言って以来戻ってきていないようだが、別段いつもの事だと気にもせずに布団から出た。

 復興軍から再興軍が分裂してから、母上は有能な幹部の一人として他の幹部に混じって会議をしていることが多かった。私は火魅子候補として崇められてはいるが、しかしどうにも考えることは苦手でその手の話し合いにはあまり顔を出さない。母上はそれではダメだと言うが、本音を言えば国などと言う煩わしいものになど関わらず、元の盗賊家業を続けていた方がずっと気楽で楽しかった。

 何せ、二人そろえば天下無敵だ。相手が五十や百なら相手にならない。田舎を転々と巡って盗賊家業を続けていれば、これから先もずっと苦労なんかする必要も無かったのに。

 それが不満と言えば不満。

 もちろん、小さくとも一国の王となって贅を懲らした生活を送る事への、あこがれがないわけじゃない。でも、それについて回る煩わしいことを考えれば、私には向いていないのだと思う。

 とんとんとん

 軽やかな足音。
 それで母上が来るのだと言うことは分かった。足音だけで上機嫌であることが知れる。昨夜は何かあったのだろうか。再興軍が奇襲でも仕掛けてきて、散々に打ち破ったとか。
 いや、それならば私も起きるはず……。

「香蘭、起きていますか」
「はい、母上」
 戸を開いて顔を出した母上は、やはりこの上なく上機嫌だ。まるで若返ったかのように肌もつやつやしている。

「母上、昨夜は何処に行っていたか」
 質問に母上はとろけそうな笑みを返す。その意味が分からず首を傾げる。
「母上?」
「ねぇ、香蘭……」
 常の厳しさなど微塵も感じさせない、柔らかい声色。
 気味が悪い。
 母上は私の質問には答えず、逆に私に問う。

「弟か、妹が欲しくない?」
 私はその言葉を反芻し、意味を推測し、そして理解と同時に思考を停止させていた。



 紅玉と一緒に宮城に入り、そこから九峪は衣緒に連れられて評定の間へと案内される。
 衣緒はあの後二人が戻ってくるかと暫く城門で待っていたのだが、結局姿は見えなかった。朝まで何処で何をしていたのか気になってそれとなく聞いてみる。
「あの、昨夜はどちらに?」

 衣緒としては九峪が紅玉と結託して内部工作を行おうとしている可能性も危惧していた。だから、その口調は少しばかりとげとげしい。

「……ん? 聞きたいか?」
「ええ、貴方はやはり部外者ですし、どこにいたのか聞いておかなくては」
 職務に忠実な衣緒。九峪は軽く頷くと衣緒の耳元でそっと囁く。

 途端、衣緒は顔を真っ赤にして立ち止まった。

「え、あの、じゃあ、紅玉さんとは……」
「抜き挿しする仲」
「……」
 露骨とも言える表現に衣緒は俯いてしまう。

「はは、純情だなぁ衣緒は」
「~~~っ! からかわないで下さい」
 九峪は楽しげに笑いながら先へと歩く。

「あ、ちょっと場所分かるんですか?」
「評定の間だろ? 場所が変わってなけりゃこっちでいいはずだが」
「……なんで知ってるんです?」
「なんでだろうねぇ。前に入ったことがあるからじゃないか?」
「また、そうやってとぼけて……」
「はっきりと言ったら衣緒が恥ずかしくて死んじゃうだろう? それとももっと詳しく聞きたいのか? やらしいなぁ、衣緒は」
「そっちの話じゃありません! ふざけてると本気で殴りますよ!」
「そりゃ勘弁だな。衣緒に殴られたら頭蓋が陥没してしまう」

 九峪は衣緒をからかいながらも足を止めない。
 そのまま笑い声と怒声を引き連れて評定の間の前まで来ると、さすがに衣緒も息を落ち着けて九峪に先を促す。
 九峪も幾分顔を引き締めると重々しい扉を開いた。



 評定の間にいたのは僅かに三名だけ。
 星華、亜衣、そして……
「柚子妃? なんでお前がここに」
 意外な人物との再会に、九峪は目を丸くする。
「……」
 柚子妃は答えない。ただ、九峪の出現ににやりと笑みを浮かべている。

「おや、柚子妃様とお知り合いでしたか」
 レオタードのようなものをきた眼鏡の女、亜衣はそう言って双眸を細める。
「あんたが、亜衣か。初めまして」
「初めまして。柚子妃様は知っているようですから、こちらの方の紹介を」
 亜衣が、そう言って隣に座る星華を紹介しようとすると、星華はそれを制して恭しく立ち上がる。

「初めまして。私は火魅子候補筆頭である星華です」
「ふぅん。どんなもんかと思いきや……」
 九峪の気のない返事。
 その態度は、あからさまに星華の自尊心を傷つけた。

「貴方! 私が火魅子候補であると名乗っているのになんという態度!」
「星華様、落ち着いて下さい」
 亜衣の冷めた声に、星華はギロリと睨め返す。
「これが落ち着いていられますか! こんな屈辱ははじめてよ。亜衣、こんな奴の話なんて聞く必要はないわ! 今すぐ首を切って送り返しなさい!」
 激昂する星華の発言に、亜衣はため息を一つ。

「殺すのは話が終わってからでいいでしょう。徹底抗戦の構えを見せていた再興軍が送り込んできた男が何を土産に和平などと言っているのか興味があります。気分が優れないのであれば、席を外してください」
「亜衣! あなた誰に向かって……」
「黙って下さいというのが聞こえませんか?」
 亜衣が視線を返した瞬間、星華は息をのんで黙り込んだ。そして、腰が抜けたように座り込む。

 星華が大人しくなったのを見届けた亜衣は、再び九峪へと視線を戻す。
「さて、それでは暇な身でもありませんし、早速本題に……」
「ああ、まて。その前に聞いておきたい。柚子妃が様ってなんなんだよ」
「なんだもなにも、柚子妃様は火魅子候補であらせられますから、柚子妃様とお呼びするのが普通でしょう」
「――っ! 柚子妃が火魅子候補!?」
 まじまじと柚子妃を見つめる九峪。柚子妃は幼い顔にその態度に対する不満をありありと浮かべている。

「ええ、それが何か?」
 亜衣は平然と答える。そう、柚子妃が王家の血筋ですらないことが、一体どうかしたのかとでも言うように。

「ははは、随分とまぁ、なりふり構わないって言うか」

 ――狗根国の関係者って知ってて……ってワケじゃないんだろうが。

「九峪殿、本題を……」
 氷のような冷たい瞳。万人が射すくめられそうなその瞳を、九峪は楽しげに見返す。
「――……」
 亜衣はそれに少しだけ、本当に僅かだけ驚いたような表情を見せた。そして瞬時に九峪が油断ならない相手だと把握し、元の氷の視線に戻す。

「まぁ、そうだなぁ。別に回りくどく言うことでもない。とっとと再興軍に降伏しろ。勝ち目の戦いをやって無駄な犠牲を出すこともあるまい。お前等の本懐が真実耶麻台国復興であるならば、今は再興軍に加わることこそが唯一の道だ」
「ようは降伏勧告、と言うことですか?」
「してくれるなら、譲歩はしよう。火魅子候補が全員真っ赤な偽者である情報は伏せさせるし、かつて耶麻台国の滅亡に宗像神社が一枚噛んでいた話も払拭させてやる。そもそもこの戦いが狗根国の情報操作に寄るものだという顛末で、自体は収拾させられる。戦いが始まる前、今この時ならばな」

「……失礼ですが、九峪殿は復興軍には加わっておられなかったはず。再興軍で一体どのような地位におられるのか? 仮にその提案を受けるにしても、貴方の立場が分からなければ、どのような言葉も説得力を持たない。響きだけがいい空言に命運をかけるわけにはいきません」
「道理だな。だが、それを言うと幾分がっかりするかもしれんな。俺は天目の伴侶であり、王弟伊雅並びに志野、伊万里、藤那と言った主だった連中の命の恩人だ。再興軍のものですらないが、恩は腐るほど売っている」

「――なるほど。これで得心がいった」
 亜衣は小さくため息を吐く。
 星華も衣緒も、九峪の言葉に戸惑っているだけだったが――なにせ信用のしようもない――、亜衣だけはそれがおそらくは真実であると認めていた。
 なぜならば……

「天目、志野の連携と手際の良さ。加えて伊雅様とまでまるで計ったかのように手を組む動き。どうしても私にはその間に立っていた人物が分からなかった。だが、それがあなたか」
「亜衣?」
 星華は亜衣が何を言っているのか分からなかった。

「分かりませんか? この男こそが、復興軍を討ち滅ぼすために、再興軍を裏で操っていたと言っているのです」
「――こんな冴えない男が?」
 歯に衣着せずに漏らす星華。

「ふむ、俺の存在そのものは伝わってなかったか。どこからか漏れているかなと思ってはいたんだが、存外上手く立ち回れていたらしい。が、少しだけ訂正させて貰おう。別に俺は復興軍を滅ぼそうなどと思って動いていたわけではないし、再興軍自体にはなんら関わっていない。あれは天目が自分の為にやっていることだ」
「……そう言うことにしておきましょうか。しかし、九峪殿。貴方が真実再興軍と関わりがないというならば、なぜここに参られた? 私たちが滅びるのが必定と思っているのならば、それで構わないのではないのかな?」

「確かに、どうでもいい。お前等が死のうが知ったことか。正直乗り気じゃない。俺が唯一絶対的に肩入れしているのは天目一個人に対してだけで、だからこそ復興軍の連中がどうくたばろうがどうでもいい。だが、そうなると全ての元凶たる天魔鏡まで失われる。そうなると困る奴がいるんだよ」
「天魔鏡?」
 意外な発言。確かに精霊が宿るほど神性の高い神器ではあるが、壊れてしまったからと言って困るようなものでもないはずだ。少なくとも宗像神社という古い体制を打倒しようとしている再興軍にはない方がいいくらいだ。

「説明は面倒だが、偽者候補ばかりを選定するっつークソ鏡も、一つだけ世のため人のために役立つらしいからな」
「ちょっと……」
 亜衣の視線に黙らされてからは大人しかった星華も、今の九峪の言葉は聞き捨てならなかったらしい。

「訂正して下さいますか? キョウ様に頼んで戦のために偽者候補ばかり擁立しましたが、私は、私だけは本当なんですから!」
「誰が? 昔偉大だったという噂の姫御子の血も、百代以上に続く継承で人間の血に薄められすぎて、今じゃ一般人との区別などほとんど無い。星華よう。そもそもお前が考えている火魅子候補なんて特別な人間自体、もうこの時代には一人も残ってないぞ」
「なんであんたがそんなことを言えるのよ! 亜衣、何とか言ってやって!」

「……」
「亜衣!」
 今度こそ容赦しかねるといった風の星華。九峪は困ったようにため息を付いた後、懐から勾玉を一つ取り出した。

「確かに俺は真偽は知らないな。聞いた話だ。だが、本人の口から聞かされれば、納得出来るだろう」

 そう言って、勾玉を宙に放り投げた。


 放物線を描いて、評定の間中央に落ちる勾玉――


 板敷きの床にぶつかり、刎ねた瞬間目を覆うほどの発光。


 ごっ


 何かがぶつかったような鈍い衝撃音。

 光が止む。
 
 部屋の中央には涙目で頭を抑えた、金髪の美女が蹲っていた。













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出雲盛衰記50
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出雲盛衰記49
 出雲盛衰記
 四十九章



 確かに殺したはずの男が、今目の前に立っている。
 紅玉は武術の達人。
 盗賊として、武人として、人をあやめたことは幾度もある。
 その紅玉が確実に殺したと、そう判断したにもかかわらず、こうして目の前に立っている。

「殺る気満々だな」
 うっすらと笑みさえ浮かべて立っている男は隙だらけ。今すぐにでも殺すことは出来る。
 それは間違いない。
 だが、一度殺したはずなのに今こうして生きている以上、また同じ事をしても殺しきれるとは思えない。

「……あなたは、何者ですか? 王族と言っていたのは本当ですか?」

 紅玉の問い。
 九峪はまさか、と肩を竦めてみせる。

「生憎そんな上品な血筋じゃない。アンタにやった神器だって耶麻台国滅亡のどさくさで手に入れたものだしな。だからまぁ、別にアンタを咎める立場には無いし、形はどうあれ耶麻台国復興に力を貸してくれた人間を、昔の生業が卑しいからと言って咎めるのもどうかとは思ってる。役に立ってくれた以上、それには報いるべきだと俺は思う」
「……何を企んでいるのです?」

 九峪はニヤリと笑みを向ける。そして、次の瞬間姿を消した。
 驚愕を浮かべる紅玉。
 文字通り消えた九峪を探し、視線が周囲を巡る。
 姿は直ぐに捉えられた。それほど移動したわけではない。通り沿いの民家の壁に寄りかかっている。

「今……何を」
「何が? 疲れたから壁に寄りかかろうと思っただけだ。それより紅玉。提案がある。再興軍の連中は別にお前等親子に対して今のところ積極的に敵対する理由はない。寝返ってくれるなら諸手をあげて歓迎してくれるだろう。要であるお前等が抜ければ、復興軍など烏合の衆以下だ。そもそもこの内乱自体、宗像神社に対する糾弾だ。強力な後ろ盾であることは確かだが、幾ら大きな船だとは言っても、底に大穴が空いている船にいつまでも乗っているのはあまりいいとは思えないな」
「フフ……、何を言うかと思えば」
 紅玉は九峪の提案に微笑を浮かべる。先ほどの九峪の異様な動きに対しての狼狽を悟られないように、殊更ゆったりと。

「沈み行く船と言うならば、それは復興軍に限ったことではないでしょう。九峪さん、と仰いましたね。私は別に九洲の為に尽力する立場ですら無いのですよ? ええ、王家のものというのも、当然嘘なのですから」
「……あー、なるほど。お前が本当にこだわっていたのは亜衣の持つ狗根国へのツテか。なるほどねぇ。確かにこのままどちらも沈むというなら、最後に浮かんでいるのは狗根国と言うことになる。ならばそちらへ流れるのは必然というわけか」
「その通り。だからもし私を寝返らせたいというなら、それを上回る利を示していただかないと」

 そう言って微笑んでいる紅玉に、九峪は半ば同情の籠もった眼差しを向ける。

「――わかった。何が欲しい? 狗根国での地位なら四天王以上の座を俺が斡旋してやるし、再興軍に加わってそのまま耶麻台国が復興したらお前の娘を火魅子にしてやってもいい。まぁ、そこら中に貸しはたくさんあるから問題ないはずだが……。どうする?」
「え――?」

 予想外の返答に紅玉の目が点になる。

「一応俺は元狗根国四天王の一人。今回の戦で雲母が四天王の座から落ちたから、その穴に推挙すれば紅玉の実力ならすんなり収まるだろう。狗根国側で良ければ直ぐにでも移れるぞ。ふん。亜衣の裏切りを背景とした弱いつながりなどではなく、俺の方が安全確実だ。あちらの大王にも顔が利くからな」
 平然と言い放つ九峪。

「そんな、あからさまな嘘を……」
「別に信じて下さいとまで言うつもりはない。判断は任せる。だが、亜衣と繋がってるのはおそらく東山。奴自身既に先は無いからな。復興軍に付いたままならば、確実に損しかしない。また盗賊に逆戻りだ。それでいいなら俺は止めはしないさ」
「……」
 紅玉は思考を巡らせる。
 しかし、九峪の言葉の真偽を確かめる術がない。

 悩み、惑い、暫く静寂だけが二人の間に流れ、そして紅玉は構えた。

「お断り、って事か?」
「――いえ。半ば以上信じてはいます。ですが、貴方の言葉の中で、この場で確かめられることがあるとすれば、それは四天王としての実力があるかどうかのみ。私を納得させられるだけのものであったら、信じましょう」
 尺度が腕っ節かよ、と九峪は毒つきつつ壁から背を離した。

「一度殺したのに生きてる時点で信じて貰いたいもんだけどねぇ」
「こちらとしても最大限の譲歩です。それとも、すべて口から出任せだとでも?」
 射殺すような紅玉の視線。
 九峪はそれを笑みで受け止め、人差し指を立てた腕を突き出す。

「一つ……、賭をしよう。アンタはただの四天王より強い。四天王だからと言ってアンタを倒せるかと言えばそれは半々と言ったところ。どのみち俺が本物であれ命がけだ」
「それで?」
「俺は戦いがあまり好きじゃないし、真面目に戦って欲しければそれなりの俺自身に対する褒美が無くてはやる気が出ない。だから、俺があんたを倒したら、そのまま押し倒すがそれで構わないか?」
「――」
 紅玉は、構えは解かないまま目を丸くする。

「ダメかな?」
 小首を傾げる九峪に、紅玉は蠱惑的な笑みを返した。

「その時はどうぞお好きに。本物ならば世話になることになりますから、多少のお返しはしないといけませんからね。それに一度殺してしまった貸しもあるでしょうから」
「契約成立……だな」
「フ……」
 紅玉の笑みが深まった、その瞬間――

 九峪と紅玉の間の距離はおよそ七メートルほど。
 一息で詰めるには遠く、さりとて背中を向けるには近すぎる距離。
 紅玉は、その距離を一足飛びで零となす。

「はぁっ!」
 裂帛とともに放たれた拳は、まだ構えすら取れていない九峪の胸に神速で突き出される。
 紅玉にとって必殺の間合い。
 紅玉の脳裏には自らの拳が九峪の胸板を貫いている光景が既に見えていた。


 だが――

「時は止まる」

 静かな声。だが、紅玉がそれを聞くことはない。
 九峪は急停止した紅玉の横に回り込むと、一息で紅玉の来ていた魏服を破り捨てる。
 白く熟れた紅玉の肌を見て一言。

「むぅ。侮りがたし」
 何をどう侮っていたのか不明だが、時が切れる直前九峪は紅玉のこめかみの辺りに向かって思い切り掌底を叩き込む。

 衝突の寸前、時が動き出し、紅玉は目の前から九峪が消えたという事を認識する前に、九峪の反則気味なカウンターを食らってその場で一回転した。

「――う、うぅ」
 虚ろな視線を空に向ける紅玉。
 自分がどういう状況になったのか何も分からなかった。
 次第に意識がはっきりしてくると、どうやら倒されたという事だけを実感する。

「負け――、たの?」
 実感の湧かない言葉。
「勝てたと思ったか?」
 直ぐ横で放たれた九峪の言葉が、揺れた頭には随分と遠くに聞こえる。
「一体、どんな術かしら……。あの間合いから、どうやって」
「教えて欲しいか?」
「是非」
 紅玉は答えながら上半身を起こした。



 焦点の定まらない視界で見つめれば、必殺どころか男は無傷。
 そして、今なお隙だらけの立ち姿。

 ――この人は私では、到底到達出来ない高みにいる。

 理解の範疇の外。或いは理そのものの外に立つ男。

「じゃあ、俺の言葉を認めるってことでいいのか?」
「……さて、どうでしょう」
 紅玉はふらふらと立ち上がると、九峪にしなだれかかる。

「――おい」
「……どのみちこんな事で貴方に信など持ちようはない。でも、女に心より信じ込ませたくば――」
「皆まで言われずとも」

 言葉はそこまで。
 
 二人は濃厚な口づけを交わすと、夜の闇へと消えていった。













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【2006/06/15 23:06】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アトガキ 編年紀【裏】十二~十四章
 アトガキ



 いやぁ~、久しぶりのアトガキですね。三章まとめて更新。実は二週間ほど前から、nextで進んでいけば見れたという話はここだけの秘密です。まぁ、見れた人はギリギリ二桁といったところでしょうか。そんな人たちには更新でも何でも無かったりしますが。

 さて、制作状況ですが第二部裏は一応書ききってます。ええ、一ヶ月以上前に終わってます。なので出す分には出す時間があれば出せます。が、第三部の導入をどうしようかと言うところで盛衰記が佳境に入ってきた事もあって放置しております。そろそろやるかなぁ~、といった所ですね。初期プロットは全部うっちゃってまた滅茶苦茶やろうかと密かに計画中。さ~て、収拾がつくかどうか。

 ああ、本編について多少なりとも書いておかないとね。まぁ、オリキャラが四人も出てきましたが、まぁ、別に、原作キャラを喰うような活躍をするのは十七夜くらいなものです。まぁ、当の十七夜も死にそうになってますが……。というかこのまま行くと死にますね。死ねばいいのに……(爆

 次回予告。

 「……いいね、あんたら。くっくっくっく、いいよいいよ。久しぶりに楽しめそうだ。なぁ、どのくらいなんだ? 私の力をどのくらい出させてくれる? 一割か? 三割か? 五割くらいまで頑張ってくれるか?」

 次回、「あんたらに出番あったんだ……」みたいなキャラが出てきます。戦いの夜は、まだもう少し続きます。














 さて、ではweb拍手のお返事をば。
 え~と、昨日の分一件。

9:34 最高ですーわんだほーですーこのていご再構成火魅子ワールドのほうが時代背景にあってて好きですよー(出雲
 と頂きました。
 時代背景……あってるかなぁ。四十八章の北平(北京)の辺りはwikiからの拝借ですし、実際そうなのかどうかもしらないし。まぁ、調べたと言っても、当時北京とは呼ばれてなかったはずだから、名前くらいかえとかないと突っ込まれそうだなぁと思ったからとかまぁ、そんな感じですねぇ。そもそも時代背景を考えると、あの時代倭国内に置いては数千単位の軍の配備自体不可能でしょう。前に調べた人口がせいぜい数十万人の時代で、農耕に関してもそれほど発展していないのに、金食い虫の軍を持つこと自体現実的じゃない……ような気がします。まぁ、歴史なんて真面目に勉強したこともないので見当違いかも知れませんが、あの時代の戦争なんてものは、軍人と農民の間に明確な差があったとも思えませんしねぇ。一部の権力者はいたのでしょうが、それでも戦いだけで飯が食えた人は極一握り。正規軍なんてそもそも成立し得ないと思うんですが。
 まぁ、そんなことを言ったら話が成り立たないし、何よりあそこはファンタジーな世界なのでなんでもありかなぁと言ういつもの結論に戻ってくるわけですね。
 ともかく、ファンタジーを書く上では現実性と幻想性の配分は好みの問題ですが、あまり現実性が欠如する真似は控えた方がいいですね。これからもやりすぎないように気をつけます。
 コメントありがとうございました。

 他にも叩いてくれた人、ドモアリガト。


 では次回盛衰記49で会いましょう。ヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ

【2006/06/14 20:25】 | アトガキ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出雲盛衰記48
 出雲盛衰記
 四十八章



 目の前に立つ男。
 紅玉はその男を知っていた。
 僅か数ヶ月前に、確かにその男と会い、そして殺したはずの……

「紅玉さん。あの、お知り合いですか?」
 いぶかしげな衣緒。
 紅玉は内心で舌打ちする。今、この男との関わりを探られるわけにはいかない。とは言え、あからさまな狼狽を見せた後で知らないというのも不可解。

「ええ、まぁ。以前、少し……」
「そうなんですか? 九峪さん」
 衣緒が振り返ると、九峪は何が楽しいのかニヤニヤと笑いながら紅玉を見据えている。

「ああ、そうだな。少し……って言うのかは分からんが。しかし、奇遇だなぁ紅玉。こんな場所で会うなんて」
「そ、そうですね。それで、あなたはここに何をしに?」
「少し復興軍幹部とお話がしたくてな。ああ、そうだ。ついでだから紅玉の昔話なんかも面白いかもな」
「!!」
 明らかに動揺を見せる紅玉。
 この場に衣緒がいなければ、問答無用で九峪は殺されていただろう。その身体からは、抑えきれない殺気が僅かに漏れている。

「衣緒さん」
 静かな声。衣緒はもう一度紅玉に向き直る。
「はい?」
「少し、この人とお話があります。それに時間も時間だし、正式に会うのは明日の朝でも構わないでしょう。どうせなら、復興軍幹部一同に集まって頂いた方が、都合がよろしいのでしょう?」

 紅玉の無感動な問いかけに、九峪は頷いてみせる。
「確かに、な。そうしてくれるなら願ったり叶ったりだ」
「は、はぁ。では、九峪さんの身柄は紅玉さんに任せてもいいですか? 私は一応亜衣姉様に報告しておきますから」
「頼みます」
 一礼して去っていく衣緒。

 気配が遠ざかり、僅かばかり静寂が九峪と紅玉の間に下りる。
 その静寂を、先に破ったのは九峪。
 くぐもった笑いを零して、紅玉をおかしそうに見つめていた。
「くく、ははははは、いやぁ、本当に奇遇だなぁ、紅玉」
「……」
 無言で九峪を見据える紅玉。

「くっくっく。嫌々、本当に復興軍に入ってるとはねえ。香蘭も一緒か。ま、そりゃそうだろうな」
「……なぜ、生きているのです? 確かに、あのとき……」
「殺したはず、か?」
 九峪は肩を竦めてみせる。

「生憎と頑丈な上に往生際が悪くてね。この通りピンピンしてるさ。まぁ、そう言う紅玉の方こそ、俺から盗んだ神器を使って随分と成り上がったもんだな。追いはぎ風情が……」
 侮蔑すら含んだ九峪の言葉に、紅玉は抑えていた殺気を開放した。
 空気がピンと張りつめる。

「やはり、その口は閉じなければならないようですね」
「まぁ、待てよ。その気になれば秒を待たずに俺なんか殺せるだろう。俺が何者なのかとか、先に聞き出しておいた方がお前もいいんじゃないのか?」
「――なるほど。それは確かに」
 そう言いながらも紅玉は構えを取る。
「ですが、殺したはずのあなたが生きている。何か得体の知れないものを感じます。後顧の憂いを断つために、全力であなたを殺す」
 様子見も何もない。紅玉は一撃で九峪を粉砕する心算だ。

 九峪は、後数秒で飛んでくるだろう紅玉の立ち姿を構えもせず見つめながら、数ヶ月前の事を思い出していた。



 ――遡ること数ヶ月前。
 九峪は大陸にいた。目的もなく半島から現在で言う天津あたりまで船で渡った。一応の口実としては、いよいよ狗根国打倒の為に動き出すと言い切った天目から逃げるため。だが、本心ではそれ自体はどうでもよかった。それなりに協力はするつもりではあったのも事実。
 正確に言うならば、これはいつもの放浪癖なのだろうと、適当に自己分析をしてみる。

 天津の辺りは漁場としても、交易の要所としても栄えていた。人が集まりものが集まる。大陸各地から集まった行商が港に露店を構え、朝から賑やかな喧噪に包まれていた。
「ふぅん」
 九峪は物珍しいものを適当に眺めながら、戦争が終わったら商売をしに来るのも面白いなと考える。元々一つ所にいるのが落ち着かないし、体質上不可能な九峪としては、この時代適正のある職と言えば薬師か行商と言える。一人で出来て放浪しているのが自然な職種となれば、せいぜいその程度だった。

「とは言え、天目は許してくれないだろうなあ」
 祖国復興、及び復讐に燃える嫁がいては、それもただの妄想といえる。九峪も天目を振り切ってまで一人で生きたいと思っているわけでも無かった。

「ちょっとそこの兄さん。見たところ倭国人のようやね」
 声をかけられて振り返る。そこに立つのは見知った少女が満面の笑みを向けていた。
「あれ? 只深」
「やっぱり九峪はんや。どないしたんです、こんな場所で」
「うん? 散歩」
「はぁ、散歩でっか。散歩で大陸まで来るお人は九峪はんくらいでっしゃろなぁ」
「只深は商売か?」
「ええ。まぁ、他にありまへんわ。ところで天目はんは?」

「あいつなら半島かな?」
「ほな、今はお一人で?」
 只深はそれがさも重要な事のように言う。
「まぁな」
 九峪が頷くと只深は嬉しそうに胸の前で手を合わせた。

「せやったら、少しウチに付き合ってくれへん?」
「別に構わんが……」
「ふふ、丁度用心棒が欲しかったところなんよ。九峪はんやったら申し分無いわ」
「よ、用心棒?!」
 九峪は困惑する。

「おいおい只深。俺喧嘩とか殺し合いは嫌いなんだけどな?」
「大丈夫やて。本当に襲われるかはわからへんし」
「本当に襲われたら出番だと言うことか……」
「せやったらウチが野党に襲われて殺されてもええ言うんか? 薄情なお人や……」
 よよよ、と鳴き真似をしながら顔を逸らす只深。

「ったく。しかたねぇな。ま、どうせ暇だし」
「おおきに」
 只深は満面の笑顔で九峪の手を取り走り出した。



 只深率いる商隊は、北平(北京)の方へと向けて進んでいた。後々半島の方で高句麗が興ってからは要衝として城塞都市が造られ栄えることになるが、この時代では辺境のド田舎でわざわざ行商が出向くような所でもない。少なくとも大商人である只深が足を運ぶのは妙な話だった。
「……何を企んでいるやら。まぁ、今から土地の利権を持っておけば、千八百年後には首都になってるんだから、儲かるには儲かるが……。って、気の長い話だな」

 九峪は商隊の最後列を歩きながら青い空を見上げていた。只深と九峪、それから十人ほどの下働きの男達に、九峪の他に護衛が二人だ。九峪がいるからなのか、只深はけちって護衛を二人しか雇わなかった。辺境の地というのは、それだけ治安も良くないと言うこと。特にこの辺りは北方から匈奴という遊牧民族にたびたび侵攻されていたりするので、通常ならせめてあと四、五人は雇うものだ。

「まぁ、只深ががめついのは今に始まった事じゃないか……」
「誰がなんやって?」
 九峪は視線を落として只深を見下ろす。
「只深は可愛いなぁって」
「そんな事言うてへんかったやないか」
 軽く九峪の腹に裏拳を入れながら、それでも赤くなっている只深。九峪はそんな只深の頭を撫でてやりながら、商隊の真ん中辺りを歩いている二人の用心棒を見据えた。

 二人とも魏服を着ていて、一見して姉妹か親子かと言ったところ。共に女の身で用心棒などと……とは口に出来ないだけの立ち振る舞い。只深の言い値で雇うわれたのは妙な感じだ。見る目がある人間ならば一桁違うだろう。
 ――嫌な予感がするなぁ。

 九峪がそんな事を考えながらぼーっと見ていると、急に脇腹に痛みが走る。
「痛てッ! って只深、なにつねってんだよ」
「何、て。鼻の下伸びとったで」
「……むぅ。確かに若い方なんかお前と多分歳もかわらんのに、こう、なぁ……」
「余計なお世話や!」
 マジ切れしている只深をあやしながら、九峪はなおも二人をじっと見つめていた。



 小さなさびれた街の一角で商隊は夜を迎えた。
 九峪は少し離れた場所で遠くを眺めている。一応は見張りのつもり。その実ただどこまでも続く荒野を眺めているだけ。
「九峪はん、となりええでっか?」
 声に九峪は肯定も否定もしない。只深は勝手に横に座った。

「なんや、気にかかることでも?」
 どこか不機嫌そうにも見える九峪。
「気にかかる、か。色々と気にかかってる。まず、只深は何しにこんな辺鄙な場所にきているのか。あの美人親子は何者なのか。それから只深はどうしてそんなに成長が遅いのか……」
「……最後のは余計や」
「で? 前の二つはどうなんだ?」
 只深は渋々、と言った風に口を開く。

「あの親子なぁ、護衛のフリして商隊を襲う盗賊なんよ」
「盗賊……。と言うことは、これは……」
「以前ウチのとこの商隊がやられとってなぁ。落とし前、つけなあかん」
「嘗められたらおしまいか」
「まぁな。九峪はんはいざとなったらお願いしますわ」
「いざと、なったらか」

 九峪は大きくため息を吐く。
 ――いざも何もなぁ。

 盗賊の親子二人は商隊の中央で夕餉を摂っている。
 その姿に、微塵の隙も無い。

「悪いことは言わない。あいつ等には手を出すな。死ぬぞ」
「……今更、止められるわけないやろ」
 只深はそう言って部下に指示を出した。

 商隊の人間だけではない、この寂れた街にどれだけ潜んでいたのか、ぞろぞろと武装した傭兵達が現れる。
 その数、百余り。
 只深は少しだけ得意気に九峪を見つめ、その表情に当惑する。
「なんやの、そないに硬い顔して。別に因果応報やろ」
「あいつらの心配をしているワケじゃない。言っただろ、只深。止めておけって」

 当惑する只深。盗賊親子は自分たちを取り囲む傭兵達を一顧だにしていない。黙々と食事を摂っていた。

「けけけ、たっぷり金もらった上に、こんな上物好きにしていいなんてぼろい商売だぜ」
 傭兵の一人が下卑た笑みを浮かべた。
 それに釣られるように笑う周りの傭兵達。

 それを、二人はまるで無視している。
 無視したまま食事を取り終え、そして落ち着いた声で呟いた。
「では、食後に軽く運動でもしましょうか、香蘭」
「そうね。本当に軽い運動になりそうだけど」

 それは、決して挑発などではない。
 その証拠に、傭兵達には憤る暇など、寸毫も与えられなかった。

 まず、不用意に近づいていた男が一人、宙を舞った。安物とは言え、着込んだ甲冑が女の細腕によってひしゃげている。
 それを見て何らかの感情を抱く間もない。赤い疾風が二つ、正反対の方向に走る。

 およそ人間が素手で戦った時にはあり得ないような衝撃音の連続。傭兵、そして只深の商隊の者達は、それぞれがただの一撃で物言わぬ肉塊と変貌を遂げていた。

「う、うわぁあっ!」
 傭兵の一人が、あまりの出来事に剣を放り出して逃げ去る。
 ようやく、目の前の戦力に対する、もっともまっとうなその思考に辿り着いたときには、既に半数が絶命していた。一人が逃げれば釣られるように次々と離脱者がでる。

 女二人は逃げるものは追わなかった。四方に散られては、全員を討ち取ることはやはり難しいからだ。かといって、不可能だと思っているわけでもない。
 労力を考えれば、そこまでする必要もないと判断しただけのこと。

 綺麗に掃除し終え、母親の方は優雅に踵を返すと、只深と九峪へ視線を飛ばした。

 九峪は隣で呼吸すら忘れている只深を見る。
「だから言わんこっちゃない。せめて尹部くらい連れて来るもんだ」
「……う、嘘や」
 わなないている只深。九峪の服の裾を掴み、震えるのを我慢しながらゆっくりと近づいてくる親子を見据えていた。

「さて、これは一体どういうつもりなのかしら? 只深さん」
 殺気の籠もった視線。その瞳が、少しでも長生きしたければ正直に答えろと言っている。
「さ、先にウチらの商隊に手を出したんはそっちやないか。せやから、ウチは……」
「……なるほど。報復、というワケですか。馬鹿なことを……」
 怜悧な視線に、只深はすっかり射すくめられていた。

「さて、どうしましょうか。またこのようなことがあっては困りますし、後顧の憂いは完全に断たなくてはなりませんね」
「母様。でも、こんな子供に手を出すの、気が引けるね」
 香蘭は馬鹿にするように只深を見ている。
「それもそうだけれど……」
 推し量るような女の視線。

 九峪はやれやれとため息を吐いた。

「なぁ、お二人さん。この子、見逃してくれるならいいことを教えてやろう」
「あら? 口を効いていいと言った覚えはありませんが?」
「……」
「まぁ、いいでしょう。言うだけ言ってみたら?」
 九峪はこいつは何時か泣かせようと心に誓いつつ、交渉を再開する。

「この子はこう見えて大商人の一人娘でな。手を出せば追っ手は今まで以上に付く。下手をすればどこぞの国が出張らないとも限らない。それはあまりうまい話じゃないだろう?」
「なるほど。確かに」
「うん、それでだな。二人とも人間とは思えない強さではあるし、眉目秀麗でもある。盗賊なんていつまでもやっている器ではないだろう?」
 女は目を細める。

「さて、あなたは何が言いたいのでしょう?」
 九峪は懐から、一見して恐ろしく価値のありそうな短剣を取り出す。白金の刀身に金の装飾を施した柄。埋め込まれた紅い宝石の周囲を、蛇が浮き彫りにされている。
「――こいつは、倭国は九洲で十五年前に滅びた王家につたわる神器の一つだ」
 神器。そう言われてそれを疑うものはいない。そう断言出来るほどに、その短剣は見事なこしらえだった。

「なぜ、あなたがこんなものを?」
「その王家に縁のある人間と言うことさ。だが、まぁ、俺一人で立て直せるワケでもないし、その器でもない」
 九峪はにやりと笑って見せる。

「その点お二人なら、王家のものを名乗っても誰も否定などしまい。人は勝手に集まるし、その腕も存分に震える。上手くやれれば国一つ手に出来る。興味は……湧かないか?」
 じっと、九峪を見据える女。

「なるほど。滅んだ国を復興などとは手間はかかりそうですが、面白いかも知れませんね。フフフ」
「だろう?」
「小さな倭国の、更に小さな国一つなど、私と香蘭がいれば確かに……」
 紅玉は一つ頷くと、九峪の手から短剣を受け取る。

「いいでしょう。これでその子の命は見逃します。ただ売っただけでも釣り合いは取れそうですしね」
「懸命な判断――」
 九峪の言葉は途中で途切れる。
 紅玉の手にはいつの間にか玻璃扇が握られ、その先端が喉に突き刺さっていた。

「な、く、九峪はん! あんた何するねん!」
 血を吐いて崩れ去る九峪に一瞥を与え、女は玻璃扇に付いた血を振り払いながら悠然と答える。
「契約はあくまであなたの命だけ。仮にこの男が王族だというなら、死んでいて貰わねば肝心なところで綻びが出ます。途中まで上手くいってそこから全てをかすめ取られたのでは元も子もありませんからね」
 女は冷徹に言い放つと踵を返す。

「では、お嬢さんご機嫌よう。ふふ、この辺りの夜は寒いから、せいぜい風邪を引かないようにね」
 涼やかな笑いを零しながら、親子は立ち去る。
 只深は、その姿を憎々しく睨み付けていた。

 が――


「いつまで寝たふりしとんねん。もう行ったで九峪はん」
 顔をしかめながら起きあがる九峪。
 口の中をもごもごとさせると、中に溜まった血を吐き出す。

「くそ、口の中が気持ち悪い。どうせなら脳天割ってくれた方が楽なのにな」
「相変わらずでたらめな身体やな。なんで死なへんねん」
「うるさい。好きこのんでこんな身体になったワケじゃないぞ。ったく、あーあ、それにしても、連中このまま九洲に渡ると思うか?」
「せやなぁ。行くとちゃうん? 野心もでかそうやったで。しかしまぁ、これも天目はんの為でっか?」
「まぁな。最終的にどうなるかは知らんが、ナントカとはさみは使いようだ。狗根国軍の五、六百も潰してくれればもうけもんだ」
「――しかしなぁ」
 只深は死屍累々となった広場を見て、大きくため息を吐く。
「エライ赤字になってもたわ」
 その顔は、女に対峙したとき以上に泣きそうになっていた。













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【2006/06/13 00:48】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出雲盛衰記47
 出雲盛衰記
 四十七章



 城壁の上から天目と紅玉、香蘭親子の戦いを見ていた衣緒は、その人知を越えた動きにすっかり意気消沈していた。
 ――あんな人が他にいるというなら、それは私が防がなくてはならないというのに……

 衣緒にはまるで自信がなかった。精神論でどうにかできるレベルの違いではない。多少の足止めくらいなら可能かも知れないが、それでも勝つという単語はまるで浮かんでこないのだった。
 しかも、いざ戦闘になれば人数はあちらの方が多い。仮に天目一人でも城内への侵入を許せば、星華や神の遣いを守りきれるとは思えなかった。

 ――お姉様はどうするつもりなのかしら。

 思い起こすのは自信満々で勝ちを疑わない姉の顔。どんな秘策があるのかは聞いていないが、それでも姉ならばなにか途方もない策を考えていることだろうと思う。ただ、なぜそれを何も話してくれないのかが、どうも気がかりだったのだが。

「それに、羽江も……」
 羽江の身柄が復興軍の方にあると言うことは乱破からの報告で分かっていた。特に捕らわれているというわけではないようだが、それでも実質人質を取られているようなもの。あからさまにそのことを示されれば、少なくとも衣緒自身の動きは止まるだろう。姉や、他の宗像関係者については何とも言えなかったが。

「衣緒様、そろそろお休みになられては……」
 部下の一人が進言する。
 昼間の騒動から大分時間も経っている。とっくの昔に日は暮れて、城外では再興軍がかがり火を焚いているのが見える。夜襲も一応は警戒しなければならないが、衣緒が直接指揮をしなければならないというわけでもない。どのみち四六時中張り付いていることなど出来ないのだから、休めるときには休んでおくのが無難と言えた。

「そうさせてもらうわ。くれぐれも警戒を怠ることがないように」
「は」
 頭を下げる部下。
 衣緒は城壁づたいにではなく、城壁を下りて街を通って城まで向かうことにした。街の中の様子を多少見て回りたいと思ったからだ。

 とは言え、暗くなってしまえば大抵の家では既に眠りについている。光熱費の無駄でしかない時間帯に起きている人は少ないのだ。さらに戦時中と言うこともあって、住民はやはり勝手に出歩いたりはしないようだ。不審な人物がいないか、復興軍の兵が哨戒している事もある。

 衣緒は静かな街の中を、ゆっくりと歩く。不気味なほどの静けさは、あまり気持ちのいいものではなかった。
 ふと、先の方へ目をやると、月明かりの下で倒れている男がいた。格好からすると旅人のようだが、外部からの出入りが出来ない今、旅人が城内にいること自体怪しさ満点だ。衣緒は肩に担いでいた巨大な鎚を構えると、ジリジリと男に近づく。
「……大丈夫ですか?」

 警戒を怠らないまま、足で突っつく。男はピクリともしない。一応生きているのか呼吸音は聞こえてくるが、意識は無いようだった。
「さて、どうしましょうか」
 衣緒は、傍らに膝を突くと、俯せになっていた男の身体をひっくり返す。

 三十がらみの無精髭を生やした男。何処か怪我をしたのか、服は血に濡れていた。
「もし、しっかり」
 衣緒が揺するが、男は目を覚まさない。
「困りましたね」
 哨戒してくる兵がやってくるのを待つか、それとも呼びに行こうか迷う。この男が敵だったのならば、ここで目を離すのは危険だ。どのみち怪しい男ではあるし、死なれたからと言って衣緒が困るわけでもない。暫く考えて、ここで様子を見ることに決めた。

「すー、すー」
 脳天気に寝息を立てている男。
 衣緒はどことなく愛嬌を感じさせるその寝顔に、笑みを零す。
 ――今がどんな状況か、分かってるのかしら。

 なんとなく、さらさらと髪に触れてみて、自分は一体何をしているんだろうと首を傾げる。見ず知らずの年上の男に、寝ているのをいいことに勝手に触っている。なんだか酷く自分が変なことをしている気がして、慌てて男から離れ――ようとした。

「!」
 髪に触れていた腕が不意に掴まれる。驚いて引っ込めると、その手はあっさり振り解けた。
「む、ここは……」
 男は警戒する衣緒に構わずゆっくりと身体を起こす。
 自分の血にまみれた格好を見てため息を吐いた。服もあちこち破れている。

「あ、あなた……。なんでこんな所に」
 衣緒に問いただされ、男は眠気を追い払うように首を振る。
「なんでって、まぁ、何でだろうな? 強いて言えば復興軍の幹部に会いたかった気がするが……」
「! やはり暗殺者ですか!」
「はぁ?」
 いきり立つ衣緒に心底心外だといいたそうな九峪。

「なんでそうなるかなぁ。大体暗殺する意味あるのか? ほっといても再興軍が勝つだろ」
「ぐ、そんなことやってみなければ……」
「いや、やるまでもないと思うがね。まぁ、俺はどちらかといえば平和の使者だよ。丸腰だし、その物騒なもん下ろしてくれないか?」
「使者? 交渉の余地があるとでも?」

 九峪はまじまじと見つめてくる衣緒に向けて苦笑してみせる。
「なぁ、衣緒。目的が同じなのに、手段が違うからって争うのは、どうかと思わないか?」
 名前を言われて当惑する衣緒。
「なぜ、私の名前を」
「羽江に人となりは聞いてる」
「羽江に……。ではやはりあなたは再興軍の……」

「どちらかといえばな。だが、ここにいるのも独断だ。とは言え話を聞いてくれるなら羽江を返すことは確約しよう」
「ここであなたを殺したら?」
「別に構わんよ。それならそれで。だが、少しでもこの戦いに疑問を抱いているなら、俺の話も聞いて欲しいもんだな」
 逡巡する衣緒。それはそのままこの戦いに、衣緒自信が迷っているせいでもある。

 客観的に見れば正義は再興軍にあり、宗像神社がどうこうというよりは、耶麻台国の復興こそが目標だった衣緒にしてみれば、この戦争自体不毛だと感じていた。出来うるならば止めたい。それは切実に感じている。そして、それが殆ど不可能だと言うことも分かっている。

 幾ら香蘭、紅玉が異常な強さを持っていようとも、たった二人の強者だけで戦争を勝つことなど出来ない。優秀な人材も軒並み再興軍にとられてしまった今、亜衣の知謀だけが唯一の頼み。でも、衣緒は姉が追いつめられた状況でとんでもないことをしでかしてしまいそうな、そんな予感があった。

 実際、亜衣には前科がある。十五年前の耶麻台国滅亡の時も、これまでの反乱軍としての生活でも、亜衣は生き残るために手段を選ばない。かつて竜神族を狗根国に売り渡したような真似を、今また再び起こさないとは、衣緒にも言い切れるものではなかった。

 再興軍がそれを危惧し、大義名分と振りかざして復興軍を攻めるのはやはり道理。だが、逆に追いつめたことで亜衣は手段を選ばなくなる。それが、衣緒にとって一番の危惧だった。

 だから、男の申し出に心が揺らぐ。
 根拠は何も無い。ただ、目の前に現れた男に縋りたかったのかも知れない。
 姉を止め、妹を救い出してくれるという甘言。
 罠である可能性は高いが、それでも衣緒の迷う心では、男を討ち果たすことが出来なかった。

「わかりました。ですが、あなたが暗殺を目論んでいないとも限りません。拘束させて貰いますが構いませんか?」
「ああ、当然の処置だな……って」
 男はそう言って首を傾げる。衣緒は軽甲に悪趣味なほど巨大な鎚を持っている身なりで、どうも人を拘束するような縄などを持ち合わせているようには見えない。

 衣緒もそれに気づいて、仕方がないかと一つ息を付くと、男に先を歩かせて自分は怪しい動きが無いか見張る事にした。物腰から素人ではないとわかったが、さりとてそれほどの手練れというわけでもなさそうだと、衣緒が判断したためだ。不審な動きがあれば自分一人で止められるだけの自信があったのだろう。

 衣緒はふと、前を無警戒に歩いている男に聞いておかなければならないことがあることに気づいた。
「あの……」
「九峪だ」
 男はまるで衣緒の心を読んだかのように、すらりと自分の名を口にする。
「……」
「ん? 名前じゃなかったか?」
「え、あ、はい。そうですけど、なんで分かったんですか?」
 気味が悪いとでも言いたげな衣緒。

「別に。そう言えばまだ名乗っていなかったなと思っただけだよ。まぁ、強いて言えば経験則かな」
「はぁ。それで、九峪さんは姉様に会ってどうするつもりなんです? 平和の使者とはいいますが、この戦争はなんの犠牲も無しに終わらないような気がします」
「そうだな。一人も犠牲が出ないような状況なら、そもそも戦争にならない」
「では……」
「亜衣の首を条件に停戦。それも一つの道だろうな。まぁ、それをよしとする人間かは知らないが」

「亜衣姉様は、絶対に降伏だけはしないと思います」
「妹の衣緒が言うなら、それはそうなんだろう。だから、まぁ、色々と難儀なんだが……」
 ふと、九峪は足を止める。
 不審に思って、警戒を強める衣緒。その背後で、土を踏む音が響いた。

 同時に振り返る、九峪と衣緒。
 そこに立っていたのは、赤い魏服に身を包んだ、妙齢の女性。

「紅玉さん。なぜ、こんな所に……」
 衣緒の言葉を、紅玉は無視して九峪だけを凝視していた。

 一歩、近づく。
 その顔は、当惑に彩られている。

「よぅ。紅玉」
 九峪の気安い挨拶。
 紅玉は両手を口元に運ぶと、わなわなと震えている。

 そして、ぽつりと呟いた。

「なんで……生きて…………」

 狼狽する紅玉に、九峪はニヤリと笑みを向けた。













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【2006/06/09 19:10】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
出雲盛衰記46
 出雲盛衰記
 四十六章



 天目と対峙する少女と女。
 三者の間でとてつもない気が溢れ、遠巻きに見つめる再興軍兵達は息をのんでいた。
「同じ組織にいたというのに、あなた方と会うことは今まで無かったな」
 組織に組み込まれて直ぐから、前線で仕事をしていた天目は二人の事を名前以外知らない。

「ええ、初めまして」
 妖艶な雰囲気を醸し出している妙齢の女性が、そう言って微笑む。
「紅玉殿、でよろしいか?」
「これはこれは、お見知りおき頂いて光栄です。天目様」
 天目は鷹揚に構えながら、隣にいる少女の方に視線を見つめる。

「そしてこちらが香蘭様か」
「初めましてのことね」
 ニッコリ笑いつつも殺気の籠もった視線。天目はますます楽しそうな顔になる。

「して、お二人は何の為に出てこられたか? 使者としてか、それとも……」
「まずはお話を……」
 紅玉はそう言って一歩下がる。
 間合いをはずされた天目は、自らも一歩下がって頷いた。この間合いが二人が同時に仕掛ける事の出来ない距離。同時に迎撃を確実に行える距離でもある。

「ともかく同じ志を持つもの同士、争うことは無意味、と言うのが復興軍一同の見解です」
「同じ志……だと?」
 嘲笑を浮かべる天目。
「それは一体何の冗談だ? 狗根国と裏で手を結んでいいように操られているだけの俗物共と、純粋に耶麻台国の復興を望んでいる我らと同じ志などと笑止な」
 紅玉は肩を竦めてみせる。

「あら、それでしたらあなたもあまり変わらないのではないですか? 出雲王家のお姫様」
「あなたはただ、出雲王家を復興するために九洲の人間を利用してるだけね。何も変わらないよ」
 香蘭もあわせて追撃を加える。
 天目はこの反撃に首を傾げてみせる。わざとらしく。
「これは異な事を言うものだな。確かに私は出雲王家の血筋ではあるが、だからといって何を根拠に九洲の民を利用しているなどと。仮にそうであるならば、復興軍と同じ下賤な者であるというならば、何も火魅子候補や元王弟の伊雅様を立てる事もせず、全て自分で牛耳ってしまえばいいだけ。利用していないとは言わぬが、それはあくまで出雲王家復興のためではなく、耶麻台国再興の為。勘違いはなされるな」
「詭弁、ですわね」
 紅玉はそう言って嘲笑を浮かべたが、それでもそれ以上の反撃は無かった。

「交渉は決裂……ね」
 香蘭はそう言って身構える。それに習うように紅玉も。
 天目も油断無く構えながらも、ニヤリと笑った。
「そう言えばそなた達が復興軍に肩入れする理由を聞いてなかったな。聞けば正統なる王家の血筋とか。何故滅亡の一助となった宗像連中に与する」

「王家の血筋と言っても、所詮は傍系もいいところね。その上大陸に渡ったから支えてくれる人もいないよ」
「後ろ盾ほしさに、か」
「どのみち、私と母様がいれば負けは無いね」
 香蘭はそう言うと同時に、拳を地面に叩き付けた。

 爆裂音と共に土砂が舞い上がり、天目の視界を覆う。
 天目は舌打ちしながら、大きく後方に飛んだ。
 だが、それも二人の手の内。死角をついて回り込んだ紅玉が背後から必殺の拳を天目に叩き込む。

 ――殺った。

 勝利を確信した紅玉だったが、その拳が天目の背中にある派手な羽根飾りに弾かれる。驚愕に目を見開く紅玉。
「母様! 危ないのこと!」
 香蘭の叫びに、紅玉は飛びのく。追撃するように伸びる羽根飾り。
 それは明確に意志を持って紅玉を追跡してく。

「こっちね、天目!」
 天目が視線を向けると、中空から香蘭が飛びかかってくるところだった。
「愚か者め」
 天目の顔が険しく歪む。

 空中からの攻撃。それは浮いてる間は無防備であると言うこと。
 天目の羽根飾りが蠢き、香蘭に向かって一直線に飛んでいった。
 確実に香蘭を捕らえたと思った瞬間、放物線を描いていたはずの香蘭の身体が、空中から地面に向かって加速し、羽根飾りをかわす。着地点は天目の目の前。

「しまっ!」
 気を放出することで可能な多段飛び。紅玉を追っている分と、香蘭に向けて放った分で、武器となる羽根飾りを防御には回せない。
 香蘭の拳がうなりを上げ、天目の腹部に突き刺さった。

 腹部で爆弾が破裂したような衝撃に、天目の身体は豪快に吹っ飛ぶ。
 血反吐を吐きながら、何とか体勢を立て直した天目だったが、紅玉がその隙を逃すはずもなく追撃してくる。死角となる上空からの蹴り。必殺の間合いから放たれたそれは、しかし横合いからの妨害で阻止された。

 紅玉をはじき飛ばした小さな影。
 自らも追撃に突っ込んでいた香蘭の顔に、当惑が広がる。

「子供?」
 無邪気な顔で佇む子供は、香蘭との間合いを一瞬で詰めると無造作に殴りつける。まるで間の距離が消失したかのような神速以上の動きと、全身を軋ませるような一撃。
 香蘭も大きくはじき飛ばされ、川辺城を囲う城壁に激突した。

「かあちゃん虐めちゃ、め!」
 そう言って口を尖らせ、二人の存在など無視して天目に駆け寄る。
「だいじょうぶ~? かあちゃん」
 天目は口元の血を拭うと、息子の頭をなでつける。
「ああ、問題ない。すこし油断した……」

 立ち上がった天目の足下は危なげない。視線を向ければ、困惑したような表情を向ける、香蘭、紅玉がいる。

「さぁて、どうする? 次は容赦しないが……」
「香蘭、ここはいったん退きますよ」
 紅玉は慎重にそう呟いた。得体の知れない子供の参戦で、流れが悪い。

「仕方ないね。天目、次は確実に仕留めるよ」
「負け犬の遠吠えか……」
 嘲笑を浮かべる天目に、殺気の籠もった視線を向けつつ、二人は川辺城へと戻っていった。

 天目はそれを見届けると、息子の手を引いて踵を返す。
 本陣の方から、数人の兵士が向かってきていた。

「天目様。ご無事ですか?」
「大事無い。それよりも部隊の展開を急がせろ。隙をみせれば奴ら、嬉々としてそこを攻めてくるぞ。お前等では一対一では話にならんのだ。余計な被害が増える」
「はっ!」
 天目はそれから部下へと一通り指示を出し終えると、川辺城の方を一瞥し、呟いた。

「さて、次はどう出るか……」



 本営の天幕で、上半身裸の――と言ってもいつもと大して変わらないが――天目は、忌瀬の治療を受けていた。
 香蘭の一撃を貰った部分が、どす黒く変色している。熱があるのか顔色もあまり良くなく、呼吸も若干乱れていた。
「まったく、あんなの貰って良く生きてるわね~。無理しちゃダメよ、独り身じゃないんだから」
「ふん。大したことはない」
 忌瀬は苦笑しながら、薬草を練り合わせものを布に貼り付けて、患部に貼り付けると包帯でそれを固定する。湿布のようなものだ。

「大仰だな。もう少し何とかならんのか?」
「何言ってるのよ。きっちり肋三本折れてるんだから。本来なら絶対安静よ」
「普通の人間と一緒にするな」
 天目はぶっきらぼうに呟くと、腰を下ろしている寝台で、寝息を立てている息子の頭を撫でる。

「まぁ、コイツがいなければ危ないところだったがな」
「しかし、強いねあの親子。どうするつもり? 討ち取るのは難儀よ」
「相応の犠牲は覚悟しなくてはならないだろうな。一対一ならば負けはしまいが」
「それも怪我をしていなければ、でしょう? あ~あ、こんな時九峪がいればねぇ~」
「……」
 九峪の名前が出た途端、天目の顔に渋面が広がる。人前では絶対に見せない顔だが、忌瀬との付き合いは短くない。それだけ心を許している面もあるのだろう。
 忌瀬はそんな天目の表情を見て苦笑を浮かべる。

「アハハ、ごめんごめん。冗談よ。九峪に頼んだらその子の兄妹が増えるだけだもんね。まぁ、犠牲は出ないかも知れないけど」
「節操がないからな」
「何を今更だけど。どこにいるのかしら、本当に」
「さてな……。まぁ、どうでもいいさ」
「無理しちゃって」
「別に無理など……」

「天目。何かあったの? 九峪と離れてもう三月以上でしょう? なんで、探しに行かないの? 今までのあなたなら……」
「もうすぐ……、時間切れだから」
「時間切れ?」
「あいつは、自分の世界に帰る。いや、帰らなければならないんだ。それを引き留めることは出来ない」
「どういう事? 自分の世界って……」
「あいつはこの世界の人間じゃない。異世界からやって来た」

「それは聞いたことあるけど」
「私とて全てを分かってる訳じゃない。ただ、十五年経ってしまったから」
「ちょっと、天目? 意味が分からないわよ」
「だから、今の内から九峪がいない世界に慣れておかないと……」
「……本当なの?」
「さぁ。いい加減愛想が尽きただけかもな」
 天目はそう言って鼻で笑う。だが、忌瀬にはその横顔がどこか寂しげに見えた。













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【2006/06/06 17:57】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出雲盛衰記45
 出雲盛衰記
 四十五章
 
 
 
「だ、だからですね。私も別に好きでのんびりしていたわけでは……」
「黙れ売女! なんと言おうと貴様が俺の未来を激変させたのは変わらんわ!」
「うぅ。すみません」
 閑谷と虎桃、真姉胡で石舞台に突き刺さった女を何とか引き抜くと、意外とぴんぴんしていた女は直ぐに弁明を始めた。

「で、結局俺は何をするためにこの世界にきたんだよ!」
「だから、私の子供達を救って貰うために……」
「誰だかわからんだろうがっ! もっと詳細を言え!」
「い、今言いますから」
 女は「十五年前は私にドキドキしてる可愛い男の子だったのに」とかぶつぶつと呟きながらも、語り始めた。

「まず、私が誰かと言うところからお話ししなければなりませんね」
「もったいぶらずにさっさと言え!」
「……私はいわゆる耶麻台国の初代女王、火魅子です。姫御子とも言います」
「あ゛?」
 ものっすごい顔で眼つける九峪。

「そんな目で睨まないでくださいよぅ。ホントに私が火魅子なんですから」
 唇をとがらせる女。
 閑谷は腕を組んで唸りながらも、
「確かに初代火魅子、いわゆる姫御子は天空人であると言い伝えが残っていますから、外見に関してはなんとも言えませんけど……」
「そうそう。天空人にとって千年と言ってもせいぜい外見的には五年かそれ以下しか変わらないから」
「でも天空人なら羽があるはずじゃ?」
 真姉胡は自分の知識の中から天空人の特徴を言ってみる。

 姫御子はノンノンノンと立てた人差し指を横に振る。
「確かに有翼種もいるけど、それが天空人の全てじゃないのよ。むしろ羽生えてるようなのは下っ端ね」
「へぇ~」
 なぜか得心顔の虎桃。

「天空人かどうかなんてどうでもいいんだよ。その話が本当なら、お前が救って欲しいのは耶麻台王家の連中ってことか?」
「それでいいなら簡単なんだけどね。事情はもう少し複雑なの」
「聞くだけ聞いてやろう」
「まず、私から派生した耶麻台国の系譜だけど、約六百年前に枝分かれしていて、そこから出雲王家が誕生しているのよ。だから滅亡寸前だったこの国にまず初めにあなたを送り込んだ」
「事前にその辺の説明くらいしておけ、このボケ」

 九峪はすかさず姫御子の後頭部を殴りつける。
「うぅ。殴らないでよぉ。説明したら引くでしょ九峪君」
「当然だ」
「私も背に腹変えられなかったの」
「言い訳するな。殺意が目覚める」
「……。じゃあ続きだけど、それから百年後くらいに今度は狗根国の現在の王朝の祖となる人が出奔してるの」
 姫御子はそう言って天を仰いだ。
「つまり、今倭国の西側の勢力は殆ど私の子孫が仕切ってるのよ」

 壮大な歴史の話に、閑谷と真姉胡は感心していた。虎桃はどうでもいいのか蝶々を目で追っている。
「で、お前の子孫が滅びると何か困るのか? お前が困るってだけならまた殴るからな」
「そんなワケないでしょう。確かに自分の子供達が争っているのはいただけないけど、正直六十代以上交配を続けた後の子孫に私の血なんて一滴だって流れてないです」
「じゃあなんでだよ」
「焦らないで。順を追って話すから。まず、世界の均衡というものから」
 姫御子はそう言ってどこから取り出したのか、チョークで石畳に一部が重なるように楕円を二つ書いた。

「この世界が五天からなっていることは知ってるわよね? すなわち天界、仙界、人間界、魔獣界、魔界。この絵のようにそれぞれの世界は観念上一部が干渉した状態で存在している。これは魔界の黒き泉や天界の扉などと言った形で現れているわけ。これはいいわね?」
 一同頷く。
「干渉部があるために、一定の手続きさえ踏めばその間を自由に行き来することも可能なんだけど、元々五つの世界が干渉して存在すると言うこと自体、不安定で危険な事なの。それこそいつ消滅してもおかしくないほどにね」
 姫御子はそこで一つため息を吐く。
「でもね。そんなこと知ったことかって思ってる魔界の馬鹿どもどかは、ずかずか人界に入ってくるし。別の世界の者が流入してくる事で世界が重なり合っている部分が、どんどんと内側にずれ込んでいくのよ。人の一人や二人なんて大したことではないのだけど塵も積もれば山となるというか。かつて人界で派手に起こった魔天戦争の折、そんな事は天空人ですら知らなかった時代には行き来も頻繁にあって、これ以上傾くと世界同士の干渉がのっぴきならないというところまで進んでしまった。臨界ギリギリでその事実に気がつき、魔族との間で人界との不干渉が決定されたの。さすがに魔界の馬鹿共も、世界そのものが無くなっては困るから」
「では、現在の狗根国の魔人召喚は問題があると?」
 閑谷の言葉に姫御子は微妙な顔で頷く。

「まぁ、一応そうなるわね。ただ、今のところ狗根国の左道士が総出で召喚を続けたとしても、最終的に臨界点を突破させる前に、この星の寿命が尽きるけれどね」
「つまりは何の問題もないってこったな」
「どこまで考えるかということでもあるわ。そしてそんな理由で私は九峪君を呼んだわけではないのです」
 姫御子は一つ息をついて続きを語り出した。

「臨界点が近づいていることをそもそも見つけることが出来たのは、五天以外の次元の発見でした」
「それって第六天……」
「人間の間で言われているそれとは別物です。そもそも第六天など存在しません。まぁ、その異世界こそが、九峪君のいた世界というわけです」
「なるほど」
「次元がどういう歪みを持って新たに九峪君のいる世界と干渉したのかは分かりませんが、五天と違い完全に別物である九峪君の世界では、ごく僅かに干渉しただけで何が起こるか未知数なのです。実際観測された時も、五天全土で天変地異が巻き起こりました。五天同士の干渉が増える分には悪影響はそれほどではなくとも、その間での干渉が増すことによって、相対的に九峪君の世界とも干渉率が増える事を考えれば、五天の間だけならば些細な事と言えても、結果的に著しく世界の寿命を減らす行為となっている可能性があるのです」

「むぅ。わかりにくいな」
「ともかくこのままでは九峪君の世界をも巻き込んで、六つの世界が消滅すると考えてください」
「……それを阻止する手だては?」
「あります。九峪君に来て貰ったのもそのためですから」
 姫御子は九峪の手を取ると、それを頭の上に掲げるようにして頭を下げる。

「お願いします、九峪君。どうか、私に力を」
「具体的にはどうすりゃいいのよ」
 呆れたような九峪の台詞。姫御子は嬉しそうに対策を口にする。
「とりあえず今現在の九洲に、私の形質を良く継いだ子供達がいます。その子達を集めてください」
「って、言われても誰が誰だかわからん」
「そのために便利な道具があります。ええと、波長も感じますからまだ現存してますね。方角から言うと九洲に」
「ほう。なんなんだ?」

「天魔鏡という、ちょっとお茶目な精霊が宿った銅鏡です。ご存じですか?」
「天魔鏡、ねぇ」
 九峪はどうしたもんかなと頭を掻く。
「?」
 首を傾げる姫御子。
「伊雅のおっさんの怨敵だからなぁ。急がないとたたき割られると思うぞ」
「えぇっ! あれ作るのに一体何年かかると! そんな時間は無いんですよ!」
「俺が知るか!」
 額を付き合わせて唸り合う九峪と姫御子。

 そんな二人を尻目に、蝶々を目で追っていた虎桃が、空を見上げてぽつりと呟いた。
「……こう言うの、渡りに船って言うのかなぁ」



 川辺城を三千あまりの再興軍が取り囲んでいる。
 とは言え三千では完全な包囲は難しい。天目は兵を北面と東面に集中させて展開させていた。

「天目さん。いよいよですね」
 南から部隊を率いてきた志野はそう言って川辺城の方を見つめた。
 天目は軽く頷く。
「ああ。難しいのはこれからだな。思った以上に兵をまとめるのが上手くいったからいいようなものだが、どのみちこの後は狗根国と一戦やらなければならないしな」
「ええ。そのことで深川さんからお話が……」
 天目は背後に控えていた深川に視線を送った。
 空中で火花が散るが、それも一瞬のこと。天目が柔らかい笑みを浮かべると、深川は毒気を抜かれたような顔でとまどいを見せた。

「久しぶりだな」
「私とお前は久闊を除す間柄ではない」
「それもそうだが、心配はしていた」
 意外な言葉に深川はますます困惑する。
「お前を都督に置いてけぼりにしたのは、私が九峪に言ったからだ。九峪を、誰にも取られたくなくてな」
「……そうか」
「あの頃は、世話のかかるお前の方ばかりに九峪がかまけていたから、不安だったんだ」
「……」
 深川は何とも言えないような表情で、視線を逸らす。

「どうでもいい。昔の話だ。それよりも狗根国の本国からの増援が動いているらしい」
「ほう」
「まだ攻めては来ないだろうが、あまり時間はないぞ。東山の思惑からすれば彩花紫を巻き込む形での戦争に発展した後だろうが、堪え性のない奴だから直ぐにせめてこないとも限らない」
「東山……か」
 天目が僅かに眉を潜めた。

「あ奴だけは生かしておけんな」
 ぽつりと呟いた言葉の裏に、隠しようもない殺気が籠められている。
「ともかく、今は川辺城攻略です。一筋縄ではいかないでしょう。あちらにもまだ兵力はありますし。籠城戦となれば、この頭数では絶対の勝ちの保証もありません」
「そうだな。しかし、火魅子候補はあちらにも二人いたはずだな。星華の他に」
「え、ええ。それなんですが……」
 志野にしては歯切れも悪く言いよどんでいる。

 その時、ちょうど川辺城の正門が開き、人が二人出てきた。
 見慣れぬ格好の女二人。
 志野が息を飲むのが分かった。

「あれが、そうか……」
「一人は火魅子候補の母親です」
「ふん。ではあからさまな偽者と言うことか?」
「いえ、血統的には確かに王族であると」
「なるほど……」
 天目が楽しそうに女二人を見つめる。チャイナドレスに身を包んだ少女と妙齢の女性。

 自然、足が二人の方へと向かっていた。













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【2006/06/02 19:58】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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