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深川27
 深川
 二十七話



 復興軍が攻め寄せるその前夜。

 日魅子はそのとき初めて志都呂という男に会った。芸人一座の座長であり志野が慕う男。敵陣の真っ只中にその身を置くことを厭いもせず、見事狗根国の連中を騙しきった胆力と智謀の持ち主。さぞかし豪胆な人なのだろうという先入観は、見事に砕け散った。

 体こそ無駄なく鍛え上げられているものの、顔立ちは柔和で温かみがあり、志野や珠洲と話している様子を見ても、とても戦いに向くような人であるとは思えなかった。無論、視線には知が宿り、立ち振る舞いに隙は無く、並みの人物ではないことははっきりとわかったが、それでも日魅子にはこの時代の人間に共通して感じ取ることができた、あの血なまぐささを志都呂から感じ取ることができなかった。

「火魅子様。お初にお目にかかります。座長の志都呂と申します」
「…………」
 だから話しかけられても直ぐに反応ができなかったのは、単に戸惑っていたからだ。

「火魅子様?」
「え、ああ。よろしく」
 気安い言葉に今度は志都呂の方が当惑する。それでもさすがに火魅子を前にして緊張していたのか、その仕草もすぐに隠した。
 日魅子も気まずそうにひとつ咳払いすると、仕切りなおす。

「……話の方は志野に大体聞いたかしら? 明日復興軍がこの街を攻めるから、私たちも内応する。改めてあなたに聞いておきたいのだけど、この街の総兵力は?」
「現在百二十ほどです」
「いけるわね。復興軍は部隊を五百ずつ南と東からこの街を攻める。突撃する部隊にあわせて城門をこじ開けるのが仕事よ」

「兵力に圧倒的な差がありますからね。穴が開いてしまえば勝敗はそこで決するでしょう」
「ごり押しで落とすのも簡単ではあるけど、何せ初戦だしね」
「問題ないかと思います」
「……あったら言ってもいいわよ?」
 半ば挑発をこめて日魅子はつぶやく。志都呂は一瞬だけ驚いたが、すぐに首を振る。

「私なれば違うやり方をとるということはあるかもしれませんが、それでもそれは趣味の範囲で、結果としては何も変わらないかと存じます」
「言ってみて」
「では僭越ながら。無駄な犠牲を払わないことを最善に考えるのであれば、決戦の時間を早めて早朝に襲撃をかけるべきです。そのほうが内応での危険性も減りますし、何より先に城門を空けておいたほうが効率がいいでしょう。私どもなればそれも可能かと思います。しかし……」

「私が重視しているのは兵の調練もかねた戦闘であり、この場合は楽勝することにあまり意味は無い……」
 いたずらっぽく笑って先を言うと、志都呂はまいったとでも言うように苦笑して見せた。
「さすが火魅子様。私などの考え程度お見通しですか」

「あまり民に犠牲を強いたくないのは私も同じだけど、これは民のための戦でもあるのだから。犠牲を最小にしようと思えば私が戦うのが一番手っ取り早いのだけど」
 憂える表情を見せる日魅子。志都呂はそれをきっちりと誤解して受け取った。

「確かに、それでは民は何も得られませんし、実感もわかないでしょうね」
 日魅子は無論、政治的、軍事的な意味でその手段を使えないといったわけではない。そう言い訳して、自分が手をこれ以上汚したくない、人を殺したくないと思っていただけだ。その場にあれば体は勝手に動くであろう。しかし、平時において人を殺すことを考えるのは今の日魅子には到底無理なことだった。数日前の深川との一件以来、日魅子の中に拭い去れない人殺しへの忌避が生まれてしまっていた。できるならば、もうそんなものは見たくないと、心の底から願うように。

 それでも、復興軍の脆弱なことを思えば、またいつか近いうちに自ら手を下さなくてはならなくなるとわかっている。わかりきっている。だから、それが怖かった。今は、そうしなくていいように周りの人間を鍛え、自分だけはできるだけ綺麗でいようと必死になっている。

 そして、それら浅ましい自分の心根が、さらなる自己嫌悪を生んで心は際限なく蝕まれる。
 一人も十人も同じこと。百人も千人も同じこと。人殺しには変わりないのに、と即物的に判断する火魅子の価値観と、そう思ってしまったらもう終わりだという日魅子の良心の葛藤。火魅子として、人から王へ、王から神へとその能力とともに心まで変質してしまうことが恐ろしくて、日魅子はその壁を乗り越えることを拒んでいる。

 そんなことを今ことさら想起させられるのも、目の前の男のせいなのだと日魅子はふと気づいた。

「志都呂。志野には話したけど、戦いが終わったら耶麻台国の復興を手伝ってもらいたいのだけど?」
「是非もありません。火魅子様直々にお誘いいただいて、この上ない誉です」
 人懐っこい顔に満面の笑みを浮かべて笑う男に、日魅子は懐かしい幼馴染の面影を見ていた。






 始まった戦は何もかもうまく行った。
 何一つ、破綻が無かった。

 伊雅と星華に率いられた二つの部隊は、亜衣の策によって時間差をつけて刈田の街、南面と東面に襲い掛かった。はじめ五百一部隊を陽動に使ったおかげで南面に戦力が集中し、東面での防備が減少。芸人一座ともぐりこんだ復興軍の乱破数名はそこをついて撹乱した上で東門を確保。そこに埋伏していたもう一軍が突撃することで、あっさりと刈田の街は陥落した。

 犠牲者は復興軍側においてはわずか数名。負傷者を含めても五十名にも満たない数だった。その大半は南面に向かった部隊であり、陽動のため派手に動きはしたが、その分無理な攻めをしなかったことが犠牲者が少なくなった理由だと言える。その点、自分の役割を自覚し上手く部隊を動かした伊雅の実力はかなりのものであることがはっきりとした。派手な活躍をしたのは王族の星華のほうではあったが、日魅子の中での評価では歴然としていた。

 戦は万事上手くいき、しかしその後のことまで何もかも上手くいくほど世の中は甘くは無かった。刈田を掌握してその維持は適当な武将に任せ、一旦美禰へと戻り軍議を開くこととなった。

 その席で日魅子は志都呂達一座を復興軍に迎え入れ、中でも志都呂と志野に重要なポストを与えることを伝えると、その場は騒然となった。どこの馬の骨ともわからない輩を要職につけるのは危険すぎるというのだ。

 今現在復興軍で要職に就いているものの多くは、かつての耶麻台国において、ある程度地位のあったもや狗根国との戦いをずっと行ってきた者たちで構成されている。それぞれ顔は知らなくとも名は知っていて、どこぞこのだれそれと言えば身元を照会する必要も無い程度に信頼が置けるのだ。

 そこにきて志野も志都呂もまったくのよそ者。いや、正確に言うならば若いということの方が問題なのだろう。血筋が尊いわけでもなく、戦の経験があるでもないのに唐突に重用されることに、不満を覚えないことの方がおかしいのかもしれない。これまでも人事は日魅子がほとんど一人で行ってきたが、今回ばかりは納得がいかないと思ったものも多いようだった。

 しかし、あからさまに日魅子を非難することもまたできない。御旗であり全能者という認識が主だから、深謀遠慮あってのことだろうと思うしかなかった。だからこそ、不満は志野と志都呂本人達に向かう。あまり心地いいとは言いがたい視線にさらされ、志都呂も志野もいづらそうにしていた。一方日魅子の方は、自分の目に狂いはないと知っているし、これ以上の人材がそうあるわけでもないとわかっているだけに特にそのことで迷いは無かった。二人ならば確実に実力でこの場にいる者たちを黙らせることができると信じていたから。

「不満に思うものも多いと思う。しかし省みて欲しい。なぜ耶麻台国が滅んだのかを。火魅子の不在は元より、長年の安寧がもたらした官吏の腐敗、軍の惰弱化が何よりの原因だ。一度滅びた国を取り戻すのは私の使命だ。しかし、同時にもう二度と滅びない国をもたらすためには、火魅子不在であろうとも国を支えていける人材を育てることが必要だ。この二人はそのさきがけ。優秀と判断したもの私は類別無く重用する。これからも似たようなことはあるだろうから、皆にはそれが私のやり方なのだと、今のうちに覚えていて欲しい。以上だ」

 言いたいことだけ言い終えて、その後は亜衣主導で今後の復興軍としての活動について話し合われた。






「火魅子様。お時間をよろしいですか?」
 軍議が終わった直後、声をかけたのは亜衣。
「別にかまわないけど。内密な話?」
「はい」
 首肯した亜衣を日魅子は自室まで招いた。

「で、何?」
「あのお二人の件ですが……」
「言いたいことがあるなら聞きましょう」
 亜衣はこほんとひとつ咳払いをする。

「先ほど賜りました言葉は少々危険です」
「どのあたりかしら?」
「古い体制を批判することは、今集まった故山の武将達にとっては無能と言われたも等しいのです。火魅子様からそのような言葉を下されたとあっては、心中穏やかとは行かないでしょう。最悪復興軍から抜けられてしまいます。ただでさえ戦をまともに経験した歴戦の武将が少ない中、故山の武将達はやはり貴重。ここで抜けてもらっては復興軍の戦力が大幅に減少します」

「……確かにそうね。でも、ああでも言わないと志野や志都呂を重用することに誰も納得しないでしょう?」
「ありていに言えば、私も納得していないものの一人です」
 はっきりと意見を口にした亜衣に、日魅子は目を丸くする。火魅子になって以来、それを自覚しながらここまではっきりと意見を言える人間は初めてだった。

「なぜ? やはり怪しい? 人間性は私が保証しますが」
「火魅子様が選ばれた人材に不備があるとは到底思えませんが、やはり戦果といっても目に見える形で何か貢献したわけでもありません。確かに刈田攻略に関しては彼らのおかげで損害を著しく小さくすることができましたが、言ってしまえば刈田くらいならば今の復興軍で真っ向から落とせるのです。行ったことは確かに非凡ではありますが、結局あの街を落としたのは復興軍ですし」

「目に見えての功績も無いのに、素性の知れないものを重用はできないと?」
「ええ」
「そうですね。できればいきなり私の補佐くらいして欲しいものだけど、さすがにそれは無茶か」
「ずいぶんと高く買っておいでですね」

「正当な評価をしているだけのつもりだけれど」
 一瞬だけ二人の視線が交錯したが、次の瞬間に亜衣は頭を下げていた。
「出すぎた発言でした。申し訳ありません」
 形だけ下げられた頭に、日魅子はそれを慇懃無礼ととったが、それでも何も言わなかった。亜衣の発言にも利はあり、正論を述べているに過ぎなかったのだから。

「話はわかりました。一応亜衣の発言も考慮には入れておきましょう。下がっていいわよ」
「では、失礼します」
 亜衣が出て行った部屋の中で、日魅子は組織の長として勘案しなければならないことの多さに、うんざりしながらどうしようか考え始めた。













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【2006/11/30 17:47】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川26
 深川
 二十六話



 少しばかり前の話。

 火魅子が美禰の街に降臨したとの噂は、火向中に驚くほどの早さで広がった。
 一番近い城郭都市である刈田の街の留主は、その事実に次は間違いなく自分だろうと震え上がった。

 脅えた留主は、国都川辺城へと援軍を要請するため、使いを数名派遣。

 少しばかり先見の明があるものならば、その事を先読みするのは簡単で、急使がどの街道を使うかと言うことまで、分かり切ったことだった。

 旅の一座はその留主の使いを殺害し、一座の男がその使いに成り代わって川辺へと向う。

 川辺へ着いた男は刈田から来たと言い、援軍の要請が突っぱねられるとそのまま今度は川辺城の遣いとして刈田へと戻る。

 刈田に着いた男は、使いの者は来なかった以上逃げたのではと告げ、逆に川辺から兵力の引き抜きの令が出たことを留主に告げたのだ。


「美禰での反乱はただならぬ事のよう。国都を守備する兵を増やそうとのお考えでしょう」
 本来は上官命令は絶対ではあるが、刈田の留主も我が身かわいさにおいそれとは応じられない。

「しかし、今刈田から兵力を引き抜かれては、いざ反乱軍が北進してきたときに抗せぬではないか。臆病風に吹かれたわけではない。この刈田が防壁になるとならぬとで、国都への進軍への時間も稼ぐことができよう」
「確かに。いきなり半数も引き抜いた敵の乱破にバレでもしたら、そこにつけ入れられるかもしれませんな」
「そ、そうだ。だからその要求には……」
「とは言え、まったくの手ぶらで私が帰るというわけにも行きません。どうですかな? ここは目立たぬ為にも少数ずつ数回に分けて派兵するとしては。そうして時が経てば状勢も代わり、国都の管理も考えを改めるやもしれません」

 それはあくまで一時的な対処法でしかなかったが、完全に命令を無視することもまた出来ない留主は、仕方なくその案で了承した。

 十人かそこらの少人数を引き連れた男は、策通りに人気のない街道で一座の仲間に討ち取らせる。

 川辺へは手ぶらで戻り、再び援軍の要請だと告げる。当然のように素っ気なく断られ、再び川辺へと戻って同じ事を繰り返す。

 次第に刈田の兵だけが減っていき、数の少ない一座だけでも制圧は可能になる。


「けれど、それだとその人以外の伝令が川辺から来たり、川辺へ行ったりしたら破綻する。まぁ、刈田からはどうやらはじめに伝令が逃げたことを告げたのが、留主に上手いように作用しているようだけど」
 日魅子は志野から策のあらましを聞いてため息を吐く。

「危険ね。とても……」
「そうですね。でも、座長がやると言った事ですから」
 そう言う志野の顔は少しだけ強ばっている。

「その座長、志都呂って言ったかしら? 志野の恋人?」
「え、いえ、そんな……、そんなんじゃ」
 わたわたとする志野に、日魅子は苦笑を浮かべてみせる。

「片想いとか?」
「あの、座長とは別に……。尊敬してますけど、好きとか嫌いとかそう言うことでは……」
 なぜ火魅子にそんな事を聞かれなければならないのかと思いつつ、しどろもどろに答える志野。

「いいわね。羨ましいわ」
 そう言って遠くを見つめる日魅子の顔が、とても寂しげだったからだろうか。志野は知らず口を開いていた。

「火魅子様には、あの、好きな人は……」
「うん、いた」
 いた。過去形で口に出されたその言葉に、志野は聞いてはならないことを聞いたのだと知った。

「申し訳ありません」
「別に、いいのよ。私は火魅子になるために、他は何もいらないと決めたんだから」
 自分に言い聞かせるような言葉。
 とても割り切れていないのは、表情を見れば誰にでも分かる。
 それだけ悲痛な顔をしていた。

「――まぁ、今はそんな話をしているときではないわね」
 日魅子は志野の話を聞きながら、頭の中で刈田攻略作戦を既に立案していた。

 本来ならばまだ落とすつもりは無かったが、志野達一座だけでは最終的な攻略はやはり賭だ。物量が違いすぎるから、九洲兵の煽動が上手くいかなければその時点で破綻する。川辺のつなぎを志都呂一人がやっている間はいいだろうが、何か動きがあったとき急使が出されれば、そこでもやはり失敗する。

「……志野。貴方達の手柄をよこどりするようで悪いけど、刈田は復興軍が落とすわ」
「それは構いません。別に報償が目的でやっていたことでもありませんし」
「いえ、報償は当然払うし、当初の予定通り貴方をはじめ一座のみんなは重用させて貰う」
「はい」
「今現在刈田の兵力は?」
「百五十程度です」
「……復興軍の調練がまだ十分ではないけど、二千近いのだから攻略は容易いわね。城郭都市攻略の訓練には丁度いいか」
「私たちも内応しますか?」
「当然お願いすることになると思うわ。出来るだけ早くやりたいから、準備をぬかりないように」
「はい」

 頷いた志野を満足げに見やり、日魅子は清瑞の元へと向かった。






 昨夜捕らえた深川の部下の尋問。
 何か新たな事実を聞き出せたのか、あまり期待していなかった日魅子だが清瑞は重要な部分は聞き出していた。
「鏡……。って、あの鏡?」
 その言葉は少しばかり衝撃だった。

 深川が探していたのは伝説の鏡。それが志野の一座にあると言うのだ。

「志野、知ってるのかしら?」
「もしそうならば、耶麻台国に対する裏切りです」

 全ての願いを叶える扉を開く鍵である、鏡と剣。そのうち鏡の方は長らく耶麻台国の神器として耶麻台国が管理してきた。
 復興戦争の折紛失したその鏡を所持しながら、日魅子にそのことを教えなかったのであれば、確かにそれは裏切りとよべる行為である。

「……それは無いと思うけど。志野はそう言う人じゃない」
「そうでしょうか?」
 疑うことが仕事の清瑞は首を傾げた。表面上はどうあれ内心では分からないと思っている。

「志野は、望みを叶えるのに自分以外の力を頼る事はしない。自分の力で出来ない望みなど持たない現実的な人よ。清瑞とそう言うところは似てるかもしれないわ」
「……心外です」
 ぶっきらぼうに応じた清瑞にくすりと笑いかけて、一つだけ気になったことを聞いた。

「捕らえた人はどうしたの?」
 尋問が、ただ質問をする行為だとは思っていない。そして、用が済んだ男の末路も分かり切ってはいた。
「上手く処理しておきました。それで鏡の方はいかが致しましょう」

 ――処理。

 その言葉に心が軋むのを感じながら、表情を消して答える。

「まだ預けておきましょう。どのみち私が此処にいる限り、奪えるものなど誰もいないのだから。志野達が配下になった後で渡して貰いましょう」

 全ての願いを叶える扉。


 ふと過ぎったのは九峪の顔だった。もう一度会うことが出来るなら――



 首を振るとその考えを頭の隅へと押しやり、清瑞へ伊雅への伝令を任せた。






「志野をどうするつもりなの」
 唐突に発せられたその問いに意味を計りかねて、日魅子は少女を見下ろした。
「……珠洲、だったわね」
「火魅子様は志野をどうするの?」
 口調こそぶっきらぼうではあるが、それは真摯な問いだった。
「耶麻台国を作る手伝いをして貰おうと思ってるだけよ。不満?」
「使い捨てるつもり?」
 珠洲は殺気に似た気迫を込めて日魅子を睨んでいる。

「……私は志野を高く評価してる。使い捨てなんて勿体ない事出来ないわ」
 日魅子は珠洲の頭に手を伸ばすと、若干強めになでつける。
「それは貴方にも言える事よ、珠洲」
「私も?」
「期待してるって事。この国のために頑張ろう?」
「……」

 日魅子があまりに屈託無く笑ったせいか、珠洲は呆然としてその場に立ちつくしてしまった。













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【2006/11/17 18:27】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川25
 深川
 二十五話



 夜も深更というのに日魅子は眠ることもせずに月も見えない曇天を眺めていた。

 胸騒ぎがして眠れない。今夜何かが起こる。
 そんな予感めいたものを感じていたからなのか、単に慣れない場所で寝付けないだけなのかは本人にも判然としなかった。

「火魅子様。まだ眠られていなかったんですか?」
 そう言って天幕から出てきた志野はどこかに潜入でもするのか黒子衣装。

「……眠れなくてね。そう言う志野こそこんな時間にお出かけかしら?」
「はい、宮城の方へ」
 まさか夜襲が志野の策なのかと、日魅子は問いただそうとして止めた。

 それならば志野一人と言うことはあり得ないだろうし、もっと慌ただしいだろう。

「気を付けてね。貴方に死なれては困る」
「はい。ありがとうございます」
 恐縮して頭を下げた志野を見送り、日魅子はまた空を眺めていた。


 頭を掠めるのはやはり死した人々の顔。
 火魅子としてではなく、日魅子としてただいたずらに時を過ごしていれば、まるでそれをせめて立てるように死人達が日魅子を罵倒する。

 人の命を踏みにじってまでやることか?

 先に踏みにじったのはそちらでしょう。

 お前は安穏な世界で気楽に生きてきたくせに、そのお前がそれを語る資格があるのか?

 私は火魅子なのだから、それは責務。

 それだけの強大な力があれば、誰一人傷つけずとも方法は会ったはずではないのか?

 降伏しろとは言ったでしょ。それに従わなかった奴が悪い。

 自分の意に従わない人間は、虫けらのように殺すのか? それが火魅子のやり方か?

 他にどうすれば良かったと言うのよ。私だって殺したくなんか無い。無いけど、仕方が無いじゃない。

 仕方がないと言い訳して、ただ簡単な方法を選んだだけではないのか?

 私は、私は――


「……――!」
 不穏な気配に顔を上げる。
 闇夜からしみ出す僅かな殺気。
 隠す理由は夜襲を狙っているからだろう。

 ――狙いは私? いえ、この一座か。

 一座のものはまだ起きてこない。鈍いわけではないだろう。単に相手の隠行が優れているだけだ。それでももう少し近づけば気づくか。

「火魅子様」
 すっと、影のように清瑞が近づく。一流の乱破は誰よりも先に事態に気づいたようだ。

「何者かしら?」
「分かりかねますが、城内で夜盗の真似事だとすると狗根国の息がかかっているのは間違いないかと」
「そうね。志野達のやってることがバレた?」
「……可能性はあります」
 清瑞はそう言いながらも、得心がいっていないようでもあった。

 ――ならば理由は別か。

「私がやるとやりすぎるから、一座のものを起こして迎撃させた方がいいかな」
「そうですね。そう数は多くありませんから、私一人でもやれますが」
 一切気負わずに言った清瑞。そこに躊躇はない。

 火魅子はそれを何処か羨望の籠もった眼差しで見つめた後、首を振る。

「出来れば一人捕らえて、目的を吐かせましょう。事と次第によってはどのみちこの街にはいられなくなるから、一座の連中も起こさなければならないことに代わりはないわ。敵を捕らえる役目はお願いしていい?」
「はっ」
 一礼した清瑞を一瞥し、火魅子は一座のものが雑魚寝する天幕へと入っていった。






 ――勘付かれた?

 深川はきっちりと迎撃されて不意打ちが成功しなかったことに、憤るより先に驚いた。
 左道士ばかりが諜報活動の為に乱破としての訓練を受けた狩人部隊。その夜襲を迎え撃つなど、ただの旅の一座に出来る事ではなかった。

 しかも、精鋭揃いのはずの自分の部下達が、いくら気づかれていたからとは言え、一蹴できないなど。

「……深川様?」
 部下の一人が指示を仰ぐ。

「ここの留主に許可を貰ったわけでもないし、あまり騒ぎになるのはまずいな。ここはいったん退くぞ」
「御意」
 黙礼した部下を待たず、深川は先に走り出す。その前方に、少女が一人立ちふさがっていた。

「……貴方が頭目かしら。ふぅん、確かにただの盗賊では無いようね」
 左道士の臭いがする。

 深川は戦慄に立ちすくんだ。
「――何者だ、貴様」
「さて、何者かしら。でも敵だと思うわ」
 呟きは後ろに流れ、瞬きする間に目の前に少女が移動していた。

「ぐ……」
 少女は手を後ろで組んで、突っ立っているだけ。どこまでも無防備。だが、深川は手が出せなかった。

「旅の一座を襲撃して、何が目的だったの? 興味深いわね」
「誰が、言うか……」
 目の前にいるだけで拷問に近い圧迫を受ける。

 その圧倒的存在感に、深川の中である結論がはじき出された。

「貴様が、火魅子――か」
 少女は少しだけ驚いた顔。
「察しがいいのね。ふぅん、使えるかしら」
 推し量るように深川を見つめる。そこに殺意も敵意もない。

「優秀な人材であれば、多少人間性に難があっても用いよう、と思ってるのだけど――」
 無邪気に笑った少女の顔。

 深川は本能的に飛び退いていた。

「貴方は多少の範疇ではなさそうね」

 呪文の詠唱すら一切無く、手を振るという動作に当たり前のように付随して繰り出された炎の玉。

 深川の身体が赤く照らされ、次の瞬間には丸子げにしたであろうその火球は――

「深川様!」

 横合いから飛び出した部下の犠牲によって食い止められた。

 周囲の街を壊さないように手加減したせいか、炎は人を松明にして燃え上がり、夜の街を煌々と照らした。

「……あ」

 少女の口から零れた呟き。
 戦慄いて口元を抑え、食い入るように直立したまま灼かれた人を見つめている。

 深川はその隙に迷うことなく離脱する。

 僅かばかり、自分の盾になった部下の冥福を祈って。






 真っ青な顔で一座に戻ってきた日魅子は、討ち取ったものの死体を今の内に隠すように指示を出す。
 幸い敵方も隠密行動だったせいで騒ぎは起きていない。引き際が鮮やかだったのも一因だろう。

 目立ったと言えば日魅子がやった深川の部下一人だが、それも既に燃え尽きて欠片も残っていない。

 宮城の方へ行った志野も戻ってきたが、そちらの方でも大きな騒ぎにはなっていないとのことだった。

「……大丈夫ですか、火魅子様?」
 気遣う清瑞に日魅子は軽く頷いて見せる。

「それより首尾の方は?」
「はっ。一人捕らえましたが」
「上出来。何か察しは付く?」
「狗根国の狩人部隊のようですね。占領下の地域で諜報活動をしている左道士で編成された部隊です」
「……諜報ね」

 自分が目的であれば深川は驚いたりしない。だとすればこの一座に狗根国が興味を持つ何かがあると言うこと。


 ――何があるというの?


 その事を考えなければならないと分かっているのに、瞼の裏にちらつく先ほどの光景が、それを許してはくれなかった。













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【2006/11/07 21:53】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川24
 深川
 二十四話



 時の流れは所詮人の身では御せぬもの。

 運命もまたそれに似る。

 只人では他に選べる道など無く、ただその時々を生きるだけ。

 故に生きていれば悔いは増え、清算するなど夢のまた夢。


 周囲には神と呼ばれる日魅子でも、心が人ではその例外たり得る事はない。



 つまりは、それだけの話。






 三世紀の九洲。
 人々に娯楽と呼べるようなものは少なく、時折訪れる芸人一座は多少つまらなくとも人気の的。
 日魅子が訪れる少し前に刈田の街の中で興行を許された一座は、内容から言ってもアタリの部類だった。

 十数人のそれなりに大所帯であり、その誰もが高い水準の芸を持っているし、何より美女が多くいた。
 まだ昼日中だと言うのに、街のあちこちで芸を披露する芸人達の周りには人垣が出来ていた。



 一座、座長代理の志野。
 まだ若い身空の少女だが、その剣舞は超一流で見るものの心を捕らえて離さない。
 夕方、最も人が集まる時間のとりにしか踊らないのだが、見物人の中には街の守備兵まで混じるほどの盛況ぶり。街の広場に立てられた天幕から出れば直ぐに人だかりが出来るほどだ。

 そのこと自体は人の視線に晒されることに羞恥よりも快感を覚える踊り子のこと、煩わしいとまでは思わなかったが、それでも今は人前に出るのを躊躇っていた。
 その理由が志野の事を悩ませ、ため息ばかりが漏れている。

「大丈夫かしら、座長」
 今日何度目になるか、同じ呟きを零して物憂げな瞳を帳簿に落とす。
 そう難しい事を書き込むような仕事ではないが、筆は全く進んでいなかった。

「……志野、お客さん」
 ため息を吐いている志野の背後から、珠洲が現れ短い言葉を口にする。

「どちら様?」
「知らない」
 本来知らない相手など志野にわざわざ通すまでもなく断るはずの珠洲が、わざわざ報せるというのならば、それは九割以上の確率でこの街の兵士か役人と言うことになる。

 まだ街の中での興行は始まったばかりで、留主の耳に評判が届いて召し上げられるにしては早すぎる。

 少しだけ緊張しながら、控え用の大きめの天幕にはいると、そこには見慣れぬ少女が一人いるばかりだった。

「……私に何か?」
 珠洲がすんなり通したワケは志野にも一目で分かった。

 風袋がおかしい事もあったが、物腰から尋常ならざる相手だと分かる。強いとか弱いとかではなく、存在感が圧倒的で無意識にひれ伏してしまいそうなほどだ。

「へぇ」
 その少女とは言うまでも無く日魅子。
 日魅子は志野を一瞥して感心したような声を上げた。

「歳もそう違うとは思えないけど、随分落ち着いているわね」
 自分よりも落ち着いている恐らくは年下の少女の言葉に、志野は戸惑い眉を潜めた。

「あの、何か用なんですか?」
「うん、まぁね。街で聞いて回ったら、この一座の花形は貴方だと言うから会ってみたかったの」
「会って、何を?」
「お話がしたいと思ったのだけど。うん、その必要すらないか。合格だわ」
 首を傾げる志野。横で様子をうかがっていた珠洲がたまりかねたように口にした。

「変な事ばかり言って。用がないなら出てけ」
「お嬢ちゃんも、悪くないわね。さすがに幼すぎるかな。まぁ、発展性のない大人よりはむしろ懸命なのかもしれないけど」
「……」
 
 日魅子は無造作に志野へと近づく。志野は蛇に睨まれたカエルの如く身じろぎ一つ出来ずに日魅子が近づくのをじっと見つめていた。

「貴方は、何者ですか……」

 ようやく口にした言葉。

「何者って、ただの火魅子」
「ひ、火魅子――」

 そっと志野の頬に触れる日魅子。

「耶麻台国を復興させるために、人材が欲しいの。それも知を備えた人材が。志野さんは十分にそれを満たしているようだから、お誘いにね」
「――あの」
「ただでとは言わないわ。手伝ってくれるならそれなりのものを見返りに上げましょう。貴方になら国を一つや二つ任せてもいいと思う」
「私は――」
「首を縦に振ってくれると嬉しいけど、駄目かな?」

 殆ど恫喝に近い日魅子の言葉に、志野は唇を噛み締めるとそれでも言った。

「耶麻台国を復興のお手伝いというのであれば、ご協力するのに是非もありません。しかし、今すぐにと言うのは困ります」
「うん? なぜかな」
 日魅子は首を傾げると志野から手を離して少しだけ間合いを開ける。

「元々、私どもも復興軍には協力する心算でしたから、旅の一座という側面を利用して、敵地に潜り込むような策に向いています。軍に組み込まれてはその特性が殺されてしまいますし、既に動き始めているので途中で放り出すワケには……」
「そっか。そう言う事なら確かに今すぐというのは無謀な話ね」
「はい」

 日魅子は落胆の色一つ見せず、暫く考え込む。志野はその様子を見ながら不安そうに珠洲に目をやった。

 今此処で志野の意見を日魅子が突っぱねて強引に連れ出されたら、志野は断ることが出来ない。

 誰であろうとも、九洲に住むものにとって火魅子の権威は絶対であり、直々に頼まれて断るというのはあまりに畏れ多いことなのだ。

「分かった。どういう策かはしらないけど、待つことにします」
「あ、ありがとうございます」

 だから日魅子が引き下がってくれたことは単純に嬉しいことであり、同時に次の台詞に仰天した。

「でも、ただ待ってるだけと言うのも暇だし、何か手伝おうか?」

「ええっ!」

 火魅子とは九洲人にしてみれば神と等しい存在であり、畏れ多く口を効くことすら憚られる圧倒的上位者である。
 その火魅子が、何処の誰とも分からない旅の一座に手伝うかなどと申し出ること自体異常だった。

「いえ、その、そんなことをして頂くわけには……」
「いいじゃない。それとも私じゃ使えないとでも?」
「め、滅相もありませんが」
 志野は戸惑う。今必要なのは特に戦力ではない。あくまで諜報の延長としてこの街を陥落させることを目論んでいるのだ。美禰の街を一人で落とした火魅子の噂は聞いていたが、どう考えても適任とは言えそうになかった。

「そう。じゃあ、清瑞――。あなた手伝ってあげて」
「はっ」
 志野の意図を汲み取ったのか、日魅子は天幕の外で控えていた清瑞に声を掛けた。

 志野と珠洲は全くその存在に気づいておらず、多少警戒しつつ清瑞を見つめる。

「一応私の護衛だから、警戒は必要ないわ。乱破としてはかなり優秀だと言うし、あなた達を手伝うならば確かに適任でしょう。いいわね、清瑞」
「ご命令とあらば」
 志野達に申し出を断れるはずもなく、結局清瑞と日魅子は一座に居座ることになってしまった。






 刈田近くの森の中。
 怪しげな出で立ちをした集団が、怪しげな相談をしている。

「そうか。やはり鏡はあそこか……」
「はい。間違いないかと」
 怪しげな集団の紅一点。深川は部下からの報告に笑みを深める。

 ――遂に掴んだ。

 鏡の手がかり。
 狗根国が九洲に進行するそもそもの理由であり、全ての願いを叶える扉への手がかり。

 それを自ら手に入れられたとすれば、恩賞は思いのままだろう。

 早計とは言え口元が緩むのも無理無からぬ事だった。

「いつ仕掛けますか? 街の中の警備は、美禰での反乱の影響で一層厳しくなっておりますが」
「ふん、こんな田舎の町の警備など、たかが知れている。それよりもこの情報が別の部隊に流れて先取りされることの方が厄介だ」
「……確かに」

 千載一遇のチャンス。出来るならば今すぐにでも取りに行きたいくらい。

「今夜だな。各々準備は怠るなよ。是が非でも、鏡をこの手に」
「御意」

 そろって頭を垂れる部下を満足げに見回した後、深川は一層笑みを深めた。












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【2006/11/03 20:18】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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