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深川53
 深川
 五十三話



 目まぐるしく事態が目の前で展開する。
 はじめは星華を訪ねるために片野城を訪れたはずだった。
 それが途中で伊万里という、少し変わった女に会って。
 そして、突然その伊万里の持つ天魔鏡が光って、ちんちくりんな変なものが飛び出して。

 そのちんちくりんと話をして、話を聞かされて、胡散臭いと少女は言った。
 星華が飛んできて、何故か殺し合いになってしまったけど、それを誘発したのは誰だろうか?

 考えるまでもない、そのちんちくりん。

 わざわざ敵対する事は無いはずだ。少なくとも目的は同じ。手と手を取り合う事は出来ずとも、反目する理由なんて何処にもない。

 星華が正気に見えなかったのも確かだけど、それでも言葉を尽くせばまだ、どうにか分かってくれたのではなかったか?

 それを許さず、一方的に星華をなじり、貶め、馬鹿にして、怒りに我を忘れさせたのは、やはり明らかだ。

 ――なぜそんな事をする。

 少女は考える。愛しき人が巻き込まれてしまっているから、いいように弄ばれているようにしか、端からは見えないから、だから考える。

 ――考えるまでもない。

 あのちんちくりんは悪いものだ。もしかしたらこの九洲にとっていいものなのかも知れないけど、少女の愛する人に取っては悪いもの。

 だから、この馬鹿な争いは止めなくちゃならない。
 止めなければ、何か悪い事が起きる。
 とてもとても、悪い事が起きる。






「……す、珠洲?」
 志野の表情が凍り付いた。一瞬で顔から血の気が引いた。
 星華と志野の間に入り込んだ珠洲。
 これ以上ないタイミングで、星華しか見えていなかった志野には、剣をそらす事も出来なかった。

「……いや、珠洲。なぜ」
 戦慄きながら剣を捨て、自らが刺し貫いてしまった、小さな少女の体を抱える。
「――志野、流されちゃ、駄目。志野は、あんなのに頼らなくたって、自分でちゃんと出来るから。だから、人の言葉で動かないで。……そんなの嫌だ」
 こふっ、と小さく咳をして、はき出された血が志野の頬にかかる。

「珠洲、しっかり。もうしゃべらないで。忌瀬さん」
「志野! 前を!」
 忌瀬が叫んで、視線を上げると、あまりにも無防備な志野に向かって、伊万里の剣に貫かれた星華が、今まさに方術を放とうとしていた。

「志野っ!」
 再び凍り付いた志野を、その腕の中にある小さな少女が突き飛ばした。瀕死のくせに、これ以上ないほど力強く突き飛ばされ、志野は方術をかわした。

 かわしたが、かわさせてくれた小さな少女は、跡形もない。

「あ、あ、あああ」
 両手で顔を押さえ、受け入れがたい現実に、発狂しそうになる志野。

 その前に、腹に剣を生やしたままの星華が立つ。
 伊万里は刺し貫いたはいいが、次の瞬間にははじき飛ばされていた。弱っているとは言え、それでも火魅子。ただの王族になど、負けるわけもない。

 あえて解説するなら、先ほどは精神が滅茶苦茶な状態で放った術だったからこそ、天魔鏡の加護を受けた志野と伊万里に相殺する事も出来た。だが、敵から攻撃を受け、それに対する防衛となれば、話は別。精神状態がどうであろうが、火魅子としての自己防衛は、殆ど自動的に行われる。そこに隙など微塵も存在し得ない。

「火魅子に剣を向ける、その意味が分からないわけでも無いでしょう? ふふふ、今すぐ珠洲と同じところに送ってあげるわ。せめてもの慈悲で、苦しまずに」
 志野は珠洲に突き飛ばされたまま、へたり込んだままで、かわすなど、受けるなど出来る状態ではない。

 そもそも、今目の前の状況が見えていない。

「死ね」
 星華の宣告。同時に放たれた不可避の炎。一瞬後には、影も形も無くなる。完全な消滅。

 炎が消えた後の恐ろしいまでの静寂。

「ふふ、あははは、あはははははは、何よ、やっぱり私が火魅子じゃないの。私以外、誰がこの国を統べられるというのかしら」
 失い掛けていた自信、それを少しばかり取り戻して――

「弱いもの虐めするような奴に、国なんか治めて欲しくないもんだな」
 ――取り戻せるはずが、聞きたくもない声でかき消される。

 ぎぎぎぎ、と音が鳴りそうなぎこちなさで振り返る星華。
 そこには、珠洲と志野を抱えた、会いたくもない男が立っていた。






「よっこらしょっと」
 気を失っている志野と珠洲を地面におろすと、巻き込まないように立ち位置を変えながら、ゆっくりと星華に近づく。

「まったく、肝心なところで逃げるんじゃねぇっつの。危うく見失うところだったし」
「どうやって」
「走って」
「はし……」
 絶句する星華。障害物も何もかも無視して飛べる飛空艇に、どうやれば走ってついて行けるというのか。一里や二里の話ではない。普通に歩けば丸一日は軽くかかる距離を、だ。

「と、言うわけでだ。さぁ、教えて貰おうか。どうやれば蛇渇の糞を俺の中から取りだせんだよ。さぁ教えろ、今すぐ教えろ、さっさと教えろ、余すとこなく全部まるっと教えやがれ」

「それは無理だって、言ったでしょうに」
 じりりと、星華が下がる。まだ何も対抗策を用意していない。星華だって出来るならそうしてやりたいところだ。敢えて言えば、それこそがおそらく唯一の九峪に対する対抗策なのだから。

「いいからやってみろって。どうせ他にアテもないんだし、ダメ元で上手く行ったらお慰みって奴でいいからさ。別に減るもんでもあるまいに」
「……」
 逡巡する星華。確かに黙ってやらせてくれるなら、ダメ元でも何でもやっておいた方がいいのかも知れない。結果的にどうなるにしても、少なくとも損にはならない。

 そう、思ったとき。

「ようやく、戻ってきたんだね。炎の御剣」
 キョウが、口を開いた。

「……なんだこのちんちくりん」
「ちんちくりんってオイラが! ちょ、初対面で酷いよ君」
「いや、ちんちくりんはちんちくりんだろ。あー、ってもしかして天魔鏡の精霊か? なんだか随分とイメージが違うなぁ」
「どんな想像してたんだよ、もう。それよりそんな口の利き方してると、君の事助けて上げられないよ」
「助ける?」
「蛇渇、取り除いて欲しいんでしょう?」

 キョウは見透かすようにそんな事を口にする。

「出来るのか? なら、是非やってくれ」
「その前に謝ってよ」
「……器ちっちゃいなぁ。まぁいいけど。ちんちくりんって言って済みませんでしたもうしません、ごめんなさい」
「誠意がこもってないなぁ。まぁいいや」

「横柄な。で、本当に出来るのか? そこのねーちゃんも出来ないって言ってたのに。火魅子のくせに」
「出来るよ。そんな出来損ないの火魅子と違うし。そもそも、宗像連中にその方法を教えたのはオイラだしね」
「……元凶かよ」
「心外だなぁ。全てこの国のためさ」
 キョウは当然のようにその言葉を口にする。

「さすがに三度も説明したくないから言わないけど、この国は天界の扉の力で千年持ってきた。滅ぶとすればそれは力が尽きたときで、復活するとすれば、それもまたやはり天界の扉の力を使う以外無い」
「それには一言あるが、そんなご託はどうでもいい。聞きたくもない。飽き飽きしてるんだこっちは」
「そう。じゃあ、さっそく始めようか。直ぐ、済むよ」

 そう言ってキョウはふわふわと九峪に近づく。

「……ん」
 九峪は顔を顰めると後ろに飛んだ。キョウから離れるように。キョウを避けるように。それを不思議そうに見つめるキョウ。
「どうしたの? 逃げたら駄目じゃないか。オイラも近づかないと蛇渇を取り出せないんだから」
「……それは、そうかもしれながな」

 九峪は神妙な顔でキョウを見据える。何かがおかしいと気づいて。それだけは嫌と言うほど鍛え上げられた、最悪への直感が、最大級の警戒音を鳴らしている。

「……今の俺の気持ちをたとえて言うなら、『こいつはくせえッー!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!!こんな悪には出会ったことがねえほどになァーーーーッ、環境で悪人になっただと?ちがうね!!こいつは生まれついての悪だッ!』……ってな感じだな」

「同感だな。酷く臭う。こんな腐臭を堂々とさらして正気とは思えんな」
 後からやってきた深川も賛同する。

 キョウの顔から、表情が消えた。

「そう。ふーん、分かっちゃうか。蛇の道は蛇、か。でも、いいのかな? オイラの思惑がどうあれ、君らはオイラに頼る以外に先がない。それとも一生蛇渇を飼い慣らす自信でもあるの? 無理だよ、人はそういう風には出来ていない。遠からず精神が押しつぶされて、君の肉体は蛇渇に完全に乗っ取られる。遅いか早いかの違いでしかないさ。別にそれならそれでも構わないけどね。どのみち蛇渇はオイラを目指して勝手にやってくるんだから、そのときでもオイラは別に困らない」
「見透かしたような事をいいやがって。嫌な奴だな、お前」
「ただの事実。それが嫌な言葉に聞こえるって事は、君の人間性の問題だと思うよ」
「……本当に蛇渇を取り出せるんだな?」
「オイラは神器の精霊だよ。誓って嘘は言わない」
 嘘は言わない。それがどんな嘘より嘘くさいと知っていながら、それでもやはり九峪には他に選択肢がない。

「妙な真似したら、分かってるんだろうな?」
「心配しなくてもいいよ。痛くしないから」
 キョウは冗談めかしにそんな事を言って、九峪へとゆっくりと近づいて行った。






 ――頭の中に、声が響いた。
『星華、君にも一度だけ機会を与えよう』
 それは今代の火魅子相手にあまりに不遜な言葉。けれど、これ以上ない魅力のある言葉。
『オイラが今から九峪の中から蛇渇を取り去る。でも、蛇渇そのものがそれで消えて無くなるワケじゃない。君は蛇渇が出てきたら同時に倒して貰いたい。それが出来たなら、オイラは君を選びなおして上げるよ。本当の火魅子として、初代の火魅子と同じだけの、比類無い力を持った絶対者に』

 その願いは、火魅子になる以前の星華の願いで、火魅子になって消えたはずの願い。けれど、九峪という存在が、それを容赦なく否定した。火魅子は絶対ではなく、火魅子を倒せる人間が存在してしまう。

 だから、その時点で星華は確かに考えた。天界の扉で、確かな力を手に入れたいと。
 キョウの申し出を断る理由はない。

 九峪という盾が無くなれば、蛇渇など火魅子の前ではゴミ同然。

『わかってくれたみたいだね。でも、それだけじゃ駄目なんだ』

 キョウは続ける。

『あいつが邪魔なんだ。あいつだけは殺さなくちゃならない。同時に殺しちゃってよ。君なら、簡単だろう?』

 そうすれば、君が火魅子だ。

「火魅子……」
 誰にも聞こえない、自分にすら聞こえないような声で呟いて、星華は視線を九峪とキョウから、その後ろで心配そうにそれを見つめる女に向ける。

 星華は笑った。
 そんなものでいいのなら、その程度でいいというのなら、今すぐにでも殺ってやると。事実、体は勝手に動いていた。













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【2007/08/25 21:13】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川52
 深川
 五十二話



 一人、誰も知るものもいない、荒廃しきった世界に取り残されて。もう元の生活に戻ることも出来なくて、愛しい人にも大切な家族にも親しい友達にも、もう会うことは出来ない。唐突にそんな状況に追い込まれて、少女はそれを認められるだけ強くなかった。それを受け入れて、新たなる世界を開拓できるような、そんな強さなんてどこにも持ち合わせがなかった。

 だから、帰ろうと思った。どうにかして、自分の持てる知識と技術と力を使って、なんとか帰れるはずだと思いこんで、それでなんとか自分を保つ事が出来ていた。そう思いこみでもしなければ、正気を失いかねなかったから。

 けれども現実は残酷で、そんな都合は結局希望的観測でしかなくて。
 少女は持てる以上の力を発揮して、血のにじむような努力をして、奇跡のようなその扉に、ようや手を掛けるところまで至る事が出来た。

 でも、それで終わりだった。そのときに分かってしまった。いっそ届かなければ、いつまでも少女は追いかける事が出来たのかも知れない。けれども、現実はどうにも残忍で。

 どうあっても、扉は開かない。少なくとも、隙間は開いても、とても自分が通れる穴は開かない。そんなのは開かないのと違いはなくて、ただ到達できないという事実だけが残ってしまっただけで。

 失意は一体どれほどのものか。それを知るものは少女以外にいない。ただ、それで終わればそれでも良かった。不幸な少女が、一人いて、失意の内に死んでしまったと、ただそれだけの物語として、ただの悲劇として幕を閉じたはず。

 けれども、現実の連続である運命というのも、やっぱり残酷で残忍で。

 放っておけば良かったのに、失意の少女に構ってしまった人がいた。それは少女にしてみれば、人、と言うのもおぞましき、猿から少しばかり進化しただけの類人猿で、話しかけるのが論外なら、近寄った事すら、視界に入った事すら罪で。

 失意が自暴自棄に変わって、下等動物に同情などされたことで、少女の中の大切なものは、全て壊れ果ててしまった。
 だから、八つ当たりだ。ただの八つ当たり。八つ当たりで、少女はその類人猿共を奴隷にした。帰るために生み出した神器を使って、この地に千年の呪いを掛けた。

 その八つ当たりで、究極なまでの自虐の結果生まれたのが耶麻台国。もう誰も知らない、創世の神話。

 千年経ってしまった今となっては、もうどうでもいい、ただそれだけの話。






 轟音と共に、光の柱、その根本に炎が巻き上がった。
 その中心に立つのは星華。
 燃え尽きた飛空艇も、吹き飛ばされた忌瀬も珠洲も一顧だにせず、ただ目の前の二人の王族、志野と伊万里、そして神器の精を見つめている。

「……私を無視して、随分面白そうな事をしているじゃない」
 誰に言った言葉か、誰にも分からない。引きつった笑みを浮かべた星華に、志野も伊万里もひるんでいた。

「やぁ星華。初めまして。オイラは神器の精、キョウだよ」
 キョウだけは、それを全く気にした様子もなく気安く挨拶する。

「そう。はじめまして。で、これはなんのつもり?」
「見て分からないかな? おかしいな、君は火魅子の力を継いでいるはずだろう。ああ、そうか。そっちの方も、いい加減もう限界なのかな?」
「限界? いったい何の」
「もう一度説明するのは面倒だから簡単に言うね」

 キョウは笑顔のまま、残酷に告げる。

「耶麻台国はもう終わり。火魅子の力もおそらく君で最後。継承される事もないし、九洲の民にかかった信仰の暗示も、おそらく十年内に完全に消滅する。だから宗像神社ももういらないし、君にも用はない」

 邪魔だよ、とキョウは告げる。まるで挑発するように。星華の今の状態が、見えていないかのように。

「……な、何ですって? もう一度いってご覧なさい」
「やだなぁ、耳が悪いの? 火魅子はいらないし、もう、火魅子じゃ国を治める事も出来ない。君は火魅子になれて満足だろう? よかったじゃない。最後の火魅子になれて。歴史に名は残ると思うよ。次の支配国が残してくれればね」
「あ、な、何を、馬鹿な。私が統治するんです。支配が出来ないなどそんな馬鹿な」
「君ならば統治できると? うん、まぁ、確かにそうだね。曲がりなりにも火魅子の知識と力をもった君ならば、確かにこの地を統治する事は出来る。けれど、それ以上の信仰の対象が生まれてしまえば、それ以上の力をもった支配者が生まれてしまえば、君など過去の産物だ。そして、一新した方がきっと上手く行く。千年と言う時は長すぎる。何もかもが淀んで濁り、この国はもう随分と前から腐っていた。君は知っているでしょう? 腐敗の中心にいたようなものだもの」
「……私が、腐っている?」

 周りが引くくらいに、星華は静かにそう言った。火魅子としての知識が、星華として、宗像の巫女衆の長としての知識が、キョウの言葉の意味を理解させた。

 同時に、ならば自分は何なのかという自問自答。

 回答は即座に導き出される。

「まるで君は道化だね」

 笑顔の精霊は、笑顔のままに、冷静に星華にとどめを刺す。


「――――――――っあああああああ!!」


 喉から血が出そうな絶叫。先ほどから起こる奇怪な事態に、遠巻きに様子を見ていた住民の何人かが耳から血を流して倒れたほどの、まるで音波兵器。

「認めない認めない認めない認めてやるもんですか、ええ、知らないわよそんなこと、私が火魅子で私が支配者で私が私が私が、この私がこの国を救って私がこの国を、民を導くんですから――――」

「せめて百年、いや五十年でいいから、早く生まれていれば良かったのにね。残念だよ、星華」
 まるで残念な素振りも見せず、キョウはそう言った。

「勝手に終わらせないで貰いましょうか! 私は天魔鏡の力など不要。主に、所有者に向かって不遜な口をきいた罪、たたき割られて後悔なさい」
 言い終わるのを待たず、星華は天魔鏡に九峪に向けた一撃も斯くやと言う、街そのものを破壊しかねない方術を放った。

 後も先も、前後も左右も上下も、何もかも見えてない。
 立て続けに自分を全否定される事の連続で、星華は正気など完全に失っていた。

 守るべき民の事など、完全に忘れていた。

「本当に残念だ」
 笑顔で、まるで全て思い通りだとでも、まるで思った以上だとでも言うように、キョウは笑っている。

 星華の方術は、天魔鏡には当たらなかった。どころか、目の前にいる、二人の剣によって、微塵に粉砕されてしまった。

「嘘よ」

 クルクルと回る志野の双龍剣と、一閃したまま微動だにしない伊万里の長剣。

 九峪のように、異世界からきたワケじゃない。なのに、なぜ火魅子の一撃が防がれたのか、それが理解できない。

「無駄だよ、星華。オイラは彼女たちを選んだんだ。古く滅ぶべき王族ではなく、血統だけ受け継ぎ、耶麻台国から乖離した新たなる支配者として」
「本当に、王族だとでもいうの!」
「本当さ。君とは違って、オイラに選ばれるだけの器がある、ちゃんとした王族だ」
「まるで私じゃ不足みたいに!」

 星華が再び方術を放つ。だが、それも二人の手でかき消される。天魔鏡の加護の為か、それとも火魅子の力がいよいよ弱っているからなのか、或いはその両方か。炎は届かない。星華が壊したくて、のろわしくてたまらない、その神器の元までは。

「引いてくれ、星華様。今、九洲の民を救うためには、アンタじゃ駄目なんだ」
「伊万里! 山猿の分際で……!」
「伊万里さんの言うとおりです。失礼ですが、今の星華様の力だけでは、もうどうにもなりません。それは事実です」
「裏切り者が! 何を偉そうに」
 志野と伊万里の諭す声も、聞こえはしない。

 けれど、志野は続けた。少しだけ、言いにくそうにしながら、それでも最終手段だと思って。

「本当は、今日は星華様にお会いするために片野城にやってきました」
「殺されたくなければ二度と目の前に現れるなと言ったはずだけれど」
「知らなければ後悔すると思い、命を奪われるならそれも構わないと」
「なら死になさいよ、今ここで」
「聞いて下さい。聞かなければならない事なんです」
「……何かしら?」

 志野は一度言葉を切って、それから黙った星華を見て続けた。

「亜衣さんは、天目の元に下りました」
「……!!」

 星華の目が、これ以上ないほど見開かれる。

「何を、馬鹿な……。あの亜衣が私を裏切るはずなど」
「無論、裏切るつもりではないと思います。あくまであの人の忠誠は貴方に捧げられたもの。けれど、そのあの人が、星華様の力だけでは、いえ、今の耶麻台国の力だけでは国家の維持が不可能と結論づけたのです」
「だからあの天目の力を借りに行ったと言う事? そんな話を信じるとでも」
「それはご自由に。しかし、実際問題耶麻台国単体では、狗根国を九洲から追い出す事は難しい」
「そんなものは私がいれば」
「あなたは火魅子様とは違う」
 志野ははっきりとその言葉を口にした。

「わかりませんか? あなたには、火魅子様ほどの絶対性が無い。ご理解下さい。九洲の事を思うなら、民を思うなら、引く事もまた為政者としての判断です」
 懇願にも近い志野の言動。

 しかし、それはやはり……

「ふ、ふふ。寝言は寝て言いなさい、小娘」

 星華を逆上させることでしかなくて――

「みんなまとめて、消し炭になってしまえばいいわ!!」

 圧倒的な力の本流。それを見て取って、瞬時に志野と伊万里は動いていた。
 気は進まずとも、星華を止めるためには、もう他に手段がないと腹を据えて。

 火魅子殺しの汚名を、かぶる事を恐れずに。その後にある希望のために。












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【2007/08/18 22:05】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川51
 深川
 五十一話



 鏡から溢れ出した光と、その中をまるで泳ぐように飛び出してきた不思議な形をしたもの。
 一言で言えばマスコットのような小さな可愛らしい生き物、のように見えた。二頭身以下の造形といい、服を着ているようにも見えるけど、それはもしかして体の一部なんだろうかとか、疑問に思える格好も。

 伊万里と志野――それから今まで何も言わなかったが腰巾着のように志野に付いてきていた珠洲――は、一様にその奇妙な現象に驚いていた。

 先に事態に思い至ったのは、当然というか伊万里の方。声だけは聞いていたが、はじめてその実体を見せた天魔鏡の精霊。戸惑いはあったものの、それがそうだと直ぐに理解した。

 だが、やはり分からない。

 鏡から空へと向かって一条伸びた光のワケも、なぜ、今このとき、このタイミングでそんな事が起こったのかも。

「ついに、揃ったね」

 精霊が口を開いた。それは女の子のような声で、三人はまた目を丸くする。言っては何だが、見た目からはその精霊が口をきく生物――実際に生物ではないけど――には全く見えなかったから。しかも何故か妙に気易い。

「伊万里、やっぱり君は運がいいね。うん、オイラの目に狂いはなかったよ。こうも早く、きちんと見つけてくれたんだから」
 精霊の言葉は、伊万里にはよく分からない。そもそも精霊に何か頼まれた事もない。ただ、伊万里はこの鏡を手に入れて、鏡自身に自分を誰にも渡さないように頼まれただけ。

 片野城を訪れたのも、星華に助力を請うたのも、全て伊万里の独断で決めたことだ。

「……よく分からないな。お前、一体何をする気だ?」
「うん、まぁそれはきちんと説明しなくちゃならないんだけれど、その前にそっちの子と話をさせてよ。なんだか呆然としちゃってるし」
 精霊はそう言って志野の方を向くと、ひれのような小さな手を挙げて気さくに挨拶をし始めた。

「やぁ、はじめまして。オイラは天魔鏡の精霊でキョウ。よろしく。君の名前を教えてくれるかな?」
「……あ、志野と申します」
 志野も対応に困る。曲がりなりにも、例え見た目がちんちくりんであろうとも、目の前にいるのは天魔鏡、すなわち耶麻台国の神器の精霊。格で言うなら圧倒的に上で、へりくだらなければならないのだけれども、そんな気には到底なれそうもない。
 キョウには威厳というものも、神聖と思える何かも感じられなかったから。

 ――っていうか俗っぽい。

 内心で毒を吐いたのは珠洲。キョウはそんな珠洲にも挨拶していたりする。珠洲も申し訳程度に名乗り、それで自己紹介は済んだと言うことなのか、キョウは早速説明をし始めた。

「志野。君もこの伊万里と同じく、耶麻台国王族の血を引くものだ」
「へ?」
 また間の抜けた顔になる志野。

「そ、そんな、何かの間違いです。私はただの旅芸人で……」
「うん、オイラも君の生い立ちは知らないんだけれどね。一体君の先祖が、どの時点で王家から凋落したのかは分からないけど、確かに王族の血を引いている。僕は本来王族を見分けるための神器だからね。それくらい分かるさ」
「志野が、王族……」
 ショックを受けたのは珠洲だ。姉のように慕い、家族以上に愛している志野がそんな尊い血筋のものだと聞かされてしまって、さすがに動揺している。

 だが、そんな今この状況に置ける脇役の心身状態などキョウはまるで気にせず話を続ける。

「心して聞いて欲しいんだけど、伊万里と君、王族としての血を受け継いだ君たちに、天魔鏡の精霊として、オイラから聞き届けて貰わなければならないお願いがある」
「お願い?」
「と、いいますと?」

 半信半疑。未だ実感の湧かない志野、そして伊万里も当然同じではあったが、それでも相手は神器の精霊。お願いは血筋がどうあれ命令に近い。

「君たちには酷な願いかも知れないけど、耶麻台国を滅ぼして欲しい」
 端的に、直截的に、何の衒いも迷いも躊躇も無く、神器の精霊はその言葉を口にした。

「馬鹿な! 国を滅ぼせだと! お前は神器の精霊だろう。なぜそんな大それた事を!」
 掴みかからんばかりの伊万里に、キョウは悲しげな目を向ける。

「もう、どうにもならないんだ。どうしようもない。耶麻台国という国の寿命なんだよ」
「国の、寿命?」
「不思議に思ったことは無かったかな? それとも、そんな事考えたこともなかった? 耶麻台国の初代女王、開祖姫御子は天空人だったという話は知っているよね? でも、考えても見てよ。確かに開祖姫御子は天空人だった。けれど、たった一人の天空人が、たった一人で九洲を統治できたと思う? 確かに天空人は長寿で、人間なんか比べものにならない力と知恵を持ってはいたけれど、魔天戦争で疲弊した人間界は確かにそれを許すだけの基盤は持っていたけれど、それでもそもそも人間を絶滅寸前まで追い込んでしまったのは魔天戦争で、人間にしてみれば、天空人だろうが魔人だろうが等しく敵でしかなくて、そんな敵でしかない天空人を、まるで神のように崇めるような、そんな国を作り出せたと思う?」

「だが、事実存在しています。人に優しい天空人だったと言う事ではないのですか?」
「そうだったのかも知れないと、確かに思ってしまうんだろうね。でも、事実は違う。姫御子は異端だった。そりゃそうだろう? ほかの天空人などただの一人として残っていない事実からも分かるとおり、人間界に残ろうと考えるだけで、天界の意向には逆らってるんだから。人間以上に統制が取れ、しっかりとした規律と戒律がある天空人が、その足並みを乱すようなことをすればそれは罪なんだよ。姫御子が死に損ないの人間の為に、わざわざそんな真似をした? 本当にそうなら良かったんだけど、実際はまるで逆なんだよ。……つまり、姫御子は天界からの追放者。二度と還ることの出来なくなった、罪人なんだよ」

「……」
「……」
 志野も伊万里も、聞かされる歴史の事実に閉口するしかない。しかし同時に思う。だからそれがどうしたのだと。

「家族も身内もいただろう天界へ戻れず、猿に毛の生えたような人間達のいる世界で生涯を終えなければならなくなった姫御子の心情は、正直ただの精霊でしかないオイラなんかには想像に余りある。けど、帰りたいって思っていただろう事は誰にだって考えつくよね。姫御子もきっとそうで、だから、天界の扉を開くための試行錯誤をした。結果的に姫御子は帰ることは出来なかったけれど、代わりにとんでも無いものを生み出してしまった」

 キョウは、そう言ってひれのような手を、自分の胸に置いて見せる。

「そう、天魔鏡と、炎の御剣という一対の神器だよ。全ての願いが叶えられる神器。結局それは天界に帰るための扉を中途半端に開けるだけの、姫御子にとってみれば自分の一番の願いだけは叶えられない、失敗作以外の何者でもなかったけれど、どうにか成功作を作り出すために、他のことにかかずらっていられなかった姫御子は、そのとき自分を世話する手を欲した。もっと簡単に言えば、奴隷が欲しかった。そう、それがこの国の、耶麻台国の始まりだよ」

 本当はもっと酷い話なんだけど、なんてキョウは嘯く。
 身も蓋もない。信仰心をカケラでも持っている相手には喧嘩を売る以外、何者でもない歴史的事実。そして、全ての根幹を揺らすような、国そのものを破壊しかねない、それは告白だった。

「耶麻台国は火魅子への信仰で成り立っている宗教国家だ。それは姫御子がオイラと炎の剣を使って植え付けた、千年に及ぶ呪い。絶対的な信仰心は、けれどもう破綻しかかっている。火魅子への信仰が強い余り、女系継承が途絶えてしまった五十年ほど前から始まって。だから、もうこの国は、耶麻台国という国はどう頑張っても取り戻せない。みんな頑張って火魅子火魅子と言っているようだけど、それも惰性に過ぎないよ。だから、いっそこの国は滅ぼして、新しい国を生み出した方がいい。いや、生み出さなければならないんだ。九洲の民のためを思うなら、それ以外にない」
 キョウはそう言って、二人の王族を見た。どちらも王族としての意識はないが、王族であるという事実は消えない。

「君たちが、それを成さなければならない。星華はそんな事、絶対に承伏できないだろうから仕方ないけどね」

 戸惑う、二人。
 知らなかった、知りたいとも思わない事実を聞かされ、その上で、次の支配者に指名されてしまった。
 混乱していた。どうしようもなく。

「今から剣がここに来る。そしたら、二人のどちらかが願いを叶えるんだ。九洲の民を思うなら、それが最善だよ」
 そして、どちらかが新たな信仰の対象となり、新生耶麻台国は、新たなる千年を謳歌するのだろう。

 まるで誘うようにほほえむ神器の精。言葉は正しく聞こえる。二人は九洲の民を救いたい。その厳然たる意志に揺らぎはない。だが、あまりにも突然のことで、頭が回らない。

「……胡散臭い」
 ぽつりと漏らしたのは珠洲。
 信仰の破綻。その末端。火魅子に対して一切の尊敬を持たなかった少女。だから、額縁通りにキョウの言葉が頭に入ってこない。
 現実的に、その言葉の裏が見える。

「そうよねぇ。少し、話が妙だわ」
 そう言って、いつの間にかそこにいた忌瀬も加わる。

「忌瀬さん。それに珠洲も……」
 困ったような志野。志野の意志は、すでに半ば決まりかけていたというのに。半ば以上、流されてしまっているというのに。

「そもそも、願いは剣の持ち主が叶えると聞いたけど」
 言ったのは伊万里。単純な疑問。聞いていた話とは違うという。

「それなら大丈夫だよ。叶えるのはオイラだからね。炎の御剣と宗像連中は、そう思いこんでるだけだから」
「思いこんでいる……」

「そう。だから心配しなくてもいいよ。願いは叶えるから。オイラが、みんなの願いを――」

 そう言ったキョウが怪しく光り、それを見つめた志野と伊万里が、虚ろな視線になる。

「ねぇ、君たちならわかるよね?」

 キョウはあくまで優しげに言う。誘うように、惑わすように。

 あくまで優しげに、決定的な欺瞞を。













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【2007/08/11 22:06】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
深川50
 深川
 五十話



 勝敗は既に結したかに見えた。
 全力では無いとは言え、人を一人殺すのには過剰に過ぎる一撃。いなせるものも耐えきれるものも、存在し得ない、絶対なる破壊の一撃。

 それを、避けもしなかった。

 何か特別な事をしたわけではない。何も、何一つしなかった。

 ただそこに立っていただけ。

 なのに無傷。かすり傷一つ負わず、涼しい顔で完全に"無効化してしまった"。

「何、よ。何なのよ、それ! 聞いてないわよそんなの!」
 星華は狼狽した。火魅子の力を継承し、絶大な力を得ることが出来た陶酔感が、一瞬でかき消された。

 認めない。認められない。認めてしまえば、自分が負けたことが確定するから。

「はぁああああああ!」
 もう一度、今度は念入りに、消し炭すら残さぬつもりで力を解放する。九峪の体を文字通り消滅させようと。

「無駄だって」

 優しい声だった。親が子を諭すような慈愛に満ちた。
 目の前で収束させていた力が、九峪がその領域に侵入したことで霧散する。

「……いや、こな、いで」
 星華は目の前に立った九峪を恐れ、後退る。術を完全に無効化できてしまうというなら、もう何も出来ない。炎の御剣を手にした相手に、いくら火魅子の力を得たと言っても、肉弾戦では勝機が無い。
 そして、何より――

「そんなに怯えるなよ。別に取って食おうって言ってるわけじゃなし。ただ、蛇渇を取り除く方法ってのを知ってるなら教えてくれって言うだけなんだからよ。知ってるんだろ?」
「……知って、ますけど」

 星華はじりじりと間合いを開ける。もう少し、あと少し。

「なら教えてくれ。いらなくなったら剣は返すし、その上で放っといてくれれば俺たちは何もしない。出て行けと言うならこの九洲から出て行ったっていい。悪い話ではないはずだが」
「……ふふ、おめでたい」
 星華は自嘲的に笑いながら、ようやく安全圏まで間合いを外した。

「めでたいって、何がだよ」
 困惑する九峪。

 星華はその顔に、ありったけの嘲笑を浮かべ、そして負け惜しみのように口を開く。

「どういう事かしらないけれど、貴方には私の術が効かない。その意味を少しは考えてみた? 方術も左道も効かないというなら、すなわち炎の御剣を解放する術だって効かないって事ではないの? ああ、これはさすがに私も考えていなかったけれど、そんな人が宿主になる事なんてご先祖様も多分全く考えていなかったんでしょうね。生憎だけど、貴方を救うなんて不可能よ。忌々しいけど」

「な! そんな!」
 今度は九峪が驚く番だった。絶望の中、一条差した希望の光は、しかしただの幻に過ぎなかった。

「こうなっては仕方がない。次は殺しに来ます。確実に、貴方のことを縊り殺す。火魅子の名に誓って、必ず」

 言って星華は後ろに飛んだ。そこをすくい取るように大きな鳥のようなものが浚っていく。
 よく見ればそれは羽江の乗った飛空艇で、直ぐさま遙か上空に消えていった。

 やはり負け惜しみのような、高らかな笑いを残して。






 ――いったい何だというのよ!
 一端九峪から離れ、自分用の飛空艇に乗り換えて空を飛びながら、星華は歯がみしていた。
 略式とは言え火魅子の力、その大半を受け継いだ自分が倒せない敵が存在する。そんなことはあってはならないというのに。

「……絶対に、許しませんわ」

 コケにされた。気位の高い星華にとってそれは耐え難い屈辱だった。絶対的優位だと思っていた立場をそっくりひっくり返され、逆に見下されてしまった。

「許せない。許さない」

 星華の中では既に九峪への復讐が最優先事項として決定され、一度片野城に帰った後は、全軍でもって九峪を縊り殺してやろうと、冷静な判断などまるで出来ずに考えていた。そんなものはただ返り討ちにあうだけだと、既に分かり切っている事なのに。

 星華は王族としては傍系。継いでいる火魅子の血も薄い。そのせいだろうか。日魅子であれば受け継いでいたはずの、火魅子としての理性が薄く、ただ力だけがその身に宿ってしまっている。強大な力を制御するには、とてつもない自制心が必要になる。それがないというならば、正しくそれは既知外に刃物と表現するにふさわしい。

 ぶつぶつと、九峪への憎悪を口にする星華を背後から眺めながら、羽江はできればこのまま逃げ出したいなと思っていた。とてもとてつもなく剣呑になってしまった使えるべき人。幼少から身近にいて、姉のような存在で、時に優しく時に厳しく、時々奇矯な行動を取る星華を、仕えるべき人はこの人なのだと、そのくらいの使命感は持っていたはずなのに。

 ――今の星華様。私じゃ手に負えないよ~

 内心を正直に吐露すればそう言うことだった。暴走した星華を律せるのは、耶麻台国では伊雅か、もしくは教育係でもあった亜衣くらいなもの。

 ――こんな時に、亜衣お姉ちゃんは何処に行っちゃったんだろ。

 片野城へ一度は顔を出しておいて、それから直ぐに出て行ってしまった。まるで全てを諦めたような顔をして。まるで全てを見限ったような顔をして。あの執着心が人一倍強い姉が、責任感も人一倍どころではなく強い姉が、危急存亡の大事な時期にある耶麻台国より、優先すべき事柄など無いはずなのに。

「……あれは、何?」
 不意に前方の星華から呟きが聞こえてきて、下ばかり見ていた顔をそちらに向けると、羽江の目に一度だけみた神々しい光の柱が飛び込んできた。

「あれって、天魔鏡?」
 少し前、征西都督府に突き立っていた光の柱。それが、今は片野城から立ち上っていた。
「天魔鏡? あの山猿が、なにかしたっていうの?」
 その言葉には、はっきりとした怒りが含まれていた。殺気すら含まれた、はらわたが煮えくりかえるような憎悪。

「ふふ、うふふふふ、あははははは」
 何一つ、上手く行かない。何一つ、自分の思い通りにならない。
 力は、あるというのに。
 自分には、もう誰も逆らえないはずなのに。

 この力で、耶麻台国を完全に復興して、天目も狗根国も駆逐して、九洲を平定して、民に希望と安寧を与え、千年先の世まで語り継がれる、稀代の火魅子となるはずの、その自分が。

 その自分が、ないがしろにされてしまっている。

「ふざけるんじゃ、ない」
 怒りが身を焦がす。それは現実的な意味で。

 星華の体から炎が吹き出し、飛空艇が弾丸のように加速した。

「え、星華様! 待ってよ~」
 羽江が叫んだが、そのときには既に姿は点。光の柱に向かって星華はまっしぐらに飛んでいった。






 星華が九峪達の虚を突いて逃げ出した直後、九峪は深川を担ぐとそれを追って走り出した。
「おい、九峪! 相手は空を飛んでるんだぞ。走って追いかけるなど正気か? 大体あいつを追っていったところで事態が解決するわけでも」
「何言ってんだ。今はとにかく追わなくちゃ駄目だ」
「理由を説明しろ」

「あいつは俺には無理だけど、方法はあるって言っただろ。本当に駄目かどうかなんて試してもいないのに、だ。深川は俺が異世界人だからって、そんな話してたけどさ、だったら蛇渇がそもそも俺の中に入ってるのはなんなんだよ。入れたんなら、取り出す術だって使えなきゃ反則だ」

「それはそうかもしれんが」
「どのみち、藁にでも縋らなくちゃならない状況なんだ。手がかりを逃す手はないだろ」

「……ふふ」

「なんだ、気持ち悪いな」
「らしくなってきたじゃないか。それでこそ九峪だ」
「何を訳の分からんことを。俺は何時だって俺だ」

 九峪は些か自嘲を込めてそう言った。
 こんな事を言えるのも、間違いなく深川のおかげ。深川が檄を飛ばして、九峪らしさを教えてくれたからこそ、九峪はこうやって迷い無く動くことが出来る。

 自分が助かるために、誰も殺さないために、全力で、まっすぐに、最高の結末を疑わずに。

 最高など、もう手に入れることは出来ないのだと知りながら。
 それでも、今手に入る最高を求めて。

「なぁ、深川」
「ん?」
「面倒なことが全部片づいたら、その後お前は俺と一緒にいてくれるか?」
「ふん」
 深川は鼻で笑う。
 つまらなそうに、どうでもよさそうに、そのくせどこか楽しげに。

「言ったのは私だぞ、九峪。私はお前の味方だ。どこにも行けるものか」
 離れられない。離れるつもりもない。
 二人の思いは同じだった。













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【2007/08/04 22:50】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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