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深川偽伝03

 親がいて、兄弟がいて、仲のいい友達や尊敬できる隣人がいる。
 普通と言うには少しばかり恵まれた人間関係。幸せと呼ばれることに誰も文句を言えない、そんな完璧の中で私はぬくぬくと生きてきた。

 人には言えない力の事で悩んだりもしたが、そんな事は持っていても使わなければいいだけの話で、実際私はこの十何年か、上手くやってきたと思う。

 少なくとも、あいつと出会うその日までは……



 深川偽伝
 三節 運命の選択肢



 時が少しばかり経過する。
 狗根国の軍勢を撃退した後、砦の守り手の者達からは感謝と歓迎をされたが、逗留する事も無く私たちはその場を離れた。

 特に目的地があったわけでもなく、アテもなければツテもない。そんな中で放浪するのは無謀とも言えたが、それは私と九峪が普通であればの話。見知らぬ地で身の振り方を決めるにしても、そのために少しは世情というものを知らなければならない。

 まぁ、九峪の方は割とノリノリであの連中に付き合うつもりだったようだが、場の空気に流されて事の真偽を見失うのは拙いだろうという説得に一応は納得したようだ。

 正義の味方が悪の権化の手先になっていた、なんて笑えない話はごめん被りたいのだ。少なくとも私は、九峪にそんな目に遭って欲しくはない。

 ――で、今現在海が見たいという私の要望によって海で遊んでいるわけであるが、そこで妙な連中に難癖を付けられた。

 妙な連中。男は褌一丁で女も胸と腰に布きれを巻いただけのきわめて裸に近い格好。何処の土人だと思ったが、この世界は随分と文化レベルが低いようなので仕方のない事なのかも知れない。

 そいつらが絡んできた理由は、主だって縄張りを荒らしたという、これまた頭が悪そうで私からすればどうでもいい、ちんけな話ではあったのだが。

「随分と狭量な事だな。たかだか二人で魚を捕ったくらいで縄張りを荒らすなか。頭はどこのどいつだい? さぞかしケツの穴の小さい奴なんだろうねぇ」

 既に場の雰囲気は一触即発なところまで来ていたりする。主に私のせいで。どうもこう、他人におもねるとか、素直に謝るとか、そう言う事が出来ない性格だ。自覚している欠点ではあるが、これくらいなら愛嬌の範囲だろう、と自分では思っている。

「……俺が頭目の重然だ。しかし嬢ちゃんよ。たった二人と言うが、ものには限度があるんだよ。二人分のその日の飯だけ捕るってんなら何も言わないが、こうも片端から捕られちゃ、海に魚がいなくなっちまう」

 そう言って重然という大男が視線を向けた先には、数えるのも馬鹿らしくなる魚の山がある。まぁ、少々やりすぎた自覚はあったのだが、先立つものも無いし干物にでもして商売するのもいいかなと。

 それにしても、激昂してくるかと思ったが意外とこの男冷静だな。子供相手とはいえ、ムキにならないのは大したものだ。裸族の親分にしてはなかなか器が大きいと見える。

「――それで、結局のところどうしようってんだい? 多勢に無勢で袋叩きにでもするか? やるというなら、こちらは一向に構わないが」
 にやりと笑って周りを取り囲む連中をみやる。

 普段どんな生活をしているのか、想像の域は出ないがそれでも皆健康的すぎる肉体の持ち主。運動能力は普通の大人の倍くらいはあるだろうか。囲まれていい気分はしない。

「そうとんがるなよ。普段だったらそれもありだが、こっちに死人が出たんじゃつまらねぇ。ここはわかりやすく行こうじゃねぇか」
 重然はそう言ってにやりと笑う。

 ――こちらの実力を見抜いている。やはり、侮れない奴だ。

「相撲で勝負だ。お前さん方が勝ったらもう何も言わねぇ。好きなだけやりたいようにやりゃあいい。だが、もし負けたら二度と俺の縄張りに近づくんじゃねぇ」
「別に私は殺し合いでも構わないんだがな」
「禍根を残してどうする。こんなつまらねぇ事に命をかけても仕方ねぇだろう。まぁ、もっとも、相撲でお前さんがたが負けて、それでも言う事をきかねぇってんなら、こっちも考えるが」
「クク、ほざくなよこのデカブツ――」
 暴走しそうな私の肩を、九峪が掴んで引き留める。

 振り返ればしかめ面で咎めるような目つき。

「ふん」
 鼻を鳴らして一歩下がる。本気で殺し合いなどすると思ったか。そんなくだらない消耗行為、こっちだって願い下げだ。ただ、こういう展開に持っていきでもしなければ、九峪はそもそも争う事すら避けるだろう。

「負けるなど許さんからな」

 一応はっぱをかけてみる。九峪は黙って頷いた。






 勝負は一瞬だった。
 そもそも九峪は人外生物。相手にするのが例え人間の最上級だろうが問題はない。重然は大柄な上に筋骨隆々で、体格差から歴然としていたとはいえ、生物としてのステージは次元が違った。

 がっぷり四つに組もうとした重然の体が、九峪を掴んだ瞬間に前のめりに倒れ、あっけなく倒れてしまった。

 端から見ていればただ重然が九峪を掴み損ねて転んだようにしか見えない。だが、実際は掴んだその瞬間、九峪が体を引いていたのだ。合気の論理だろうが、簡単に実践でこなす辺りやはり人間とは思えない。

「な、なんだ今の。待て――」
「勝負は勝負。もう一度、なんて恥の上塗り、まさか口にするつもりか?」
 重然は口をつぐむ。何が起こったか分からないのは重然も一緒だろうから、納得もできないだろう。

 九峪ももう少し倒し方を考えて――。

「待ってよ! まだ終わりじゃないよ」
 威勢のいい声が聞こえてきた。

 足下は砂浜だと言うのに、驚異的な跳躍で重然の事を乗り越えると、その前に立つ。日に焼けて黒くなった健康そうな肌。引き締まり無駄な肉が一切無いしなやかな手足。顔立ちこそ幼いが、その表情はどう猛な獣のよう。

「そっちの君、口出しばっかりで何もしてないじゃない。そんなんじゃ誰も収まりつかないよ。だから、君も勝負するんだ!」

 相手は当然ボクがやるよ。少女はそう言ってこちらを見ている。

「クク、小娘。お前、勝てるつもりか?」
「モチロン」
「吐いた唾は飲めないぞ」
「そんな汚い事しないよボク。君はするの?」
「……なるほど、馬鹿か」

 しかも純心系の馬鹿だ。全くやりづらい。

「あ、ひどーい。さっきお頭にも酷い事言ってたよね。そんなんじゃ友達出来ないよ!」
 あまつさえ説教か。愉快な事だ。

「友達? 私は九峪さえいれば他のものなどいらない」
 断言してみた。九峪が赤い顔でこっちに抗議の視線を送っている。照れているのか、初奴め。

「え、え? うわぁ、そうなの? でもそれだとその人も困るんじゃないかなぁ」
「別に困りなど、って何頷いてやがる九峪! 私ほどの女がお前のために尽くしてやってるんだから、それだけで満足しろこの贅沢ものめ」
「駄目だよ! みんなで仲良くしないと本当の幸せになんてなれないんだから」
「唐突に論点ずれるような正論吐くな! そもそも今は勝負だろう!」
「え、そうだったね。じゃあ遠慮無く」
「って、おま」

 不意打ち気味に襲いかかってきた少女。先ほど見せた跳躍力。それは当然の事ながら走る速度にも生かされている。

 ――なんて、速度。

 五メートルはあった間合いが一足飛び。懐に潜られて腰を捕まれる。棒立ちだった私は、相撲の上では既に死に体。あっさりと倒される、と言う瞬間に少女は自分から離れた。

「そう言えばまだ名乗ってなかったね。ボクは愛宕。君は?」

 余裕、ではなく天然なんだろう。助かったが、同時に苛立ちと警戒心が急上昇する。

 ――今、倒されていた。

 ほんのお遊びではあるが、それでも勝負事には拘る方だ。手心を加えられたようで気分が最悪。

「深川だ」
「深川か。深川、深川。うん。じゃあ遠慮無く、勝負しよう」

 愛宕はそう言って腰を落とす。私もそれに習って腰を落とした。

 正直なところ、肉弾戦はそれほど経験が無い。全くないわけではないが、それはそれで特殊な状況下の肉弾戦であって、倒し合いと言う感じではない。まぁ、あれは寝技と言った方が正確ではあるし。

「ふっ」
 呼気を一つ吐くとともに突進してきた愛宕。がっぷり四つに組んでの力勝負が望みのようだ。しかし、それに付き合ったら確実に負ける。さっきのタックルで分かった。筋力は私が下。それも多分圧倒的に。

 組まないとなれば何が出来る?

 横に避ける。悪手。簡単に対応されるだろう。
 後ろに下がる。最悪。そのまま押し倒される。
 前に出る。無謀。組めば負ける。それは確実。
 殴りかかる。博打。通じる保証はあまりない。

 どこに避けても駄目で迎撃も出来ないと言うなら、それは既に詰んでいるのか?

 否。まだ一つだけ術はある。

「せいやっ!」
 威勢のいいぶちかまし。私はその頭を抑えながら、宙へと身を躍らせた。

 スカを喰らって体勢がよろめく愛宕。私はそのまま飛び越えず、愛宕の真上で回転すると背中に蹴りを食らわせた。

「ぎゃふん!」
 ギャグマンガのような悲鳴を上げて愛宕は砂場に顔面から突っ込んだ。私はゆっくりとその頭を踏んづけてから降りる。

「ふぅ。私の勝ちだな」
 二度は通じないだろう。だが、勝ちは勝ちだ。

「ちょ、深川酷いよ! 何も踏まなくても」
「うるさい。敗者は勝者に足蹴にされるのが世の理だ」
「違うよ! 勝負の後は讃え合うのが美しいんだ」
「貴様の汚らわしい美意識を他人に押しつけるな阿呆」
「ぶー」

 不満そうに口をすぼめる愛宕。やれやれと思いつつも、とにかく勝ったのだからこれで終わりだと九峪の方を見る。

「……野郎」

 九峪は私の勝負の間に、どんな魔法を使ったのかすっかり重然と打ち解けて、肩まで組んで談笑していたのだった。






 私と愛宕の勝負はせいぜい三分かからなかったはずだが、どうやればその間に他人と仲良くなれるのだろうか。謎だ。謎すぎる。

 そんな私の疑問などつゆ知らず、すっかり意気投合してしまった九峪と重然は、お前となら旨い酒が飲めそうだとかそう言うノリで、私たちが捕まえた魚を肴に宴会の準備に入っている。

 そんなお頭のノリに惹かれたのか、それともただ宴会がしたいだけなのか、誰かが酒を捕りにどこかへ向かい、また誰かは魚を料理する準備を始めていた。

 ――で、そんな中私はと言えば。

「ねぇ、深川。もう一回勝負しようよ。しようよ、しようよ、しようよ」
 負けたのが余程悔しかったのか、それとも単に宴会が始まるまで暇なのか。愛宕がしつこく絡んでくる。

「いい加減にしろ。勝負は私の勝ちだ。勝った相手とは二度と勝負しない」
「えー、勝ち逃げなんてずるいよ。次やれば絶対私が勝つんだから」
「負け惜しみは見苦しいよ」
「また勝てるって言うなら勝負しよ。ねぇ、深川おねがーい」
 本当にウザイ。マジでウザイ。超ウザイんだけど殺しちゃってもいいカナ?

 殺意が臨界点を越えそうになっていると、ようやく愛宕も諦めたのか絡むのを止めてくれた。

「もういいよ。深川のケチ」
「ケチで結構」
「じゃあ今度は質問していい?」
「なんだ?」
「その返り血は誰の血?」

 愛宕の表情を見る限り、それは単純な疑問のよう。一応は洗ったのだが、それでも完全に落ちるはずもなく、私と九峪のパジャマには血の跡が残っている。

「さぁな」
「知らない人? 追いはぎでもしたの?」
「そうかもな」
「そうなの?」

 純真な愛宕の瞳に他意はない。だからこそ、余計にそれは責めるように感じてしまう。

「……黒い兵隊だった」
 だからといって、口にしてしまったのは気圧されたから、と言うわけではない。この馬鹿が情報を知っているか疑問だが、この辺りの人間ならば分かる事もあるだろう。それくらいの感覚だった。

「狗根国の奴らを殺ったの?」
 愛宕の声に、周りの連中が少しざわついた。

「へー、そうなんだ」
 失言だったか? 周りの空気が一瞬冷えた事で、そう思ったのだが――

「やるじゃねぇか! 嬢ちゃん」
 いきなりそんな声が上がった。

「へへへ、深川いいひとだったんだね。狗根国の連中に喧嘩売るなんてさ」
 愛宕が嬉しそうに笑う。

 なぜか、あの黒い奴らと敵対していると言う事実は、この連中にとって愉快な事らしい。

 それまで愛宕はともかく、他の連中はどこかよそよそしく遠巻きに見ている程度だったが、いきなり近づいてきて親しげに話しかけてくる。

 よくやっただの、何人やっただの。

 恨みは相当深いようで、『殺した』なんていう物騒な事であるにも関わらず、誰一人嫌悪も非難もしていない。むしろ大喜び。

 敵対関係かどうかはしらないが、かなり嫌われている事は確かなようだ。

「なんだおめぇらも狗根国に喧嘩売ってるのか。そりゃちょうどいい」

 重然が楽しげに笑っている。

 ――嫌な、予感がした。

「だったら一つ、頼みをきいちゃもらえねぇかな」

 軽々に、その選択をしないようにと逃げてきたはずの私たちの前に、また同じ選択肢が置かれた。

 偶然だろうか。それともこれが運命の流れだとでも、言うのだろうか……













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【2007/10/28 20:55】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝02
 いつかこんな日が来る。
 そんな事を本気で思っていたわけではないけど、あいつはきっといつか決定的なものと対立して、どうにもならなくなるだろうと思っていた。

 その信念故に世界を敵に回して、行き詰まって身動きが取れなくなって、最後に消されてしまうのだろうと。

 もう少し、楽に生きる方法を覚えればいいのに、あいつは何時だって最も過酷な道を行く。最も困難な道を望む。

 その先にあるのは、絶対に自身の救いではないと言うのに。

 それは見ていて見苦しい。

 それは見ていて痛々しい。

 それは見ていて、もの悲しくなる自虐行為。

 止めろといって、止められる類のものじゃない。根底に流れる感情が贖罪で、許すべき相手がもう存在しないとすれば、それはもう、紛れもない致命傷。

 消えないトラウマ。

 だから、私はあいつを止める事など絶対にしない。やりたいようにやらせるだけ。その行為が例え何の意味もないのだと分かっていても、あいつは自分を止める事など出来ないのだから。

 せめて支えてやろうと思う。

 いつか力尽き、消されてしまうその時まで。



 深川偽伝
 二節 単純は成功の元



 日が暮れてからややあって、黒い軍勢が赤い軍勢の立てこもる砦へと、粛々と侵攻を始めた。

 砦には篝火が焚かれてはいるが、月も出ていない真っ暗闇ではその明かりは大して届かない。気づかれないぎりぎりの地点で一度停止し陣を組むと、そこから攻勢がはじまった。

 湧き上がる喚声。離れた場所で高見の見物を決め込んでいた私にも、望楼で慌てる赤い軍勢の様子が見て取れた。

「さて、はじまったみたいだが、どうやら昼間の勝ちで気が緩んでいたみたいだな。夜襲が成功してる」

 少しだけ意外ではあったが、指揮官があの星華という女ならばさもありなんと思い直す。いかに有能な手足を持とうとも、統率する頭が馬鹿では宝の持ち腐れだ。印象としてだけだが勝利に勝利を重ねていたようでもあったから、本当に油断していたのだろうと思う。

「――で、助太刀する気なんだろう?」

 視線だけ向けるが、暗闇でよく見えない。実際高みの見物と木に登ったのはいいのだが、真っ暗で降りるのが怖いという間抜けな有様だ。まったくどうしてくれようか。

「聞くまでもなかったか。しかし、私たちが向かったところでたかが知れているしな。最も効果的なところを突くというなら」

 さて、どこになるか。二、三十人程度でいいから兵がいるなら、後方から強襲をかけ、一時的に黒い軍勢を混乱させる事は可能ではあるが、しかしそれにしても相手を瓦解させるだけの効果は薄いだろう。まして今は二人だけ。ただ突っ込んでいったところで、あまり効果的であるとは……。

「いや、まぁ、それもやり方によるか」

 一つだけ、たった二人でもあの軍勢に対して致命的な打撃を与える方法がある。それは私と九峪であればおそらく可能で、しかし条件としては命をかけなければならず、見込みが少し違えば三百人相手にしなければならなくなる。

 確率は、どの程度か。

「どうしようかな。九峪、お前も少しは考え――」

 九峪がいる方を見る。暗くてよく見えない。よく見えないというか、実際問題自分の手のひらすら見る事も出来ない、本当の真っ暗闇で、動いた気配が無いからそこにいるはずだと思っていたが……。

「おい、まさかあの馬鹿! 九峪、いるのか!」

 ――――……

 返ってきたのは冷たい静寂。ギリリと奥歯を噛みしめる。

「本当に、あの馬鹿は!」

 憤りは後だ。殺されるなんて可能性は考えたくもないが、一人ではあまりに相手が多すぎる。

 こんなところで終わらせるわけにはいかない。あいつとは、まだまだ一緒にやりたい事が残っているんだから。






 手探りでなんとか木から下りると、何度も躓きながら砦の方向に走る。次第にはっきりと見えてくる軍勢。こちらには気づいていない。そんな余裕は無いようだった。

 背後から、たった一人とは言え鬼神の如き強さの敵が現れ、強襲したのだ。

 いや、あの馬鹿の事だからきっと名乗りを上げてから襲いかかったに違いない。ポリシーらしいが殺し合いにそう言う美学は不要だと思うのだが。まぁ、それも言って治るようなら苦労しない悪癖の一つではある。

 ともかく黒い軍勢――ああ、そう言えば狗根国とか言うんだったか――は、前面で砦の城壁を乗り越えようと降り注ぐ矢の中で悪戦苦闘しつつ、後方では好き勝手暴れる九峪のせいで混乱している。

 悟られない距離で立ち止まり、身を低くして冷静に様子を探る。助けに入るにしても、一緒になって突っ込んだら意味がない。一緒に袋叩きにあって、弱い私はあっさり殺されて終わりだ。あいつみたいな化け物とは違うのだ。本当に助けたいならここは冷静に。

 ――取りあえず、九峪にはこのまま暴れて貰い、陽動役になって貰おう。混乱しているのは丁度いい。混乱すれば、それを統制しようと、指揮官が大きく動く。

 それを見極めれば――

「……いた」

 口元に浮かぶ笑み。

 指揮官は何名かの護衛の取り巻きと共に、自陣から爪弾きにされ、そこから必死に檄を飛ばしている。あまり勇敢な指揮官ではない。矢が飛んでこない距離から指示だけ飛ばす、典型的な役人タイプ。

 別にそれ自体は間違いではない。実力もないのに矢面に立って戦場を駆けるのはただの自殺志願だ。実力が伴ってこその勇猛果敢。腕に覚えがないならば、下がって指示していた方が利口ではある。

「まぁ、暗殺してくださいと言っているようなものだが」

 最後方で孤立している。無謀と言うほか無い。背後からたった一人とは言え敵が来た。ならば、更なる増援がないと、思慮が回らないのか?

 愚かであってくれたほうが私は助かる。全く九峪が暴走したときは冷や冷やしたが、まぁ、あれなら私一人でも何とかなるだろう。


「では行くか。この戦は、私が貰う」

 屈んでいた体制から、私は風となって指揮官へと走った。






 足の速さには自信がある。あの化け物ほどではないにしろ、それなりに鍛えてはいるし。しかしだからといって、指揮官含め、十人の軍人を敵に回して倒してのけられるほど、私は屈強ではない。

 屈強ではない、ただの女子高生。

 ――本当にそうだったら、私は九峪と関わり合いになる事はなく、普通の生活が出来ていただろう。

 彼我の距離、十メートル。暗闇に紛れ、まだ標的はこちらに気づいていない。

 別にどっちでもいい。この距離は必殺の距離。人を殺すだけなら、この距離でいい。


 目を瞑り、両手に意識を集中させる。

 心の中にある昏い穴。

 そこから闇より尚昏い、禍々しい黒い霧のようなものが溢れる。

 それは胸の内より溢れ出て、血管や神経を伝って両腕に満ち、体の外に出ると同時に力へと変換される。

 これが何なのか、私は知らない。

 だが、使い方は知っていた。誰に教えられるでもなく、はじめから。

 それは生まれたての子鹿が、教えられなくても立ち方を知っているように、はじめから私に備わった機能。

「――禍し、餓鬼!」

 変換された黒い霧は、私の中に眠る黒い感情に増幅され、生きている人間を喰らう。
 ただ呼吸をしているだけで、それだけで妬ましいと、亡霊の如き逆恨みで対象を食らいつくす。

 避ける術など人にはない。一度発動すれば私ですら止められない。

「ぎゃああああああああああ!!」

 戦場に木霊した悲痛な叫び声。

 まるで時が止まったように、誰もがこちらを向いて立ち止まった。怪しい術に喰らい尽くされ、無惨な死骸を晒した指揮官とその護衛。耳に残る、断末魔。

 放心したのも一瞬。次の瞬間にはそこかしこで悲鳴が上がっていた。

 同時に蜘蛛の子を散らすように逃げまどう狗根国軍。

 私は自分の方に逃げてくる狗根国兵をあざけりを浮かべ見送り、尻に火を付けるために何人かに、もう一度禍し餓鬼を喰らわせてやった。






「この馬鹿! 勝手に飛び出したあげく思う存分暴れて、それで満足か? ああ? おい、この頭の中はどうなってるんだよ、この大馬鹿!」

 頭をこづきながら説教。意味はないとは分かっているが、言ってやらなければこちらの気が済まない。

「少しは考えろ! なんでもかんでも力押しのごり押しで、それでお前の正義が通せるとでも思ってるのか? ああ、まぁお前ならやりかねないが、見ているこっちの身にもなれ! お前が死んだら私はどうすればいいって言うんだ」

 胸ぐらを掴んで怒鳴っていると、なんだか泣きたくなってきた。困ったような表情を見せていはいるが、困ってるのはこちらの方だ。出来ないとは分かっていても、それでもどうにかしてやりたくて。

「なぁ、九峪。少しは私にも気を遣ってくれ。私がお前に対して気を遣っている十分の一でいいから。……なんだその目は。私が気を遣っていないとでも、まさかそんな心外な事を考えて――、おい、目を逸らすな。いちいち都合が悪くなると視線そらしてるんじゃねぇ!」

 グーで殴った。痛かったのはこちらの方だった。全く、化け物め。なんて体してるんだ。

「うるさい! 見せかけだけの気なんて遣うな。お前は別に私がどうなろうと関係ないんだろう。ああ知ってるさそんなことは。別にお前に世話を焼いているのは全部私の自己満足だって事くらいな。お前は私の事などゾウリムシ以下の存在だとしか見ていない事なんて別に今更――」

 不意に体を抱き寄せられて、華奢そうに見えて意外に厚い胸に顔を押しつけられる。

「……馬鹿が。それで誤魔化したつもりか?」

 私は体を離すと、更に困ってしまった九峪の頬をつねる。

「私をその辺の尻が軽い女と一緒にするな。貴様の抱擁が欲しくて貴様に付き合っているわけではないんだ。そんなものは生ゴミの日に捨ててしまえ汚らわしい。形だけの慰めなどいるか。私が懇願しているのは、切望しているのはそんな事で誤魔化されるような、そんなちんけなものじゃない」

 きちんと伝えたいのに、九峪はそれを聞き入れはしない。いや、多分言っても理解する事が出来ない。私に特別な力が生まれつき使えるように、きっと九峪にはその辺を理解すると言う機能が欠落している。

 或いは後天的なのかもしれないが――、まぁ、それは今はいい。

「ともかく、さっきの事はさすがに許容しかねるな。いくら私が寛容で、お前に対して甘い女だと言っても、限度はちゃんとあるんだ。九峪が自分の思うところを行うのは構わないが、頼むから自殺だけは止めてくれ。どうにか出来る場面なら、いや、どうにも出来なさそうな場面でも、どうにかなるように必ず私が道を造るから。だから、一人で勝手に死にに行くのだけは止めてくれ。でないと、本当に私は……」

 もう一度、九峪は私を抱きしめた。優しく、それでもしっかりと。

「分かったのか、この馬鹿」

 鼻声で、顔を胸に押しつけたまま聞くと、頷いたような気配はあった。

 次の機会に覚えていてくれるだろうか。次は良くても、その次は多分忘れているだろう。

 釘は、何本も刺しておかなくちゃ行けない。

 縛り付けるつもりは毛頭無いけれど、それでも少しでも長く一緒にいるために。

 少しでも長く、この幸せを感じているために。













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【2007/10/14 21:50】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝01

 細かい説明は省く。
 どうあれその時そいつはそこにいて、否応なく戦いに巻き込まれてしまっていた。それが全てだ。

 そこに次元境界の崩壊だの、超臨界点におけるパラダイムシフトだの、そんなくだらない捏造用語を持ち出しても結論が変わるわけでもないし、そいつにとってそれは何の救いにもならない。

 事実は事実として、目覚めたときには戦場で、戦わないという都合のいい選択肢すら、その場には無かった。死にたくなければ殺す。他に何が出来たというのだろう。

 一つだけ幸運があったとすれば、それはそいつがいきなり戦場に放り込まれても生きていける、それだけの強さを持っていた事。状況に即応できるだけの、柔軟性があった事。気休めにもならない幸運だが、それが無ければこの物語も紡がれることなく終わっていた。

 だから、その一点だけ私は神に感謝したい。

 殺したいほど憎くてたまらない神だけど、ぎりぎりそこだけは無理を押しつけないでいてくれたのだから。



 深川偽伝
 一節 お前等何者ですか?



 時系列を簡単にまとめよう。
 その日そいつと私は学校にいつも通りに登校して、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに帰宅した。取り立てて変わる事のない日常。いつもの様にご飯を食べて、いつものように就寝した。

 目が覚めたのは確か草木も眠る丑三つ時。
 ぼんやりと窓の外が光っている事に気が付いた私は、カーテンをめくって……

 後の事はまるで知らない。記憶の欠落が何を意味するのかは分からない。

 ただ、いつの間にか真っ昼間になっていて、黒い鎧と赤い鎧の兵隊が、原始的な殺し合いを繰り広げている戦場のただ中にいたのだった。なぜか傍らにはそいつもいて、二人してパジャマ姿のまま現実が分からず放心していた。

 それも、流れ矢が飛んでくるまでのほんの数秒だったのだろう。日頃から異常な危機警戒能力を発揮するそいつは、当然のようにその矢をつかみ取ると、バキリと片手でへし折って、それから眠そうに目をこすった。

「……ちょっと、何――」
 現実に対する抗議は、しかしこの状況では聞いてくれる人も、言ってる暇さえない。戦場の狂気に浸食されて、敵も味方も分からなくなった狂戦士共が、見境い無く動くものを攻撃している。

 それはどちらかと言うと赤い鎧の方に多い。察するに――察してやるほど余裕がある自分にびっくりだが――こういう戦場に慣れていないのだろう。敵味方入り乱れて、仲間が次々に死んでいく状況に、多分狂ってしまっているんだと思う。

 そんな冷静な分析を他人事の様に、それこそ一瞬で済ませて振り下ろされた剣を避ける。

 同時にあいつが狂った兵士を一人ぶち殺した。

 倒した、ではない。躊躇のカケラもない無慈悲な一撃で、根こそぎ生命を根絶した。赤い塗料をぶちまけただけの、粗末な軽甲が大きくひしゃげ、胸に拳がめり込んだ。肋骨が粉砕し、心臓が破裂した音が耳障りに響く。

 口から大量の血反吐を吐いて崩れ去った兵士にコンマ五秒ほど黙祷を捧げ、それから次の獲物に向かったあいつの事を視線で追う。

 多分、あいつの中にある認識としては、単純に危険を排除するための機械的な行為なんだろう。私が襲われた事で吹っ切れた――、という考えはあまりにあり得ないので置いておくとして、少しは気にしてくれているとすれば、それはそれで嬉しい事ではあるが。

 まぁ、どうでもいい。問題はあいつ一人で私を守りきれるほど、この状況は簡単ではない。誰が敵で誰が味方かも分からない状況。否、はっきりと全てが敵に回っているこの状況。四面楚歌と言うほか無い。

「逃げたいところだが、逃げ場が無いな。やれやれ、困ったものだよ」
 はぁ、と一つ溜息。あいつに絶命させられた、赤い兵士の剣を拝借すると、降りかかる火の粉をあしらいながら、それでも何とか逃げる事にした。






 適度な返り血にパジャマが真っ赤に染まった頃、戦いは唐突に終わりを告げた。黒い方の軍勢が唐突に撤退を始めたのだ。撤退、と言うよりは散開、もしくは敗走と言うのが正しいだろうか。

 戦端で二つの勢力を相手にしていた私とあいつ。ようやく終わったと溜息をついて顔を見合わせる。状況は不明だが、ようやく少しだけ落ち着ける。

 そう思ったのは少しばかり浅はかだっただろうか。仕方のない事とはいえ、私たちは赤いのも黒いのも遠慮無くぶち殺している。敵だか味方だか分からないなら放っておけばいいと言うのに、どちらも律儀に襲いかかってくるのだから仕方がない。それを自衛と言って理解してくれるほど、温厚そうな軍勢にも見えなかった。

「そこの二人、大人しく投降なさい。命の保証はしますから」

 赤い軍勢が二つに割れ、馬に乗った巫女服姿の女が現れた。威風堂々とした立ち振る舞い。こいつがどうやらこの軍勢の指揮官らしいなと察しは付いた。

 どうしよう、と伺うような目を向けてきたあいつに、軽く頷いて剣を捨てる。いい加減疲れたし、ここでこれだけの人数は相手に出来ない。とてもじゃないが体力が持ちそうにないし、私はそもそもただの女子高生だ。人殺しなんてごめん被る。

「できるだけいい待遇にしてほしいものだな。あまり期待はしていないが」

 嘯くようなその言葉に、巫女服姿の女は僅かに顔を顰めていた。






 連行された先はつい最近出来たばかりといった感じの、粗末な砦だった。堀や塀を巡らせて、背後に絶壁を置く事で一応砦の体裁は保っているが、急ごしらえの突貫工事であった事は隠しようもない。砦の中は負傷兵やら炊き出しやらで雑然としていたが、少なくともこんなしょうもない砦の防備に尽かされているという悲嘆は感じられない。

 先ほどの戦で勝った事ばかりが原因ではないだろう。おそらく、ずっと負けていないのだ。それは単純な予想でしかなかったが、当たっていようがはずれていようが私にとって問題ではないので別にいいだろう。

「お二人は狗根国兵では無いようですが、一体どこから戦場に迷い込んだのですか?」

 事情は説明せずとも、肝心な部分は察してくれているようで。とはいえ現実問題、自分のところの兵士を殺されたのだから、あまり面白くはないだろうと思う。

「…………」
 私は答えなかった。あいつはそもそも話をする気がないようで、尋問用にとおされた部屋に入って直ぐ、すやすやと寝息を立てている。図太いというか、馬鹿というか。

「お答え頂かないと、こちらとしても対処に困るのですけれど」

 答えがある質問であれば答えられようが、今の私は解答を持たない。何を答えても、それは多分真実にはほど遠いだろう。私は敢えて間違いを口にするなど、死んでもしたくない。

「困りましたね。では、質問を変えて。お二人の名前は?」
「人に名を聞くときは自分からまず名乗れ」
「……星華といいます。それであなたは」

「初対面の何処の馬の骨とも分からない女に名を名乗りたくは無いな」
「――うふふ、随分と、嘗めてくれているようですね」
 星華と言う女の額に青筋が立っている。随分と沸点が低い。この程度で指揮官とは笑わせる。

「一体あなた達は何者で、なぜあんな場所にいたんです! 答えないなら相応の目に遭って貰う事になりますよ!」
 そう言って勢いよく机を叩いた星華。だんだん地が出てきたようだ。

「やかましいな。私たちが何者か、だと? おそらく私たちは何者かであったことなどない。意味も目的もなく、おそらくは原因すら不在でこの場にいるのだ」
「何を言っているの? 意味がわからないわ」
「分かるまいよ。分かってたまるか。見るからに頭の悪そうな乳デカ女に、この私ですら計り知れないこの事象を、例え一端であれ分かるはずがない」
「乳デカ――ってちょっと貴方さっきから失礼ですよ!」
「失礼? 礼を尽くさねばならぬ相手に見えないな」
「こちらが下手に出てれば調子に乗って。いいわ、そっちがそう言うつもりならこっちだって。亜衣! 来てちょうだい」

 星華はそう言って誰かを呼んだ。私は一層嘲笑を深める。自分ではどうにもならないからと他人を呼ぶ。とんだ道化だ。それが更に星華の自尊心を傷つけるのか、はじめのすまし顔は何処へやら。今は般若顔でこちらを睨み付けている。

「お呼びですか、星華様」
 現れたのはレオタードの様な衣装に身を包んだ、頭の良さそうな女だった。切れ長の相貌。落ち着いた物腰。何よりどこか同じ臭いがする。

「この二人の尋問を任せます。手段は問いませんから、何処の何者かきっちり聞き出しておいて」
「はい。お任せ下さい」
 苛立たしげにそう言って出て行った星華。堪え性がない奴だ。

「――さて、そう言う事のようだが、私もあまり女子供に手荒な真似はしたくない。できればさっさと話してほしいのだが」
「嘘だな」
 私は確信を持って断言する。
「何が嘘だと?」
「女子供に手荒な真似をしたくない? 笑わせるなこの嗜虐主義者。お前はそう言う事が好きで好きでたまらない、真性の変態だろうに」
「……だとして、それが何か? 私はそれを貴方にすると言っている。嫌なら話せばいい。ただそれだけの話だ。私がその行為を好きであろうが無かろうが、貴方には何の関係も無い事だろう。私は選べと言っているだけだ。痛い目に遭いたいか、それともあいたくないのか」

 星華に比べれば、相当大人という事か。挑発には乗ってこない。

「はっ。その問いには間違いが一つある。前提条件として、そんな目にお前が私をあわせられるのかどうか、それが決定的に抜けているじゃないか」
「……ふぅ。時間もない。清瑞」

 亜衣と言う女がその名を呼んだ瞬間、背後に唐突に気配が現れた。まるで瞬間移動でもしてきたかのような、唐突な出現。それはおそらくただ天井から降ってきた、程度の事だったのだろうが、それでもその行動が恐るべき技術で成された事の証左だった。

「動くな」
 左腕をひねり上げられる。間接がぎちりと嫌な音を立て、激痛が肩に走る。苦鳴を堪えて視線を亜衣に向ければ、いいざまだと言わんばかりの視線を寄越していた。
 見下しやがって。何様のつもりだ。

「こちらの質問に正直に答えろ。まじめに答えなかったら、そのつど指を一本ずつ折る」
「…………」
 清瑞の指が、そっと私の指にからみつく。何かあれば、こいつは躊躇無く折るだろう。

「ふふ、あはははは、耳が無いのかお前等は。私の言葉が聞こえていないのか? だったらもう一度言おう。私をそんな目に遭わせる事ができるかどうか、その判断が決定的に欠落している。その意味をよく考えろ」
 二人はおそらく考えようとしたのだろう。だが、それも無意味になった。

 私の危機を悟ったあいつが、起き抜けに清瑞とかいう女をはじき飛ばし、私を抱いたまま飛び出したから。

「――あははは、いい様だなお前等! 最高に間が抜けている! そのまま自分の間抜けさに悶死でもしていればいい。じゃあな」
 風景が横に流れる。こいつの足は速い。私を抱えたまま砦の城壁を飛び越え、軽快な足取りで走り去った。






 ノリと勢いと趣味で人を馬鹿にして逃げてきたのはいいが、そいつはそのことが少し不満だったようだ。右も左も分からないこの世界で、初めて会話をした人間を無碍にするのはどうかと思ったらしい。ばかばかしい。出会い方はおよそ最悪で、その上どこかと戦争している危険人物と積極的に関わろうなど正気の沙汰ではない。ここがどこでなぜ私たちがここにいるか、その本当のところは分からないが、分かっている奴がいるわけでもないだろうし、帰る方法など考えるだけばからしい。
 だから、人は選ぶべきなのだ。徹底的に慎重に。生きていたいというなら、それが利口なやり方だ。

 まぁ、こいつは利口な生き方などはじめから知らないし、悲しくなるほどの馬鹿だから言うだけ無駄なのだが。だからこそ、私が舵取りをしなければならないだろう。

「……さて、しかしこれはどうしたものか」
 砦から離れ、街道らしきところを歩いていたのだが、人の気配がして急いで隠れた。それは先ほど撤退したはずの黒い軍勢で、向かう先は先ほどの砦のようだ。敗北したと思っていたが、あくまで戦略的撤退だったのか、それとも一時の負けを良しとせず、単に仕切り直しをしたかっただけなのか。考えうる可能性は無数にあったが、別にどれだっていいだろう。

「…………」

 無言で見つめられる。ああ、馬鹿だ。真性の馬鹿。本当に悲しくなる。別に義理も責任も無ければ関係性すら殆どゼロ。それでもこいつは首を突っ込みたがっている。

 理屈ではないのだろうと思う。人が傷つくのが嫌いな性分。言えばそれまで。ただ、人が傷つけられるのが嫌いな割に、人を傷つける奴には容赦のカケラもない悪魔。本人は正義の味方のつもりらしいが、私から見れば感情の統制が取れないただの子供。理屈をこねる事が出来ない愚図。

 ただ、どうしようもない馬鹿で阿呆で子供なこいつも、腕っ節だけは無敵に近い。そんなものが無ければ勘違いもほどほどで済んだのだろうけども、今や確固たる信念になってしまっている。いつか、その勘違いが身を滅ぼす事になると思うが、それをさせないために私がいる、様な気もする。

「砦の軍勢は見たところせいぜいが二百かそこら。対してこちらは三百ほど。簡素とは言え防備を持った赤い方が優勢なのは揺るがないだろうな。しかしそれを承知でそこへ向かうというなら、何か策があるのかもしれないな。それを見極められれば、まぁなんとか。それがなにかだって? そんなの私が知るわけがないだろう。気になるならこのまま付いていくとしよう。端から動きを見ていれば、狙いも少しは分かるかも知れないしな。いくらお前が一騎当千でも、さすがに三百人全員を殺すのは無理だ」

 やりかねないかな、と言うのが正直なところだが、間違って命を落とされても困る。不満そうなそいつを宥め賺して、私は黒い軍勢の後に続く事にした。






 行軍に付いていく途中で敵の策は知れた。それまであまり気にしてもいなかったが、このままだと砦に着くのは間違いなく日入りの後。黒い軍勢が、それを目的に黒ずくめなのだとは思わないが、確かにその格好は夜襲に最適だ。昼間の戦いからすれば、兵士一人あたりの練度は黒い方が上。それも圧倒的といっていいレベル。戦自体も押していたし、あの時撤退したのは赤い方が何か策を弄したせいだとは思うのだが、そうでもしなければならないほど、はっきりと実力差がわかる。
 夜襲が成功すれば、砦の防備など無意味と化すだろう。乱戦に持ち込めば黒い方の勝利は確定する。単純な策ではあったが、その分効果的でもある。

「……まぁ、それも成功すればだけどね」
 私の背後をとったあの清瑞という女を思い出す。多分、乱破、忍者の類だとおもうのだが、気配遮断が異常に上手かった。同じ空間にいて、全く気配を悟らせないほどだ。こんな遮蔽物が多い森の中での斥候など簡単すぎるだろう。こういう事には素人の私たちの存在にすら気づかない、脇の甘い軍隊が相手では特に。

 おそらく夜襲は成功しない。しかし、失敗したからと言って確実に赤い方が勝つかと言えば、それも疑問なのだ。兵の練度の違い。いったいそれがどれくらい戦況に影響するのか、それは私には分からない事だ。

「そうねぇ、でも戦争やっている以上、どちらが良くてどちらが悪いという事でもない。だいたいこの世の正義は多数決で決まっていて、戦争はその多数決が嫌いな奴がはじめるものだ。戦争がはじまったら勝った方が正義。それは歴史が証明している」

 少数派で喧嘩の弱い奴の意見から排除されていくのは何時の時代も一緒だ。だから、正義なんて言う価値観で戦争の、どちらかの勢力に荷担するのはあまりにも滑稽。

「何? 直感が黒い方が敵だと言っている? 電波か? 電波なのか? それとも見た目黒い方が悪そうだとか色で判断したのか? おい、視線を逸らすな、図星かコラ!」
 やれやれ、こいつは本当に馬鹿だ。救いようもない。

「まぁ、それも面白いからいいか。しかし、状況が見えないから推測に過ぎないが、黒い方が多分勢力的に有力だぞ。兵士個々の練度から見ればそれは明らかだ。この戦争が何に起因しているか知らないが、首を突っ込むなら強い方についたほうが利口だと思うがね」

 ああ、コイツに利口な選択肢とか説く私が馬鹿だ。敢えて困難を良しとする生粋の馬鹿に、敢えて無理無謀無茶の3Mを推奨する生まれながらのマゾヒストに、私は一体何を説こうとしていたのか。徒労以外の何者でもない。止め止めそんなのは。

「はぁ、付き合わされるこっちの身にもなれ」

 無理に付き合わなくていいと、コイツは言う。でも、そんなのは無理な話だ。私は随分昔に決めている。コイツは救いようの無い馬鹿だから、だから、せめてもの救いに自分がなろうと。コイツにとっての救いが、常に一つだけでも残されているようにと。

「何を笑っている気色悪い。いいから行くぞ、九峪」

 私の名は深川。この馬鹿と終生共にいる事を誓った、世界で一番馬鹿な女だ。













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【2007/10/08 21:08】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
近況報告

 えー、放置する事一ヶ月とちょっと。近況報告くらいはしようかなぁと思いつつ、あまりの忙しさにそれもできずにいました。申し訳ないです。

 しかしながら、一応問題の試験は(結果はどうあれ)本日終了しましたので、ようやく少し楽になりそうです。まぁ、仕事が忙しくてこの一ヶ月ろくに勉強できなかったので、結果は期待できそうにもありませんが、それどころじゃなかったんだから会社や上司にはその辺鑑みてもらいたいもんです。

 まぁ、そんなわけでリアルに死にそうになったり、死にそうなほど忙しかったりと色々酷い一ヶ月でしたので、新作も旧作も書いてる暇などあろうはずもなく、連載再会にはもう暫くかかりそうな感じです。何を連載するか、それ自体決まっていないという事もありますし、ここ一ヶ月で三倍以上に増えた仕事に慣れたら書き始めたいなぁと思います。……いつになるやらって感じですが。


 ではweb拍手のお返事をば。
 9/3分。

6:13 完結おめでとうございます!!長い間お疲れ様でした~
6:15 やっぱり九峪は死んでしまいましたか・・・、そして星華と藤那は落ちぶれて^^;
6:15 やはりこの二人は扱いが悪くなることが多いですね
 と頂きました。
 ありがとうございます。一月以上放置していて申し訳なかったです。九峪のデッドエンドは正直どうかと思うのですが、まぁでもご都合主義に生き残ってハッピーエンドになることを許せなかったというか。まぁ、それはそれでいいんですけども、話の流れがねぇ。星華と藤那の扱いが悪くなってしまうのは何でなんでしょうねぇ。特に今回藤那は空気もいいところでしたし。まぁ、出番のなかった香蘭や只深に比べればマシなのかも知れませんが(笑
 コメントありがとうございました。

 9/5分。

5:27 まずは完結おめでとうございます。そしてお疲れ様でございました…と。
5:28 それにしても以前は感想にネタを盛り込んで拍手してたんですが流石に時間を食われてうまくいかない人生です
5:29 が、流石に完結したならばと帰宅直後に感想を遅らせていただきます。
5:29 っても何もいうことなんて無いんですが……あえて言うとするならば。
5:30 【おいおい、ひっそり続いている火魅子SS界隈になにか動きがあるみたいだぜ兄弟!】
5:31 【ああ、そーみたいだね兄弟!まぁ、コレも時代の流れって奴かね?しっかし……】
5:32 【【お前ら(火魅子SS書き)どんだけ深川愛してんだYo!!】】
5:36 『至極当然天地爆裂粉骨砕身天魔覆滅。汝ら暗転入滅せよって位深川愛しちゃってる自分wwww』
5:37 あ、火魅子候補は全員嫌い……というか正ヒロインとか嫌いですかラー。サブキャラ万歳!
 と頂きました。
 完結しましたが、まぁ、どうなんだろうと言うのはおいといて、ありがとうございます。
 火魅子伝SSの作者が深川が好きだというのは……、私と宮さんくら(ゲフンゲフン いえ、潜在的深川信者は多いと個人的には信じて止まないのですが。炎戦記になってからめっきりというか完全に存在が抹消されてしまったようなのが悲しいところですが(とはいえ最新刊は読んでないから分からないけど)、私としては他の火魅子伝のSSでも愛ある深川を書いていく事をここに誓う所存です(ぇ
 コメントありがとうございました。

 もう一件。

23:23 深川完結おめでとうー、…こことの付き合いも結構長く
23:25 なったもんだ…これからもがんばって下さい
 と頂きました。
 お仕事との折り合いが付く限りはなにかしら活動を続けていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い致します。しかし、いつまで続けられるんだろうなぁとか、思わなくもないですが、辞めた状態が想像できないので断続的にこれからも続いていくと思われます。
 コメントありがとうございました。

 9/6分。

0:21 九峪さらっと死にすぎ!? いや、何と言うか滅茶苦茶トゥルーエンド見たく成りました。
 と頂きました。
 トゥルーエンドを書くか、はじめから書き直して短めにすっきりまとめた奴を書くか迷ってます。まぁ、どのみちこの駄作を駄作のまま放置しておくのも気が引けるところではあるんで、なにかしらやりたいなぁとは思ってるんですが、まぁ、時間と相談して別に何か書いた方がいいのかも知れないですし、自己満足で書き直したところで面白くなるとも限らないので、もっと面白い別の作品を書いていこうかなぁとか、とりとめもなく考え中でございます。
 コメントありがとうございました。

 9/8分。

17:24 一応(?)の完結お疲れ様でした。
17:26 次回作に期待しつつ過去作品のマラソンしてきます ノシ
 と頂きました。
 次回作は何がいいものか。とか書くと、やれ新説だ、やれ幻聴記だってコメントが来るのは目に見えすぎて泣きそうなんですが、片っ端から終わらせてしまいましょうかとか、たくらんでる事はたくらんでるんですけど、企みが多すぎて結局一つも前に進まないという。まぁ、どれか一つに集中して終わらせてみようかなとは思いますが、でも新作も……。
 コメントありがとうございました。

 9/12分。

4:11 出雲アフターやら府川トゥルーやら新説やら次に期待してます!特に新説?(T-T*)フフ
 と頂きました。
 ……言ってる傍から新説の要求が。いや、まぁ、そうですねぇ。そもそも深川の前に新説書くって話してたしねぇ。うーん、考えておきますっていう逃げ口上をまた使わせて貰いましょう(ぉぃ
 コメントありがとうございました。

 他にも沢山の拍手に感謝申し上げます。ありがと~!


 続きまして直接コメント。
 まずは、宮さんから。

完結おめでとうございます
一年以上の連載だったんですね、さすがです
まさに深川に対する愛が溢れる作品でした
何気に星華が生き残っているのが意外でしたが、その立場も危うそうですね

まだ外伝扱いの話があるとのことですので楽しみに待っています
それでは!
 と頂きました。
 連載は一年以上だったんですよねぇ。数ヶ月空白期間がありますけども。深川への愛はとりあえず置いておくとして、本当は今回星華を救済しようと言う計画も同時進行するはずだったんですが、見事にいつも通り虐め通してけちょんけちょんにしたあげくある意味生き恥でお先も真っ暗という、どれだけ恨みがあるんだと言いたくなるような有様に落ち着きました。私の中の何かが星華を大敵とでもみなしているのでしょうか? 謎です(笑
 外伝に関しては……まぁ、気が向いたら書きます(汗
 コメントありがとうございました。


 続いてうわぁさんから、って別にこれHNじゃ無いとおもうんだけどもまぁいいか。

流石に九峪死ぬとはw
次の作品楽しみにしとりまー
 と頂きました。
 九峪死亡に関してはまぁ色々あると思いますが、もう少し華々しく散った方が格好良かったかなとは思いますねぇ。でもそう言う飾った死みたいなのがなんか嫌いというか、好きなキャラほど普通に死んで欲しいなぁとか思うんですが。まぁ、九峪の死に方が普通の死に方だったのかは疑問が残りますが(笑
 コメントありがとうございました。


 最後にアレクサエルさんから。

54,55
最高の作品でした。
いやー、深川をヒロインにするおきて破りの作品でした。凄い!!!
しかし、火魅子の呪い、なんか納得ですね。
亜衣も伊雅も最後に火魅子の呪縛から逃れたようですね。 火魅子より九洲の民の事を考えた。 ある意味、最後には星華もかな?
 キョウの腹黒さもいい。 原作でも、キョウは良く考えると相当な外道ですからね。
 亜衣の深川への拷問も凄い。 しかし、亜衣と深川の拷問も現在でも珍しくないですね。
 原作の九峪とか火魅子候補の方が余程、大量殺戮犯ですからね。
 この作者さんの作品は、火魅子候補同士の争いも描いていいですよね。

 深川、伊万里、忌瀬、赤ん坊が大陸に行くという、ラストも良かったです。
まあ、九洲、狗根国にいるのは、危ないですよね。
 これからも最高の作品をお願いします。
 と頂きました。
 相変わらず褒めて頂いて恐縮です。
 
 火魅子の呪いって言うのは、まぁ、盲目な信仰の根拠としての解釈の一つですけども、今回の作品ははじめから耶麻台国は滅ぼそう(ぉぃ)と考えていたので、ネガティブな感じになりました。耶麻台国が滅びるとすれば、それはどんな場合かと考えると、火魅子への信仰が無くなったとき、と考えるのが一番正確なような気がしたので。まぁ、結果的に名前だけ耶麻台国がこの後続いていったのかもしれませんが、火魅子への信仰をなくしたとすれば、それはもう従来の耶麻台国ではあり得ないでしょうし。

  拷問描写は正直もっと書きたかったなぁ(ぉぃ でもまぁ、色々な人が見てますからねぇ。気にしなきゃ別にいいんでしょうけども。

 火魅子候補の争いに関しては本来無ければならないものでしょう。形はどうあれ、それを描かないならば火魅子候補をそもそも複数人もうける事に意味が無くなりますし。ただ、原作ならばせいぜい競い合うレベルのものを、わざわざ殺し合うレベルまで持っていく辺りが私が駄目なところなのかも知れません(笑

 次回作が何になるかは分かりませんが、次の作品は自分自身納得できるようなものを書きたいなと思います。
 コメントありがとうございました。


 以上、深川完結に際しまして沢山のコメントありがとうございました。返事が遅れてしまった事をここにお詫びしておきたいと思います。申し訳ありませんでした。


 では、本日はこの辺でヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ 

【2007/10/07 21:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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