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深川23
 深川
 二十三話



 唐突に街のただ中に現れた、見慣れぬ服装の少女。

 少女はただの一撃を持って、その街の支配体制を消失させた。

 支配者側を文字通り消失させるという、あまりに鮮烈で衝撃的な方法で。



 人々は状況など微塵も把握できずに、ただ目の前に起こった現実を処理する術を模索して少女の姿をその視界に捕らえたまま動けずにいた。

 静まりかえったその場に、まるで救いのように少女の声が響く。


「私の名は日魅子! 開祖姫御子の正統なる血を引く、九洲の支配者である。長らく狗根国の支配下で民には苦労を掛けた。だがそれも今日で終わり。今この時より再び九州の地は耶麻台国の民のものである! そこにのうのうとのさばる怨敵を討つため、我こそはと思うものは手を貸して欲しい」

 年端もいかぬ少女の口から出た言葉に、戸惑いすら浮かべずに沸き立つ民衆。

 強大な力をまざまざと見せつけられた畏れよりも、その力が自分たちの為に振るわれる事実に狂喜する。


 民衆の顔に浮かぶ純粋な喜び。

 少女はそれを切なげに、儚げに見つめ、刹那嫌悪感すら滲ませて……



 それでも何事も無かったかのように、その場にいる最も権力があるものを呼びつけた。






 日魅子が降臨したのは美禰の街という、現在でいう宮崎県沿岸中部辺りにある比較的大きな街だ。
 支配国である狗根国の兵力は数百程度と、規模で言えばそこそこ。少なくとも九洲内で言えば多い方であり、ここ数年起こる反乱如きではびくともしない程度の防備ではあった。

 それを単独。
 さらに言うならば一瞬で落としてしまった日魅子。

 宣伝効果として敵味方含めてこれ以上ないものだった。

 僅かに残っていた反乱分子達は我先にと美禰に駆けつけ、また近隣の街の留主達は恐れおののき、九洲の中心である都督からは早々に刺客が放たれた。

 三日。

 たったそれだけの時間で、日魅子の元に二千あまりの人材が集った。

 直系の火魅子。


 それはもはや存在そのものが神格化されるような、九洲人にとっては神にも等しい信仰の対象。

 その神が協力を仰いで、どうしてそれを無視することなどが出来ようか。

 十五年に上る狗根国による支配への鬱積。故国への郷愁。そして功名を立てる事への少なくない打算。

 人のうねりは留まることを知らず、時代は今大きく動こうとしていた。



 その中心である少女、姫島日魅子。

 産まれた瞬間に耶麻台国の為に生きることを宿命づけられた、運命の申し子。

 しかし、彼女は姫島日魅子と火魅子の狭間で一人苦しんでいた。

「九峪ぃ……」
 誰もいない部屋で一人、顔を伏せて愛するものの名を呟く。

 はじめて人を殺した。

 数百人を一度に、塵も残さず消し去った。

 その時はあまりの事に心が反応しなかったが、落ち着いてみればその事実は重荷でしかない。

 あのとき目の前で死んでいった人々の顔が脳裏に焼き付いて放れない。

「助けてよぉ……」

 誰も知るものがいないこの場所で、誰にも頼るわけにはいかない運命を呪って。






 真っ先に私の元に馳せ参じたのは、伊雅と言う元耶麻台国王弟。つまりは日魅子の叔父であった。
 血縁にあるとは言っても、お互いに初対面。
 証明するモノは無かったが、火魅子の力は言葉以上に説得力があったし、その火魅子の力があるが故に日魅子には血縁のものを見抜くことも出来た。

 しかしそんな身内が真っ先に来てくれた事も、日魅子にとっては喜ばしいことでは無かった。
 ここで伊雅が日魅子をないがしろにして、全てを取り仕切ってくれたのならば良かったのかもしれない。

 だが伊雅は出過ぎた真似はしようともせず、一将として扱われることを望んだ。

 元々政治的なことが嫌いだと言うのもあったかもしれないが、結局はなんでも出来てしまう日魅子への負担が減ることは無かった。

 それでも、忙しさは罪の意識や悲しみを忘れさせてくれていた。


 十日が経ち、何とか復興軍としての体裁が整ってきた頃、日魅子は兵を伊雅に預け自分は一度美禰を離れると言い出した。
「は? しかしそれでは……」
「やることはそんなに多くないし、伊雅さん一人でも十分でしょう。ああ、細々したことは亜衣って言ったかしら? あの人使えそうだから相談しながらやってみて」
 一時は国の根幹にいた人物だ。街一つ治めるのに問題があるとは思えないので、日魅子はそう言い置いて行き先も告げずに街を出た。

「……ふむ。どうしたものかな」
 伊雅としても日魅子相手に強くも出られず、かといって万が一が起こっても困る。日魅子の実力は分かっているので、その万が一は実際億に一つもないのだと分かってはいても、自分の尺度でしか物事をはかれないのが人間だ。

「清瑞」
「は」
 伊雅の声に直ぐに姿を現す清瑞。
「それとなく警護に着け。まぁ、お前一人くらいならば火魅子様も御納得下さるだろう」
「承知しました」
 言い置いて姿を消した。

「一体何を考えているのやら」
「また、お一人で街を攻め落とすつもりでしょうか」
「おお、亜衣」
 清瑞と入れ替わるようにやって来た亜衣は、伊雅の前に座して頭を下げた。

「伊雅様直々のお呼び出しとの事ですが、私に何か?」
「ふむ、実は火魅子様にお前を推挙されてな。まぁ、言われるまでも無かったのだが、細々としたところ儂よりもお主の方が気が回る。いつまで留守にされるかは分からんが、それまでの間頼めるか?」
「火魅子様の代わり、ですか?」
 亜衣は戸惑うようにそう言った。そのような話ならば、彼女の主であり王族である星華に話をまわすべきと感じたからだ。

「あのお方は鋭い。血筋など区別無く適任がお前だと見抜いたのだろう。星華で悪いわけではないだろうがな」
「……畏れ多いことですが、そう言うことであれば全力で」
「うむ。頼む」
 責任丸投げとも取れる伊雅の行動に、亜衣は内心苦笑を浮かべつつ話を日魅子の方へと戻す。

「……火魅子様はどういうおつもりなのでしょうね」
「と言うと?」
「不満があるわけではありませんが、これは戦なのです。お一人で全ての敵と戦われるのもよろしいが、それでは兵が育たない。幾ら火魅子様と言えど九洲全土を守って頂けるわけではないのですから、今の内から戦闘を経験させて行かなくてはいずれ行きづまります」
 日魅子批判とも取れる内容だが、伊雅は自身もそう思っていたのかたしなめはしなかった。

「かといって、出鼻をくじかれるわけにもいかんだろう。狗根国はやはり強大だ」
「だからこそ、とも言えるのですが。私などには分からない深謀遠慮があっての事だとは思いますが」

 言葉の上でこそ真摯な亜衣ではあったが、内心は日魅子の勝手な振る舞いを嘲笑していた。血筋が良く能力があるのも認めている。
 だからこそ自分たちの上に立つものであると言うことも。

 しかし、それは裏を返せばそれ以上の成果を自分がなしえるならば、簒奪することに躊躇などしないという事でもある。


 復興軍は、その始まりから土台に大きな亀裂が入っていた。






 美禰の街から北に十数キロほど行ったところに刈田という街がある。規模は美禰に比べれば小規模だが、九洲全体で見れば中規模と言っても良く、何より城郭を備え街としての体裁を整えている。
 つまり、拠点としていずれ攻略しなくてはならない街の一つと言うことだ。

 復興軍として九洲解放のために取るべき選択は大まかに二つあると日魅子は考えている。

 一つは挙兵し近隣の街を攻略しながら規模を大きくしていき、最終的に領土を奪還する方法。
 日魅子がいれば求心力には事欠かないし、人も物資も自動的に集まるからそれほど困難な方法ではない。何より堅実でわかりやすく、他の選択肢など考えている人間は誰一人いないだろう。

 だが、と日魅子は考える。

 確かに堅実だしそれ以外に無いはずではあるが、このまま九洲を奪還したとして、日魅子にはそこを統治する自身が無かった。
 それは自分の能力の不足という話ではない。
 不足しているのは人材。

 このまま行けば復興は容易いだろう。
 だが、領土だけ奪い取ってもそこを統治できなくてはどうにもならない。

 戦争の過程で人は幾らでも集まるだろうが、あまり早く決着が着くのも考え物だった。
 少なくとも、内政を行える人材を確保してからでなくては、いずれ重大な問題に直面するのが目に見えている。

 必要なのは集まってくる有象無象ではなく、現状がどうあれ能力を開花させそうなもの達。
 それを自分の目で見て確かめなければならない。

 そのための単独行動だった。

 実際に復興軍内にいては決められた人以外に会える機会は少ないし、血筋が卑しければ自動的に排除されてしまう。
 それでは駄目なのだ。ただでさえ教育体制の無いこの時代。日魅子の要求に応えられる人材などそれほど多くいるわけでもない。

 復興軍に軍教育を施すことも大切だろうが、戦いそのものに復興の本質を見いださない日魅子にとって、そんなものはどうでもいいことだった。

 いざとなれば、自分一人で九洲など……

 それは同時にとてつもない恐怖を伴う想像だったが、最善を選択する火魅子としての思考は惰弱な弱音など許しはしなかった。



「さて、と」
 門兵に視線を会わせて暗示を掛け、意識をそらさせると何事も無く刈田に入る。
 近くで反乱が起きたことで、街の中へ向かうものへの検問は厳しくなってはいたが、それはあくまで人間を対象にしたものでしかなかった。
 実際に刈田の留主は復興軍が兵を集め始めたと聞いて、逆に安堵したと言う。
 日魅子一人に理不尽に攻められる方が、対処に困るし逃げようもない。兵を集め始めたと言うことはそれを使って攻めてくると言う事であろうし、軍行動が取れるようになるまでしばらくは攻めてこないと言うことでもある。

 日魅子の噂は狗根国関係者にとっては悪夢そのものでしかなかったから、人と戦えるならばまだ僥倖だと思ってしまっても無理はなかった。
 時間をかけてくれれば援軍も間に合うかもしれない。そんな打算も当然のように働いていた。


「…………」
 道の真ん中で瞳を閉じて周囲に意識を張り巡らせる日魅子。

 ただそれだけで近くに不審な人間がいないかが分かる。


「ふぅ」
 小さくため息を吐いて振り返る。
 少しだけ驚いた顔をした清瑞がそこにはいた。

「お目付役のつもり?」
「名ばかりですが一応護衛をと」
 日魅子は少しだけ不満そうに顔をしかめた後、別にいいかと思い直す。

「まぁ、別に危険は無いからいいけどね。勝手な行動は慎んでよ清瑞」
「はっ」
 人前と言うこともあり頭を下げない清瑞を数瞬見つめた後、日魅子はそっと近づき耳打ちをする。


「邪魔をすれば、殺すよ?」

 身体を強ばらせた清瑞に「冗談冗談」と友達のように気安く笑いかける日魅子。


 だが、その目は全くと言っていいほど笑っていなかった。













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【2006/10/23 15:39】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
深川22
 深川
 二十二話



 怖いモノが来る。
 とてもとても怖いモノ。
 それは少しずつ私に近づいてくる。

 少しずつ、近づいて、私を犯しにやってくる――






 ……痛てぇ。

 もうボロボロです。
 年下の三階級は軽く下の女子供にボコられました。あれ? 俺って喧嘩こんなに弱かったか?
 いや、弱いのは知ってたよ。知ってたともさ!
 でも、ちょっとこれは無いんじゃないのかなぁと思うわけですよ。

 相手が武器持ちならともかく、素手喧嘩で手も足も出ないなんてショックすぎて三日三晩寝込みたい気分。
 ああ、それは全身痛いせいかもしれない。

「身の程は分かった? これからは私の言うことを聞いて。逃げられっこないし、ここ三日くらいで一人じゃどうあっても生きていけないって分かったでしょ?」
 年下の少女の嘘のない言葉が胸に刺さる。

 確かにこのままじゃどう足掻いたって俺は生きていけない。
 癪な事この上ないが、俺には生きていく力も、俺を生かしてくれる誰かを自分で選ぶ権利も無いって事は嫌ってほど分かった。

 忌瀬に会って、それでどうにかこうにかやっていけるかなと思ったけど、結局忌瀬も一般人では無いみたいで……

 あぁ、自分が情け無い。
 本気で泣ける。

 なんで、こんなに弱いんだよ。
 弱すぎるぞ少し。

 地球のみんな、オラに元気をわけてくれぇ~、って気分だ。


 まぁ、そんな悲しい話は置いといてと。

「結局何処に向かってるんだ?」
 珠洲の後を付いて街道を南下している。方向感覚がない俺にはイマイチ実感が湧かなかったが、話を聞く分にはどんどん川辺からは放れているようだ。

 志野が耶麻臺国側に抜けたのは川辺にも伝わってるはずだから、北の街道は行けない。俺の生存はあくまで志野以外に知られてはならないと言うことなんだろう。あれだけ街道で不審人物宜しく声を掛けまくったんだから既に破綻しているような気もしたが、本当にそうであるならとっくに珠洲が止めていただろうし、許容範囲と言うことなのだろう。

 と言っても、話を聞く分には忌瀬はどうやら耶麻臺国側とつながりが或る様子。そうなると色々やっぱり破綻してくる……、と思ったのだが。

「私も付いていくからね」
 口止めを条件に忌瀬は珠洲とそんな交渉をしていた。本人曰く、面白そうだからと言うことらしい。なんでも元々耶麻臺国とのつながりはその盟主である天目という女との個人的なつながりで、その関係は復興戦争が起こった時点で解消したとか何とか……。プライベートな話なようなので、それ以上は語らなかった。珠洲はあからさまに疑っているようだったが、ともかく同行を承諾したりしていた。

「多分藤那様の所じゃない?」
 推測を口にした忌瀬に、珠洲は相変わらず愛想無く頷く。

「誰だ?」
「藤那。耶麻台国の王族でちゃんと王位継承権だってある尊い血筋のお方よ。まぁ、直系の日魅子がいる間はあくまでも王族の一人と言うことだけど」
「ふぅん」
 つまりは日魅子の親戚と言うことか……。

「でも、なんで王族なんかの所に? 女王候補って事は日魅子とつながり深かったりして、俺がノコノコと行ったらまずいんじゃないのか? 少なくとも志野の思惑的には」
 ちょっと小馬鹿にしたように珠洲の後ろ姿に言ってみるが、逆にバカにしたように鼻で笑われた。
 やっぱりコイツには一度みっちり教育してやらねば。
 まぁ、現状じゃとても無理だが……

「藤那様の性格は目立ちたがり屋で豪放磊落で不遜で不敵で自尊心が高いのよ。だから、当然日魅子がいる限り自分が実権を握れないという現状を快く思ってない人間の内の一人。名目上の官位はそれなりだけど、実効的な権力は何一つ与えられてないしね。まずいどころか最も妥当よ」
「……ふぅん」
 嬉々として教えてくれる忌瀬には悪いが、その手の話は食傷気味なんだけど。なんでこうまだ三世紀だろうにそんなに陰謀が渦巻いてるのか。人間が人間である限り、そこで行われることに変化など微塵も無いと言うことなのか? みんなで仲良く国造りってワケにはいかないんだろうか。

 そこまでしてそいつ等は何が欲しいんだろう。
 権力なんて邪魔でしかないのに。
 そんなもので、幸せになどなれないし、得られるモノだって本当は何一つ無いって分からないのか。

 ……見解の相違と言われればそれまでだけど。

「で、珠洲ちゃんとしてはその藤那ってのにどうして欲しいわけよ? 俺人質に日魅子脅迫しろって事か?」
「……アンタは切り札。生きてるってしれたら日魅子が冷静になるかもしれない。愛するモノが死んで混乱している今だったら、そんなモノはいらない。バカ正直にアンタの仇と清瑞を取り戻すために耶麻臺国に向かってるから、留守になった川辺を占拠すればいい」
 こともなげに言い放つ少女。

「そんな所か。でも、日魅子が戻ってきたら?」
「いくら日魅子でも天目を討つには時間がかかる。もし無視して戻ってきたとしても、その時は天目が背後を衝く」
「天目ならそのまま川辺も落とすわよ?」
「それならそれでいい。そうなっていればどのみち耶麻臺国も疲弊してる。後は狗根国が全て蹂躙するから」
 もう志野の策は成功したも同然。

 珠洲は冷めた声で呟いた。
 それはとても不愉快だった――

「確かに、九洲内でこの時期に戦争を起こしてしまえば、それだけ狗根国に有利にはなるわね。でも、それで本当にいいの? 結局元の鞘に収まって、狗根国が統治しておしまいだけど」
「――それはそれ。でも、日魅子だけなら最後まで残るから」

 日魅子さえ残っていれば、狗根国もただでは済まない――

 そんな言葉が幼い口から漏れて……


「――」

 のど元までせり上がった言葉を飲み込み、湧き上がる怒りにじっと耐えた。


 文句を言うのは簡単だが、それでは何も解決しない。

 考えろ。

 お前はこの世界で最弱。

 ならば最弱に見合った行動で、強者を出し抜く小賢しい論理を。

 振りかざすべきは拳ではなく、言語という名の最も発達した武器。



 知らしめろ。

 この未文明人共に情報化社会で育った人間の恐ろしさを!




 ……なんてモノローグを考えつつ、自分に出来る事が現状目の前の子供に遅れないで着いていくだけという惨めさ。

 それでもとにかく考えなければ。

 このままじゃ、俺自身はともかく日魅子がまずい。あいつにこれ以上人殺しをさせるなんて事、許せるはずが無いんだから。






 阿祖山中の庵。
 魔兎族三姉妹の住処へと私は連行されていた。

「取り敢えずこれは邪魔ね」
 兎華乃はそう言って私の背中にある刺青を指した。

 左道士がその本来の役割である祭事を執り行うものに施される呪印であり、生涯狗根国にその身を捧げることを誓う証でもある。
 刻まれたのはもう何年も前。
 まだ幼かった時分の事だ。

 左道。
 狗根国の他にもその使い手は存在するが、狗根国はその"学問"の探求に自覚的であり、如何にすればより効率よく左道士を生み出し、また強力で有用な術を使いこなせるかという点を病的なほど追求している。
 狗根国がそれを求めるのは一重に戦の道具としてだ。

 左道士十人ほどの部隊でも、その術が戦場で直撃すれば数倍の兵力を一撃で葬り去れる。煩わしい計略などを用いずとも、効率的に敵を殺す手段としてこれ以上ないほど有用な手段であり、それを量産することで狗根国は倭国の大半を支配下に治めることに成功している。

 玄武宮と呼ばれる魔界への穴が空いた場所。その行きすぎた思想の果て。
 魔人や魔獣と呼ばれる異界の化け物を召喚する為の祭壇。

 左道士に適性のある子供は、そこでこの呪印を刻まれる。
 まだ幼い肌に、魔界の穴から漏れ出す瘴気と共に刻まれる禍々しい文様。
 それは地獄の如き苦しみを伴い、半数はその場で命を落とす。
 生き残った者は選ばれた者。
 優秀な左道士としてその後の生活を送る。或いは優秀な兵器として。

 本来ならばそれは狗根国の祠祭でも正統な血筋のモノにしか許されないモノ。
 特別になるための儀式だ。
 そう言うものは秘匿されるのが常。

 だが、戦に勝つため大王は少しでも芽のある子供に片っ端から儀式を強要した。

 そして力ある者をただ作り出し、それを放置することをよしとしないのが、あの品性下劣な豚の思考。
 駒に自由意志など必要ないと言うことだろう。
 この呪印は、同時にある化け物に私の居場所を教え続ける。

「皮を剥ぐなどごめんだぞ。そもそもその程度で剥がれるものでもないしな」
 別に私も痛いのが好きだと言うわけではない。

 そもそも背中の皮をすべて剥がれたらその時点で死にかねない。

「分かってるわよ。かといってあの骸骨面をまた見たくもないし、貴方を泳がせているというなら、このまま天魔鏡の場所まで案内して貰うわけにも行かないでしょうからね」

「どうするつもりだ?」
「はずせる人に頼んでみましょうか。そう言うわけで私は交渉に行くから、兎奈美はこの人の護衛をお願いね。間違っても殺したら駄目よ?」
 にこりと笑うと、兎奈美は脳天気に返事を返した。

「姉様、私は?」
「貴方も私に着いてきて。多分、必要になるでしょうから」
「?」
 首を傾げる兔音だったが、兎華乃は微笑むだけで答えは返ってこなかった。


「じゃあ、留守を宜しく。狙われているのだから迂闊に動かないでちょうだいね」
 そう言い置いて兎華乃と兔音が去った後、残された兎奈美へと視線を送る。

 置いてけぼりを食らって何処か不満そうな顔。



 私は心の中だけでひっそりと笑った。




「なぁ、兎奈美。私と少し遊ばないか――?」

 無邪気な兎は疑うことすらしない。

 遊びという単語に一も二もなく頷いてみせる。


 私はそっと手を伸ばす。


「では――」



 ――まずは一匹。

 気づいたときには、後の祭りだ。













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【2006/10/19 13:23】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川21
 深川
 二十一話



「火魅子様。あの、姉様の事は……」
 出兵の準備をしている最中に、衣緒が申し開きにやって来た。
 姉思いの妹は、今回の処分についてもどうにかして欲しいのだろう。

「決定は変えないわよ」
「はい。それは承知しています」
「なら、早く貴方も仕事に戻りなさい」
「あの、ありがとうございました」
 衣緒はそう言って頭を下げる。

 思っても見なかった行為に私は当惑した。

「なにがありがとうなの?」
「……姉様が何か謀をしていたのは私も承知していました。今回の件もおそらくそれが原因なのではないですか? だとすれば、放逐くらいで済んで良かったと。九峪様を失うという失態、本来なら命を取られていてもおかしくはなかったと思います。だって、あの方は……」
 縮こまる衣緒。

「そうね。確かに私、九峪のこと好きだから」
 自分で口にして、こみ上げてくる感情を抑えるのに神経を使う。

「でも、それは私の落ち度でもある。それに一度失ってしまったものはもう戻らない。それに気を取られて、他のものまで失ってしまうわけにはいかないわ。私は耶麻台国を完全に取り戻さなければならないんだから。衣緒も思うところはあるでしょうけれど、それまで宜しくお願いね」
「はい。姉様の分まで力を尽くさせて頂きます」
 衣緒は深々と頭を下げると去っていった。

 失えば、二度とは戻らない――

 自分で口にした言葉を反芻すれば涙が勝手に溢れてくる。

 この世界に来たときに、本当は失っていたはずのもの。
 何の偶然か取り戻せたそれを、私は再び失ってしまった。

 二度と会えないだけならば、それはどれだけ良かったのだろう。
 今何をしているのかと、思いをはせる事も出来ただろうに。

 死んでしまえば、何も無くなる。


 こんな時だと言うのに、それでもこの国のために動かなければならない。

 その宿命を、心の底から私は呪った。






 何でもするから食べるものを恵んでくれと、行き倒れの少年に縋り付かれて仕方なく乾し肉を分け与えた。
 自分でも甘いと思う。
 そんなに余裕のある旅をしているわけでもないから、一々行き倒れに恵んだり出来ないんだけど。
 でも、乾し肉を涙を流しながら食べる少年の姿は、何というか単純に可愛いと思った。

「九峪はこんなところで何してたの?」
 当然とも言える質問だったが、九峪はピタリと食事の手を止めると渋い顔で考え込む。

「何? 言いづらいことでもあるの?」
「いや、まぁ、色々と事情があって」
「だからその事情が知りたいんだけど」
 堅気の人間には見えなかったし絶対に違うだろう。風袋から考えると割と高貴な人間のような気がする。この辺りでその身なりであれば、豪族の息子か何かなのだろうけど。

「人を……、探してるんだ。まぁ、やりたいことっつーか、やらなきゃいけない事はあるんだけど、その前にそれを相談する相手を探しているというか……」
「人捜しか。私旅してるから何か分かるかもね。どんな人?」
 こんな変な奴が探してるんだから、それはさぞかし変な奴なんだろう。

「……う~ん、でもなぁ」
 何を悩んでいるのか、九峪は歯切れが悪い。

「誰にも言わない?」
「人に聞かれたくないような事なの?」
「まぁな。俺もそうなんだけど、本当はこんな人の目に付くところウロウロしているのは拙いんだが……」
「誰かに追われてるって事?」
 こくりと頷く九峪。

 確かにあからさまな不審者だから、そう言うこともあるんだろうけど。

「で、結局誰なのよ」
「……深川って言う、狗根国の左道士」
「……ふ、深川!?」

 思わず声を上げてしまった。

「なんだ、知ってるのか?」
「し、知ってるって言うか。ちょ、九峪どこであんな女と関わったの?」
「いや、それも立て込んでるんだけど」
「まさか、九峪も狗根国の?」
 だとしたら、一緒にいるのは危ない。

「まさか。俺自身は何処の誰でも無いよ。ああ、でもどちらかと言えば耶麻台国なのかなぁ」
「……そ、そう。で、何があったの?」
 九峪は訥々と事情を語りはじめた。

 深川に命を助けて貰ったと言うこと。
 右も左も分からない九峪と一緒に数日動き回ったこと。
 結果的に、九峪を耶麻台国まで連れてきてくれたと言うこと。

「あいつが俺とその耶麻台国の知り合いって奴との関係を知ってたとは思えないから、多分半分くらいは善意だったと思うんだけど」
 なんて語る九峪の頭の中身が大丈夫か気になった。

「それ、冗談?」
「いや、深川があくどい奴で、血も涙も無いって事は知ってるけどさ。でも、俺にとって命の恩人だって言うのも確かだし」
「……ふぅん」
 本気で言っている九峪の話を聞いて、少しだけ冷静になる。

 九峪が言うように、深川が善意で人助けをしたなどとは微塵も思わない。
 あの女は――と言っても直接的な面識は無いけど――、利害関係抜きで人助けなど間違ってもやらない女だ。
 赤子だろうが笑って殺せる狂人に、そんな意識があるとは微塵も思わない。

 だとすれば――

「忌瀬? それであいつの居場所は……」
「ごめん、分からないわ。そもそもとっくに死んだものだと思っていたから」
「そっか。多分最近この辺にはいたと思うんだけど。あいつもわざわざ都督からこっちに向かっていた位だから、何かあったんだろうし」
「そうなんだ」
 気のない返事を返しながら、ふと視線を感じて顔を上げる。

 そこには疲れたような表情をしている少女が一人。
 こちらに視線を向けると顔をしかめて見せた。

「……ちょっと状況が見えないわね」
 私はそう呟いて見る。
「へ? 何がだ?」
「九峪が深川と知り合いだというのも驚きだけど、それを利用しようとしていた人間がいるというのが、ね。暫く放れている間に、一体何があったのやら」
「忌瀬?」
 当惑している九峪を無視して、私は九峪の背後に立つ少女に声を掛けた。

「こっちに来て座ったら、珠洲? 今夜は冷えるわ」
「……」
 少女は無言で歩み寄ると、九峪の隣に腰を下ろした。

「――す、珠洲! なぜここに!」
 本気で驚いている九峪。特に気配を消すでもなく、背後に近づいてきた珠洲に気づかないなんて鈍い奴だ。

 珠洲は狼狽する九峪の事など無視して、疲れたようにため息を吐く。

「本当に知らないとは思わなかった」
 呟きの意味を九峪は理解していないだろう。

「深川がどうかしたの?」
「……鏡の在処を知っている。それだけ」
 言葉少なに言われても、それだけで状況は理解できた。
 つまりは深川と知り合っていた九峪に、その鏡の在処か深川の居場所を聞き出そうと思ったと言うことか。

「深川が川辺から逃げたって言うし、てっきり合流するかと思えば頭悪いことばっかりやってるし」
「いや、だから何なんだよ。っていうか何故俺が此処にいることが――」
「バカ? ずっとつけてたに決まってる」
「え? ずっと? って事は、もしかして全部見てたのか?」
「行き倒れのフリして女口説いてたこと?」
「――っ!」
 九峪は言葉につまって顔を真っ赤にする。

 ああ、じゃあ私に会うまでも同じ事をしていたんだ。
 そう思うと若干不愉快になってきた。

「珠洲ちゃん、それ本当?」
「本当。まぁ、引っかかったのはアンタだけだけど」
 そう言って心底バカに仕切った笑みを浮かべて見せる。あ、相変わらずこの子はムカツク……。
 私が本気でぶん殴ろうか迷っていると、先に耐えきれなくなったのか九峪が切れた。

「き、き、き、記憶を失えぇっ!!」
 そう言って振り上げた拳。
 珠洲はひょいっと軽々と座ったまま身をかわし、突き出された腕と胸ぐらを掴んで九峪のことをたき火の中へと放り投げた。

「あ゛、あ゛づぅぅぅっっ!」
 九峪は悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がり、痛めていたのだろう左手を下敷きにしたことで更にもがいている。

「――ぷ、あはははは」
 私はそのあまりの堂に入った間ぬけっぷりに、珠洲への憤りも忘れて大声で笑う。
 珠洲も思った以上の反応に笑みを浮かべていた。

「てめっ、珠洲そこに直れ! 今から俺様が妹属性をその身に叩き込んでくれるわッ! 忌瀬も笑うなこのボケっ!」
 本人は至って真面目に、訳の分からない事をいいながら反撃してきたが、小柄な珠洲にその後もいいようにあしらわれていた。

 私はその即興の寸劇を見ながら、事の深刻さを忘れただいつまでも笑っていた。













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【2006/10/17 17:07】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川20
 深川
 二十話



 選択肢④『ヒモ』。

 気乗りはしなかったが、自らが生産できないのならば譲ってもらえる立場になればいいのだ! という短絡的且つ素敵な作戦である。
 正面から頼んでも無駄ならば、搦め手を使うという極めて論理的な結論でもある。

 ……いや、分かってますよ。そんなもの上手くいくわけないって事くらい。

 でも、振り返ってみると、俺ってこの世界に来てから結構もててるワケですよ(勘違い)。

 深川だって、兎奈美だって、日魅子は元からだけど、蘇羽哉だっているし。
 多分溢れんばかりのモテオーラを振りまいていると言うことなのだと思うのだ。

 ああ、そこ。つっこまんでよろしい。
 利用価値があるからとか、生理的現象だといいたいんだろう。

 だがしかし、だがしかしだ! 少なくともこの時代の女性の価値観からかけ離れていたら、そもそもそんな自体にはならなかったと思うのだ。


 ……ああ、補強材料は他にないのは虚しいな。
 あれですよ、つまり半ばやけになってるからこんな作戦立案しちゃうんだな。

 まぁ、それでも他に選択肢もないことだし……。
 上手くいけば気持ちいいことも出来るかもしれないし……。
 一晩のメシくらいはその気にさせたのなら喰わせてくれるだろうし。

 後はこの世界に来るまでチェリーを貫いていた俺が、どこまでオトメゴコロをゲットできるかが勝負の分かれ目!
 後、変なのに引っかからない事を節に願う。もう心の底から!

 神様お願いです。
 今までの不運分だけ、俺に美味しい思いをさせて下さい。



 そんな不退転の決意で挑んだ一人目。
 ターゲットは街道を歩いてきた同い年くらいの女の子。格好から察するに山人だろうか。
 当然の如く武器持ちなので、失敗したときにやばそうだったが、命までは取られまい。ただナンパするだけなんだし。
 そもそもこの世界にナンパの習慣なんてあるのかなぁ。まぁ、無ければ免疫が無いのだろうから、性交じゃなかった、成功確率は上がるだろうけど。

「ちょいとそこのお嬢さん」
 背後から声をかける。

「ん?」
 幾分警戒しながら振り返った少女。うむ、可愛い。これはなんとしても落とさねば……。

「あー、実は聞きたいことがあるのだが」
「なぁに?」
 面倒そうに歩み寄ってくる少女。
 く、かなり緊張するなぁ。神よ! 我に力を!

「一発やらせろ」
「……」
 沈黙。
 あれ? 痛い沈黙だ。
 俺、ナニ口走った? 緊張で変なことを言ったような……

 少女の身体が目の前で旋回したかと思うと、その瞬間腹部に強烈な衝撃が走り、俺は宙を舞っていた。

 飛んでる! 俺飛んでるよ!

 藪の中に突っ込んで目を白黒させている俺を一瞥だけすると、少女は「死ね」と一言言い捨てて去っていった。



 二人目。
 今度は同じく山人の娘のようだが、先ほどよりいくらか年上そうで、物腰も落ち着いている。
 同じ轍を踏むまいと、今度はストレートな物言いは避けることにした。

「へい彼女、お茶しない」
「お茶とは何だ?」
「え、あれ? お茶って無いのか? うわぁさすが原始時代」
「? 用がないなら行くぞ」
「ちょいとお待ちになって。実は道に迷ってて」
「迷うも何も北に向かえば川辺で、南に向かえば美禰だ。一本道でおかしな事を」
「あうぅ、そうなんだ?」
「連れが先に行ってるんだ。急いでいるからもう行くぞ」
 そのまま歩き去る女。

 ぐぬぬ、そもそもこの時代の習慣も世情も知らないのに話が弾まないというか、見ず知らずの人間に道を聞く以外なんの話をしろと言うのか。
 ナンパって難しいなぁ。



 三人目。
 今度は声をかけるというスタイルを変えてみることにした。
 話題がないのならば、あちらからこっちに興味を持たせればいい。
 そんな思いで取り敢えず行き倒れてみた。

 道ばたに転がって人を待つこと三十分。そもそも往来がほとんど無い街道でやるのが間違いなんじゃないかと思い始めた頃に足音が……。

 ――この機を逃してなるものか! 見てろこのモテ男君の真の実力を。

 ざり、ざり、と土を踏む音が徐々に近づいてきて目の前で止まる気配。

 ぐふふふ、この俺様の本気のコンボを食らうがいいさ!
「あら、行き倒れかしら」
 身体をひっくり返されて、薄目に顔が視界に入った。

 キター! 滅茶苦茶美人だしなんかブルジョワっぽいぞ。なんか怪しい空気を纏っているが、コイツを籠絡してしまえば、多少は目処が立つはずだ!

「あら? あらあらあら」
 そんなことを言いながら、涎をすする女。

 ……ああ、こんな時になんだが、戦略的撤退が頭の隅をちらつく。

「可愛い坊やじゃない。うふふふ」
 そう言ってその手が頬をさする。
 不気味に微笑まれると、過去のトラウマがわさわさと蘇り――

「はっ! ここは一体!」
「あら、起きちゃったの? 大丈夫? 行き倒れてたみたいだけど、よければその辺でゆっくりと……」
「ああ、こんな事をしている場合じゃない! 介抱してくれてありがとう! 俺はもう大丈夫です。失礼!」
 そう言って走り去る。

 ち、畜生! なんで逃げてるんだこんな潜在一隅のチャンスで。

 しかもなぜか逃げて良かったと安堵している自分がいる。
 得体の知れない女だったが、もしかしてここで逃げたのは人生最大のファインプレーだったのかもしれない。

 取り敢えずそう言い聞かせることにした。






 その後も街道沿いの集落やなんかで声をかけたりして歩いたが、それなりの年齢の女性は大抵夫がいたりすると言う事が判明。平均寿命が短い分だけ早婚らしい。でも、身体が出来ていないうちに子供産むと余計に危険な気がするんだが、そんなことを考えてもいないんだろうか。
 そもそもこんな集落毎に世界が完結しているような、閉じた社会に異分子が入り込んで、女を口説くなんて真似が成功するわけが無いだろうと気づいたのが二日後の夕暮れ時。
 無理、無茶、無謀な作戦だったわけだ。
 ああ、後少しばかり相手を選び過ぎたかもしれない。

 顔偏差値60切ってる奴は自動的に弾いたし。
 そう思うと、街道で釣れたあの変な女は惜しかった。
 いや、本気で思ってるワケじゃないけどさ。

 トボトボと、本日も野宿かと思いながら街道沿いの集落を歩いていると、道ばたで荷物をまとめている女が目に入った。
 見た目ボロボロで、如何にもよそ者然としたナリだった。
 それでも傍目に美人ではあったし、どことなくその周りにとけ込まない雰囲気に、親近感が湧いたりもした。

 ――まぁ、駄目で元々だしな。

 半ば開き直り、オペレーション『行き倒れ』を発動する。

 手前からふらふらと如何にも死にそうな感じを装って(実際なれないことをやって疲労困憊の上、空腹だったので演技とも言えないが)、その女の前を通り過ぎる。

 視線を感じながら、不自然にならないように気を付けて倒れた。

 ふっふっふ、これで無視出来まい。
 と言うか、あからさますぎるなコレ。まぁいいか。

 開き直っていると、近づいてくる足音が。ちょっとドキドキしていると、なぜか女は俺の足を掴んで歩き出した。

 ぐ、な、なんて扱いを! 人をものみたいに。ああ、服が汚れる! 汚れちゃうから!

「行き倒れにも決まりはあるのよ。せめて最後くらい人に迷惑にならないようにひっそりと死になさい」

 呆れたようにそんな事を呟く。

「あ?」
 あ、思わず腹が立って口を開いてしまった。

「なんだ、まだしゃべるだけ余裕あったんだ。じゃあ、頑張って人のいないところまで行って倒れたら?」
 なめた口を……。やはりこの世界は血も涙も無いな。人情ってモンを学んでくれ。頼むから。

「あれ? ここは?」
「お腹が空いて前後不覚か。それとも倒れたときに頭でも打ったのかしら?」
「あんた、誰?」
「誰でもいいでしょう? 起きたのならさっさと何処か行けば?」
「……」
 あ、今本気でむかっと……。食らえ! 俺様の熱視線攻撃!
「何?」
「いや、ちょっと驚いちまった」
 戸惑う女に意外な一言で追撃!

「……どうして驚くの?」
 聞き返してきた時点で勝率は八割だよチミィ~(誰?)

「気づいたら何処か分からなかったって言うのもあるけど、気づいて目の前にいた人があんまり綺麗だったからさ」
 ヤバイ。歯が浮きそう。言ってて赤面するぞコレ。

「な、な、なんて事言うのよ」
「え、いや、だって……」
 あれ? こんな台詞言ったら相手の正気を疑うモンだと思うが……。この反応はもしや。

 全軍今が好機じゃ! 突撃~っ!

「君の方が綺麗じゃない」
「……俺男だけど?」
「わ、分かってるけど、だって実際私汚いし」
「そうかな?」

 く、実際この髪なんだ? 少しは手入れしろよ。枝毛だらけっつーか、ヤバイ感じなんだけど。

「こんなに綺麗な人、はじめて見たよ」
「え」

「名前、教えてくれないか?」



「き、忌瀬……」

 戸惑うように名乗った忌瀬。

 ふ、落ちた。

「俺は九峪」

 ククク! 見たか野郎ども! 俺だって本気になれば女の一人や二人、ちょろいもんだーっ!

 そう叫びたいの堪えてミッションを続ける。

「忌瀬か。いい名前だね」
 それは言いがかりにも似た台詞。
「そ、そう?」
「うん。ところで忌瀬、もう日が暮れるけど今日はここで?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、もう少し話してても大丈夫かな? 嫌じゃなければだけど」
「……そう、ね」

 クククク、後は適当にあしらってメシをゲットするのだ! チョロいぜ世の中! 神様ありがとう!



 なんて増長していたのだが。

 それから一時間後……

「なぁ、忌瀬、少しでいいんだが、食べるものわけてくれないか?」
 控えめなお願い。

「……え、嫌よ」

「……」


 俺は現実の厳しさを再び思い知ることとなった。













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【2006/10/13 14:42】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川19
 深川
 十九話



 認識と見通しの甘さ……、と言うよりは学習能力の無さこそが問題だ。
 そもそもこの世界で俺一人で生きていけるとでも思ったのだろうか?
 何かを得ようと思っても何一つそれに対する代償を持たないと言うことを、なぜ忘れることが出来たのか……。
 気高い目標もいいが、当面のメシの心配をする方が先だったろうに。



 だれか、ご飯下さい。


 とまぁ、悲嘆に浸ってみたりもしたが、思えば朝食を取って街に出て、志野に拉致されて森の中に放り出されるというめまぐるしい展開の割りに、実のところまだ丸一日ほどしかたって無かったりするわけで、お腹は減っているけど死ぬほどではない。
 昨夜は馬車の荷台の中で熱にうなされて唸っていたせいで、朝食も何も食べられなかったのだが、こんな事なら無理にでも食べておくべきだったか。

 何にしても街道沿いに歩いていればその内集落くらいあるはずで、そこで物乞いでも何でもすればいい。
 でもなぁ、恵んでくれる人なんて殆どいないんだよなぁ。

 そのことは深川と過ごした地獄の如き数日で理解していた。

 問答無用で人を殺して食い物を奪った深川に憤って、交渉して貰ってくるからと物乞いした事があった。その時は恐ろしいほど冷たくあしらわれて、それどころか身ぐるみ剥がされるところだった。

 何度か同じように挑戦したが、逆に命を狙われなければ御の字で、大抵の人間は無償で何かを分け与えるような真似をしない。
 自分に利益をもたらさずに、何かを得ようとする行為は、それがいかなる状況であろうが窃盗と変わらない。

 ようするに、俺がやった物乞いなどは、今からお前等のものを盗むと公言して回ったようなものなのだ。
 好意を向けてお願いしようが、刃を脅しに要求しようが、彼らは違いなど感じない。

 それだけ、生きていくのが大変なのだ。


「人に施しを行えるのは、それだけ余裕のある人間か、もしくは単なる狂人か変わり者って事か……。はぁ、もうヤダ、こんな世界」
 嫌気が差すのも何度目か。
 それでもこれまでの経験を思い出したのならば、例え集落に着いても真正直に物乞いするのは考え物だ。

 すでにその手段はこの世界で通用しないと分かっているのだから、何か策を巡らさなければ。
 深川を探すにしろ、一人で生きて行くにしろ、とにかく生きるための方法論を見つけることが必要なんだから。


「さて、そうなると手持ちの無い俺に出来ることなど……」
 物々交換が主流のようだが、自己生産能力も価値あるものの習得(狩りとかね)も出来ない俺に、何か上手い方策などあるだろうか。

 選択肢。
 ① 盗む
 ② 奪う
 ③ 飢え死に

 ああ、ロクな選択肢が出てこない。
 悪いが盗むのも奪うのも却下だ。誰に悪いのか知らんが。
 世の中に自分の必要性を穿つことなく生存することに何の意味があるというのか! なんて偉そうな事いえた立場じゃないが、出来るだけここは穏便に……

 単純に労働力として雇ってくれる何かがあればいいのだが、そもそもこの時代に雇用という概念自体が存在せず、似たようなものを適用されるのはすなわち奴隷となる。
 それ自体は川辺城にもいたし、それがいいのか悪いのかは知らんが……。

「ならばどうなる。どうする俺! 人類の底辺まで身をやつしてしまうのか! ああ、なんとなくその選択肢まっしぐらに飛んでいきそうな自分が怖い!」
 プライドなんて犬の餌です。そんなものは産まれる前に破棄しました。
 何も持たないのに偉そうにふんぞり返るほど恥知らずでも無し、妥当な感じがヒシヒシと……。


「むぅ。皿洗いでもさせてくれるところがあればいいんだが、そもそも外食産業が殆ど無いからなぁ。かといって農家の手伝いしてもメシはくれんよなぁ」
 考えれば考えるほど絶望的な状況だ。
 一人で生きていくというのがこんなに難しいとは……。

 まぁ、人間群れる生き物だし、弾かれればこんなもんか。

「仕方ない……。気は進まないが選択肢④だ。やはり手を汚さずには済まないか……。ああ、これではあまり深川にでかい口聞けないなぁ」
 元から大して強いことは言えてないけどね。

 それでも、最後の一線を守り抜くためには多少の悪行もやむなし。
 何も持たない九峪雅比古が生存競争に勝ち残るためには、正規の生き方など、そも許されるはずが無いのだから。






 耶麻台国の現状として、男手の大半は軍に志願して、大抵の集落や村では女子供の姿が目立つ。平均年齢の低い時代だけに、老人はそれほど多くは見られないのも特徴かもしれない。
 健康で腕っ節に自信があるものは、曲がりなりにも九洲の半分取り戻した軍に参戦することを厭わず、むしろ自らの手で祖国を奪還することに燃えているのだ。夫や息子を送り出す女達も、その意志を尊重するのが大半であり、むしろ戦いを嫌い残る男達をあざ笑うような風潮さえある。
 勝ち戦に次ぐ勝ち戦。
 何より火魅子の加護があるとしれば、戦いを躊躇う人間の方が少ないと言うものだ。

「ふぅ」
 一息吐いて顔を上げれば既に夕暮れ時。
 小さな集落の中で、ひと商売終えた私はこのままこの集落で一晩過ごすか、それとも次の里まで向かうかどうか考えた。
 この時期は日が落ちるのが早いから、このまま足を伸ばせば途中で暗くなってしまうだろう。そう考えればやはりここで夜を明かすのが順当と言えた。
「無理しても意味無いしねぇ」
 さっそくその旨長老さんに伝えようと立ち上がると、線の細い少年が一人、目の前をフラフラと横切る。
 見るからにこの村の住民ではないし、そもそも九洲人にも見えない。あまり日に焼けていない白い肌といい、どこか垢抜けたその顔は、あまりにもこの場所で浮いていた。
 ふらふらと歩く少年。

 その足取りは如何にも不安定で、今にも倒れてしまいそうだ。

「あ、転んだ」
 思ってる傍からばたりと倒れ、ピクリとも動かない。

「……はぁ」
 行き倒れなどよく見る光景だ。何もこんな村の真ん中でこれ見よがしに倒れなくてもいいのに。
 腹が減っていれば、誰かに縋りたくなる気持ちもわからないじゃない。だけど、それに手を差し伸べるお人好しなど何処にもいない。

 まぁ、それも分かっていて、それでも縋るしか道が無くなっているのだろう。


「なんだかなぁ」
 ため息を吐きながら歩み寄ると、足を掴んで引きずる。
 何にせよ道の真ん中で寝ていたら通行の邪魔だ。

「行き倒れにも決まりはあるのよ。せめて最後くらい人に迷惑にならないようにひっそりと死になさい」
 聞こえていないだろうけど一応教えておく。

「……あ」
 小さな呟きが、確かに聞こえた。

「なんだ、まだしゃべるだけ余裕あったんだ。じゃあ、頑張って人のいないところまで行って倒れたら?」
 重いので手を離すと、少年はゆっくりと立ち上がる。

「あれ? ここは?」
 辺りをきょろきょろと見回しながら、そんなとぼけたことを呟いた。
「お腹が空いて前後不覚か。それとも倒れたときに頭でも打ったのかしら?」
「あんた、誰?」
「誰でもいいでしょう? 起きたのならさっさと何処か行けば?」
「……」
 黙ってこちらを見つめてくる少年。
「何?」
「いや、ちょっと驚いちまった」
 なんて言って視線を逸らすと、顔を赤くしている。

「……どうして驚くの?」
 聞かなくていい事を聞いているなと思った。

 関わり合いになどなる必要など無いだろうに。

 少年は頭を掻きながら、
「気づいたら何処か分からなかったって言うのもあるけど、気づいて目の前にいた人があんまり綺麗だったからさ」
 なんて言って照れてみせる。

 綺麗だ、なんて言われたのは何年ぶりだろう。

 そりゃ素材はいいと自分でも自覚しているけど、それでも決まった寝床も持たず、年がら年中各地を旅して回っている私はボロボロだ。

「な、な、なんて事言うのよ」
「え、いや、だって……」
 返答に困りながらまたこちらをじっと見つめてくる。

 私に比べたら何倍も綺麗な肌や髪。そして優しげな瞳。

 唐突に変なことを言われた戸惑いもあったが、その瞳に魅入られて――

「君の方が綺麗じゃない」
 なんて変なことを自分も口にしていた。

「……俺男だけど?」
「わ、分かってるけど、だって実際私汚いし」
「そうかな?」
 言って何気ない仕草で私の髪に触れてきた。

「こんなに綺麗な人、はじめて見たよ」
「え」
 顔が火を噴きそうなほど熱くなる。

「名前、教えてくれないか?」

 ゆだった頭の私は、その問いかけを断ることが出来ず、知らず名前を口にしていた。

「き、忌瀬……」

 少年は嬉しそうに笑って、俺は九峪と自らも名乗った。













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【2006/10/12 10:25】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川18
 深川
 十八話



 天魔鏡の在処を指し示す割れた鏡。
 私は再び自らの手にそれを取り戻していた。


 魔兎族三姉妹と共に川辺城を出て、鏡の隠し場所へとまっすぐに向かった。
 魔兎族は私が出し抜けるほどバカではないし、余計な真似をすれば殺される可能性すらあった。

 いや、この鏡を手にした時点でいつ殺されてもおかしくないとも言える。
 それさえ手に入れば私は用済みなのだろうから。

「随分とあっけなく渡してくれるのね、深川」
 差し出された鏡を受け取りながら、兎華乃は不審そうな表情を浮かべている。
 解せないのだろう。

 こうも簡単に命綱を手放してしまう私の行動が。

 その考えは正しい。

「ああ。そんなもの私にはもう必要ないからな」
「どういうこと?」

「天魔鏡の場所ならば既に分かっている。そして、その割れた鏡では最早見つけ出すことなど不可能だ」

 明らかな格上を相手に、出来る限りの皮肉な笑みを浮かべて見せた。

「それを手にして意味があるとすれば、恐らくは火魅子くらいなものだろう。まぁ、修復できるとすればという話だが。他のものにはただのゴミだ」

 生きるために、生き抜くために私には他に手段がない。
 少なくとも、こうしてしまえば私以外の手がかりは消えるのだから、利用価値がある間は殺されない。

 とは言え、事態が好転しているわけでも無い。

「なるほど……。では、再び聞き出すために拷問されたいと言うことなのかしら?」
 少女のような最強の魔人は、血に濡れた笑みを浮かべて見せる。
 その表情に背筋が泡立ち、耐え難い震えが湧き上がってきたが、それも懸命に堪えた。

「賭けてもいいが、例え殺されようが私は場所など吐かんぞ」
 それは確信している。
 手足を切り落とされようが、全身の皮を剥がれようが、目を潰されようが、釜ゆでにされようが言わないだけの覚悟と自信がある。

「……の、ようね。ではどうしたものかしら?」
「改めて、取引をしよう」
 これまでもこれからも、私には間違いなど何一つ許されない。

 この魔界に置いて尚、最強の名を冠すると言う怪物相手に交渉。

 何が最後の言葉になるか分からない状況で、それでも私は迷いはしなかった。

「応じてくれるならば、望むものは全てくれてやる」

 私は、この嘘を突き通さなければならない。






 まぁ、聞いてくれたまえ諸君(誰?)
 地獄絵巻のような、欲の皮の突っ張った連中の闘争に巻き込まれるのも利用されるのも、ごめん被りたいと心の底から思った俺は、監視が幸いにも女の子一人と言うことで、一目散に逃走したわけだ。

 正直殺し合いも裏切り合いも何処か余所でやって欲しい。
 そんなドロドロしたものに俺を巻き込むなと叫びたい。

 事態は孤独で無力な異世界人一人にどうにか出来る領域ではなかったし、頼れるものが絶望的に皆無な俺にとって、本当に嫌だがこうなったら深川と合流するのがいいような気がした。

 日魅子を頼るのが筋なのだろうけど、珠洲の話を聞いた限り、あまりおおっぴらに姿を現すと逆に危険だという気がしたし、日魅子にも迷惑になるかもしれない。
 少なくとも俺一人で生きて川辺のあいつの所までたどり着ける気がしなかった。そもそも俺は川辺の街中で志野に拉致されたんだから、あの中が安全という話でも無いだろうし。

 そうなると頼れるのは、限りなく嫌だけど深川一人。
 だって他に外部に知り合いがいないから……

 まぁ、それでも危険なことは危険だし、あまり気は進まない。
 深川は本人がまず危険だし、その上珠洲の話が本当ならば、あいつ自身が厄種みたいなもの。天魔鏡とやらを探すための鏡とやらを所持している限り、深川自身に追っ手が掛けられているのだろうし、思えば狗根国から追われていたのもそういう事なんだと思う。

 火中の栗を拾う真似だと訴える理性的な部分と、それでも深川以外にいないと訴える本能的な部分の葛藤の結果、理性は本能に駆逐されたというわけ。

 大概無茶な話ではあると思う。
 深川が何処に行ったかなど知らない俺に、探せるかという問題もあることだし。

「……つーか、なんで俺は深川に会えば全て解決するなんて思ってるんだろう?」
 自分でもそのことが分からない。

 短絡的に考えれば、今現在信用に足る人物が他にいないと言うことと、どんなに変態な奴でも、この世界ではじめてあった奴だからと言うことだろうか。いや、あの人殺しに信用出来る部分があったかも謎だが。

 ひな鳥がはじめて見たものを親だと認識するようなもの。
 多分、そう言うことなんだろうと思う。

「……つーても、日魅子にも俺が生きてることを伝えなくちゃまずいよなぁ。まぁ、どうせ深川と合流できてからじゃないと、上手い方策も俺一人じゃ考えつかないが」
 ぶつぶつと一人ごちながら街道を歩く。
 珠洲は逃げる俺を追いかける素振りが無かった。
 逃がしてもいい状況じゃなかったと思うのだが、あまりに鮮やかな逃げっぷりに追うという判断が出来なかったのだろうか。志野に頼まれてるのだろうから、逃がしていいような状況でも無かった気がするのだが。

「ま、確かに逃げ足だけは速いしなぁ」
 言ってて虚しい事ではあるが、この世界で生きていくためには逃げ足と言い訳が最も役に立つ、ような気がする。


 ――さて。
 俺はこれからどうするべきだろうか。
 深川を探すという最優先事項は前提として、少しは身の振り方を考えておくべきなのだと思う。

 後は、覚悟とか。

 これから戦争が起こる。
 どんな願いでも叶えられる夢のようなものを欲しがる人間。
 幾らでもいるだろうし、俺とてその範疇からはずれるものではない。
 そして、そのために争うことを厭わない人間だって、それこそ幾らでもいるだろう。

 或る者は大義を掲げ、或る者は私欲をむき出しにして。

 名目はともかく叶えたい願いのない人間など、そもそも生きてはいないのだろうから。

「それが争いの根本なら、俺はそれを排除したい」

 軽くそのために必要な事を考えて頭を振る。
 どう考えても無理だ。
 それはつまり、他のあらゆる人間と戦うと言うことだ。
 欲望を持つ人間全てを相手にすると言うこと。

 ――そんなもん、世界を敵に回すことと同義じゃないか。

「現実感湧かないなぁ~」
 何とかしたいが、どうにも出来ない物事など放っておくべきなのだろう。

 でも、それでも何とかしたいと思えてしまう……


「そう思ったら最後、やらなくちゃ気が済まない性格だしなぁ」

 自分で自分の頭の悪さが恨めしい。
 無理とか無謀とか、分かっていてもそれが理由にならないんだから。

「まぁ、出来るだけ頭捻るか」



 無いものは出てこない。


 その現実に気づくまで、それから一時間以上俺はうなり続けた。






 九峪が死んだ。
 その報告は清瑞の配下の乱破からもたらされた。当の清瑞も深手を負って拘束され、既に耶麻台国の土地から出て行ったという。
「――そう」
 一言呟くことが精一杯で、真っ白になった頭には何も浮かばない。

 じわりと胸の奥からしみ出す感情は、怒りよりも悲しみよりも、どうしようもない後悔だった。

 大事なら、片時も離さなければ良かったのに。

 本当の自分が知られる怖れなど無視して、自分だけで守れば良かったのに。

 九峪では生きていけない世界だと、確かに知っていたはずだ。

 あっけなく死ぬだろうと、私は確かに自覚していたはず。

 なのに、なのに冷徹で残忍で、まるきり汚れてしまった自分を見られたくないから、知らず最良の手段を避けていた。

「……ふふ、あはははは」
 零れる笑い声。
 気が触れたみたい。

「あはははははははははははははははははは!」

 ひきつった笑い声にあの亜衣ですら脅えている。

 ああ、本当に――
 このまま狂ってしまえるならそれはどんなに楽なことだろう。


「出立の用意を」
 笑いを止めて命令を出す。
 惚けた顔の面々を睨み付けると一斉に顔が青くなった。

「ひ、火魅子様。出立というのは?」
 絞り出すように声を出した伊雅にため息を吐いてみせる。

「何を寝ぼけたことを言ってるの? 耶麻臺国に清瑞が取られたんでしょう? どういうつもりかは知らないけど、嘗めた真似をしてくれたんだからお礼をしなくちゃならないでしょう」
「は……、いや、しかしそれは」
「駄目です火魅子様! 今耶麻臺国を討てば狗根国と戦う体力が無くなります」
 必死の形相の亜衣。
 こいつも寝ぼけたことを言う。今の貴方にそんな発言権があるとでも思っているのか。

「――あなたには、深川が逃げ出したこと、及び九峪を志野に殺された責任を取って貰わないとね」

 凍り付いた亜衣。
 今までは目障りではあったがよく働くから見逃していたが、それでも今度はやりすぎた。

「ひ、火魅子様、それは!」
 言い縋ろうとした衣緒をひと睨みで黙らせる。

「深川か志野、どちらかの首を取るまで戻って来るな。それまでに川辺城の敷居を跨いだら極刑に処す」
 誰にも文句は言わせなかった。
 そもそもそんなものの責任を、宰相に取らせる方がどうかしている。
 九峪が剣の男であることを知らない面々には、ただの友人を失っただけの事で、亜衣を事実上罷免するのは、正気の沙汰とは思えなかったのだろう。

 だが、嫌になるほど私は正気だ。
 正気で狂気を口にしているだけ。

 だから、口答えも許さなかったし、決定を覆すつもりも毛頭無かった。



 これで少しは風通しが良くなる。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれていた。













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【2006/10/09 20:28】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
アトガキ 編年紀二十七章
 アトガキ



 いやぁ~、久しぶりのアトガキですねぇ~。
 二ヶ月ぶりですってよ。
 あはははは……は……


「何やってたんだこのボンクラーっ!!!!!!」
 べぶらっ!

 ぐふぅ、生えかけの親知らずが砕けた……。

「それより二ヶ月も何やってたのか言い訳は?」
 ああ、お久しぶりだね姫御子チン。言い訳など無いよ。
「ふぅん」
 まぁ、強いて言えばお盆休みくらいゆっくりしたいなぁとか思ってたら、九月になっちゃってて、九月はイベント盛りだくさんで書く暇もほとんど無くて、まぁ、そんな感じ。

「会議もさっぱりやってくれないし、私も殆ど二ヶ月出番無し……。深川に乱入する所でしたよ」
 そこにこやかに危ないことを言わない。というか、アトガキなんだから今回の話を少しは……。

「でも、さっぱり話進んでませんね」
 げふぅっ!
 く、クリティカルに痛いところを。と言うか、別に進んでないわけじゃないし、書かないでいいかって言うとそう言う話でもないし。長編書くとどうしてもこういうダラダラとした部分が出てくるのさ。

「まぁ、作者さんの作品にメリハリが無いのはいつものことですけど。それにしてもいよいよ戦争ですか」
 そうなのですよ。もう面倒で面倒で。キャラが多い上に主人公格が三人もいるもんだから、どの視点で書こうか迷うし。まぁ、どうせグダグダ終わるのさぁ。

「既に開き直ってますね。まぁ、本編は語るほどの事でもないのでもういいでしょう。次回更新は?」

 あー、え~と、まぁ、八割方書いてあるから来週か再来週には出せるんじゃ無いのかなぁ。まぁ、何とも言えないけど。

「本当ですか? 前回だって直ぐ更新するような事言っておいて」
 世の中ままならんのだよ、姫御子チン。


 次回予告。

「じゃあ、私も手伝うよ。身体がなまってるから」


 誰ですかねぇ。わかりやすいようなわかりにくいような。そう言えば前回の次回予告の台詞無いね。ああ、書き直したからそれも当然かな~。あはははは。










「さて、それではweb拍手のお返事も」
 待てぃ! 貴様の出番はもう終わりだ! 大人しく控え室に引っ込んでおれ!
「……久しぶりの出番なんだからいいじゃないですか。どうせこれが終わったらまた出番は当分……シクシク」
 はい、泣き真似は気持ち悪いので止めるように。


 一昨日分。一件目。

20:52 見える…。次回の冒頭であっさり珠洲に簀巻きにされている九峪が見える!
 と頂きました。
 なかなか鋭い読み! そんな展開も始めは考えていましたよ。しかし、だがしかし!
「何なんです?」
 いや、わかんない。当分珠洲が出てこなくても怒らないでねという話かな~。
「? コメントありがとうございました」

 二件目三件目。

21:17 新連載のプチダーク日魅子が妙に好きです(w 深川がヒロインのようですが、九峪には日魅子の事も
21:18 救うと言うか気にかけて欲しいなあ、と思ったり思わなかったり。
 と頂きました。
「プチダーク。私もそうなった方がキャラが立つかしら?」
 してやろうか? まぁ、姫御子チンは間抜けっぷりがウリだからそのままでいいんだよ。どうせもう出番無いんだし。
「一度殺していいですか?」
 駄目。それで日魅子のことも助けて欲しいですか…………。まぁ、九峪君が女性に優しいのは確かですし、現状日魅子よりなのも確かですし、何とかしようとはしてくれるんじゃ?
「微妙な言い回しですね」
 コメントありがとうございました。


21:55 ほんと、主人公よ何処へ逝く!って感じですね~
 と頂きました。
 まぁ、九峪の迷走がそのまま物語の迷走に繋がっているような気もするので、そろそろ腰を落ち着けさせた方がいいような気もするんですがどうなんだろう。
「私深川の九峪君は好きですよ。うふふふ、このままでもいいんじゃ」
 色吉甲斐の戯言は置いといて、その辺も含めて少し考えたいなぁと思わなくも。まぁ、九峪はあの体力ですから何処にも行けな(ry
「コメントありがとうございました」


 昨日分。連続十一件だけど……。
「どうしました?」
 のせないで欲しいと言うことなのでお返事だけ。応援ありがとうございます。恐怖の女性陣ですが、ぼちぼち良心的な人が現れるかも?

 次回。深川 十八話 「日魅子壊れる」の巻

「なぜ唐突に次回予告? しかも壊れちゃうの?」
 ふっ。貴様は嘘予告という日本の伝統を知らんのか。
「それって伝統なんですか?」
 さぁな。知らん。
「コメントありがとうございました」


 え~と、二件目。

20:38 新しく火魅子伝SSの長編が始まるたびに、登場人物が黒化しているような気がします(笑)
 と頂きました。
 うむ、確かに。どんどん原作を蹂躙することに遠慮が無くなってるとも取れるから恐ろしい。
「違うんですか? 喧嘩売ってるのかと思ってましたけど」
 なぜ確実に負ける喧嘩を売らねばならん。まぁ、勝てるなら売るのかと言えばまた別問題だし、そもそもそんなつもりはないです。今回はたまたまヒロインが深川だったから、その影響が全体に出てるだけなんだ。きっと。深川だけ黒いとデレッとさせにくいから。
「そうなんですか?」
 そうともさ! まぁ、暗めの話が好きなのはあるんだけどねぇ。
「コメントありがとうございました」

 三件目。

20:58 九峪に一言、気持ちは分かる。だけど君じゃ逃げられなって。
 と頂きました。
 そうなんですよねぇ。どだい無理な話。自覚が無いのは怖い話です。もしその無理が通るとすれば、そこには何かとんでもない裏事情が!
「この話題に過敏に反応している気がするんですが、何かあるんですか?」
 まぁ、なんというか、ねぇ。続きを待ってとしか言えないなぁ。
「はぁ、そうですか」
 コメントありがとうございました。

 四件目。

21:07 疑問なんですが、直々に世話を頼まれたのに蘇羽哉が九峪を志野に預けてしまうのは滅茶苦茶不自然では。
 と頂きました。
 ああ、来たよ疑問が! その辺は描写が少ないので正直読者にはワケがわからんかったかも。っていうか分かりませんね。済みません。
「で、結局は何? 間違い?」
 間違ってなどいない! ただ書いていないだけ。蘇羽哉が志野に九峪を譲り渡したのは、そもそも亜衣が志野を利用しようとしたから。本来ならば志野は現在星華がいることになっている火後の方に九峪を送る手はずだったのですが、ここで志野が裏切り天目の方へ行ってしまいましたが。
 志野が日魅子を恨んでいるのを知った上で、亜衣がいずれ日魅子をその地位から追い落とす為の手伝いをして貰おうという計画だったわけですね。もちろん日魅子の耳には九峪は志野に拉致されたと伝わっているし、蘇羽哉は亜衣の手で先に処分されたと言う名目で川辺を放れているといった所でしょうか。
 まぁ、どちらにしても大概無茶ですがねぇ。質問にだけお答えするなら、蘇羽哉が亜衣の手駒であると言う一言で十分な気もしますが……。
「ふぅん。書き直さないの?」
 だってめんどk(ry
「コメントありがとうございました!」


 他にも叩いてくれたみなさま。ありがとうございました。



 ではアレクサエルさんにお返事を。


17話、なるほど、志野の最終?目的はわかりました。
狡猾で遠大だな~。
九峪に逃げられたら、陰謀がばれるかも知れないから、逃げす訳にはいかない。
しかし、九峪は、阿呆か!!!!! 九峪の身体能力でどうやって逃げられるんだよ!!! それとも、作者が言っていたように、相手の良心とやらに期待しているのか?
いつもの、感情任せの出たとこ勝負か?
 出たとこ勝負ですねぇ。基本的にバカなんでしょう。まるで此処にいる姫御子チンの如く。
「あ、それ酷いです。私はちゃんと計算してますよ」
 まぁ、それが見当違いという点を除けばそうなのかもねぇ。
「ク……」
 その点志野は危ないですね。全部を破綻させてしまおうなんて何処か壊れているとしかおもえませんな。
「あなたが言うことですか? それ」
 ……。


 でも、問題があります。 鏡などを手にいれとも、本当に「何でも願いが叶う」、
機能なんかあるのでしょうかね?
Fateの聖杯のように、落とし穴があるような・・・・・・・・・・・・・。
 それに使い方がわからなければ、意味がない・・・・・・・・・・。
 まぁ、血みどろの戦いをしたあげく、願いを叶えてあげると出てきたのがあのへっぽこ精霊だったらやりきれなくなりそうですね。
「あぁ、その時はもうかける言葉も見つからないわね」
 取り敢えず実現の可能性があるだけ姫御子チンにでも出張ってくれた方がいいよね。肝心なところで失敗するにしても。
「一々トゲがあるんですけど?」
 キノセイダヨ。
「所でFateの聖杯って何ですか? やばげなもの?」
 色々とヤバイですね。あふれ出ると世界が破滅しそうなほど。願いを叶えるための方法が破壊でしかないとかなんか、そんな感じだったような。
「つまり、世界征服と願ったら人類皆殺しにしてしまうとか?」
 そんな感じ。さて、一体深川でのそれはどうなるんでしょうねぇ。そもそも誰か到達するのかもわかりませんが。



 諸勢力に殺し合いをさせる志野、確かに外道ですが、王朝の創始者なんて、全員、
千人のドラキュラ以上に血塗れですからね。

そもそも、原作の九峪なんて、自分が帰還したいという、個人的な望みの為に、全九洲の人々をペテンにかけ、敵味方問わず、日々、大量の死体を生産している。
 新聞を賑わす、殺人鬼なんて、可愛い、可愛い。
 だから、志野が原作の九峪より、特に外道と思いません。
 まぁ、そこに自分の国を作りたいと思ったら、手っ取り早いのは逆らう者を皆殺しにすればいいんですからねぇ。まつろう者には寛容を、逆らう者には鉄槌をってのが王道ですよねぇ。
「私はそんなことしなかったけどなぁ」
 君は有り余る能力があったからねぇ。感覚的には野良猫に餌をやってたらいつの間にか増えて国作れるだけの規模になってたって感じ?
「ま、まぁ、言い方は悪いけど」
 しかし、それは姫御子チンが人間じゃないから出来ただろうけど、同じ人間通しだとそうは行かないものなのだよ。まぁ、巨大資本があれば、それを盾に国民懐柔するとかって手もあるけど、そんなものないしね。
「原作の九峪君が外道だと言うのは?」
 悪党でしょうねぇ。自覚がなさそうなのがさらに困ったもんですが。まぁ、始めはどうあれ今は九洲のみんなの為に……と思っている部分もあるようですから、動機についての自分勝手さは多少減ってるような気はしますけどもね。戦争を起こした動機が変わるわけではないので罪の重さは一緒でしょうけど。
「復興戦争も個人の思惑だけで起きたわけではないのだし、九峪君一人にその罪を着せるのも可愛そうだと思うけど。半分以上悪いのはキョウちゃんでしょう」
 九峪がいなくても戦争は起きていた、と言う仮定の話が情状の余地として取り入れられるのかは疑問だけどねぇ。
「他人には厳しいこと言うね、作者さんは」
 いや。自分に優しく他人に甘くがモットーですが何か? 別に九峪を非難してるわけじゃないし、そもそも何の話だっけ?
「……その歳で既に痴呆ですか?」
 んなバカな!

「コメントありがとうございました」


 では本日はこの辺で。
「ヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ」

【2006/10/06 14:05】 | アトガキ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川17
 深川
 十七話



 知らなければ良かった。

 自分が誰なのか、どんな責任を背負っていたかなんて……。

 でも、私が好むと好まざるとに関わらず、運命は私に役割を押しつけた。

 あの日、この世界に召喚された私は何もかもを知っていた。






 突如街中に降臨した私は、我に返った瞬間大勢の兵士に取り囲まれていた。
 突然の怪異に兵達も竦み脅えていた。

 二十一世紀の世界とは、何もかもが違うその場所で、私は火魅子としての知識を全て得ていた。
 まるで前から知っていた事のように、その状況を理解する。


 ――ああ、これから私がこの世界を変えるんだ。

 まるで別人になったような感覚。そんなものがあったならば私も少しは女の子らしく混乱できたのだろう。
 でも、変化したことすら感じ取れないほどに、火魅子としての自分が馴染んでいた。

 それでも、姫島日魅子と言う少女は確かに混乱していたのだと思う。


「貴様、何者だ!」

 その街の兵を統率する人間だろう。震える声で、それでも部下の手前自分を鼓舞して進み出た。

「下郎と交わす口など持たぬ。死にたくなければ疾く去れ」


 口から滑り出した言葉の冷徹さに、自分で身震いした。
 そして、そんな事を言って相手が引かないことも当然理解していた。

 今から自分がやらなければならないこと。
 その思考が頭を掠めた瞬間、一瞬だが身体が強ばった。


 ――殺す……の?

 その逡巡。
 しかし、身体は思考とは裏腹に行動に移っていた。
 それは火魅子として、敵意あるものに対する自動的な防衛機能。
 まるで機械のようにこちらの意志など無視された。



 ――そして繰り広げられた虐殺。


 耶麻台国を統べる女王、火魅子。
 その能力は万の軍を凌駕する。
 田舎の町一つを陥落させることなど、身じろぎしただけで行えてしまう。

 自分の口からあふれ出た、聞き覚えのない韻を踏んだ言葉。

 そして差し出された右手から放たれた、灼熱の火球。

 死体など残らなかった。
 或いはそれが唯一の救いか。まるで消しゴムでノートの上の文字を消すように、私を取り囲んでいた兵士達は消え去った。

 逃げる暇など無かった。
 否、敗走を思考する事さえ出来なかった。

 そして、殺されたと認識することも無かっただろう。


 虫けらのように、人が死んだ。



 他人事のように、自分が成した非道を眺め、心がぎちりと痛むのを感じた。






 珠洲から聞いた日魅子と、俺が知っている日魅子が同一人物とは思えなかった。

「あいつが何百人も人を殺した……ってのか?」
「何千人かもしれない。私たちが協力してたのは始めのほうだけだったから、細かいことまでは知らない」
 あいつは人など殺せない。
 想像することすら困難な奴だったはずだ。

 それが、虐殺と言っていいほど人を殺しまくって国を復興させただなんて……。

 正直、日魅子が直接手を下したとしても、せいぜい一人か二人で、それも正当防衛のようなものでだろうと思っていた。
 戦争とは言え一番偉い人間は、後ろに控えて指示を出すだけだろうし、そもそも俺の知っている日魅子じゃ、軍の指揮など出来ないから、それも人任せだったのだろうと……。

 それでも、優しいあいつなら心を痛めて落ち込んだだろし、それで何処か影が差していたんだと勝手に思っていた。
 都合のいい解釈だったと言うワケか。

「つまり、それが火魅子になったあいつって事か……」
 呟いてみたが実感が湧かない。
 どういう現象なのかも、やっぱり俺には理解出来なかった。歴代火魅子の知識と能力がそのまま日魅子に継承されているだなんて。

「でも、あいつは日魅子だった」
 抱えた罪業の規模は想像の範疇を大きく超えていたけど、それでもそれを非難する事は難しい。誰も責めなかっただろうし、むしろ褒め称えただろう。
 ただ自分だけが自分の罪を知り、そして誰にもそれを理解されない。

 罪を犯したと認識した人間は、それを咎められないことにストレスを感じる。

 日魅子が今辛いとすれば、そう言うことなんだと思う。



「……戻るか」


 ぽつりと呟く。イマイチ方向感覚は分からなかったが、それでもそんな話を聞かされたら、今すぐにでも日魅子と話をしなくてはならないと思った。
 多分、ボロクソに貶すだろうとも思ったけど、それでもそれを出来る人間も自分しかいないことだし。
 罪を犯したことを認めてやらなくちゃ、このまま奈落の底までまっしぐらだ。

 そんな日魅子を見ていたくはない。

「珠洲、悪いけど」
「川辺へは戻らせない。と言うより、戻ったら殺される」
「? どういう……」
「志野は貴方を死んだことにするために一芝居売った。その裏を考えれば分かる」

 言われてみても何のことだか意味不明。
 俺が死んだことになっている。
 それが日魅子に伝わったら……

「あいつ激怒して志野を殺しに行くなぁ。多分」
「そして志野は耶麻臺国に向かってる」
「耶麻臺国?」
 聞き覚えの無い単語い首を捻る。

「今九洲を耶麻台国と二分している勢力」
「……戦争を起こすつもりか?」
「元々戦争はしている。でも、今は狗根国軍が迫ってるから休戦状態」
「何がやりたいんだ? そんな事をしても混乱が広がるだけで……」
「だから、それが目的」
「はぁ?」
 珠洲の言うことは意味が分からない。

「志野は鏡の情報も流す。あちこちで欲にまみれた連中が裏切りや独断専行をはじめる。結果的に、この戦争で勝者がいなくなればいい」
「だからなんでだ? 意味がないだろう」
「意味? 意味ならある。どこもかしこも疲弊して、勝者がいなくなれば戦況を見守っていた者が最後に鏡を手に出来る」
「……………………つまり、え~と」
 首を捻り、暫く考える。

 周りに敵対する勢力が無くなった状態で鏡を手に入れたいと言うことは……

「……鏡と剣とやらで叶える望みを独占しよう、って事か」
 珠洲はこくんと小さく頷く。

「叶えられる望みが一つしかないのならば、今それを手に入れても必ず奪いに来るものがいる。だったら欲しい奴でそれを得るだけの力を持つものを先に全て脱落させた方が労力は少ない。そしてどうせなら自分は手を下さずに同士討ちで」

 たんたんと語る少女。平然と、そんな恐ろしい台詞を口にする。

「ふ~ん」

 気のないように返事をしてみても、自分の顔が強ばっているのが分かった。

「で、俺を川辺に帰すと殺されるって言うのは?」

「似たような事を考えるものは何処にでもいる。志野の策に乗っかろうと思ったら、アンタが生きてると邪魔。そうなったら消されるだけ」
「……う~む、思った以上に殺伐な。でも、それだと珠洲は俺をどうするつもりなんだ?」

「暫く身を隠していて貰うだけ。最終的には日魅子が残るだろうから、その時まで」
「なるほど」
 状況を理解して――と言ってもまだよく分からないが、取り敢えず俺がするべき事を考えてみた。

「なぁ、珠洲ちゃんよぅ。一言言っていいか?」
「何?」


「ふざけんな」

 にこやかに言い放ち、同時に俺は走り出していた。













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【2006/10/04 18:30】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川16
 深川
 十六話



「ちょっと~。なに勝手に殺してるのよ」
 茂みの中から弓矢を手に持った女が出てくる。
 どうやら私の足を射たのはこの女のようだ。

 だが、そんな事などまるで目に入っていなかった。
 自分を庇い、地に伏した男から目が離せずに……。

「身の程も弁えない相手だし、大人しく従わないような人を連れて無事逃げられるほど、火魅子様は甘くはありません。それに、代わりには十分なものも手に入りましたし」
 志野の双竜剣が、再び私に突き付けられた。

「どういう事? ただの乱破一人なんて……」
「ただの? フフフ、そんな事はありませんよ」
「? どういう事?」
「清瑞さんは伊雅様の娘ですから」
 放たれたその言葉に、目を剥く。

「何を……バカな」
 口にしたその言葉を、志野は満面の笑みで受け止める。

「あら、知らされていませんでしたか? でも間違いありません。何せ伊雅様の口から直接聞きましたから」
「……ウソだ」
 元耶麻台国副国王伊雅。
 私の育ての親であり、剣を教えて貰った師でもあるが、それはあくまで主従としての立場を前提としてのもの。
 あの方は、私が使えるべき主君であり、間違えても本当の親では……

「本当なの? だったら確かに、真偽も分からない鏡の手がかりを持つ男なんかよりは有用だけど」
「火魅子様とお話なさっているところを聞きましたから、間違いはありませんよ」
「そう、か。でも、おおっぴらに認めてないのも事実でしょ? あっちにただの乱破と突っぱねられたら、やっぱり価値は無いんじゃないかなぁ」
「火魅子様に見殺しになんて出来ませんよ。ねぇ、清瑞さん?」
 あの人は甘い。
 非情に徹しようと振る舞っておられても、どうしようもなく甘い。

 確かに、私の血筋、その真偽がどうあれ人質としての価値はあるのだろう。

 それにしても――

「まさかお前等が天目と組んでいたとはな」
 吐き捨てるように言って、弓を持つ女に目を向けた。
 確か名は虎桃。弓の名手であるとは聞いていたが、実際射られるまで気配すら感じなかった。

「自業自得じゃない? 結局志野達がこちらに来たのは、火魅子の人望の無さが原因なんだしさぁ~。別に咎める事でもないと思うけど? 私たちも九洲解放に動いているのは事実なワケだし」
「……だが九洲の民ならば!」
 吼えた瞬間側頭部に衝撃が走って地面に倒れる。

「ぐ、志野……」

 志野は蹴り飛ばした清瑞を、冷え切った目で見下していた。
「……口は謹んで下さい。貴方が生きてるのだって、単に私の気まぐれなんですからね」

 一座の座員にその身体を縄で拘束されながら、清瑞は九峪を一瞥だけし、心の中で冥福を祈った。






 周りから人の気配が無くなってから数分後。
 おそるおそる顔を上げると周りの様子をうかがう。

「ふぅ、死ぬかと思った……」
 実際意識が数瞬飛んで、死んでしまったと思った。

 志野に刺された胸を見てみる。傷口は痛々しかったし――実際痛い――、それなりに血は出ているが見事に心臓や肺には届いていない。
 むしろ背中の傷の方が痛いくらいだ。まぁ、そちらも死ぬほどの傷じゃないみたいだけど、実際泣きたいというのは内緒だ。

「とは言え、なぁ」
 身体に絡みついた糸をふりほどく。

 まるで死んだふりをしていろとでも言うように、体中に絡みついた糸で指一本動かすことが出来なかった。
 と言うか、多分そう言う意味だったんだろうけど。

「助けられたって事か……。でもなんで?」
 疑問は色々。
 志野は亜衣に頼まれて俺を連れ出したと言っていた。
 そして先ほどの会話から、良くは分からないが天目という奴に協力しているようでもある。
 そして清瑞が王弟の娘で……。

「……ワケがわからんなぁ。説明くらいして欲しいものだが」
「してあげようか?」
 背後からの声に思わず飛び上がるところだった。

「げ、珠洲。お前行ったんじゃ」
 目つきの悪い娘は、蹲っていた俺の尻を蹴り飛ばすと、上着をはだけて背中の傷口を睨み付ける。

「な、なんだ?」
「手当てするから大人しくしてて。暴れて手元狂うと困るから」
 ぶっきらぼうにそう言って自前の糸と針で傷口を縫いはじめる。

 背中だったから別に発狂するほど痛いというわけではなかったが、それでも肉に針が刺さり、糸が肉を縛り付ける感触は頂けなかった。痛いより気持ち悪い感触の方が強い。

 五分もしないうちに処置を終えると、小さい割りに意外とパワフルに仰向けに俺の身体を転がしてマウントポジションを取ると、今度は胸の傷も縫っていく。
 背中の方は感触だけだったが、胸の方は露骨に視界に入ってくるので更に気持ち悪い。
 しかも背中に比べて痛い。
 刺し傷な分だけ縫う時間は少なかったが、それでも吐き気を堪えるのが大変だった。

 一連の処置が終わる頃には、俺の顔面はすっかり蒼白。消毒もせずに縫っただけなので、破傷風で死ぬかもしれんなとネガティブなことが頭を過ぎったが、どうなるものでもないので無理矢理締め出す。
 人生なるようになる、だ。

 その結果が現状なのだから、その生き方もそろそろ改めた方がいいのかもしれないが……

「……立って」
 珠洲の言葉は短い。
 俺の事が嫌いなのかもしれないが、お兄ちゃん(?)としては少し寂しい所だ。
 懐けば可愛いだろうに。

 俺は言われたように立ち上がると、先に立って歩こうとする珠洲に声をかけた。

「なぁ、何処に行くんだ? それに、志野はなんで俺を殺さなかったんだ?」
「……」
 黙って歩く珠洲。

「珠洲ちゃんよーい。質問に答えてくれってば」
 珠洲は無感動な視線をこちらに向けると、いつもの通り短く一言。

「知らない」
 だそうだ。

 ああ、いいねぇ。会話をぶった切るのにこれほど便利な言葉もない。

「知らないって事はないだろ。そもそもさぁ、俺ってなんでこんな命を狙われるような事になってんのかなぁ。俺の利用価値ってなんだ? やっぱり日魅子に対する人質? でも、さっき志野が言ってた鏡がどうこうとか、それの事なのか?」
 適当に自分の推論を交えながらまた質問をしてみる。

 実際意味不明なのだ。
 日魅子の弱点である可能性は否定できないが、それなら志野は鏡の事など聞いてこないだろうし、そもそもその鏡とやらにどんな価値があるのか俺は知らない。

「鏡のこと、本当に知らないの?」
 咎めるような口調に目つき。いや、実際知らないものは知らないわけで……。
 首を振ると呆れたようにため息を吐いて視線を逸らし、ずんずんと歩いていく。

 人見知りなのかなぁと思いつつ、どうやって心を開かせたものかと思案していると、まるで独り言のように珠洲は話し始めた。

「どんな願いでも叶える天界の扉。その鍵が鏡と剣」
 思い出すように紡がれた言葉に、その意味を考える。

「どんな願いでも、叶える……」
「おとぎ話だけど、その鏡を奪い合って何度も戦争が起きてる」
「って事は信憑性があるって事か……。ふーん。で、その鏡を深川が持ってるって事か?」
 珠洲は首を振った。

「深川が持ってるのは、その鏡を探すために必要な鏡。元々はその鏡こそが天魔鏡だと思われてたみたいだけど、日魅子が違うって」
「日魅子がねぇ。あいつそんな事知ってるのか?」
「火魅子なんだから知らないはず無い。と言うか、唯一知ってるのは火魅子だけ」
「そうか? でもあいつ元々は……」
「何も知らないの?」
 冷めた珠洲の視線が、俺の事を射抜いていた。

「何を?」
 日魅子が辛い目に遭ってきたことは察していたけど、その実体は知らない。
 一体日魅子がどうしてあんなに荒んだのかとか、俺がこの世界に来るまでの数ヶ月、一体何があったのか、とか。

「……知りたいのなら、教えるけど」

 ぶっきらぼうに言った珠洲に、俺は黙って頷いていた。













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【2006/10/02 20:33】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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