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深川41
 深川
 四十一話



 人の欲には果てがない。
 欲しいものは全て手に入れたいと願うのは人の業。まして全てが叶うというなら、それを求めるは必然。

 気高き理想を叶えるため。
 浅ましき欲望を満たすため。
 健気な願いを実現するため。
 過酷な運命をねじ曲げるため。

 求めるものは皆違う。だが、結局それらは私欲だ。誰かのためだと高尚ぶろうが、そうしたいと思わなければ人はそもそも動きはしない。
 誰にでもある。
 だから、誰もがそこに向かった。

 情報が一体どこから漏れたのか。それを追求することは無意味だろう。あまりに目立つ狼煙が、目立つ場所から立ち上がってしまっていたのだから。

「酷い混乱」
 そう呟いた少女は、征西都督府がある湖周辺に群がる人々を上空から眺めていた。人が沢山いる。耶麻臺国や耶麻台国の兵士に、どこから紛れ込んだのか狗根国の兵の姿も見える。人々は征西都督府へと続く橋に群がり、醜く争っている。

「浅ましい人が一杯だね。こんなの無ければいいのに」
 少女は自らが作った空飛ぶカラクリを操りながら光の柱の周りを周回する。神々しい天に昇る柱。それは確かに神秘的で、願いを叶えてくれそうにも見える。

「けど、星華様の言ったことが本当なら……」
 少女はただ様子を見に来ただけ。他力本願で願いを叶えようなどとは全く思わないし、そんな事に興味もない。創作が趣味の少女にしてみれば、全てを与えられたりなんかしたら、その後やることが無くなってしまって却って困る事になる。新しくて凄いものを作りたいし、その作り方を知りたいとも思う。けれども、ただ与えられたものでは、満足できないのだ。あくまで自分の力でたどり着けなければ。

 そう言う意味で、少女は願いを叶える扉など全く必要としなかったし、それだけにこの偵察任務が適任だったと言える。

「……あれは」
 下で異変があった。人の群れの中に異形のものが突っ込んでいく。
「魔人……」
 おかしな事ではない。九洲に潜り込んでいる狗根国の連中には左道士が多い。魔人を連れていてもおかしくはないだろう。それにしても……。

 上空からでもはっきりと舞う血しぶき。人がボロ雑巾のように蹴散らされ、波が引くように魔人の周囲から人が離れる。しかし引く速度より魔人が突っ込む速度の方が圧倒的に早い。魔人が進む方向に逃げてしまった者は死ぬしかない。

 それでも数が数。千は軽く越える人間を魔人が一人で殺し切るには時間がかかるだろう。ここで諦め、逃げることに全力を注げば九割方の人間は逃げ切れるはずだ。まだ、魔人は一匹でしかないのだから。

「なんで、そんなに……」
 少女の呟きは嘆きにも似て。
 少なくない人数が、常ならば迷わず逃げる魔人を目の前にして、それでも橋を渡ろうと動いていた。
 殺されると分かっていながら、欲望に執着して。自ら、死を選ぶ。

「……あ、ようやく来た」
 少女は偵察と同時に授かったもう一つの任務のために、飛空艇を下降させていく。その先には、一軍を率いて現れた日魅子の姿があった。






 屍山血河に阿鼻叫喚。地獄と呼ぶにふさわしい光景を眺めて日魅子はため息を一つだけ吐いた。
 この争いは本人達が考えている以上に意味がない。あの光の柱の下には天魔鏡があるのみで、それだけでは扉は現れないし、願いも叶わない。我先に争って手にしたとして、魔人程度に殺される輩が剣をそろえるまでそれを所持し続けることなど……。そもそもそれを手に出来るものすら限られているというのに。

 知らないのだから、仕方がないと言えるかも知れない。だが、知らないというのに、願いが叶うことは微塵も疑わないのはやはり愚かしい。一体なんの裏付けがあって、それを信じ込んでしまっているのか。ただの言い伝えでしかないそんなものに皆踊らされて。

「衣緒。あなた達はここで待機してなさい」
「お一人で向かわれるおつもりですか?」
「こんなところで貴重な兵力を使いたくはないわ。魔人一匹だけというなら、私が倒した方が手っ取り早いし。何より天魔鏡の本来の所有者が誰であるか、皆に改めて見せる必要はあるでしょう?」
 言外に余計な気を起こさせないためにも、と含ませる。

 衣緒はこくりと頷くと同時に、日魅子に気遣うような視線を向けた。

「……差し出がましいようですが、大丈夫ですか?」
 湯布院を出たのが昨日のこと。軍は準備が終わっていたので、知らせが届いて直ぐにでも出られたのだが、日魅子自身はその直前まで泣き崩れていたのだ。

 そのとき語った言葉。

 "九峪は私が殺さなくちゃならない"

 衣緒にその言葉の真意は分からない。だが、それがどれだけ残酷なことかは理解できた。

「ありがとう。でも、大丈夫よ」
 笑ってそう言った日魅子だったが、やはり衣緒には納得しているように見えなかった。だから何事かまた声を掛けようとして、そこに甲高い少女の声が響いた。

「火魅子様~っ! 衣緒おねえちゃ~ん!」
 飛空艇で直角に落ちてきた少女は、日魅子達の頭の上で急停止すると、ふわりと地面に落ちた。

「羽江? なぜこんなところに」
「星華様のご命令で。久しぶり、衣緒お姉ちゃん」
「ええ、本当に。それより星華様のって……」
 羽江は頷くと日魅子の方に向き直り一礼する。

「星華様から伝言があります。天魔鏡と炎の御剣をそろえて扉を開いたとしても、願いは叶わないから無駄だって。火魅子様なら知っているかも知れないけど、とも言ってましたけど一応」
「……星華が。ふぅん、さすが宗像の巫女筆頭にして王族。知っていたのね。まぁ、おそらくは口伝で一子相伝の類でしょうけど。亜衣も知らなかったでしょうから」
「あー、亜衣お姉ちゃんの事はすみませんでしたって、星華様も」
「そう。ご忠告ありがとうと、星華に伝えておいて。それと、私に万一のことがあったときはあなたに任せるとも」
 さらりと、日魅子はそんな事を口にした。きょとんとなる羽江。戦慄く衣緒。

「火魅子様?」
「万に一つ、よ。羽江は火後に戻って星華によろしく。衣緒は、もし九峪が現れたら私を無視して川辺まで引き返して」
「九峪さんが? あの、どういう……」
「必ず言われたとおりにすること。できるわね?」
「……わかりました」
「うん」

 日魅子は二人が頷いたのを見届け、地獄へと向かい、歩き始めた。






「あまり同情する気にはなれないけど、せめて迷わずに」
 死体の中に立ち、日魅子は目を閉じ死した民の冥福を祈る。
 その口が、言葉を一つ紡いだ。

「天の御柱」

 屍者一人一人の上に炎が巻き起こり、消滅と同時に天へと光の柱が上っていく。
 天の御柱。それは屍者が心よりの安らぎを得たとき、天界へ旅立つ道が示されたものだと伝えられている。仏教で言うならば成仏の証。天国へと行けたと言うことだ。

 本当のところは日魅子にも分からない。少なくとも人間界で死んだ者が天空人の住まう天界には行かない事は確かだ。

「……迷い子よ。お前も逝きなさい」
 全ての屍者を弔い、日魅子は殺戮の元凶へと視線を飛ばす。

「が――」

 呻く暇すら魔人には与えられなかった。足下からまるで喰らうように炎が魔人を包み込み、絞り尽くすように渦巻いて、最後には消し炭も残さず天にのぼっていった。

 日魅子の視線は、自分を見つめる生き残りの方に向いている。欲に目がくらみ、死の恐怖に駆り立てられ、自分を見失っていた者達はようやく我に返った。
 そして、今までやっていた行為が、日魅子に対してどんな意味を持つのかを理解した。

「水に沈められたとはいえ、ここは私の城。そこで、お前達は一体何をしている!」
 一喝は、まるで石化の術だったかのように、誰もが動くことを禁じられた。呼吸をするのも忘れて、思考することも出来ずに日魅子をただ見つめる。

「疾く去れ! これ以上我が領分を侵すというなら、もろとも灰燼と化す!」
 はじかれたように、人々は今までとは逆方向に走り始めた。

 日魅子はまっすぐとその先にある橋を見つめ、歩き出した。

 ――歩き、出そうとした。

「ここは見せしめに殺しておくところだろう。日和ったか、火魅子」

 聞き間違えるわけがない声。
 もう一度聞きたいと思った声。

 振り返る瞬間、日魅子は日魅子で、火魅子では無かった。

 だから、信じられなかった。


 見えたのは血しぶき。
 同じ光景の焼き直し。

 ただ、それを成したのは日魅子が大好きな男だった。

 そんな事を出来るはずもない、誰より優しい、汚れを知らないはずの――。


「――九峪」

 最悪の想定を覆せなかった事への落胆。
 これからの顛末を考えた末の苦悩。

 日魅子は選ばなくてはならない。殺してでも生きるのか、生かすために殺すのか。
 その究極にして、最悪の選択肢を。













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【2007/05/29 19:56】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川40
 深川
 四十話



 暗い森の中、目覚めれば傍らには黒い剣。
 忌まわしいのに、汚らわしいと思うのに、頭に響く思念がそれをさせてくれない。
 一体それは誰の声なのか。得体の知れないものが自分の行動を制御している事に、九峪は怖気を感じて身を震わせた。

「……おい、大丈夫か?」
 視界を深川の顔が塞ぐ。ぼうっと見上げる九峪の瞳には精気が無かった。

「人のことを心配なんて、柄じゃないだろ」
 茶化すように言って、笑いもせずに起きあがる。体に異常はない。兎音の攻撃を防ぎ、兔華乃を葬ったと言うのに、体自体は至って健康だった。

「これからどうするつもりだ?」
 深川にそう聞かれて、九峪は首を傾げた。いつもの深川なら九峪が考えを言おうが強引に自分の意見を通したはず。だが、今の深川はどこか違った。

「どうもこうも、日魅子に、会いに……」
 そこまで口にして、首を振る。もう、その選択肢は選べないことに気づいて。

「行けないな。今、あいつに会うわけにはいかないし」
 九峪の中の誰かは、日魅子も殺すと言った。邪魔なものは皆殺しにすると。日魅子と殺し合いなど、九峪にとって考えるのもおぞましい。

「どうすればいいかなぁ。なぁ、深川」
 回答が帰って来るとも思わず聞き返すと、深川は忌々しげに九峪を睨み付け、そしてその場に腰を下ろした。

「お前は危険だ、九峪」
「そうだな。あの兔華乃達を、俺は……」
「お前がちゃんと制御できるなら、別に怖くはないんだがな。分かるか九峪? 私はお前を恐れているんだ」
 自嘲気味にそう言って笑う。

「お前の邪魔をしたら、お前は私も殺すんだろう?」
「……あ」
 言われて、九峪は衝撃を受けた。深川を殺す。殺してしまう。いくら非道だろうが、人間を自分が殺してしまう。ころ、す。
 兔華乃達ならまだ人ではないと言い訳出来たかもしれない。だが、深川を殺してしまったら、もうそれはどうしようもない。何より人が死ぬのを忌み嫌う九峪が自分の手で人を殺してしまったなら……

 一歩、九峪は後ずさる。誰かの近くにいたら、誰かを傷つけてしまう。いつ、また自分が自分でなくなって、人を殺すか分からない。
 そう気づいた瞬間、九峪から見た世界が反転した。他人が怖い。怖くて、仕方がない。

「九峪」
 名前を呼ばれて、その瞬間走り出していた。追い立てられるように、どこに向かえばいいのかも分からないのに。どうすれば解決するかなど全く分からないのにただ人のいないところにいかなくてはならないと思って。

 しかし、また頭の中に声が響き、九峪は無理矢理足を止めさせられる。

「……ん、でだよ、なんでだよ。動け動け動け!」
 石のように固まった足を殴りながら、何度も何度も叫ぶ。

 誰かは確かに言っている。鏡をお前が手に入れろと。そのために深川を連れて行けと。

「そして用が済んだらあいつも殺すって言うのか?」
 自問自答。しかし、答えは返ってこない。
 九峪は直ぐに追いついた深川の方を振り返り、みっともなく泣き崩れた顔で言った。

「……ごめん」

 それは何に対する謝罪なのか。ただ九峪にはそれしか言葉が見つけられなかった。






 ただならぬ気配を感じ、その瞬間九洲中にいる方術、左道の力を持つ者達が一つの方向を振り返った。過去感じたこともないとてつもない力の発露。九峪が兔華乃と戦った時に解放したものだった。
 当然、湯布院の砦で政務を行っていた日魅子は真っ先に気が付いた。

「――九峪?」
 感じた力は確かに九峪の裡に秘められていた炎の御剣の力。しかし、同時に隠しようもない邪気を感じた。生きていてくれたのだと言う喜びと、新たに生まれた危惧。

 ――この気は何? 直ぐに消えたけど、確かにこれは。

 いくつもの仮定が頭の中に浮かび上がり、その中で最悪の想像が的中しているのだと理解する。

「九峪……、そんな、そんなこと……」

「火魅子様、耶麻臺国より使者が」
「……衣緒」
 入ってきた衣緒を、泣きそうな顔で見る日魅子。衣緒は見たこともない日魅子の姿に驚き直ぐに駆け寄る。

「火魅子様? どうしました。もしや先ほどの」
「衣緒、どうしよう。私、私……」
「しっかりしてください、火魅子様」
 肩を掴んで日魅子の体を揺する衣緒。しかし、日魅子はうわごとのように呟くだけだ。

「九峪を、殺さなくちゃ……」






 炎の御剣の覚醒。それは同時に天魔鏡との共鳴をもたらした。
 本来二つで一対の神器である鏡と剣は、数百年ぶりに一つところに揃おうとしていた。

 征西都督府。嘗て耶麻台国が滅ぼされる前、その王城が会った土地。狗根国による侵略後、水に沈められその上に現在の征西都督府が作られた。それも先の天目の反乱によって破棄され、現在は無人の地。

 その征西都督府から天に一本の光の柱が立ち上がっていた。まるで狼煙のようにつき立ったその光。その異変は直ぐに九洲中に伝わった。民衆はただその怪異に恐れおののくだけだったが、勘のいい支配者達はその光の柱の意味を察していた。

 全ての願いをかねる扉。天界の扉が開こうとしているのだと。

 それを理解し、願望を持つものは皆そこに引き寄せられれる。あらゆる願いがかねられるのだ。それを欲しないものなどいようはずもない。

 征西都督府から最も近い場所にいる権力者と言えば、耶麻臺国を統べる元狗根国将軍の天目。誰よりも早く情報を入手した彼女は、しかし今は動くことをしていなかった。

 側近である虎桃はそのことを何より不審に思っていた。天目という女は傲岸不遜で自信満々で欲望に忠実なのだ。自分の国が欲しいから狗根国を裏切り耶麻臺国を興すほどに。なのに、全ての欲望を叶えられるその扉を手に入れようとしない。それどころか、興味はないと言わんばかりだ。

「不思議か、虎桃?」
 そんな虎桃の様子を察してか、天目は自分から聞いてきた。虎桃は天目の考えていることが全く分からなかったので素直に頷いた。普段であればあれこれ天目の考えを推察するところなのだが、今回ばかりは全く理解できなかった。

「ええ、不思議ですね~。天目様の最終的な目的が何処にあるのかは分かりませんけど、利用できるものは何でも利用するものと思っていましたから~」
「随分な言いぐさだな」
「えへへ」
 軽く睨まれて愛想笑いでごまかす虎桃。

「……考えても見ろ、虎桃。あらゆる願いを叶える扉だぞ? その気になれば不老不死でも権力でも手に入れられるのだろう。それだけのものに、何の代償も無いと思うか?」
「ああ、それは確かに……」
 虎桃にも思い当たる節はあった。狗根国には魔界に通ずる狭間からあふれ出る、黒き泉というものがある。その水を飲めば超人的な力、人によっては不老不死まで得られるという夢のような効能がある。しかし、それに耐えきれるだけの器を持たなければ最悪なら死。そこまで行かずとも何らかの重い障害を抱えることになりかねない。

「出来うるなら私も扉の力は欲しい。しかし、今の私で私の目的が叶えられぬ分けでもない。ならば不要な賭けに出る必要はないだろう」
「まぁ、そうですけど」
 そんなの天目様らしくないなぁ、などとまた安易に口にして睨まれる虎桃。

「あ、いえ、でもそんなものを火魅子とか蛇渇とかに使われたらそれこそ手に負えなくなるんじゃないかなぁって思うんですけど。結局志野達には逃げられちゃって、案埜津も生きて帰れるか分からない状態ですし」
「火魅子ならば問題はないが、蛇渇は確かに厄介だな。消息は捜させてはいるが、まぁ見つかるわけもないか。どのみちこの期をあの爺が逃すとも思えぬし、せいぜい火魅子と潰しあってもらうさ。何にせよ監視だけは怠るなよ、虎桃」
「は~い。まぁ、真姉胡が見てるんで大丈夫だとは思いますけど」

 虎桃は脳天気にそう答えながら、本当にこのままでいいものだろうかとまだ考えていた。このまま黙っていたら、何か決定的なものを逃してしまう気がして。それは虎桃自身が何か叶えたい願いがあるが故の事だったのかも知れない。













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【2007/05/26 21:37】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川39
 深川
 三十九話



 兎音が深川と九峪を連れ、兔華乃の元に戻ると兎奈美は一応落ち着いて、しかしやはり深川の側に立った。

「……どういう事なのか、説明してもらいましょうか?」
 兔華乃の声と視線は冷徹そのもの。気に入らない答えや、納得がいかない返事であれば即殺すつもりだと、誰から見てもはっきりわかるほど。今それをしないのは曲がりなりにも深川が元凶ではないという理由そのものには、納得できる部分があるからだろう。

「どうもこうも、おそらくはどこかで蛇渇に接触したんだろう? 上級魔人に拘束力のある呪をかけるなど、倭国中探そうがあのくそじじい以外に出来るものか」
「間違い無いと言い切れる?」
「決めるのはそっちの判断だろう。私程度の左道士に操られるほど、落ちぶれた魔人だと思ってるなら殺してくれても構わないが?」
 挑発的な深川の物言い。その言動は気に入らなくとも、確かにこんな地方でこそこそと活動している左道士に、自分の妹が操られたなど考えられない兔華乃。

「……まぁ、いいでしょう。しかしなぜあなたを守るように動くのかしら?」
「そんなものは鏡以外に無いと思うが」
「あなたも操られている可能性は?」
「それを払拭するために、背中の入れ墨を取り去る術を探しに行ったのではなかったか?」
 深川の言葉はいちいちもっともだった。兔華乃は大きくため息を吐いて頷いた。

「いいわ。当面はその話を信じましょう。今のところあなたを攻撃しようとしない限り、兎奈美も変わりないようだから。但し、いつ気まぐれで殺されても文句の言えない立場だというのも覚えておいてね」
「ああ、わかっているさ」
「……じゃあ行きましょうか。九峪さんを探しておいてくれたのは、むしろ都合が良かったわ。あなたの入れ墨を取る条件として、九峪さんを連れてきて欲しいと頼まれていたから」
 深川はそう言われて顔を顰める。

「一体、どこの誰にやらせる気だ?」
「あら、今この九洲で最も術に長けている人と言ったら決まってるじゃない」
「――正気か?」
 苦り切った深川の表情に、兔華乃はすました顔で頷いた。

「少なくとも、あなたよりは信用に足る人間よ、彼女は」
「ふん、まぁいいさ」
 どのみち選択肢はない。ぶっきらぼうに深川は言って、それなら早く行こうと足を動かそうとして――

「それは困るな」

 誰をおいてもそんなことを言うはずのない人間が、その台詞を口にしていた。






 山の一角が荒れ地と化していた。木々は吹き飛ばされ、地面は抉れ、元の形をとどめていない。チリチリと熱気が大気中に拡散していく、その破壊の中心に一人血濡れた姿で立つものがいる。
「……俺、何を」

 呆然と変わり果てた光景を見つめ、それを自分が成したのだという事を、どうしても理解できないでいた。

「……ぶはっ!」
 土の中から起きあがって大きく息を吐いたのは連れの女。体中についた土を払うことも忘れ、見開いた目は周囲を眺めている。

「深川」
 呆然とした呟きにそちらを向けば、間違えるはずもない男がいる。

「九峪」
 それは疑問にも似た呟き。目に映るこの男が、本当にその名を持つ、自分の知る男であるのかどうか。
 少なくとも、こんな真似が出来る奴ではなかった。こんな破天荒な破壊は、深川の知る限り火魅子以外にはできない。

「……お前」
「聞かれても、答えられねーよ」
 機先を制するようにそう言って、九峪は自分の手のひらを見つめる。

「はは、なんだっつーんだよ。何で、俺がこんな」
 その手は、真っ赤に塗れている。今さっきまでそこにいた、少女のような魔人の血。






「そいつは困るな」
 自分が何を言っているのか分からない。ただ、頭の中に響く例の思念が、さっきより断然大きく、自分の思考を塗り込めるほどに響いていた。

「何を言ってるの? 九峪さん。あなただって日魅子には会いたいのでしょう?」
「俺が? 日魅子に? ははっ、はははははっ、あはははははははは!」
「九峪さん?」

 腹がよじ切れそうと言うように、哄笑を上げる九峪。その場の誰もが不審に思った。だが、疑念が疑念でしかないうちに、九峪は既に行動を起こしていた。

「あいつは最後の仕上げだよ。まずは邪魔なお前等から死ね」
 言葉と共に放たれたそれを、誰も止めることなど出来なかった。

 黒光りする一振りの剣が兔華乃の目の前に現れ、かわす間もいなす間も受ける間も与えられず、次の瞬間にはその矮躯を貫いていた。

「はっ、え?」
 感じたこともない強烈な熱さが体の中心から駆け抜け、状況を理解できない最強の魔人が戸惑う。最強の能力を持つが故に今まで感じることもなかった、死に至る激痛。

「姉様!? 九峪、貴様ぁっ!」
 兎音が激昂して動いたが、九峪をかばうように兎奈美が飛びだす。実力に差がない兎奈美が相手では、放っておいて九峪に斬りかかることも出来ない。

「姉様が、姉様がぁっ!」
 叫びながら、泣きながら、それでも九峪を守り、兔華乃の元に駆け寄れない兎奈美。
「退けっ、兎奈美!」
「出来ないんだよっ! いいから姉様を!」

 腹に剣を生やしたまま、膝をつき、うなだれる兔華乃。どくどくと血が剣と肉の隙間から溢れ出し、そのたびに肌から精気が抜けていく。意識はないのかピクリとも動かないその姿が、二人の妹を駆り立てる。だが、兎奈美は自分を止められない。兎音も一端戦闘状態に入ってしまっては、今更無警戒に兔華乃の元に戻ることも出来ない。

 伯仲する実力の二人が拮抗する中、九峪は悠然と兔華乃へと足を向ける。

「九峪、貴様これ以上何を!」
「駄目ッ! それだけは駄目だよ九峪!」

 戦いながら叫ぶ二人。九峪は二人の事など見向きもせず、ただ黙って兔華乃の体を見下ろす。

「どいつもこいつも、自分が自分が、自分のためなら人が死のうが、誰を裏切ろうが知ったこっちゃないって。いい加減こいつは腹が立ってたんだよ。だから、世界を自分色に塗り替えてやろうって本気で願望した。誰もが他人を思いやり、争いも諍いもなく、過度の幸せも不幸せもない世界。一人の悲しみを皆で分かち合い、一人の幸福を皆が喜ぶそんな世界。そんな、気持ち悪い世界があればいいと。お笑いだろうがそれでも器。その障害になるものは皆殺しだ」
 兔華乃の腹に刺さった剣を九峪が握る。

「――ぐ、あなた、一体」
 何故か空の力が発動せず、そのせいで上手く傷の再生も出来ない兔華乃。死に体になりながらも、何とか九峪の腕を掴んだ。

「我は炎の御剣の御霊にして、願いの受諾人。嘗ては――と呼ばれていた事もあったか」

 兔華乃の目が見開かれ、同時に苦痛を憎悪が凌駕する。空の力が無くとも上級魔人。ただの人間相手に負ける事もないと、飛びかかろうとした小さな体は九峪に蹴り飛ばされ、同時に剣が引き抜かれた。

「うああああっ!」
 冗談みたいな量の血が噴き出し、九峪の体を朱に染める。荒い息で、仰向けに転がった兔華乃に、九峪は感情のない目を向けて剣を突き付けた。

「ではな、最強なるもの。我が剣の一撃で、天へと帰るがいい」

 発光する黒い剣。
 周囲を光が覆う中、兎音と兎奈美の悲痛な叫び声が響いていた。






 気が付けば荒野。生きているものは深川と九峪だけ。九峪の目の前には大仰な剣が一振り地面に突き刺さっていて、それを手に取りながら呟いた。

「……深川。俺はなんなんだ?」

「…………」
 深川はその回答を持たなかった。いや、一体誰であればその問いに答えられたと言うのだろうか。

 自らが禁忌としてきた殺人を犯してしまった九峪は、自分を見失ったまま呆然と何処へともなく歩き始めた。













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【2007/05/23 21:22】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川38
 深川
 三十八話



 山の中を駆け抜ける男と女。
 木立を右の手と左の手で振り払い、少しでも遠くに行こうと必死で駆ける。
 それでも繋いだ左手と右手は離さない。
 狭く入り組んだ森の中は、バラバラに動いた方が早いはずなのに、それでも二人は離れない。

 気が動転して気づいてない?
 不安を少しでも紛らわせたい?
 どちらかがバランスを崩したときに直ぐ支えられるから?

 理由は多分全部。
 出会ってからこの方、二人は意外と上手くやってきた。その関係性や立場の強弱は兎も角として、妙に呼吸が合ってしまう。
 違和感が無いから気づかない。無いことがおかしいというのに。

 一方は理想論と偽善に満ちた綺麗事ばかり並べるのが趣味の、真性役立たず。現実に適応することを頑なに拒み、世界のあり方を受け入れる根性が無いことの言い訳に、歯が浮くようなお題目を素面でさらす痴れ者。時にそれが行き過ぎて命をドブに捨てるような真似までさらす自殺志願者。

 もう一方は世界のあらゆる悪徳を肯定し、己がためならそれら全てを実行してみせる生き汚い害虫。目的のために手段を選ばない、それをどこまでも徹底してみせる合理主義と、矜持のカケラもない発言を平然と言ってのける人生の敗北者。

 二人は全く違う。それどころか自分の最も嫌うタイプのはずの人間が、まさにお互いだという有様。主張は全て真っ向から対立するし、意見が合うことの方が少なく、相手の考えていることなど何一つ想像も出来ない。

 なのに、なぜ二人は一緒にいられるのか。その疑問は、"まだ"わからない。






 足を止めた深川につられるように九峪も足を止めた。深川の全力疾走に合わせたために、体力で劣る九峪は呼吸がおかしい。音が聞こえるほど荒く息をつき、手近な木に体を預けてうめいている。深川はその様子にこれ以上は無理だと判断すると、九峪を切り捨てるかどうするか思考する。

 ――上手く行けばいいが、駄目ならば確実に死が待っている。どのみち、これは賭だからな。

 深川自身も荒い息を整え、おそらくは直ぐに姿を見せるであろう追跡者に備える。ミスをするわけにはいかない。九峪はおそらく当分動けもしないだろうから、この場合は寧ろ都合がいい。余計な口出しで状況を混乱させたくもなかった。

「ふぅ、やれるか?」
 自分に言い聞かせるように呟き、それから右手に力を込めて気づいた。自分が九峪と手を繋いでいることに。

「…………」
 いつから繋いでいたのか全然気が付かなかった。九峪も気づいていないのか、気にする素振りも見られない。深川は不思議そうにその繋いだ手を見つめ、伝わってくる暖かさと、意外に大きい九峪の手のひらの感触を確かめる。

 ――それが、なんだというんだ。

 そんな事を考えながら、感じてしまう不可思議な感情に戸惑う。およそ深川の人生に存在しなかったその優しい感情は、なごみと安らぎと言うものだった。

「はぁはぁはぁ、っく、ふか、わ」
 まだ苦しいのか、肩で息をしている九峪が不意にその手に力を込め深川を見つめる。
「なんだ?」
 平然と応じつつ、そう言えばこの手は一体どちらから握ったものだったか考える。そんな事で、あり得ない感情から思考を逸らそうとする。

「よく、わかん、ねぇけど――っはぁ、はぁ、逃げるなら、お前一人で行け」
「ふん、気を遣ってるつもりか? どのみち逃げ切れる相手でもない」
「ぜぇぜぇ、そうかよ。まぁ、俺の知ったこっちゃないが。どのみち俺は、これ以上一歩も動けん」
 そう言ってへたり込む九峪。深川は軽く頷くと、振り払うように手を解いた。それで九峪も自分がずっと深川と手を繋いでいたことに気づき、その手を妙なものでも見るように見つめた。

「……で、結局何から逃げて」
 九峪の質問は、その対象の出現によって無意味と化した。

「深川……と、九峪? ふん、渡りに船というかなんというか」
「兎音?」
 九峪は目を丸くし、それから一秒ほどで思考を完結させる。すなわち、敵が兎音→兎音は魔人=ものすごく強い→深川が殺される、といった感じに。九峪から見てもはっきり分かるくらいに、兎音は深川を殺す気満々だった。

「まぁいい。深川、よくも兎奈美にあんな真似を」
「? 兎奈美にあんな?」
「しらを切る気か? だが別に構わん、お前が死ねば兎奈美も」
 そう言って体をたわませる兎音。

「待て。話が見えない。兎奈美をそそのかして連れ出したのは事実だが、私は他に何もしていないぞ?」
「いくら兎奈美が馬鹿だろうがな、姉様の命令を無視するなんてあり得ない。お前に操られていたと考える意外に無いだろう」
「私が? はっ、買い被ってくれるね。確かに私は操作系の左道を得意としているが、それでも生きてる人間を操る術は限定されるし、時間もかかる。とても上級魔人を相手に一日や二日でやってのけられるような腕じゃないさ」
「言い訳はそれだけか?」
 兎音はもう何も聞く気はない。ただ、深川を殺せばいいのだと、そう信じ切って疑っていない。だから、深川に向かって、人間には知覚出来ない速度で襲いかかった。






 急に、頭の中に声が響いた。それは前に魔獣を三匹殺したときと同じ声。言語と言うより思念。言葉に変換するのが酷く難しい、曖昧模糊としたイメージ。
【■■■■■■】
 だが、それは言葉よりもはっきりと九峪に内容を理解させる。理解した上でそれから九峪はゆっくりとそれを言葉に変換し、再確認した。

 ――深川は殺させない。

 それは半ば九峪自身の感情でもあったし、声に従うままに体は動いた。直ぐ隣にいる深川。その前に立ちふさがると同時に、目の前に飛び込んできた兎音の突進を、堅くて鋭い刃を突き付けることで無理矢理阻んだ。

「――っく!」
 唐突な邪魔に兎音は驚きながらも間合いを取る。急激な進路変更で地面は抉れ、九峪はもろに土埃をかぶってむせた。その様子から、明らかにただの人間以下にしか見えないのに、今の動きが理解できない。
「邪魔をするな九峪。貴様に用は無い」
「――いや、そう言われても深川を殺させたくないし」
「退けと言うのが分からないのか?」
「退かねーよ。んな事より、事の正否も確かめずに一方的に殺すなんて許せるか!」

「うるさい。このままでは兎奈美が……」
「それって深川じゃないんだろ?」
「助かりたいからそんな事を言ってるだけだろ。いいから退け。殺してみれば分かることだ」
「だから、死んでしまったら元に戻せないだろ! 手前勝手な理屈で人の命を奪うとか――」
「兎奈美の術が解けないというなら、あいつを殺すしかないんだぞ」

 兎音は可能性が低いからと言ってそれを諦める選択肢を持たないだけ。深川の命を奪うことで、兎奈美を止めることが出来る可能性があるというなら、そんなもの考えるまでもない。

「……深川、実際どうよ?」
「知らんな。魔兔族を手なずける術か。知ってるなら是非使いたいところではあるが」
 それが出来るならとっくの昔に蛇渇を殺している、と呟いて、それから顔を顰める。

「そうか、そうだな」
「どうした?」
「魔兔族を操作出来るなど、そんな馬鹿げた術を使えるとすれば倭国広といえどもあの骸骨だけだろうよ」
「蛇渇が?」
「重ねて言うが、私は上級魔人を自由に操れるような人外ではない」
「蛇渇が術を掛けたのだとして、だとすればなぜお前を守るような呪がかかっている? そんな事をしてあいつに何の益がある」
「あるだろうさ。それは当然。何せ、今天魔鏡の在処を知っているのは私だけなんだから、まだ自由に泳いでいてもらいたいだろうし、途中で死なれても困るんだろう」

「そう言う、事か」
 兎音はそう言って警戒を一応解いた。

「姉様がどう判断するかは知らないが、お前等が一緒に来れば兎奈美も一端は元に戻るだろう。戻らないときは覚悟しておけ」
「……やれやれ。信用がないな」
 深川は嘯くようにそう言って、兎音の後に続いた。一度だけ、一緒に着いてきた九峪を振り向き、

「助かった。お前もたまには役に立つな」
 そんならしくもない事を言って。













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【2007/05/18 19:11】 | 会議 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川37
 深川
 三十七話



 耶麻臺国からの使者が帰り、それと入れ替わるように日魅子の元を兔華乃が訪れていた。深川を連れ去るような真似をしておいて、ノコノコと舞い戻った事に日魅子は憤るより寧ろ呆れ果て、その上で"お願い"などされてしまった事には言葉も無かった。

「深川の入れ墨を消して欲しい、ねぇ」
 人払いを済ませた執務室。兎音と兔華乃を正面に見据えて、日魅子は目の前の魔人が何を考えて生きているのか心底疑問になった。

「あなたなら簡単でしょう? ささっとやってくれないかしら?」
「……兔華乃も叶えたい望みがあるの?」
「そうね。魔界に帰りたい、その程度の望みだけれど」
 日魅子はなるほど、とうなずきそれからため息を吐く。

「それにしても、本来なら深川を連れ出したことであなたとは敵対しなければならないんだけどね」
「あら、別に私は構わないけど?」
 にっこりと笑ってみせる兔華乃。

「ふん、私とあなたが本気で戦ったら国が一つ消えかねないわね。いいわ、私もそれほど深川には固執しているわけではないから、条件付きでその要求はのみましょう」
「あっさりと引き受けてくれるのね。意外だわ」
「あくまで条件をのんでくれればだけど。こちらから出す条件は二つ。それで深川を勝手に連れ出したことと、今回のお願いもチャラにしてあげる」
「……いいわ。条件を言って」
 兔華乃が首肯したのを見て、日魅子は指を一本立ててみせる。

「まず一つ目。深川から天魔鏡の所在を確認し、手に入れることが出来たならば先に私に渡すこと」
「信用していいのかしら?」
「あなたの願いが真実魔界に帰ることだけだと言うのならば、あなたが扉を開くのを邪魔したりしないわ。むしろ私とすればあなたには出来るだけ早く目の前から消えてもらいたいのだし。そのために一番危険が少ない方法でしょ?」
「たしかに理は通っているわね。分かったわ、天魔鏡を手に入れたのならば、あなたのところに持って行く。もう一つは?」
 日魅子はしばらく考え、それから何か決心したように二本目の指を立てた。

「二つ目は、九峪を私の元に連れてきて欲しい。生きているか死んでいるか分からないけど、必ず」
「別に構わないけど、彼が剣の男なんでしょう?」
「――知っていたの?」
「ええ、深川から聞いたわ。でも、あの人の何処が剣なのかよく分からないのだけど。ともかくあなたがそう言うのであればそうなのでしょうね。とにかく条件はわかりました。鏡と剣、両方そろえてあなたに渡せばいいのね」
「…………」
 日魅子は黙って頷く。

 兔華乃は話は終わりと立ち上がると、退室する前にもう一度日魅子を振り返った。

「あまり心配はしていないけど、裏切るような事があればどうなるかは分かってるわね?」
「その台詞はそのまま返すわ」

 九洲最強の二人。その視線が数秒交錯し、それから何事も無かったように兔華乃は退室した。






 深川、兎奈美に強制連行される九峪は、ともに動くようになって二日ほどして、ようやく妙だと言うことに気が付いた。
「なぁ、深川。なんで誰も襲ってこないんだ? お前狗根国から狙われてるって……」
「なんだ、そのことか。この間九洲の首魁を殺したからな。下っ端共が独断で動けるわけもないし、親玉が出張ってくるまでの間は静かになる」
「ふぅん。じゃあまた魔人に襲われるような目には遭わなくてすむのか。それだけでも気分は多少楽だな」
 何より今回は兎奈美が同伴と言うことで、山間の集落をわざわざ襲わなくても食料を捕ってきてくれる。九峪の心も痛まなくてすむというものだ。

「そう言えば聞き忘れていたな。当麻で魔獣を三匹始末しただろう。あれは誰がやったんだ?」
「……言っても信じないだろうなぁ」
「いいから言え」
「俺だけど」
 おそるおそる九峪が口にすると、深川は目を丸くする。

「それは何の冗談だ?」
「ほら信じない。だから言いたくなかったんだよ……」
「いや、あり得ない話では無いのか。何せお前は」
 ぶつぶつと一人で呟きながら考え込む深川。九峪はその様子に邪魔をしない方がいいと判断すると、少し距離を取って空を見上げる。

 今自分がいるのどの辺りなのか、いつも通りさっぱり分かっていなかったが、それでも北に向かって歩いているらしいことは分かった。深川は征西都督府に行くと言った。一度見せられた地図からすれば、それは志野が向かったはずの耶麻臺国の首都近く。日魅子が志野を恨んで耶麻臺国に攻め入るとすれば、運が良ければ会えるかも知れない。

 漠然とした予想でしかなかったが、今はそれが九峪を大人しく深川について行かせている理由だ。地理に疎い九峪一人が離れて動いても遭難しかしない。ならばいくらかでも確実な方に向かうべきである。

「……とはいえ、間に合うのかなぁ」
 戦争が一日二日で起こるとは思えないが、兵は拙速を尊ぶとも言う。現状が分からない九峪にしてみればやはり不安が一杯だった。
「おい九峪。今日はまだ歩くぞ」
「……ん? ああ、とにかく急ごう」
「珍しいな、お前がやる気など」

「さっさと行って深川の用を済ませちまえば、後は勝手にしていいんだろ? 俺は日魅子に会わなくちゃ駄目なんだから」
「ああ、終わったらな。だがお前も火魅子の事となると必死だな。クク、惚れてるのか?」
「そんなんじゃないっつーの」
 そう言いながらも、九峪は結局自分の気持ちという奴がさっぱり分からないのだった。

「それにしても、遅いな兎奈美」
 話をそらすために選んだ言葉。深川は今更そんな事に気づいたのか、まじめな顔で遠くを見つめる。
「……ちっ。もう少し時間はあるかと思っていたが、甘かったか」
「は?」
「走るぞ九峪。死にたくなければつていこい」
「て、おい、引っ張るな」
 深川に手を引かれ、走り始める九峪。二人を捕らえようとやってくる魔の手は、まさに直ぐそこまで迫っていた。






「おかしなところで会うわね、兎奈美。私は深川と一緒に留守番していろと行ったはずだけど」
 湯布院からの帰り際の兔華乃と兎音。策的範囲が異様に広い二人が、たまたま近くを通る同族を見つけてしまったと言う状況。自分の言いつけを守らなかった妹に、兔華乃はいたくご立腹のようで、にこやかな口元と対照的に目は全く笑っていない。魔界においてすら最強に類する長女の眼光はそれだけで兎奈美を射すくめさせた。

「だって、深川がついてくれば強い奴と戦えるって言うから~」
「黙りなさい。まったく本当に馬鹿なんだから。それで深川も近くにいるのでしょう? まぁ却って都合が良かったと考えた方がいいのかしら、この場合」
「兎奈美、強い奴って……」
「狗根国の左道士~。確かにこっちに来てからだと大分マシな方だったよ」
「くそ、うらやま――」
 兔華乃の視線に気づいて黙る兎音。今ひとつ理性に欠ける妹二人に嘆息しつつ、今は深川を確保するのが先だと頭を切り換える。

「兎奈美、深川を連れてきて。殺さないように気をつけてね」
「やだ」
 兎奈美は即答した。その予期せぬ回答に、兔華乃と兎音は目を丸くする。

「……今、なんて言ったのかしら? おかしいわね、私が聞き間違えだなんて。もう一度言うわよ。深川をこの場に連れてきなさい」
「いやだ」
 ニコニコとほほえみながら、絶対的命令権を持つ姉の言葉に耳を貸さない兎奈美。

「兎奈美、何をふざけて」
 兎音が恐々としながら諫めようとすると、兎奈美は武器を構えた。その動きに、二人がようやく兎奈美の様子がおかしいことに気が付く。

「……兎奈美」
「どうしてもって言うなら、私を倒してからにしてね~」
 いつものように悪ふざけするような声で、満面の笑みを浮かべながら、それでも何故か、涙を流して。

「兎音、予定変更よ」
「どんな風に?」
「深川は殺すわ」
 その声に隠しようもない怒りがにじんでいる。
 魔人、それも魔兔族は特に横の繋がりが非常に強い。どんな理由があろうとも、同族を裏切る事などあり得ないし、まず生理的に寄せ付けない行為だ。いくら兎奈美が奔放で好奇心旺盛だとしても、同族の、それも血のつながりのある兔華乃や兎音に刃を向けるなど、天地が逆さになろうがあり得ない事だ。

「させないよっ!」
 与えられた条件に対し、逆らえず動いてしまっている体。そうとでも言うように、兎奈美の目は涙に濡れている。いつもの戦闘の時に見せる楽しそうな天真爛漫な笑顔をそのままに、涙だけがあふれている。

「よくも、よくも私の妹にこんなっ!!」

 怒声とともに膨れあがる兔華乃の力。兔華乃の特殊能力「空」。相手の戦闘力に応じて、自らの戦闘力が上昇し、その上必ず相手より強くなると言う絶対無敵の能力。事実、兔華乃は負けを知らない。

「はぁあああっ!」
「きゃぁ」
 兎奈美の二つ鎌をくっつけたような奇妙な武器の攻撃を、素手で押し返すと間合いを詰めて動きを拘束する。

「ぐ、この、離してよお姉ちゃん」
「離すわけないでしょ。いいから大人しくしてなさい」
 兔華乃は兎奈美を地面に押しつぶして、その上で兎音に視線を飛ばす。会話は必要ない。兎奈美の状態を考えれば、深川に何らかの術を受けている事は明白だ。操作系の術の大半は、術者が死ねば効力を無くす。

「駄目だよ、殺させないんだから殺させないんだから殺させないんだから殺させないんだから!」
 兎音が深川の方に向かったのを察してじたばたともがく兎奈美。
 その光景は姉の目から見てあまりにも痛々しかった。

「もう少しの辛抱よ、兎奈美。今、助けてあげるから」
 その声は、慈愛に満ちた暖かみと同時に深川へ向けた憎悪と絶対の殺意に満ちていた。













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【2007/05/13 20:06】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川36
 深川
 三十六話



 怖いのは夢を見たから。
 黒くて暗くて何も映さない闇が目の前にあった。
 これは夢で目を瞑っているのだから、暗いのは当たり前で見えるとすればそれは自分の想像でしかない。
 そんなことをぼんやり思いながら、だからこそ怖いのだとまでは思いつけない。

 これは闇の夢。
 本来見るべき情景は闇に飲まれ、全てが消え失せてしまった世界を見ている。
 原初の混沌。時の最果て。始まりと終わりが混在する根元たる闇。
 そしてそこから発せられる禍々しい気配。

 何があるわけでもない。しかし、それは確かに何より恐ろしい悪夢だった。



「――――」
 目が覚めた瞬間目を開いていた。寝ていたはずなのに、瞬きしただけのように倦怠感が無い。ただ心臓だけが早鐘のように鳴っていて、今し方まで全力疾走でもしていたかのように体は汗に濡れていた。

「……また、か」
 悪夢は一体何度目になるか。この世界に来てから悪夢のような現実ばかり起こるから、そのせいで精神的に参っているのだと思っていた。だが、何かが違う気がする。確かに普通の悪夢も見る。だが、あの闇だけの悪夢は九峪に謂われのない不安感を与えるのだ。

「まぁ、こんな状態で夢見がいいわけもないか」
 あきらめたような呟き。体は柔らかい感触に包まれている。少し身じろぎすれば体を押さえる力が増して息苦しい。視線を少しだけ上に向けると白いウサ耳が見えた。

「兎奈美、いい加減に離してくれ」
「んぅ? ふああ、おはよう九峪~」
 ウサ耳魔人はまだ寝ていたようで、挨拶をしながら大きく伸びをした。両手を離してもらったので抜け出そうと立ち上がると、視界の中に深川がいないことに気づく。昨夜は結局九峪の意見など微塵も聞いてもらえず、いいから黙って付いてこいと何処へともなく連れ去られたのだ。その時から今にいたるまでほぼずっと、九峪は兎奈美に運ばれている。

 ――まぁ、楽でいいんだけど。
 九峪も歩くのが嫌いなワケではないが、歩きすぎるのはごめんだった。散歩程度ならば楽しめようが、何十キロも山道を歩くのは極端すぎる。実際この世界に来てから何度血豆がつぶれたか分かったものではなかった。

「そもそも俺はさっさと日魅子のところに行きたいってのに……。そう言えば兎奈美。お前はなんで深川といるんだ? 兎音と兔華乃は一緒じゃないのか?」
 ウサ耳魔人残り二人の名前を出すと、兎奈美はめずらしく少し堅い表情をして頷いた。

「姉様達は知らないよ。そもそも深川を川辺城から連れ出したのは姉様達だけど、その後どこか行っちゃったし。ただ待ってるのは暇だから、深川と九峪探しに来たんだ」
「……ちょっと待て。深川は川辺城にいたのか?」
 そんな話は聞いていない。兔華乃は確か逃げられたと。

「亜衣って女に拷問されていたのさ」
 楽しげな声に振り返ると、背筋が寒くなるような暗い笑みをたたえた深川が立っていた。水浴びでもしてきたのか髪が濡れていて、いっそう不気味な雰囲気を醸し出している。

「亜衣さんが? なんで――って、そう言うことか」
 九峪はため息を吐くと頭を振った。少し考えれば九峪にも分かる。深川は鏡を持っていたと知っている今なら、川辺城に連行された後そのまま逃がすはずなど無いことは。

「でも、拷問だなんて」
 そんな真似、日魅子が許すとも思えず首を傾げた九峪に、深川はそっと左手を掲げて見せた。指先は爪が剥がされ赤くなっている。昨日は布が巻かれていて気づかなかったその場所に、生々しい傷痕が隠されていたことに息を飲んだ。

「他にも体中色々な。なんなら見せようか?」
「――結構です」
 げんなりして肩を落とす九峪。
「でも、日魅子は知ってたのか? 拷問なんてあいつが」
「知らないわけがないだろう。川辺城の中はあいつの腹の中と同じだ。まして自分の片腕がやったことだ。積極的に命令したかどうかは知らないが、少なくとも黙認はしていただろうな」
「そっか。あいつ……」
 九峪は苦り切った顔で黙り込むと、それから一人で歩き出す。

「何処に行く気だ?」
「……なぁ、深川」
「川辺城になど行かないぞ。向かう先は一つだ」
「……何処だよ。どうせわかんないだろうけど一応聞いておく」
 深川はにやりと笑みを浮かべて答える。

「征西都督府。お前と一番はじめに会った場所だ」






 九峪が殺されたとの報が入ってより二日ほどで、日魅子は軍を整え、豊後の拠点として建造していた砦に入った。現在で言う湯布院の辺りであり、東には別府湾、西からは耶麻臺国からの主要街道があるなど、今後の事を考えた上での重要拠点である。
 そこに火魅子が直々に兵力を動かした。
 狗根国が未だ本格的な動きを見せていない今、その意味はあまりにも明白だった。わざわざ軍行動を起こす意味があるとすれば、それはもう一つの敵対国家へ重圧をかけること以外にない。

 日魅子は湯布院の砦で一時駐留させ、同時に耶麻臺国に向けて使者を出した。捕られたものを返して欲しい、と。
 このときには既に日魅子の元には、九峪の死体が消え、生存していた可能性があるという情報が入っていた。そのせいか幾分日魅子も冷静だったのだろう――、と周りは思っていた。しかし、いっその事九峪には死んでいてもらった方が良かったのだと、今は誰も理解していなかった。

「火魅子様。耶麻臺国より返答の使者が参りました」
「……そう」
「お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
 執務用に設えた簡素な部屋で、日魅子は不気味なほど冷めた視線で虚空を見つめていた。そこにはあらゆる感情が見られない。

 ――九峪。生きてるの? 死んでいるの?

 生きているという保証は無い。死んでいるという確証も無い。入ってくる情報は多岐に渡り、どれが本物であるのかも分からない。組織の頂点に立つ日魅子には、今九洲で最も強く神々しい立場にある火魅子には、それに取り入ろうとするものが数え切れないほどいる。だから、機会あれば偽装してでも耳寄りな情報を入れようと、画策する痴れ者が多いのだ。
 あまりの多くの情報に迷彩され、本物は見つけることも出来ない。

 だから、探すなら確実に知っている人間に聞くしかない。知っていなければおかしい人間に。

「失礼します。耶麻臺国からの使者をお連れしました」
 部下の断りに続いて入ってきたのはまだ若い女だ。
「お初にお目にかかります、火魅子様。此度はお目通り叶いまして祝着至極に存じます」
「挨拶は結構よ。お互い忙しいのだから、手間は省きましょう」
「わかりました。では、こちらが天目様よりの書状になります。どうぞお受け取りください」
 恭しく差し出された紙の書状。この時代紙は超が付くほどの高級品であり、一般には殆ど流通していない。主な保存媒体は竹簡であり、余程のことでなければ用いない紙の書状が来た時点で、内容はいくらか推測できた。
 日魅子はつづら折りにされた紙を開くと、その内容を一読して軽くため息を吐いた。

「いかがでしょうか?」
「……清瑞は無条件で返し、詫びに豊前まで寄越すと書いてあるわね。天目は正気なのかしら」
「天目様も火魅子様とは事を荒立てるおつもりが無いご様子でした。同盟関係を崩さないためならばそれだけの譲歩も止む無しと……」
 火魅子の前だと言うのに物怖じしないのか、特に緊張した様子もなく遣いの女は説明をする。
 日魅子はその言葉の途中でもう一度ため息を吐いた。

「言葉の意味をはき違えないで。この程度で私が納得するとでも思っているのかと言いたかったの」
「……ご不満ですか?」
 客観的に見れば吹っ掛けているのは日魅子の方だろうに、遣いの女は動じなかった。

「ですが、このまま同盟に決定的な亀裂を入れ、緊張状態が戦争状態になってしまえば喜ぶのは狗根国だけです。それは火魅子様とて喜ばしい事態ではないはずですが」
「そうね。忌むべき状況だわ」
「重ねて申し上げるに、此度の行動はこちら側に一応の非があるわけですから、身柄をお預かりしている清瑞を無事に返し、なおかつ豊前までお譲りすると申し上げているのですが、それでもまだ何か足りないと? たかが乱破の身一つでここまで。本来なら譲歩しすぎと言ってもいいと思うのですが」
「清瑞の件に関しては構わないわ。でも、もう一つ忘れているでしょう?」
 そう言った瞬間、日魅子の威圧感が増す。僅かににじみ出た怒りの一端。女も表情こそ変えなかったものの、額にはうっすら汗を浮かべた。

「……それは志野が殺したという、何処の誰とも知れぬ男の事ですか?」
「いいえ。此度の混乱を招いた元凶である、志野とその一座の首よ」
 身も凍るような冷たい声で放たれた言葉。使者の女は言葉を失い黙り込むしかなかった。













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【2007/05/07 21:10】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川35
 深川
 三十五話



 当麻の街が魔獣に襲われた。その報は真っ先に藤那の元に届けられた。当麻の街とその近隣、去飛、児湯、美禰の三つの街に支配力を持っている藤那だったが、川辺城へ進軍するつもりで主立った兵はかき集めてしまっていた。四つの街は危険に晒されることになる。意外にも、と言うか藤那は冷静に判断すると、軍をすぐに引き返しはじめた。

「いいの? 千載一遇の機会だって言うのに」
 乳姉妹である綾那に聞かれたが、藤那は迷いもしなかった。
「後顧に憂いを残したまま川辺を取っても益はない。全て都合良く運んで川辺の臣共を籠絡できたとして、その間に狗根国に入り込まれては国が立ちゆかん。あの火魅子であればまた機会もあるだろうし、今無理をする必要は何もない」
「それもそうね。今回の耶麻臺国への遠征だって、失敗すれば糾弾する格好の材料になるものねぇ。その間に地盤を固めておいた方が堅実かもしれないけど、でも藤那にしては慎重ね」
「ふん、私はいつだって慎重で大胆なんだよ」
 意味不明な事を言ってため息を吐いてみせると、綾那はクスクスと楽しげに笑った。



 一方その頃、去飛の街まで離れて情勢を探っていた九峪達――正確に言うと指揮を執っていたのは閑谷――は、その後の追撃が無いことを知って当麻の街に戻るかどうかの議論をしているところだった。
「よくわからんが、閑谷達の代わりに魔獣を退治してやったんだから代わりに好きにさせろ」
 とは九峪の言。借りを一つ作ったのだから、いつになく強気に出ているところだった。
「僕の一存では決めかねます。それに、それだと珠洲ちゃんも困るんじゃ……」
「困る。九峪我が儘を言わないで」
「今回は我が儘じゃないだろ。正当な要求だ!」
「自分一人じゃすぐに野垂れ死ぬしかないくせに偉そうに」
「ぐっ! 珠洲、キサマなんて事を」
「事実は事実。誰かに囲われなくちゃ生きていけないくせに、まぐれで恩を着せることが出来たからって増長しないで。見苦しいにもほどがある」
「……くそ、返す言葉がないのが情けないな」
 いや、そこは言い返せよと心の中の誰かが盛大に突っ込んでいたが、九峪にはやはり否定できなかった。

「んー、だったらさぁ」
 一連のやりとりを端で聞いていて、ここまでずっと傍観者を決め込んでいた忌瀬が唐突に口を開いた。
「私が九峪に付いていってあげようか?」
 意外なところからの救援。珠洲は明らかに不審気に顔を顰め、九峪は神様でも見つけたかのように表情を明るくした。
「本当か、忌瀬」
「別にかまわないよ。元々私には珠洲や閑谷の思惑なんか関係ないし、どうせ売り込むなら最も有力なところだよねぇ」
 忌瀬はそう言って挑発でもするように珠洲に笑いかける。
「……やる気?」
 すぐに戦闘態勢に移る珠洲。珠洲にしてみれば九峪を火魅子の元になど行かせるわけにはいかない。忌瀬が九峪を連れ出すというなら、力づくでも止める心算だった。

「私がなんであなた達に付いてきたか分かる?」
 関係なさそうな質問で、珠洲の気をそらす忌瀬。珠洲はぶっきらぼうに答えた。
「天目に報告する気なんでしょ」
「私は別に天目に何か頼まれてるワケじゃないし、普段は好きに動いてるんだよ。そりゃ天目には恩があるから、やばそうだと思ったら助けようとは思うけどさ」
「じゃあ……」
「でも、今回は違う。少し考えれば分かるでしょ? 珠洲の思惑なんてとっくに分かっていたんだから、知らせるつもりなら私はとうにここを離れていたはず」
「…………」
「では、なぜ離れなかったのか。理由は二つ。一つは教えるまでもなく天目は志野の考えなどお見通しだから」

 その言葉に、珠洲の表情がこわばる。

「あの天目がこんなこざかしい事に気が付かないわけ無いでしょう。そもそも、九峪が生きているはずだという情報は、火魅子のところだけでなく天目の耳にだって確実に入るんだから。誰がはかりごとをしたかなんて、すぐにでも分かる事」
「じゃあ、志野は……」
「天目は有能で若い女が好きだし、器も大きいから利用してるんでしょう。志野は破格の人材だし。手に入れるために国の命運をかけるくらいの価値はあると、もしかしたら考えたかも知れないよ」
 まぁ、わかんないけど、と忌瀬は言って心中穏やかならざる珠洲を見る。

「もう一つの理由はもっと単純。私、九峪の事が気に入ったから」
「は?」「へ?」
 九峪と珠洲、二人揃って間抜けな顔になる。

 思い返せばそもそも九峪と忌瀬の出会いは九峪の頭脳的な(?)ナンパ作戦からである。それにものの見事に引っかかった忌瀬は、そのときから九峪を悪からず思っていたのは確かだ。
 だが、実際それは九峪が飯を食べるための詐欺行為だと珠洲にばらされて、それで九峪も終わったものだと思っていた。

 しかし、それは九峪の勝手な思いこみだったようで……。

「き、忌瀬。からかってるのか?」
「そんなわけ無いでしょ。九峪が嫌なら別にいいけど。私はここでお別れね」
「……信じて、いいのか?」
 この世界に来てから九峪は幾度と無く裏切りを経験した。それはひとえに九峪と世界のずれだった。だから、軽々に信じる事は出来ない。忌瀬の言葉を疑ってしまう。

「決めるのは九峪でしょ。でも、私と来てくれるなら嬉しいかな」
「……わかった」
 頷いた九峪。だが、そんな真似を珠洲が許せるはずもない。
「行かせない。どうしてもって言うなら、二人とも死んでもらう」
 珠洲の細い指の間で糸がきりりと音を立てる。会話の間に部屋の中は糸の結界に包まれていた。動けばそこで二人を瞬時に拘束できるように。

「――――」
「…………」

 互いが互いを牽制しあい、一触即発の膠着状態に陥る。絶対的に優位なのは珠洲ではあるが、九峪には得体の知れない部分がある。本気で抵抗されて、魔獣を葬ったアレと同じものを向けられれば、その瞬間に死ぬのは珠洲だ。

 微妙な均衡。いつまでも続くかと思われたそれは、外部からの干渉によって解けた。

 ――否、粉砕されたと言うべきか。

「九峪~っ!!」

 鼓膜が破けそうな叫びとともに、一体どこから沸いたのかウサギの耳をはやした爆乳魔人が九峪を背後から羽交い締めにした。

「え、うわっ、ってなんだぁ?!」

 慌てる九峪をがっちりと押さえつけた兎奈美は、そのまま嬉しそうに消えてしまった。来るときも唐突ならば去るときも唐突に。状況に周りが対処する間など微塵も与えず、ただ楽しそうな笑い声だけを残して……。

「――今の、何?」
 呆気にとられたように呟く珠洲。それに答えるものはなく、出来ることと言えば、その場に残された三人で顔を見合わせるくらいなものだった。






 兎奈美により拉致された九峪は山の中に引きずり込まれ、当初会おうとしていた女の前に差し出された。兎奈美に"乗る"のは二回目とはいえ、人間離れした機動に今回もついて行けず乗り物酔いの九峪は、真っ青な顔で深川を見ていた。気絶しなかっただけもしかしたら成長したのかも知れないが。
「……よ、よぅ」
 とりあえず無言で睨まれてしまったので、手を挙げて挨拶してみる。深川はそれを無視してさらに睨み続ける。

「な、なんだよ。何か用があるんじゃ……」
「九峪。お前は私のものだ」
「は?」
 日に二度も告白めいたことを言われ、九峪はこれが夢か何かではないかと不審がる。もっとも深川がその台詞を口にすると、告白と言うような雰囲気は皆無だったが。

「唐突になんだよ。っていうか無事だったんだな。いや良かった」
「お前は私のものだ。そうだな?」
 じっと見つめられ、九峪は顔を顰める。

「俺は俺だ。誰かのものになった覚えはないな」
「ふん。私がお前の命を何度救ってやったと思ってる」
「同じかそれ以上殺されそうにもなってると思うんだがなぁ。都合のいいことしか覚えてないんじゃないのか? 大体俺はお前みたいな奴が嫌いだと……」
「私を養ってくれるんじゃなかったのか?」
 口元に浮かぶのは嘲笑。九峪はすっかり忘れていたそんな台詞を思い出して一瞬で顔が真っ赤になる。

「……あ、う」
「なぁ、九峪は私のものだ。そうだったな?」
「それは、違う。あのときのあれは、お前なんかでも幸せになれるようにこの世界を変えてやるって思ってただけで、別にその……」
「そうか」
「そうだよ。人殺しなんかしなくても、誰か裏切ったりしなくてもただ生きて死ねるような、そんな当たり前の世界に……」
 九峪は自分で話して、それがどれだけ不可能なのかを噛みしめる。まだ右も左も分からないときは良かった。分からないから何でも言えた。子供と同じで。だが、今は知ってしまっている。それがどれだけ困難なことであるか。

「…………」
「わかってるさ。夢見がちな奴だって思ってるだろ。でも、俺はもう決めたから。色々難しいかも知れないけど、俺は俺の理想をこの世界に押しつけてやるんだってな」
 だから、そのためにはまず日魅子を止めなくてはならない。幸か不幸か一番力を持った奴が、知り合いにいる。利用すると言えば聞こえは悪いが、手伝ってもらえるならそれにこしたことはないし、何より今は九峪のために、とんでも無いことをしでかしかねない。

「深川も俺に何か用があるのかも知れないけど、お前との約束は必ず守るから、だから今は行かせてくれ。あいつが待ってるんだ。この国のためにも、あいつ自身のためにも、俺は今行かなくちゃならない……気がする」
 九峪にじっと見つめられ、深川は小さくため息を吐く。それからそっと九峪の頬に手を差しのばすと、思い切りつねりながら凶悪な顔で言った。

「いいから、お前は私のものだと納得しろ。貴様の腐った戯言など私は聞いてないんだよ」
「いで、いだだだだ、わかった、わかったから。ちぎれる、ちぎれちゃうヨー」
 九峪が涙目で懇願すると深川はにやりと笑って手を離した。
「お前がどんなつもりかは知らないが、自分勝手に動き回らせてやるほど私は優しくなんか無いよ。ふふふふ」
「……あぅ。でも行かないと色々まずいんだよぉ」
「火魅子が暴れるなら好きにさせておけばいいじゃないか。その隙に私は私の目的を遂げられるんだから」
「……鏡と剣って奴か」
 深川は九峪がそれを知っていたことに少しだけ意外そうな顔をしたが、すぐに鼻で笑うと頷いた。

「そうとも。そして、私は世界を手にする。光栄に思えよ九峪。お前はそのために必要とされているんだから」
「…………はぁ?」

 困惑した九峪の表情。それを見て深川はいっそう楽しげに笑みを深めた。














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【2007/05/01 21:41】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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