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深川34
 深川
 三十四話



 血も臓物も見慣れた。嫌気がさすほどに。
 理不尽が日常であることを受け入れた。むしろそれが条理であると知った。
 自分が無力であることを認めた。俺は何一つ出来やしない。

 それでも、譲れないものは譲れないのだと言い切ることはまだ出来る。九峪雅比古として不変である部分は、今もって変質などしていない。

 俺は俺だ。

 だから、目の前で起こる無情な行いに、真っ向から反抗しなくてはならない。結果として待つものが死であろうが、これ以上そんなものを目の前で見せつけられるのは勘弁ならないから。



「あああああああっ!!」
 恐怖を振り切るために自らが上げている声は、聞いたこともないような獣の咆吼だった。
 今まさに一人の子供に向けて鋭い爪を振り下ろそうとしていた馬鹿でかい犬のような魔獣に飛びかかる。ただでさえ弱い上に、右手の骨折も完全に直っていないような状態で、無謀にも武器もなしに。

 それは客観的見てどう見ても自殺だった。


 血が目の前に広がる。振り下ろされた獣の爪は、九峪の目の前で子供をズタズタにした。ただの一撃で腹がえぐられ、はらわたが飛び出し、胸を大きく引き裂かれ、飛び出た肋骨が白く見える。
 ゆっくりと九峪の目の前で持ち上がり、顔の中央あたりからえぐり取られ、何がなんだかわからなくなっている頭部ががくりと落ちた。ピンク色の脳症がこぼれ、地面に向かって緩慢に垂れていく。
 これ以上ない衝撃映像を見て、それでも九峪は止まらなかった。既に行為自体に意味が無くなってしまったというのに、特攻した。

【■■■■■■■――】

 魔獣の大きな顎が開かれ、九峪をかみ砕くその刹那。時間が止まったように感じられ、九峪の頭に謎の声が響く。声と言うよりは想念か。何を言っているかは全くわからなかったが、何であるかは理解した。それは酷く呆れたつぶやきのようなもので、簡単に言えば落胆だったのだろう。

 その真相はわからずとも、起こった変化は劇的だった。

 九峪の目の前が開ける。あったはずの魔獣の顎はどこかに消え、その向こうの景色が見えていた。足下が濡れた感覚が後からやってきて、振り返ると縦に二つに裂かれた獣が転がっている。言うまでもなく、魔獣は死んでいた。

「――あれ?」
 状況を理解できずに困惑する九峪。兎も角命拾いをしたようだと思うと同時に、いつの間にか残った魔獣が二匹、九峪に向かってにじり寄っていた。

 仲間が死んだことを察してか、幾分慎重に様子を伺っている。一匹でさえ手に余る魔獣が二匹。だが九峪は絶望感などはじめから無かったし、今は混乱の方が大きくてそれどころではなかった。

 ――俺は、何をした? つーか、俺がこれをやったのか?

 あり得ない。そう思うと同時になぜか自分がやったことを確信もしていた。出来るはずが無く手段もわからないというのに、その結果は九峪自身がやったのだと頭は理解してしまっているのだ。

「うー、意味がわからん」
 本気で悩み、隙だらけ。それを好機と飛びかかる魔獣二匹。

 防衛本能から中途半端ながらも後ろに飛び退く。魔獣の速度とリーチからすれば完全に間合いの中で、先ほどの少年のようなボロ雑巾と化すのは当然の成り行き。

 だが、奇跡は再び起こった。

 二度目であるせいか、意識がそちらの方にはっきりと向いたからなのか、今度は九峪にも何とか見えた。九峪の目の前に魔獣の爪が迫った瞬間、黒くぼんやりとした剣のようなものが閃き、魔獣の足を切り落とす。そしてその足が地面に落ちるよりも速く暴風のような剣閃が無数に走り、二体の魔獣を細切れにしていた。

 血と臓物の詰まった水風船でも落としたように、九峪の目の前にぶちまけられる赤いもの。大量にそれらを浴びながら、九峪は唐突に我が身に舞い降りた力について考えていた。
 それが何なのか、どうするべきなのか。






 無謀と思いつつ、なんとか九峪を連れ戻そうと後を追った珠洲は、目の前で起きた出来事に息をのんでいた。もう駄目だと半ばあきらめた瞬間、魔獣は真っ二つにされていた。その後来た二匹の魔獣は細切れに。珠洲にも何が起きたかなどわからなかったし、九峪がそんな事を出来るなど悪い夢だと信じ込もうとした。

 魔獣を三匹相手に無傷で勝つなど、余程の手練れでも難しい。少なくとも前準備無しにやってのけるのは九洲中探しても五人いるかどうかだ。珠洲が知る九峪は虚弱で間抜けで根性無しで、頭がおかしいとしか思えない妄言を平気で口にするだけの体のいい人質。そうでなければならないのに……。

「……よぅ、珠洲。お前も来たのか」
 珠洲に気づいて手を挙げる九峪。その表情は困惑に彩られている。本人もよくわかっていないのだとわかると、珠洲は少しだけ安心した。訳のわからない力は危険だが、自覚が無いのならば力関係は基本的に変わらないから。

「今の、何?」
「……見てたのか。ああ、実は俺にもよくわからん」
「わからんって。九峪がやったの?」
「それはそうらしいが、俺普通の人間なはずだったんだけどなぁ」
 おかしいなと首を傾げる九峪。その表情は返り血を浴びているとはいえいつも通りだ。

「とにかく体を洗いたい。全身血まみれで気持ち悪いしなぁ」
「そう。でも、どちらにしてもここは離れた方がいい。魔獣がいると言うことは左道師が近くにいるってことだから」
 ここにいれば狙われる。珠洲はそう言って九峪を促す。

「……だったら尚更離れるわけにも行かないだろ」
「九峪は人死にが見たくないんでしょ? だったら魔獣をこんな風に殺した九峪がいると、そのことで逆に巻き込まれる人が増える。逃げればその左道師も追ってきてこの街は安全だと思う」
「一理あるか。確かに俺が原因になる可能性もあるだろうし」
 九峪はため息混じりに頷くと、珠洲に従って走り出した。






 惨劇が去った当麻の街から離れる九峪達を、狐目の男がじっと見つめている。その口元に浮かぶ笑みはどこまでも陰惨で、見るものを否応なくぞっとさせる。

「さて、覚醒は緩やかに、さりとてあまりうかうかしていては……」
 浮かれて独り言を呟いて、それから唐突に現れた気配に男は振り返った。よく知った気配。だが、自分の前には絶対に現れないはずのもの。

「久しぶりだねぇ、鳴壬」
 女の声に振り返れば、そこにはやはり間違いようもない見知った女がいた。
「深川。のこのこと私の前に現れるとは、そんなに死にたかったのですか?」
 声はぞっとするほど冷たい。半年ほど前、自分の目の前から鏡を掠め取って逃げ出した、裏切り者の女左道師。
 部下の中ではそれなりに優秀だったとはいえ、それでも鳴壬の敵ではない。あのときも予想外の乱入がなければ、深川などに鏡を奪われることは無かったのだから。

「聞きたいことある。素直に言えばこの場は見逃してやろう」
 だと言うのに、今目の前にいる深川は実力差など忘れたかのように何処までも強気で傲慢だった。人の顔色を伺うこともせず、まるで格下のゴミでも見るような視線を鳴壬に向けている。

 その全てが鳴壬の癇に障った。

「何様のつもりだ、深川。相手が誰だか分かっていないようだな」
 殺気を隠しもせず鳴壬は懐に手を入れて札を何枚か掴む。一応は威嚇だ。深川の自信、その根拠が分からない。

「蛇渇はどこだい? 鏡を奪ってからあいつ本人の追撃が無い。くだらない刺客ばかりが幾度も来たが、それをあしらうのももう飽きた。決着をつけたいから場所を教えろ」
「――気が触れたか? お前ごときがあのお方の敵になれるつもりか?」
「いいから言いな。確実に知っているとすればお前くらいなものだからな」
「フッ。笑止な」

 鳴壬は懐の札を引き抜くと見せかけ、呪文の詠唱を全くせずに自分の影から巨大な鎌を引きずり出した。同時に飛び出した無数の鎖が深川へと巻き付く。手の動きを警戒していた深川は唐突な出来事に全く対応できず、為す術もなく捕らえられた。

「私は蛇渇様の忠臣。あのお方のためだけに生きる人形。例え天地が逆さになろうとも、私があの方の居場所など教えるものか。くく、そう、例えそれが害にすらなり得ない小物相手であろうともな」
 大きな鎌を掴むと振りかぶる。身動きの取れない深川にそれは避けようもない。

「あのお方を裏切った罪、その苦さを知れ!」
 弧を描いて深川を両断しようと振るわれる鎌。深川はそれを瞬きもせずに目で追いながら、ぽつりと一言だけ呟いた。

「殺せ、兎奈美」

 それはまるで風のように吹き抜け、鳴壬の鎌を切り裂き、その延長にある腕を縦に引き裂いた。半分だけそぎ落とされ、だらりと奇妙に腕が垂れ下がり、一瞬遅れてあふれ出した血とともに、鳴壬の顔に脂汗が吹き出した。

「……魔兔族、だとぉ」
 苦しげに絞り出し、痛みと悔しさを堪えるように歯を食いしばる鳴壬。
「ふん、私が何の勝算もなくお前の前に姿を現すとでも思ったのか? おめでたいなぁ、鳴壬」
 陰惨な笑みが深川の口元に浮かぶ。

「それにしても兎奈美。私は殺せと言ったんだが?」
「え~、すぐ殺しちゃつまらないよぉ。この人それなりにやるみたいだしぃ。ちょっと楽しみたいなぁって」
「悪い癖だな。まぁ、好きにするといい。だがくれぐれも逃がすなよ」
「うん♪」
 深川は蜻蛉の羽を毟るように、鳴壬を残酷に追いつめる兎奈美から視線をはずすと、当麻の街と九峪が去っていった方を交互に見ていた。どのみち鳴壬から蛇渇の居場所を聞き出せるはずもない。だから、鳴壬がここで九峪達にちょっかいを出した理由を考える。

 鳴壬の頭が胴と泣き別れ、絶命するまでの小一時間、深川は黙ってそのことだけを思考し続けた。













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【2007/04/25 19:27】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川33
 深川
 三十三話



「――っあぁ」
 体を揺すられている感覚に瞼を開けると、そこには珠洲の顔があった。九峪は重い体を起こすと、じっと自分を見つめてくる珠洲に首を傾げてみせる。

「何かあったのか?」
「うなされてた。病気でぽっくり逝かれても私が困る」
「……魘されてた、か」

 ――そりゃ無理もないだろ。この世界に来てからこっち、ロクな事が無い上に今は一刻も早く日魅子を止めないと大変なことになるかもしれないってんだから。その上手の打ちようが無いし。

 朝イチから自分の無力さを痛感してため息を一つ。明確な回答を求める珠洲に大丈夫だと軽く手を振って、それから立ち上がると部屋の戸を開けた。いつもそこに立っている兵士に朝飯を催促するために。

「って、ありゃ? 見張りはどうしたんだ?」
 いるはずと思っていた人間が見あたらずどうしたものかと珠洲の方に訊ねるような視線を向ける。
「外で魔獣が暴れてるって」
「魔獣……。はぁ、そりゃ大変だな」
 一度見た怪物を思い出し辟易する九峪。悪夢から覚めれば何事もない現実だった場所ではない。ここは九峪にしてみれば悪夢にも等しい世界だ。

 ――にしも、頭が重いなぁ。本気で風邪でも引いたか?
 冴えない頭を振りながら、扉をぴしゃりと閉めると、まじめな顔で床に腰を下ろし、それから珠洲を手招きする。
「何?」
 珠洲はその場から動きもせず九峪の話を促した。
「……珠洲。俺は日魅子を守りたい。だからこんな街からおさらばして、さっさとあいつのとこに戻りたいんだ」
「…………」

 色々と策を練ろうかとも考えた。だが、現実的に九峪に実行できるものなど何もない。高校生程度の表面的で断片的な知識など、現実の前には何ほどの役にも立たない。何か九峪が専門的なものを持っていれば、それを利用するすべもあったかもしれないが、あいにくと九峪には何もない。その上、この世界では子供にも負ける体力しかない。文字通り最弱。ならば、事態を打開するために取れる方策は、やはり一つしかない。

 ――つまり、誰かを懐柔し、味方につけること。
 だが、これも難しいのだ。何せ、無償で動く人間など何処にもいない。何も差し出さずに何かを得ることなど出来ない。

「そんな事は許さない。まだわかってなかったの?」
 珠洲は志野という絶対的に信頼し、信服している人間の意志を尊重する。そこはどうあっても揺るがない。ただでさえ何もない九峪に、その珠洲を動かすことなど、出来るだろうか?
「珠洲は、志野が一番大切なんだよな。誰より、何より」
「昨日も言った」
「じゃあ、今のままじゃ駄目だ」
「どういう事?」

 九峪に出せる何かで、珠洲の行動を制御できるものなど無い。実力も、地位も、人望も、名声も、何もない。
 ――だから、なければ生み出す。

「このままじゃ、志野が死ぬ。ああもう、絶対に、確実に」
 つまり、嘘を吐く。いや、あながち嘘でもない。ただ、珠洲が志野に起因した何かでしか動けないというなら、志野に関わる何かを理由にしてやればいい。出来るだけ真実みのある話を補強してやって。
「何言ってるの? 志野が死ぬわけ無い。だって志野は――」

「本当にそうか? 相手はあの日魅子だぞ。街一つ一人で潰してしまえるようなおっかない奴だぞ? それがわざわざ志野を殺すためだけに出張るって言うのに、殺せない根拠があるのか?」
 九峪には無いこともない。まだ、信じていると言ってもいいかもしれない。九峪が知っている日魅子という幼なじみが、人殺しなど本当は出来るわけがないんだと。だが、ここはそれでは駄目だ。志野に依存しきっている珠洲を動かすためには、徹底的にその身の危険性を主張しなければならない。

「俺は日魅子に、これ以上人殺しはさせないし、死なせたくもないんだ。今なら、俺なら止められる。つーか、俺にしか止められないだろ? なぁ、珠洲。お前はいいのか? そりゃ志野は頼れそうだけどさ、相手がいくら何でも悪すぎるって、本当はお前だってわかってるんだろ?」
 ――わかっててくれ。頼むから。
 祈るような気持ちで、珠洲の表情を見つめる。

「……今更、遅い。志野はもう決めたんだから。例え命を落とすことになろうとも、やり遂げるって決めたから。だから、私はそれを手伝う」
 珠洲の小さな手が、真っ白になるほど握りしめられている。
「お前、わかってて止めなかったのか?」
 九峪は意外だった。口説き落とそうとしていたのが、予定と変わって志野の真意が知りたくなる。死んでもいいから仇を討つ。それが目的なのかと。そんなもので動いているのかと。

「あんたは、わからない。大切な人が死んでも誰も恨まないなんて言う奴に、私の気持ちも志野の気持ちもわからない。他にどうしようもないから、志野はそうしてるだけ」
「……アホか」
 九峪は思いっきりバカにしてため息を吐いた。
「アホだ。アホだ。大アホだ。死んでもいいから仇をうつだ。はん、なんじゃそりゃ。笑えねえし意味無いし。それ以上に、そんなことお前の大切な人がやるってのに、それを止めねぇお前は大馬鹿だ、珠洲!」
「……何も知らないくせに」

「しらねぇよ。聞きたくもない。だけど失いたくないって本気で思ってるならお前が止めろよ! そこまで思ってる奴がいるって事教えてやれよ! じゃなきゃ気がつかないだろうが。だからんな馬鹿な真似しようとするんだろうが。復讐なんてのは所詮自己満足なんだよ。やっても虚しいだけ。無くなったもんは取り戻せないし、何したって帰ってきやしない。だから、その穴を残った奴らで埋めなくちゃならないんだろうが」

「……そんなの無理」
「無理って、お前なぁ……」
「九峪わかってない。何かで代わりになるようなものなんて無いから、だから志野は火魅子様の事を」
「わかってねぇのは珠洲の方だろ。だからそれを止めろと言ってるんだよ」

「……もういい。九峪と話しても不毛なだけ。どうせわかりっこないんだから」
「奇遇だな。俺もそう思い始めてたとこだ」
 鼻息も荒く九峪はそっぽを向く。結局自分とこの世界の人間との価値観の違いは埋めようもないのか、それとも単に珠洲の頭が固いだけなのか。わかった事は珠洲は間違っても志野の命に背いたりしないし、九峪が説得することは不可能だという結論だけだった。






 騒々しい足音とともに部屋に飛び込んできた何か。珠洲は身構え九峪は驚いて目を丸くしている。戸を突き破って床に転がったのは一人の少年だった。怪我でもしているのか服を血で汚し、荒い息で立ち上がると珠洲と九峪を見つめ口を開いた。

「珠洲ちゃん、九峪さん。ここから逃げますから、僕に付いてきてください」
「唐突だな、おい。つーか坊主何者?」
「閑谷といいます。綾那の弟です。詳しいことは説明している暇がありません。とにかく急いでください」

 九峪は珠洲をちらりと見て様子を伺う。みっともない話だが何かあったとき九峪は自分で判断を下す事が出来ない。正確に言えば自分勝手に判断を下すと大抵ろくな目に遭わないという事を覚えたのだ。
「わかった」
「ではこちらに……」

 先に立って走り始めた閑谷に続いて九峪と珠洲も部屋を出る。飛ぶように階段を下りて一階に下りると、そこには忌瀬が待機していた。緊張した面持ちなのは、何か逼迫した事態が差し迫っているからに違いない。九峪はろくに落ち着くことも出来ずまた移動かとため息を吐きながら、こうも頻繁に我が身に襲いかかるイベントの数々に本気で憤っていた。平穏に暮らしたいと言わないまでも、せめて息をつく間くらいは与えて欲しい。

「閑谷君、傷は大丈夫?」
 さすが薬師、と言うべきか。忌瀬は閑谷の誘導で逃げながらも、その身を案じて声をかける。閑谷はかすり傷ですと応じたが、押さえた脇腹から滴る血は止まる気配が全くない。真っ赤に染まった白い着物が九峪の目にも生々しく映っていた。このまま放っておけば、死ぬだろうと。

「何処まで行くのか知らないが、先に治療しておかないとまずいんじゃないのか? 簡単に止血だけでも」
 余計なお世話かと思いながらも放っておけずに九峪も進言するが、閑谷はただ首を振る。今は一時たりとも止まることは許されないと言うことなのか。街の中を逃げまどう内に、それがそうなのだとはっきりした。こだます悲鳴、怒号、断末魔の叫び、そしてこの世のものとは思えぬ叫び声。

 魔獣が街を襲っている。その事は聞いていた。だが城壁がある街の中まで魔獣が進入してくることなど普通ない。そもそもこのあたりで出没する魔獣といえば、十五年前の狗根国による侵略戦争の折、召還した左道師に死なれ、路頭に迷ったものが環境に適応したもの。個体数も少ないし基本的には普通の獣と同じであまり大きな人間の集落はさける。城壁つきの街など、そもそも向かってくること自体ありえない。

 もしあり得るとすれば、それは左道師が手を引いていると言うこと。つまり、これは狗根国の工作。

「閑谷、って言ったか? 魔獣は何匹いたんだ?」
「三匹だけです」
「たった? なんで防げなかったんだ? いくら普通の獣よりは強いからって、三匹くらいならしとめることは」
「昨夜、藤那は川辺に向かって出立しました。ちょうど兵がいないところを狙われて……」
「なるほど」
 状況を理解してため息を吐く九峪。昨日準備しておく、と言っていたくせに既に準備は整っていたと言うことかもしれない。そして、それを狙っていた輩がいた。

「なら、逃げるのは違うな」
 立ち止まった九峪につられ、他の三人も立ち止まる。
「九峪さん? 今はとにかく逃げないと……」
「この街の住民が食われている間に、それをおとりにしてか? 笑えないな」

「九峪。わがまま言わないで」
 たしなめるように珠洲に言われ、九峪はそれを真っ向から否定するように踵を返した。
「逃げるならお前等だけで逃げろよ。俺は誰かを犠牲にしてまで生き延びるなんて気持ちの悪い真似出来ない」

「馬鹿な! 死んでしまうんですよ?」
 閑谷は九峪を止めようと歩み寄る。九峪はそれを睨むことで止めた。
「近寄るなガキ。てめえの意見なんて聞いてねーんだよ。俺は、俺のやりたいようにやる」

 例え死ぬことになっても、今はそれでいい。そんな風にでも言うように九峪は悲鳴の方に走り出した。理解不能な行動に、その場にいた三人は呆然と、ただ九峪の背中を見送ることしかできなかった。













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【2007/04/19 21:33】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川32
 深川
 三十二話



 当麻の町。復興軍が三番目に手に入れた街であり、自力で手に入れた街の中では唯一日魅子が関わることなく陥落した場所。陥落せしめたのは王族の一人で火魅子になる資質も持っている藤那という女だった。

 都督で天目が反乱を起こし、火向以外の九洲をその手に落とすと、耶麻臺国を名乗り九洲を乗っ取った。同時に復興軍とは同盟関係を結び、その印として火後、豊後の二つの国も与えられた。その時点で復興軍は耶麻台国を名乗り、今に至っている。

 復興軍には三種類の王族がいる。一つ目は日魅子。言わずとしれた直系の火魅子であり、既にその身に人あらざる力を秘めた現女王。二つ目は前王の弟である伊雅と、その娘の清瑞。他の傍系とは違い最も直系に近い純粋な血を受け継ぐ二人である。そして三つ目は傍系の王族。亜衣が後見人となっている宗像巫女衆をまとめる星華。そして独力で軍を起こし当麻を自力で陥落させた藤那。二人とも王族という肩書きはあれど、直系がいては日の目を見ることなど絶対にない。そして、そんなものなどいるはずもなく、耶麻台国は自分が復興させるのだと思い、十数年を生きてきた。日魅子の存在に何も思うところはないと言えるほど、二人は大人しい人間ではなかった。

 ……というげんなりする話を聞かされた後、実際に対面してみると確かに矜持と自負に充ち満ちた高飛車な女だった。

「今知らせが入った。どうやら火魅子様が動いたらしい」

 当麻に来て数日。一応の立場は賓客だが、実質は軟禁。見張りの兵をおかれた上で一日中部屋に閉じこめられていた。部屋は珠洲と相部屋で、そこから察するに珠洲自身もあまり藤那と言う女に信用がある訳ではないのだろう。まぁ、指示を出している志野がそもそも天目側についているのだから、仮にも耶麻台国である藤那にしてみれば敵とは言える。見方を変えれば隠し持っていると言えないことも無いだろうが。

「天目は応戦するでしょうか」

 綾那と言う藤那とは乳姉妹の参謀が呟く。

「天目の性格から考えればまずすると思うけど。ただ、火魅子を敵に回して勝てるだけの策があるのかどうか」

 別の部屋に同じく軟禁されていたと朗らかに語っていた忌瀬が答えた。藤那は神妙な顔で頷くと、九峪の方に視線を向ける。九峪はこっちを見るなと言いたげに露骨に視線をそらしたが、藤那はかまうことなく聞いてくる。

「九峪。お前はどう思う? 天目は戦に応じると思うか?」
「……俺が知るかよ。天目って奴に会ったこともないし、戦力がどうなってるのかもわからないんじゃ答えようもない」
「そうか。耶麻臺国軍は約三千。耶麻台国軍は今動いたのは五千ほどだ」
「兵の練度は?」

「さして違いはない。耶麻臺国軍の方がいくらか上だろうが、天目の反乱に伴って狗根国軍の正規兵は粛正されたからな。いくらか半島から傭兵を雇っている分だけ、という程度だ。ただ耶麻台国軍の方には優れた方術士部隊がある。まぁ攻城戦になれば方術士など何の役にもたたんのだが」

「……普通に考えればそのまま応じるだろう。日魅子の要求は清瑞なんだろう? それにどのくらいの利用価値を見いだしているかは人となりを知らないから何とも言えないが、今たかが人一人の事で九洲内でもめている暇はない。天目って奴が政治家なら清瑞を返して終了。バカなら抗戦するだろう」
 たぶん、とは言わないことにして九峪は口を閉じた。戦争の予想などしたくもないと言いたげに。

「ふむ。だがそうなると川辺を後ろから衝くという策は取れんな」
「……大丈夫。日魅子は清瑞一人じゃ止めない」
 珠洲が相も変わらず淡々と言う。

「そのために、コイツはここにいる」
 指さされて九峪は顔を顰めた。

「話のあらましは聞いている。火魅子様の思い人だとか。志野が耶麻臺国に行ったとなれば、死体が見つからない九峪もそこにいると考えるのは必然。確かに火魅子様が引く理由はない」
「……だが、俺はここにいる」
 九峪は日魅子ならどうするか、それを考えてため息を吐く。直情的で頭の固い幼なじみは、他の可能性を考慮しないような気がした。このまま行けば、戦争が始まる。無意味でしかないと言うのに。

「一応準備はしておくか。一度交戦状態に入ってしまえば双方引くに引けまい。火魅子様が不在の川辺など落とすのに労は無いが、ただ落としてしまったのでは反逆者にしかならんからな。さて、ではまたしばらく窮屈な思いをしてもらおうか。何、必要なものがあればたいていそろえてやる」
 横柄に藤那は言って立ち上がる。どこか楽しそうに、憮然とした九峪の表情を見つめながら。






 珠洲と同じ部屋で軟禁されている九峪は、部屋の窓からぼーっと外を眺めていた。見えるのは留主の屋敷を囲む塀と植木だけ。二階程度の高さしかないため街を見下ろせると言うこともないし、抜け出そうと思えば出来そうな場所ではある。だが、そんな事は微塵も考えていなかった。

「……珠洲。お前は日魅子を恨んでるのか?」
 座長、志都呂の仇。だが、話を聞く限り日魅子の行為は立場からすれば当然で、本来責められるようなことではない。むろんそう言った個々人の恨みを背負うことが、支配者としての常であることも確かだろうが。

「愚問。何があっても、私が火魅子様を許すことはない」
「許せないのは別にいいんだけどさ、殺したいほど憎いのかどうかって聞いてる」
「……わからない。でも、志野はたぶんそう。私も志野が殺されたら、理由なんか関係なく相手を殺したいほど憎むから」
「そっか。うん、そうなんだろうな」

 殺したいほど憎い。九峪には今ひとつその感情がわからない。殺意という感覚がそもそもほとんど無い九峪には、適当に推測するしか無い話だ。

「九峪は、火魅子様を私が殺したとしたら、そうならないの?」
 聞き返された質問。考えた時間はほんとうに僅か。

「ありねーな。薄情かもしれないが、例え両親が殺されても一緒だろうなぁ」
「嫌いなの?」

「そうじゃない。いや、どうなんだろうなぁ。ただ、我慢ならないんだよ。俺はそんな事をする奴を憎いとは思うけど、それはなんでそんな事したんだって言う行為に対する怒りで、その怒りがそのまま殺したいって気持ちと一緒になったりはしない。殺されてしまった事はただ悲しいだけで、それは一緒にしちゃいけないと思うし」
 そんな風に冷静に考えてしまえるのは、やはりどこか冷めてる部分があるからだろう。

「きっと殺したいなんて誰も思ってないんだと思う。ただ、悲しくて、やりきれなくて、自分の気持ちをどうしていいかわからないから、とりあえず奪った奴を恨むことで行き場のないもやもやを発散させようとしてるってだけで。けど、実際に殺しても無駄なんだよ。気持ちが晴れるわけがない。だって、失ったものが戻ってこない限り、そのもやもやは消えちゃくれないんだからな」
 珠洲は九峪の言葉を黙って聞いた後、じっと見つめてそれから素っ気なく呟いた。

「理屈っぽい。つまんない奴」
 九峪は辛辣な言葉に苦笑すると、窓際から離れて珠洲の方に近寄る。

「なんだ、おもしろい話を期待していたのか。ならば、俺様がとっておきの一発芸を披露してやろうじゃないか!」
 そう言って九峪は一昔前のギャグを披露して、空気はますます冷めていった。






 ひっそりと、周囲に気づかれぬように軍備を整えていく当麻の街。それを遠目に監視する男がいた。狐目をさらに細め、藤那の企みをせせら笑うようにその口を歪めて。
「……なるほど。クク、なるほどなるほど」
 独り言のような呟き。何がおもしろいのか、笑みは深まるばかり。
「わかりました。それならば私が動くとしましょう」
 ざわりと、男の足下に広がる影がざわつく。
「少しは、楽しめるといいのですが。クク、クククク」
 草原であまりに目立つ白の外套を笑いながら翻すと、風にさらわれるように狐目の男の姿はかき消えていた。後には嫌に耳につく嘲笑の残滓だけが漂っていた。













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【2007/04/13 21:21】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
近況報告
 お久しぶりでございます。諦めずに見に来ていただいている皆様には本当に頭が下がるばかりです。
 さて、さっぱり更新もせずに何やってやがるんだと思う方もおられると思うので、簡単に近況報告を。え~と、まず学校を卒業して明日入社式。引っ越しやらなにやらでゴタゴタしていて結構大変でした。以上。
 そんな感じです。三ヶ月間は絶対にクビにならないとはいえ、見かけ上ある程度の学歴を積んだのはお金を稼ぐためですので、試用期間が終わって直ぐにクビというのはあまりにしまりが無い話です。当分は仕事の方を一生懸命頑張って出世街道を! とか勝手に息巻いています。ああ、多分長続きしませんが(笑
 仕事に慣れて安定して小説を書けるようになるまでどのくらいかかるかなど正直皆目見当もつきませんが、暇を見つけてちょこちょこ書いていけたらなぁとか甘いことも考えています。息抜きになるので書くことはたぶん書くと思うんですが。
 そんなわけで相変わらずblogもHPも宙ぶらりんな感じで、楽しみにしていらっしゃる方がおりましたら大変申し訳ないのですが、不定期更新で半凍結状態のまま続けていこうかなと思います。まぁ、HPを更新しないまでも、近況報告だけはしていこうかなとは思っていますが。


 では報告はこれまでにしておいて、本当に久しぶりにweb拍手のお返事を。あー、書いた人もう見てないかなぁ。っていうか覚えてないか。
 一件目。1/2分。古っ!

22:14 今更ですが、いんそむに続きが出ない理由をしりました。・・・頑張ってくださいとしか言えません(汗)
 と頂きました。
 あー、そう言えばそんな事もありましたねぇ(爆 OLSシリーズは最後の最後でねぇ。本当にねぇ。一度消えるとやる気がゼロどころか絶対値そのままに符号が反転しちゃうんですよねぇ。オリジナルの方は実はちょこちょこトータル十万文字以上は、今年になってから書いてます。まぁ、ぶつ切りの途中で終わってる奴ばっかりですけど。もしかしたら今月中に一つくらい断頭台の方にはあげられるかも知れないしあげられないかも知れないし。OLSの方は気長に待ってください。
 コメントありがとうございました。

 続いて二件目。1/10。

0:28 一息で読んでます。心と体に気をつけてがんばってください。
 と頂きました。
 一息で……。さすがにもう読み終わってしまったでしょうから今更ですが、量があるので分割した方がいいですよー。まぁ、一気に読んだ方が文章はわかりやすいしおもしろいものですけどね。こんなものを読んで頂いてありがとうございました。

 三件目。2/20。

23:51 更新楽しみにしています。無理をなさらずに…
 と頂きました。
 やー、無理してないです。少しはしろってくらいだらだらしすぎですね。ああ、もう本当に。最近も忙しいなりに暇は結構あったんですけどねぇ。火魅子伝のSSの続きを考えるとなぜか指が止まるんですよねぇ。なんででしょう。ああ、そう言えば新刊も買ってないやー。一ヶ月以上前の事なのでまだ楽しみにしておられるか分かりませんが、暇を見つけて何とかしたいと思います。出来たら、ですが。
 コメントありがとうございました。

 四件目。2/22。

11:52 よし、拍手だ拍手
11:53 こういうときこそ拍手だ。
11:55 深川を希望した一人としては最後まで取り憑いていく
11:56 だからもう飽きたとか言わないでいただけると嬉しいぞ
11:56 えぇ、そう簡単には巡回リストからは外さない
11:57 だから帰ってきてくれ、いつかで構わない
11:58 あんたの書く文章が好きなんだ。
11:59 ちなみに好きだからとりあえずまた訪ねるよって受け取
11:59 るべし。そいでは頑張って下さい
 と頂きました。
 これもたぶん前回近況書いたあたりにもらった奴ですね。激励して頂きありがとうございます。深川は、まぁ、適当に終わらせます(爆 過去編がちょうど終わったので中途半端な更新になるよりはと、何もしてませんでしたけど、ああ、なんか書こうと思えば書けそうな感触が。まぁ、あくまで感触ですけど。いやぁ、実際書きたいのいっぱいあって全部中途半端になってるって言うだめな状態なんですけどねぇ。あっはっは。
 コメントありがとうございました。

 五件目。3/12。

0:45 とっても美味しくいただきました。ごちそうさまです!
 と頂きました。
 お粗末様です。って美味しかったですか。それはよかったです。正直私の作品はどちらかと言えばゲテモノの類のような気がしますので、口にあったのであれば幸いでした。
 コメントありがとうございました。

 六件目。3/29。

22:17 久しぶりに読み直してみた。やっぱおもちろいは新説。はよ再開してくだしゃんせ
 と頂きました。
 新説かぁ……。ああ、そんなのもあったなぁ。続きですか? いや、それは(汗 ええと、まぁ火魅子伝SS関係全部ひっくるめて数年内をめどに終わればいいんじゃないかなぁなんて思うんですが駄目ですか? いや、これからの私の状況とやる気次第なんですけれども。……頑張ります。
 コメントありがとうございました。

 ラスト。3/31。

3:06 出雲盛衰記読ませてもらいました。今後更新するようでしたら頑張ってください
 と頂きました。
 そう言えば本サイトは去年10月以来更新してないなぁ。ああ、駄目だなぁ。せめて一年間更新なしなんて無様な状態にはならないように気をつけます。まぁ、後半年内には、きっと、多分……、更新します。
 コメントありがとうございました。


 他にも更新していないにもかかわらずweb拍手を叩いてくれた皆様方に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。


 では、できれば近い再会を。ヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ

【2007/04/01 20:00】 | 会議 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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