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深川31
 深川
 三十一話



 追いついてみれば、全ては終わるところだった。
 あの人は、最期に私に笑いかけていた。
 不思議と、その意味は全て伝わったと思う。

 ――だから、私は決して許さないことを誓った。






 川辺城の外には兵士が列を成し、ただ一人の少女に対峙してた。
 周囲は夜のとばりを追い払うようにそこかしこにかがり火が焚かれ、昼間のように辺りを照らしている。

 その特殊な状況もあってか、その場には微妙な空気が流れていた。
 少女と対峙する兵士達など、少女がその気になれば紙で出来た壁と変わらない。一瞬で無かったことにすら出来る。それでも、あの夜のトラウマは少女を躊躇させ、それが微妙な間を産んでいるのだ。

 元より少女は人質を取り戻しにきたわけで、交渉があるとすれば選択権は向こうにある。アプローチがあるまで沈黙で答えようと、自分の行為を正当化した。有無を言わさず制圧するだけの力を持ちながらそれはしなかった。

 使者は程なく現れた。色白の狐目の男だった。その脇に枷に嵌められた志都呂を連れている。憔悴しきっているようだし、顔色も悪かったが確かに生きているようだ。

「お初にお目にかかります、火魅子様。ご要望の品はこちらで間違いございませんか?」
 小馬鹿にするような物言いを無視し、日魅子は黙って頷く。

「お渡しするのはやぶさかではありませんが、幾つか条件があります。最も今この場で力づくで来られれば、私はあっさりと殺されるでしょうが」

 日魅子の器量を試すような口調。無論、日魅子も悪戯に自体を悪化させたいと思っているわけではないし、出来るならこの場での戦闘は避けたいと思っている。血を見るのは、怖いから。
 再び無言で頷いた日魅子に、色白の男、鳴壬は大仰に手を広げて日魅子を讃えた。

「いやさすが火魅子様。一国の女王だけはある。話が通じて何よりです。こちらも無謀な戦いなどしたくはありませんからな」
「早く要求を言いなさい。私の気が変わる前に」
 表面的な殺気を籠めて科白を口にすれど、鳴壬は楽しそうに笑みを深めるだけだった。

「これは失礼を。では、僭越ながら二つばかりお願いを。一つはこのまま直ちに帰って頂くこと。生憎と歓迎をするだけの準備も整っておりませんので。もう一つはあなた様が所持しているという鏡。それを譲って頂きたい」
「そう」

 想定の範囲内だった。そも鏡の情報については狗根国の方が先に掴んでいたわけだから、こういう状況は想定できた。それでも、乱破一人と鏡。比較すればバカバカしいほどの条件だ。通常の判断力が備わっているならば、間違っても要求には応えられない無理難題。口ではどう言っていても、わざわざこの場まで日魅子を誘導したのは罠が存在し、ここで帰られては困るからだろう。

 見誤っていると言っていい。或いは先ほどの遭遇で、日魅子の判断すら織り込み済みなのかも知れない。どちらにしろ、日魅子にしてみれば敵の思惑など考える気がなかった。

「持って行きなさい」
 そう言って鏡を懐から取り出すと、草むらに向かって放り投げた。
「人質は連れて帰ります。貴方は鏡を広いにそこを離れなさい」
「……はは、あはははははは!」

 唐突に、鳴壬が笑い出した。端正な顔を歪めて、腸がねじ切れそうだと言わんばかりに。

「ははははっは、はっ、いや、失礼。無礼をお許しいただきたい。まさか、応じてくるとは……。蛇蝎様に言われたときはまさかとは思いましたが、貴方は本当にそれで火魅子なのですか?」
「試してみたいの?」

 ちらりと炎を見せると、鳴壬は笑みを浮かべたままで首を振り、ふわりと志都呂の傍から離れた。

「疑うわけではありませんが、多分に意外だったもので。さて、鏡は確かにちょうだい致しましたし、後はどうぞお帰り下さい。見送りは必要ないと思いますが」
「ええ、結構」
 志都呂の傍に近づく日魅子。身体を支えるように手を伸ばすと、掠れた声で志都呂は呟いた。

「火魅子様……、もうし、わけ……」
「気にしないで。それより歩ける?」
「は……い……」

 半ば日魅子に引きずられるように足を動かす志都呂。日魅子はとにかく生きていたことに感謝し、一刻も早く戻ろうと足を速めようと――した。


「ぐぅっ!!」


 突如腹部に走った激痛。喉を鉄臭い熱いものがこみ上げてきて、堪えきれずに吐き出す。鮮血が口と腹部から地面へと落ちた。

 今まで味わったこともない強烈な痛み。意識が明滅して何が起こったのか正確に把握できない。かろうじて刺されたのだと思ったとき、一体誰がそれを成したのか分からず困惑する。

 周囲に注意は配っていた。敵意を持つものがいればすぐに分かる。不意打ちなど、本来食らうはずは無いというのに。

「ぐ、何よ……これ……くらい」
 歯を食いしばって意識をつなぎ止め、自分の状況をしっかりと把握してから、周囲の状況を理解した。
 日魅子を刺したのは、志都呂だった。

「え?」
 困惑。想定外の事態。想定することが出来なかった事態。想定したくもなかった事態。

 火魅子としての知識は、確かにその可能性を訴えていたはずだ。
 左道に人を操る術があることも、当然のように知っていたはずだ。
 考え得る最も初歩的な罠であり、それを考慮に入れないはずは無いのに。

 日魅子の理性が、その選択肢を拒んだ。理性と言うよりは、願望か。

 傀儡に仕立てられる人間は生きている場合と死んでいる場合がある。
 前者の方はいわば洗脳であり、行動に多様性を持たせられる分だけ選択肢も広がり有用である。

 だが、仮に火魅子を暗殺しようと思えば、それは不要。殺意を気取られれば阻まれる。
 この罠を想定すると言うことは、志都呂が死んでいることを認めると言うこと。

 死して傀儡に仕立て上げられたことを認めなければならない。

 ここに来て、日魅子は自分がそんな有り得るわけもない甘い理想を追いかけていた事を知る。
 生きているように見えた志都呂を、生きているのだと信じた。

「無様ですね、火魅子ともあろうものが! まぁ、こちらには都合がいい」
 鳴壬の高笑いとともに地面からわき出す魔人や魔獣。その数数十。醜悪な生物たちを、日魅子は放心したまま見つめた。

 いや、視線はそちらを向いていない。ただ、無表情で血に濡れた小刀を手にする、志都呂を見ている。

「……志都呂」
 冷静に、今度は正確に分析する。
 志都呂に意識はない。それでも、やはり生きているのも確かだ。確かだが、もう助からない。

 身体を動かすために術で無理矢理心臓を拍動させ、血を巡らせているようだが、脳はもう死んでいる。
 志都呂と言う人格は、もう戻っては来ない。
 これは人形と同じ。その意味で、死んでいると言ってもおかしくはない。

 魔人が一体日魅子の眼前に飛び出し、大人の胴回りよりも太い腕で日魅子を殴り飛ばした。なすすべもなく、はじき飛ばされる日魅子の身体。二十メートルは優に宙を舞い、地面に落ちてバウンドする。
 日魅子は空を見上げ、覚悟を決め立ち上がった。

「火魅子様!」
 叫び声は背後から。一度だけ身を竦めた日魅子だったが、それでも振り返らずに歩みを進めた。魔人の群れと、その中で立っている志都呂に向かって。

「志都呂……さん?」
 困惑した志野の呟きを聞きながら、全てを滅っせんと召喚した天の炎を束ねる。
「火魅子様!? それでは志都呂さんまで!」
「引っ込んでなさい、志野。これで、全て終わるから」

 冷徹を装って、火魅子の宿業に乗っ取って、今この時の最善を行う。
 それが、例え志野に恨まれる行為であろうとも。


「消えろ」


 呟きと同時に放たれた炎は、志都呂もろとも魔人や魔獣を消し飛ばし、川辺城の前で待機していた兵士達さえ、余波で黒こげにした。志野は呆然と日魅子の後ろでそれを見ていた。見ている以上、何も出来はしなかった。




 日魅子は残った熱波を風で上空に飛ばし、目聡く生き残った鳴壬を見つけるとそちらに足を向ける。

「これは逆恨みの類でしょうけど、貴方を許しておくわけにはいかないわね」
「ふ、ふあははははは、すさまじい力。いや恐れ入った。それだけの力があれば九洲の地を取り戻すのも容易いか。いや、全く」
 引きつった笑みを浮かべつつ、それでも何処か余裕のある鳴壬。
 その余裕の由縁。

 日魅子は唐突にめまいを感じて膝を付く。自己治癒能力も常人とは比べものにならない日魅子は、先ほどの傷などほぼ塞がっているというのに、また血を吐き出した。

「これは……、毒か……」
「ええ、常人であれば致死量の。それで平気な顔をしてあれだけの事をやってのけるとは、正直見くびっておりました。その毒もいつまでも効いているわけではないでしょうし、正面からでは確かに勝つことは不可能でしょうから、私はこれにてお暇させて頂きます。必要なものは手に入りましたしね」
 そう言って笑みを浮かべながら鏡を見せる鳴壬。

 その余裕の笑みが、金属の打ち合う音と同時にかき消された。
「……女ぁ。邪魔だてするなら殺すぞ」

 短剣で志野の双竜剣を受けた鳴壬は、白い面を怒りに歪めて恫喝する。志野は無表情のまま、何も反応せずに機械的に鳴壬を追いつめる。双竜剣の二刀流。ただの二刀流でさえ常人には不可能と呼ばれるだけ扱いが難しいと言うのに、志野のそれはいわば四刀である。素人が使えばまず間違いなく自らを傷つけるその剣を、一切の無駄なくふるって反撃の隙を与えない。蛇蝎の片腕であり、狗根国でも屈指の左道の使い手とは言え、近接戦闘で志野を相手にするには分が悪かった。

 志野の一撃が鏡を持つ手を切りつけ、鏡が地面へと投げ出される。志野はそれには一切の興味を示さず、鏡を落として焦る鳴壬を更に攻めて立てた。
 志野と鳴壬の一進一退の攻防を余所に、ゆったりとした足取りで落ちた鏡に近づくものがあった。

「遠目で監視をしていれば思わぬ拾いものが飛び込んできたものだ。ふふ、私の運も存外捨てたものではないかもしれんな」
「深……川……」
 毒でぐったりしている日魅子を、深川は満面の笑みを浮かべて見下ろす。
「助かったよ火魅子。おかげで労せず目的のものは手に入れられた。コレさえ手に入れば後は何もいらないしな」
「……ぐ」
「まぁ、そう睨むな。私が望みを叶えれば、存外悪くない世の中になるかもしれんぞ」
 深川は邪悪な笑みを浮かべて嘯くと、またゆったりとした足取りで去っていった。






 うっすらと空が白みはじめ、志野と鳴壬の剣戟も聞こえなくなってきた頃、日魅子は完全に回復した自分の身体を確かめながら、焦土と化した川辺城前の草原を見つめていた。志野は先ほどから志都呂が最期に立っていた場所で座り込み、痕跡でも探すように地面をさすっている。鳴壬の死体が無い以上、逃げられたのだとぼんやりと思ったが、あまりそのことに意味は見いだせなかった。

 日が昇るに連れて動き出した大気の流れを感じながら、志野へと近づく。

「そんなところを探しても、志都呂はいないわよ」
 痛々しい志野の姿を見ていたくなくて、声を掛ける。
「知っています。貴方が消してしまった」
 まっすぐと見つめ、傷口を抉るように断言された言葉に、日魅子は思わずたじろぐ。

「不敬とは思いますが言っておきます。私は一生火魅子様を許しません。許せません」
「そう」
「復興軍も出ます。火魅子様を殺してしまうかもしれないから」
「そう。私は止めないわ」
 止められない。止めようもない。

「でも、その前に一つだけお聞きしたい。なぜ、志都呂さんを殺さなければならなかったんです?」
 貴方ほどの力があれば、他にも方法はあったはずだろうに。
「その方が確実だったからよ」
 志野は目を瞑ってその言葉を噛み締めると、ようやく立ち上がり正面から日魅子を見つめた。

「もう一度言います。私は貴方を殺したいほど恨みます」
「勝手にしなさい」
 その会話に、果たして意味はあったのかどうか。

 ただ、日魅子は自らの言葉で傷つき、志野の言葉で傷ついた。

「最後の仕事として私は事の顛末を亜衣さんの方へお知らせに向かいますので、火魅子様は川辺城の制圧をお願いします」
「火魅子を顎で使うとはいい度胸ね」
「これ以上、同じ空気を吸いたくはありませんから」

 志野は何事もなかったかのように言い捨てて歩き去る。
 日魅子はそれを見送った後、川辺城を見つめてただ黙って歩き出した。













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【2006/12/28 08:42】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川30
 深川
 三十話



 自らを鼓舞し続けなくば、立っていることもままならない。
 僅か三百の守り手に、八百の軍勢は強大に見えた。

 敵は必勝を期してこの戦に挑んでいる。当麻へ向かった軍勢が引き返してくるまでと決め、ひとときも休むことなく攻め寄せるだろう。あちらにしても背水の陣。激しい戦いが予想された。

 音羽は元は将軍職にあった父の恩恵で今の立場にいる。
 無論女にしては大柄な身体と、復興軍でも屈指の槍の使い手としての立場もある。

 だが、それでも籠城戦など経験はないし、本格的な戦争というのも初めてだ。小競り合い程度の戦ならば気負いもしまいが、自分の双肩に復興軍の運命がかかっているとなれば、硬くならぬ方がおかしい。

 ――私に、やれるだろうか。

 代わりはいない。
 初陣で大任を任された事になるが、それも信頼故のことだと割り切る。

 ――私なら出来ると考えて下さったのだ。

 期待に応えなければならない。それが尊崇する火魅子からのものとあれば、奮い立たねば武人ではない。

 何処かでそれが自己欺瞞だと知りつつ、それでも信じ込むことで自らを支える。

 音羽は悲壮感にも似た覚悟を決めて、もう一度狗根国軍を睨み付けた。






 戦いそのものは拮抗していたと言っていい。音羽は良く守ったし、狗根国軍は良く攻めた。彼我の戦力差から言えば狗根国軍に分はあったが、死にたくないという意志と、逃げ場がないという現実。加えて火魅子が何とかしてくれるという心の支えがあって、士気を維持し続けられたことが要因だろう。

 半日激しい攻防が続き、その日は何とか凌げそうだと言う状況だった。明朝には当麻に向かった別働隊が狗根国軍の背後に回り込んでいる。凌ぎきった時点で復興軍の勝ちは動かないものと思われた。

 ――だが、しかし。

 突如狗根国軍は部隊を翻し、川辺城へと転身をはじめた。音羽は状況が読めずに困惑する。どのみち当麻に残っている兵力だけでは追撃は難しい。僅か半日の攻防とは言え、明確な勝ち戦をしたわけでもなく、大多数のものには初めての戦いである。被害の大きさと疲労具合を考えればとても動かせるような状況ではなかった。

 それに、誘いであるとも限らない。こういうときにこそ、火魅子の判断が欲しいというのに、その火魅子はまだ帰ってはいなかった。

 自分が持ち場を離れるわけにも行かず、どう判断すべきかも分からない。それが適切かどうかは分からないまでも、どのみち音羽にはその場に留まる以外の選択肢はなかった。

「それにしても、遅いな」
 火魅子であれば戦場をまっすぐ突っ切って戻ってくることだって出来るだろうに、姿は現さないまま。持ち場を離れるわけにはいかないまでも、捜索に誰か出した方がいいのかも知れないと悩む。

「こんな時に清瑞がいれば」
 川辺まで乱破を送り込むにしても、撤退中の狗根国軍の斥候と出くわさないようにたどり着けるものは不在だった。万に一つなど有り得るわけもないというのに、音羽は名状しがたい不安に襲われていた。

「音羽さん」
 掛けられた声に顔を向ければ、一軍を率いて当麻に向かったはずの志野だった。

「志野殿。なぜここに……」
「当麻の街での攻防が到着前に決着してしまったので、亜衣さんと相談して少し早いけれど引き返してきたの。早朝になってこちらの状況を把握するよりも、先について置いて兵を伏せておいた方が何かあったとき即応できますので」

「なるほど」
「あの、火魅子様は?」
 当然いるべきだと思った日魅子がいなかったことに、志野は不思議そうに訊ねる。それに、音羽はなんと答えたものかと返答に窮し、黙り込んでしまった。

「まさか」
 志野が最悪の展開を予想した事に気づき、それはないと首を振る。
「戦いが始まる少し前に街を出られた。なんでも確かめたいことがあるのだそうだ」
「確かめたいこと? こんな状況の時に?」

「…………」
 志野は黙って自分を見つめる音羽の視線に、何か良くない事が起こったのだと察する。

「それは、早々に狗根国軍が撤退したことに何か関連があるのですか?」
「それは分からない。が、多分無いだろう」
「では、一体……」
 本当は察しが付いていた。志野は誰よりも感情の機微に聡い。音羽が自分に言いにくいようにしていることで、結論は既に見えていた。でも、理解はしたくなかった。

「……志都呂、と言ったか。川辺城に偵察に向かって戻っていない。その報せを聞いて」
「そう、ですか……」

 ああやっぱりと思うと同時に、急に周囲の現実感が消え失せた。

 そして何故? と問いただす。志野は志都呂の能力を知っている。誰よりも信頼している。過剰に見誤ると言うこともなく、出来ることと出来ないことの区別くらいは付く。間違っても、ただの偵察如きをしくじるような人ではない。

 ならば何故? 一体どうして志都呂は帰ってこないのか。

 無理矢理頭を理性的に働かせることに努め、湧き上がる感情を押しとどめようとする。結果としていつも浮かぶ柔らかい人好きのする笑みは消え失せ、能面のような感情のない面を晒す。

 音羽はその表情に気圧され、自分の意志と無関係に一歩後退っていた。

「すみませんが、音羽さん。亜衣さんに伝令を出しておいて下さいますか。火魅子様の事も含めて。私が戻るのが筋でしょうが、あの方に万が一があっては困ります。清瑞さんに頼んだ方が確実かも知れませんが、今は急いで私が向かった方が得策でしょう。何か起こっているのだとすれば、時間が惜しいですし」

「それは、構わないが」
 大丈夫かと問おうとして、音羽は言葉を引っ込めた。慰めも励ましもいらないと、能面のような顔が訴えているような気がしたから。

「では、宜しくお願いします」
 志野は静かに頭を下げて、音羽の前から立ち去った。






 川辺城へと向かった日魅子。心はバラバラで今自分が何を考えているのかも上手くまとまらず、ただそこに行かなければと言う思いに押されるように。

 余人ではその何の変哲もない森の中に、変化を見つけることなど出来なかっただろう。夥しい血を地面と周りの木々が吸った痕跡を、知覚できるのは野生の獣でもなくば不可能だ。だが、火魅子としての能力は迷いもなくその場所へ日魅子をもたらした。そして、なけなしの痕跡から、そこが最期の場所であることを日魅子に教えていた。

「志都呂……」
 名前を呟くと同時に湧き上がってくる優しい笑顔。

 それほど知っているわけでも無い。それほど親しいわけでもない。日魅子にとってその死は本来心を痛めるだけの価値など無いものだ。一人の兵が死んだ。ただそれだけ。今は戦時であり、自分は戦争を起こした張本人。そんなものに心を砕いている暇などありはしないのだ。

 指揮官として、表向きはどうあれ内面は兵士の命など駒のように扱わなくてはならない。戦争とは、その命を使って勝利をもぎ取るものなのだから、駒の一つの死を悲しむ意味はない。その死をもって勝利へとつなげることこそが求められているのだから。

「…………」
 そんなことは分かっていて、知識としてなら嫌と言うほど刷り込まれていて、火魅子としての自分が割り切れ、切り捨てろと、心を軋ませる。悲しんでいる振りなどするなと、人間らしくあろうとするなと、少女としての日魅子を責め苛む。

「出来るわけ、ないじゃない」

 人を捨て、神になれるのならば辛いことなど無くなる。それでも、それを切り捨てる事など出来ようはずもなかった。

「私は、姫島日魅子なんだから」
 溢れ出す涙は止められなかった。志都呂を失った事で、悲しむ人間を知っていたから。あの顔が涙に染まると思うだけで、やりきれず、悔しくて、自らがふがいなかった。

 それでも……、いや、だからこそ泣くのはお門違いだ。今泣いているのは、志都呂が死んだことを悲しんでいる涙ではないから。志野に恨まれるのが辛くて、怖くて、自分の為に涙を流しているのだから。そんなものは、志都呂にも志野にも失礼なだけだ。

「カカカカカ」
 不気味な笑いが、日魅子の頭上に降り注ぐ。
 まるで日魅子の涙を嘲笑うかのように。

「何を泣く炎の女王」
 魔界の瘴気を衣のように身に纏い、現れた骸骨を日魅子は驚きにも似た表情で向かえた。それが魔界の黒き泉で人外の力を得た人間であることも、火魅子の知識から瞬時に理解したが、それでも外見の醜悪さは日魅子にとって九洲に来てから最悪のものだったから。

「何者」
 明らかな敵。そしてこの場所にいるという事は、日魅子にとっても今一番会いたい相手には違いない。そう知りつつも、問いただしていた。

「狗根国左道士官、蛇蝎。以後お見知りおきを、火魅子」
 しわがれた声とともに、カチカチと耳障りな音がなる。唇も無くむき出しの歯が打ち合わさって鳴る音だ。

「蛇蝎ね。貴方が、志都呂を殺したの?」
「志都呂? ああ、あの乱破の事か。儂が殺したわけではないが、似たようなものかの」
「そう」
 日魅子の身体を炎が包む。怒り任せに発動された炎は、ムチのようにしなって蛇蝎を打ち据えた。

「カカカ、これは溜まらんな」
 しかし、蛇蝎は笑いながらその炎のただ中で変わることなく立っている。日魅子はそれをみて小さく舌打ちした。

「影か」
「察しの通りじゃ。カカ、それにしても高が乱破の一人を殺された程度でなぜお主ほどの者がそれほど怒るのか。乱破など所詮使い捨ての駒。敵陣で死して普通であろうが」

「そう言う事じゃない!」
 荒れ狂うように日魅子の力が増す。木々がなぎ払われ、周囲は一面焦土と化した。

「そも乱破の死など敵のせいにする方がどうかしておる。殺した者がいるとすれば、死地であることを承知で送り込む指揮官、お主の方であろうが」
「……! わかって、る」
 表情を歪めながら、蛇蝎の正論を噛み締める。

「やれやれ、今代の火魅子は戦の常識すら介せぬか。これは理解が必要な事ではない。そうあるべき当たり前の事だ」
「分かっている、それくらい」

「いいや、分かっておらんな。まぁそうあってくれた方が好都合というもの。せいぜい迷うがいい」
 カカカ、と哄笑をあげて消え去っていく蛇蝎の影。日魅子は忌々しそうにそれを睨み付ける。

「ああ、言い忘れておったが、あの乱破ならばまだ生きておるぞ。取り戻したくば、川辺へ……」
 笑いと共に消えた蛇蝎の影。
 最後の言葉の意味を吟味する。志都呂が生きている。誘いだろう。100%罠だ。生きているというのもなんの根拠もない。

 分かっている。いや、分からない。
 可能性がゼロに等しくとも、それがゼロでないというのならば……。

「待ってて。今、助けるから」
 自分に言い聞かせるように呟いて、日魅子はもう目と鼻の先の川辺へと足を向けた。













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【2006/12/27 19:21】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川29
 深川
 二十九話



 宵闇をかがり火で僅かばかり退け、暗い闇の中にぼんやりと浮かぶ城郭。

 志都呂は冷や汗を掻きながら、必至で走っていた。月明かりすらほとんど無い闇の中を、恐怖に引きつった顔で。

 任務は無事果たし、後は美禰へと戻るだけ。戻って、情報を伝えなければならない。 外気は動いていた志都呂には暑いくらいの気温なはずなのに、凍えるような寒気を感じていた。それは言いしれぬ恐怖。川辺城から出ると同時に襲いかかってきた、正体不明の殺意。

「……どこへ行こうというのだ」
 急ぐ志都呂の前に立ちはだかる男が一人。ぼんやりと闇に浮かぶその人影を見て、志都呂は足を止めた。

「――何者だ」
 精一杯の虚勢を籠めて発した呟きを、男は妖艶ささえ漂う笑みで向かえる。
「知る必要はない。これから屍に変わるのだ」
 優しくそう言うと、同時に闇に薄ぼんやりと浮かんでいた男の姿が消える。まるで溶けるように。
 志都呂は懐から短刀を取り出すと、街道脇の木を背にして周囲に木を配る。

 ――あの服装。おそらく左道士。

 呪文の詠唱があるはずだと、特に聴覚を研ぎ澄ますが、衣擦れの音すら聞こえない。僅かに吹いた風に、木々がざわつく程度の事だ。
 音と言えば他にはうるさいくらいに響く自分の心臓の音。変わらず身を包み、精神を削る殺気とそれから来る寒気は、ジリジリと志都呂を追いつめていた。普段は冷静な志都呂も、得体の知れない感覚に落ち着きを失い、いつ襲いかかるとも知れない死を探して、視線が闇の中を泳ぐ。

「どうしました? そのように脅えて」
 あざけりの含まれた冷たい言葉は、志都呂の背後から。白く血色のない顔と腕が闇から飛び出し、志都呂へと無情にも襲いかかった。






 志都呂を書いた一座は、志野を頭として一軍を率いて当麻へと向かった。名目上は彼の地での反乱を支援するためとなっているが、日魅子はこれを利用して、出来るならば川辺城の攻略まですましてしまおうと考えていた。

 火向の国都である川辺城。ここを抑えてしまえばある程度余裕も出来るし、復興戦争に勝ちうると言う思いを、民に知らしめるための象徴的な意味もある。

 だが、川辺城の推定防御力から考えるに、今の復興軍では攻略は難しい。攻城戦はとにかく兵が損耗する。勝ちきるためには川辺城以外の東火向の主立った街を陥落させる必要があると見られていた。

 おそらく川辺城の留主も同じような事を考えているはず。それまでに都督から増援を引き入れられれば、陥落させるのはより一層難しくなる。だから、何もなければ亀のように閉じこもって出てこないだろう。何もなければ。

 川辺城の推定兵力は約一千。兵の練度の違いから野戦では単純に倍の兵力と見てもいい。現状二千を少し上回る復興軍に手出ししてこないのは、野戦に応じなければ攻城戦では攻略出来ない可能性が高いからである。

 そんな折り入った当麻からの救援要請。川辺からは援軍の派遣は高確率で見送られるだろう。何せ間には復興軍が抑えている刈田と美禰がある。送ろうにもその前に復興軍本体とかち合う嵌めになってしまう。これでは何が何やらわからない。

 一方復興軍はこれを放置しておくわけにはいかない。これからも増えるであろう散発的な反乱。そこで復興軍が助けてくれると思われるのと、起こしても無視されると思われるのでは話が百八十度違う。格好だけでもいいから救援には向かったという事実を作らなくてはならない。

 順当に考えるのであれば、当麻の争いをギリギリまで待って戦力を削って貰った後で抑えるのが正しい。既に戦況は膠着状態に陥っているという報告が上がっている以上、劇的な戦況の変化は期待できず、後はジリジリと互いに消耗していくだけ。ならば、戦力の投入は限界まで待った方が効率はいいだろう。

 だが、それを無視するだけの圧倒的戦力を送り込むというのならばどうか? 当麻の戦力はせいぜい三百程度。復興軍の半数を送り込めば、例え籠城されようが勝ちはまず揺るがない。様子見などする必要もないし、何より時間を惜しむべき復興軍としてはその選択肢もありとは言える――と、敵に思いこんで貰うことが日魅子の策だ。

 刈田と美禰に二百と三百だけ戦力を残し、残り千五百を惜しげもなく当麻へと派兵する。復興軍はいつ来るとも知れない都督からの増援を怖れ、焦っていると思えばしめたものだ。この機を逃すまいと、川辺から兵が送られてくるだろう。殻に閉じこもってはどうにもならない戦力でも、外へ出してしまえば何ほどの事もない。特に、いもしないはずの兵に襲われるとすれば士気もがた落ちになり、あっさりと陥落するだろう。

 当麻へ向かった戦力の内、千二百は極秘裏に海上から船を使って狗根国軍の背後に回り込み、強襲を掛ける。それでどうにかなるはずだった。

 仮に狗根国軍が出てこなければそれでも構わない。川辺と当麻の距離から考えて、川辺城から狗根国軍が出てきたと報が入った時点で、当麻に向かっている軍に報せれば事は足りる。何より美禰の守護には日魅子が付いている。万が一などあるはずもないのだった。






 勝利に疑いはなく、誰も負けることなど想像していなかった。
 そしてそれは間違いではない。日魅子の一手がある限り、復興軍に負けなど存在しないのだ。
 だが、どんな勝利でも犠牲は出る。

「――志都呂」
 いつまで経っても帰ってこない理由は考えるまでも無かった。日魅子は唇を噛み、想定外の事態に苛立ちを覚える。それほど危険な任務では無かったはずだ。志都呂ほどの手練れがしくじるような要素は殆ど皆無。実際他にも数名いた乱破は無事に帰還し、必要な情報はもたらされている。ただ、志都呂だけが帰らない。

「……なぜ、なの?」
 分かってはいる。絶対はない。火魅子といえど未来は見えないのだから、判断を誤る事もある。突発的な不幸というのは避けようもなく、それは誰の責任でもない。運が悪いとしか言えないものだ。

「火魅子様? 報告が上がっていますが」
 知らせに来たのは音羽という女の武将だ。伊雅も亜衣も、星華も志野も、全て美禰にはいない。刈田ないしは当麻への援軍の方へとついている。音羽は火魅子の近衛として美禰の守りを指揮することになっていた。
「動いたの?」
 音羽は小さく頷く。川辺で動きがあった。ならば程なくこちらにもやってくるだろう。
「恐らくは刈田は無視すると思うけど、伊雅さんは大丈夫?」

「はい。問題ないかと思いますが」
 嘗て侵略戦争で籠城戦の経験を幾度と無く積み、副国王として復興軍でも重要な立場にある伊雅以上に、適任などいるはずもなかった。籠城側で特に大軍を相手にする場合、士気の意地が何より重要になる。火魅子や伊雅が指揮をとるならば、このまま見捨てられるはずがないと兵が思える。それは単純な指揮能力以上に重要なことでもある。

「……音羽。美禰の指揮は全て貴方に任せるわよ」
「は?」 
 唐突に訳の分からない事を言った日魅子に、音羽は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「私は少し出かけるから。すぐ戻るつもりだけど」
「えぇっ!! そんな困ります」
「なんとか踏ん張って。必ず戻るから」
「いえ、しかし!」

 言い縋る音羽を振り切り、日魅子は街着に着替えると美禰を出た。自分勝手だとは思ったし、火魅子としての自分が激しく責め立てるのを感じながらも、それでもいても立ってもいられなかった。自分の命令で人が死ぬ。それは享受したつもりだった。知っていたはずだった。責任も自分が背負わなくてはならないのだと分かっていた。
 それでも、志都呂が死んだのだとすれば、それは――

 割り切らなくてはならないのだと思う。
 知った人間だからきちんと確かめたいだなんて、唾棄すべき行為だと分かっている。

 でも、志都呂の事を愛しげに語る志野の顔が瞼の裏にちらついて、その度に胸が締め付けられた。


 志野に、なんて言えばいい?
 志都呂は私の出した命令で死んだ。
 任務を遂行する実力はあったはずだが、どういうわけか帰ってこなかった。
 まぁ、運が悪かったね――、そんな事を言えとでも?

 せめて、理由が知りたかった。
 きちんと申し開きするために。

 許してくれるはずが無いと知り、ただの自己満足であると自嘲しながら、日魅子は今にも泣きそうな顔で、川辺城へと走っていた。













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【2006/12/12 17:07】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川28
 深川
 二十八話



 刈田の街攻略のごたごたで先送りにされていた鏡の件。
 晴れて一座も復興軍に加わったので、改めて日魅子から話が来た。志都呂も志野もそれがそうであることなど知らない様子でただ驚いていた。

「……間違いない。これ、天魔鏡じゃない」
 受け取った後でつぶやいた言葉に、その場にいた志都呂は首をかしげた。
「違うのですか? あいにくと銅鏡はほかに持ってはおりませんが」

「まるきり関係が無いわけでもないみたいだけどね」
 日魅子はその鏡から感じられる不思議な波動に、その用途を知る。
「これは天魔鏡のありかを示す鏡ね。こしらえは凝っていないけど、それでも特殊な力を感じる。方術師か左道師ならばこれを使って場所を探ることもできるでしょう」
「なるほど」

 日魅子はそれが天魔鏡そのものではなかったことに少しだけ落胆もしたが、同時にどこか安心もした。今、もし手元に天魔鏡があったならば、衝動的に願いをかなえたくなってしまうかもしれない。火魅子としてそれはやってはいけないことだった。

「それにしても鏡ですか。これを狙った輩がいたと聞いておりましたが、だとすれば危険ではありませんか?」
 志都呂の言葉に日魅子は苦笑する。

「私が持っていれば何も問題ないわ」
「確かにそうですが、そもそも狗根国は扉を探すためにこの国へと侵攻してきたのだと聞いています。それがここにあるとすれば、いきなり大部隊を送り込まれても不思議ではない」

「可能性は大きいわね。でも、気づかずに奪われるよりはよほどましな展開とも言えるわ」
 狗根国が大挙して押し寄せる。そうなれば日魅子も人殺しがいやなどとは言えなくなる。そのときは、火魅子としての力を存分に振るって、虐殺を繰り広げねばならなくなるだろうう。
 そのことを想像して一瞬だけ震える。

「…………」
 志都呂はその様子を見て取り、その胸にそっと決意を抱いた。






 生来志都呂と言う男は他人の心の機微に聡く、穏和な気性とあいまって特に子供に好かれる性質であった。やさしくおおらかで、争いごとが嫌いな反面、物事の善悪には殊の外厳格で、それゆえに狗根国の非道に対して心を痛めることが多く、火魅子が降臨したと聞いていてもたってもいられず行動を起こしたというのが、刈田の街での謀略の顛末であった。

 志都呂は自分のために生きる人間ではなかったし、どちらかといえば自分など無視して他人に尽くす性格であり、今の芸人一座も九洲で身寄りをなくした子供を食わせるためにはじめたようなところがある。

 それは周りから見ればあまりに奇異なことで、いったい志都呂が何がしたくてそんな真似をしているのか、わかるものはいない。本人すらもそのことには無自覚で、それが当然だと思ってしまっている。

 おかしいのは周りで自分は正しい。
 紛れも無くその時代において、志都呂は狂人であった。

「……志都呂さん?」
 同衾していた志野にかけられた声に、志都呂は苦笑しながらそちらを見た。
「起こしてしまったか。いや、すまない」

「何か、考え事ですか?」
 実際志野も今の状況は頭が痛かった。復興に尽力するのに異論は無いが、それでもいきなり一軍を任され、周りからねたみや恨みつらみのこもった視線を向けられるのは勘弁して欲しい。これから打倒狗根国という大事業をやらなくてはならないのに、復興軍は内部でいくつもの派閥がすでに出来上がりつつあり、その立ち位置を考えるだけでめまいがしそうだった。

「例の鏡を渡しにね、昼間火魅子様のところに行ったんだが」
「それが? また何か無茶なことを言われたとか」
「何かいままで無茶なことを言われたことがあるのかい?」
 言われて苦笑する。

「今こうしてこの立場にいるのは無茶なことです」
 志都呂もそういわれて納得したように微笑んだ。
「火魅子様なんだが、見ていて少し気になってね。私などが心配することではないと思うのだが」
「……それは、私も少しわかります」

 志野自身、日魅子に対して特に悪感情は抱いていなかったし、ある種の憧れすら抱いていたが、それでもどこか強大すぎる力を持つ日魅子を恐れてもいた。何がとははっきり言えないが、それでもどこか日魅子を見ていると不安になる。
 そのことを話すと、志都呂はうなずく。

「不安になるのは確かにそのとおりだね。それは、多分火魅子様が不安定だからだ」
「不安定?」
「普段は超然とした姿をわれわれの前に見せているが、不意に年相応の顔をのぞかせることがある。あれだけの力を持ちながら、それはとても危険なことだとは思わないかい?」

「危険、でしょうか?」
「細かいことはわからないけど、多分彼女はそんなに強くないんだと思う。だから、一人でこの国を背負わなければと思い込んで、その重圧につぶれそうになっているのかも知れない。そして、気がかりもある……」
 不意に曇った志都呂の顔に、志野はそれがとても悪いことなのだとわかった。

「……志野。私に何かあったときは一座の皆を頼むよ」
「なんです、縁起でもない。私は、死ぬときも志都呂さんと一緒です」
 不安に震えそうになるのを懸命にこらえて、志野は志都呂にしがみついた。そして厚い胸板から伝わる鼓動とぬくもりは、そんな不安を一時的にやわらげてくれる。
 この人が死ぬなど許さない。二人で、必ず生きる。

 志野は人知れずそのことを誓った――






 次の標的は全会一致で川辺城。その攻略のために乱破を数名川辺城内にもぐりこませるという話になった。戦では情報が命。特に攻城戦となれば城の概略だけでも知っていたほうが攻める上で効率がいい。街の状況、内郭の位置。塀の高さ、etc..。必勝を期すためにはできるだけ確度が高い情報が要求される。

 乱破の仕事となれば、まず筆頭に清瑞の名が挙がる。伊雅に幼少より鍛えられてきた上、母親も腕利きの乱破であった清瑞は、日魅子のお墨付きもある上、ただの情報収集に問題があるとも思えなかった。火向の国都だけにそれなりの警戒は予想されるが、ただ進入するだけであれば問題ないと判断された。

 その夜。日魅子の元を伊雅が訪れ、清瑞を川辺城へ向かわせることをやめて欲しいと懇願してきた。聞けば清瑞は実のところ伊雅の本当の娘であり、日魅子に次ぐ血統の持ち主であるという。今代の火魅子は日魅子であるが、耶麻台国がこれからも続いていくためには、その血統が絶えることがあってはならない。火魅子を生み出すために王族が滅んで困るのは日魅子とて同じ。清瑞ならば問題はないとはわかっていても、そのことを聞かされればあまり危険な任務に向かわせるのもためらわれた。

 乱破として清瑞以外に頼める者となると、そう多くはない。その気になれば日魅子直々に行ってもいいのだが、刈田を落としたことで狗根国がどう動くかわからない情勢で最高司令官が本拠を抜けるわけにも行かない。

「となると……、難しいわね」
「そういえば、火魅子様が連れてきた、あの志都呂という男などどうでしょう? 聞けばすでに何度か川辺城に侵入しているという話。適任ではありませんかな?」
 伊雅の発言に日魅子はあきれ返る。

「伊雅さん。志都呂は刈田の遣いとして川辺を訪れていたんですよ? すでに刈田が落ちたと話が広まってから、のこのこ出向いたらつかまるのがオチです。もっとも近づいてはいけない人選ですよ」
「むぅ、そうか」

「仕方ないから清瑞以外で適任がいないか亜衣あたりに……、誰?」
 部屋の外に沸いた気配に、胡乱気な視線を向ける日魅子。伊雅は剣を手にし身構えたが、外から聞こえてきた声は今話しに上っていた当人だった。
「……申し訳ありません。立ち聞きするつもりはありませんでしたが」
「志都呂……、一人?」

「はい」
「入ってもらえる? ついでだからあなたにも聞きたい」
 日魅子の言葉に居住まいを正す伊雅。しかし警戒はまだ解いていない。伊雅も日魅子が連れてきた志都呂をまだ信用はしていなかった。

 志都呂が部屋に入ると、まずは何の用でここを訪れたのか問いただす。
「たまたま報告を受けたのが志野だったのですが、南にある当麻の街で復興軍とは別の反乱が起きていたと報告が入っておりましたので、お耳に入れようかと」
「別の反乱?」

「はい。詳しいことは追って報告が入ると思われますが、旗色もあまり良くないようなので、復興軍に援軍を求めているようです」
「伊雅さん。当麻の街の規模は?」
「ここ美禰とそれほど変わらないですな。狗根国兵もおそらくは同程度かと」

「亜衣に言って訓練中の兵士から五百の部隊を編成させて志野に預けて。それを明日の朝一番に出立できるように用意を」
「志野に……、ですか?」
「私は志野にがんばって欲しいと思っている。そしてこの程度ならば何とかこなしてくれると信じてるわ」

「わかりました。では私は……」
「待って」
 立ち去ろうとした志都呂を日魅子は呼び止める。
「何か?」

「話がまだ終わってないわ。志都呂、あなたどこまで聞いた?」
 射すくめるような日魅子の視線。志都呂は明け透けに笑って答えた。
「私を川辺へ向かわせるかどうか……の話をされていたようでしたが」
 探るような伊雅の視線を受け流し、清瑞の話には触れない。

「そう。はじめはどうしようかと思っていたけど、やってくれる?」
 唐突に意見を百八十度変える日魅子。
「できれば志野について行きたいのですが……」

「軍の指揮ならば志野の方が向いているでしょう。あなたには、あなたにしかできないこともある」
「……わかりました。ご命令とあればやらせていただきます」
「無理はしなくていいわ。多分、城内の情報はそれほど必要ではなくなるだろうから。それと、ひとつ流して欲しい噂があるの」

「噂ですか。構いませんが……」
「それはね……」

 もたらされた新たな反乱と、それを利用した奇策。成功するかどうかはわからなかったが、してくれれば少しは楽ができそう。日魅子は単純にそう考え、志都呂に任務を依頼した。適任ではあったし、日魅子の話を聞いた後であれば、状況に応じた判断もできると踏んでいたから。

 それは実際そのとおりだったし、清瑞をはずすとすればそれは最適の人選ではあった。
 だが、たとえ火魅子とはいえ、すべての事象を見透かすことはできない。歯車は、徐々に狂い始めていた。






 暗黒を纏い、髑髏の面容を持った男は長年待ち望んだ反応を得て、九洲を訪れていた。本国から再三再四に渡って催促を受けていた探し物。個人的にも因縁深きその具物を決して他のものの手に渡らぬよう、網の目のように糸を張り巡らしていたかいがあったというものだ。

「カカカ、よもやまだ彼の地にあったとはな。すでにどこか遠く手の届かぬところに消えたものと思っておったが」
 骸骨の歯がカチカチと音を立てて鳴る。万人が嫌悪するその笑いを当然のように無視して、狐面の男が異形の上司に伺いを立てる。

「深川との事ですが、報告はあがっておりませぬ。やはり裏切りの心算かと」
「カカカ、まぁそうであろうて。あらゆる願いがかなうと知って、それを自らの手の内に納めたくないものなど居はしない」

「さりとて身の程を弁えぬ願望はその身を滅ぼすのみ。愚劣なる者どもにはそれもわからぬと見えますな」
 また、骸骨の歯が鳴る。
「カカカ、しかし報告からするとすでに鏡は彼の女王の手の内か。これはちと厄介だの」

「正面からではさすがに蛇蝎様と言えど」
「出し抜く手はあるだろうよ。何、他のものにも手出し出来ぬのは一緒。せいぜい絡め手で攻めてみようか」

「では、取り急ぎ。深川の方は……」
「自分の意思で動く駒はいらぬ。何ができるわけでもあるまいが、のこのこと現れるようならば始末するがいい」
「御意」

 蛇蝎と呼ばれた骸骨は、部下の狐面の男が去ると同時にカカと笑う。
 楽しそうに。
 本当に楽しそうに。













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【2006/12/05 18:33】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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