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深川偽伝06


 死は恐れるに足らない。

 それが例えどんな無惨な有様であれ、それがどんな苦痛を伴うものであれ、私は恐れたりはしない。

 本当に恐れるべきは死などではなく、それを前にして自分が自分でいられなくなる事の方だ。

 私が私でいられない。私が私を貫けない。

 そんな状況に陥るくらいなら、そんな無様を晒すというなら、私は私自身を殺すだろう。



 深川偽伝
 六節 私



 結論から言えば反乱軍のアジトとやらに、目的の人物は待っていなかった。

 そもそも戻ってきたかどうか、それすらもわからなかった。

 アジト、と言っても正確に言えば山間の集落、隠れ里であり、そこには他にも反乱軍を匿う住民が未だ生活していたのだろう。

 残念ながら過去形で語らなければならないのは、既にその村は無くなってしまったから。

「酷い臭いだな」

 焼き討ちにあったと言うのは一目見れば誰にでも分かる。焼けこげた死体。矢の突き立った死体。剣で切られた死体。何かに食いちぎられた死体。そして一つとして無事なものはない、焼け落ちた家屋。

「狗根国の奴ら、むごい事を」
 臭いに辟易している私とは裏腹に、まるで慣れているような平然とした顔で、亜衣は呟いた。

 実際慣れているんだろう。

 虐殺が行われる事も、その結果を見る事も。

「つい最近、と言った風情だな。やったのは狗根国の連中で間違いないとして、お前等反乱軍を蹴散らした部隊がと言う事か?」
「……いえ、おそらくは別働隊でしょう。私たちを倒した部隊は別方向に誘導しましたから、直接こちらにくるとは思えない。掃討作戦にしても時期尚早。こんな山奥まで部隊を向けるにはそれなりの確信がいる。けれど、そんな情報が漏れるはずがない」
「漏れない根拠が私には分からないが、まぁ、そう言う事にしておこう。だとすると、どういう事になるんだ?」
「こういう真似をするのは一つだけ。狗根国の狩人部隊の連中です」

 亜衣はそう言ってギリリと歯を噛みしめた。視線の先には小柄な骸。黒く炭化して生前の面影はないが、どうみても子供の亡骸だろう。

「狩人部隊、か」
「左道士で構成された部隊で、統治下で諜報と粛正が主な任務です」
「恨まれるのが仕事か」
「ええ。恐怖で民を統治するのが狗根国のやり方ですから。その為の見せしめ行為を狩人部隊は率先してやる。反乱の芽があろうがなかろうが、そんな事はお構いなしに、こうやって里一つ皆殺しにしてしまうのです」
「わかりやすいな。わかりやすくて涙が出そうだ」

 韜晦するように言っては見たが、どうにもそれは自嘲にしかならなかったようだ。わかりやすい悪役と言うのがいると、やる気を出す奴がいるから。もう少し複雑であれば、多少違った反応も期待出来るかも知れないが、どうやら狗根国というのはわかりやすい駄目な支配国家のようだ。

 視線を向ければ、既にせっせと穴を掘っている輩が目に映る。行動が驚くほど早い。確かにやらなければならない事ではあるし、実際やろうと思ってもいたが、少しは感慨に耽るとか、何か考えるとかしないものだろうか。そうも思ったが、直ぐに的はずれだと首を振る。

 何かを振り払うようにひたすら穴を掘っている姿は、守れなかった命に対する悔恨に満ちていた。感じる必要もない罪悪感を覚えて、それに突き動かされていても立ってもいられないだけ。せめてもの出来る事が墓を弔う事だけだと言うこの状況に、あいつは誰より憤っているのだろう。

「このまま放っておいても、全部きっちりやるだろうが、仕方ない手伝うか」
「すみませんがお願いします。本来、私がやるべきことなのですが」
「ああ、まったくだ。これで貸し二つだ。後できっちり取り立てるからな」

 ああ、本当に気持ち悪い。






 一番はじめにそれに気づいたのは愛宕だった。

「ねぇ深川、あれ何かな」

 言われて視線を向けた先。一瞬私にもそれがなんなのか分からなかった。分からなかったが、全身が総毛立った。

 深い森に囲まれた集落。その境界。森の暗がりの中で、彫像のようにたたずむものがある。

 一度認識してしまえば、その異形、その禍々しさ、とても無視出来るようなものではない。

 何処も見ていないような、大きな瞳。黒光りする鱗のようなもので覆われた表皮。体に比して奇妙に大きな両腕と、そんな上半身を支えるには頼りなさそうに見える、細い両足。獲物を引き裂くには都合良さそうなかぎ爪。

 それは二足歩行動物ではあったが、決して人ではなかった。
 人ではあり得ない。

 見た事もない、奇妙で危険な何かだった。

「…………」
「…………」

 愛宕も私も言葉を失い、白昼夢のような目の前の光景の意味を理解しようとする。

 危険であるという認識と、逃れがたいという確信。それがもたらす逡巡に停止した時。

 それは捕食者が獲物に襲いかかるこの上ないタイミングだった。

 ごうっと空気がうねる。黒い影が宙に舞い、私と愛宕の頭上に落ちてくる。

 足が竦んで動けない。動かなければ死ぬと言うのは分かっていたが、分かっていてもどうにもならない事もある。

 それでも、私が動けなくても私を動かせる奴はいた。

「九峪――、すまん」
 一言詫びて、自分で地に立つ。愛宕は腰が抜けたのかその場にへたり込んだ。異形の怪物は、着地点でゆっくりとこちらに向き直る。一瞬で移動した獲物を、楽しそうに眺めながら。

 ――いくらなんでも、戦うのは無茶だ。アレがなんなのか分からないが、人に手出し出来る類のものじゃない。

 ならば逃げるか? しかし、今し方見せた俊敏さを考えれば、逃げ切れるのはおそらく九峪一人。そして、当の九峪は逃げる気がない。今にも怪物相手に挑もうとする姿を見て、逃げるという選択肢を捨てる。

「私が仕留める。九峪、三分時間を稼げ」

 甚だ無茶な事を自分でも言っていると思う。あんな化け物相手に三分。だが、出来なければどのみち全滅だ。

 九峪は不敵に笑うと頷いた。嬉しそうに、楽しそうに、怪物に向かって真っ正面から突っ込んでいく。

 その死に向かう行為に全身が泡立つのを感じながら、私は私のやる事に取りかかる。

 二度目はない。全身全霊、全力全開、乾坤一擲、一撃必殺。
 あの化け物を殺しきる。

「……於是天神諸命以。詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。修理固成是多陀用幣流之國。賜天沼矛而。言依賜也……」

 こんな呪文に意味はない。私の力は、ただ私の中にあるそれを取り出すだけの行為。

「……故爾反降。更往迴其天之御柱如先。於是伊邪那岐命。先言阿那迩夜志愛袁登賣袁。後妹伊邪那美命言。阿那迩夜志愛袁登古袁。如此言竟而……」

 どす黒い力の本流が湧き上がる。鼓動と共に溢れ出し、収斂しながら掌に集まる。

 ぼやけた視界に、九峪が化け物を翻弄している姿が映る。胃が痛くなりそうだ。矢継ぎ早に繰り出される怪物の一撃、どれか一つをかわし損なえば間違いなく致命傷。一秒でも早く、救い出してやりたい。

 だが、失敗も許されない。急いて仕損じるなど論外。

 あいつなら大丈夫だと、何度も何度も言い聞かせるように繰り返し頭の中で呟く。

「あ――」

 呟きは多分愛宕のものだっただろう。
 人間離れした九峪の運動量でも、遂にかわしきれず、化け物の一撃が捕らえた。九峪は自分の体と大差ないような拳にはじき飛ばされ、冗談の様に吹っ飛ばされる。

「――くた、」
 叫ぼうとした愛宕の声が聞こえなくなる。

 怪物が、ゆっくりとこちらに向き直った。次なる獲物を求めて。にやりと、嬉しそうに笑いやがった。

「……おい、お前。何をしてくれてるんだ」

 折角集めた力が拡散する。頭の奥の方がチリチリと鳴っていて、何も考えられない。いや、思考はおそらく私自身把握出来ないほど高速で行われている。

 一歩、足を踏み出す。

「何を、してくれてるんだよ」

 怪物もそれに習うようにこちらに近づいてくる。

 視界が狭い。周りが何も見えない。否、もう見る必要もない。

「何を、貴様は――」

 腹の底に響くような雄叫びをあげて、怪物が突っ込んでくる。

「深川、危な」
「何様のつもりだ貴様ぁ――っ!!」

 恐怖はこれ以上ない憤怒に塗りつぶされ、湧き上がった激情と同時に溢れ出した力が、一瞬で両手に集束した。

 迫り来る死。私はそれに、自分のありったけの力を叩き付けた。

「死ねぇっ!!」

 放たれたのは術などと呼べるものではない。黒き炎。怪物を飲み込むと、その体にまとわりつき、まるで喰らうように燃やしていく。

「ぎゃああああああああ!」

 耳障りな断末魔。黒い炎は容赦なく怪物を喰らい尽くした。

「九峪」
 そんなものの末路などどうでもよくて、私は急いで九峪の元へと走った。たまたま近くにいた亜衣が、既に駆けつけていて、地面に転がった九峪を見下ろしている。

「九峪! おい、貴様。勝手に死ぬんじゃない!」
「迂闊に動かさないで」
 掴みかからんばかりの私を、亜衣が窘める。だが、そんな言葉を聞いてはいられない。

 ピクリとも動かない九峪に覆い被さり、そっとその頬に触れる。

「九峪。冗談だろ。お前が死ぬなんて。この程度で死ぬなんて、なぁ」
「深川」
「許さんぞ。まだまだこれからだろう。お前はまだまだこれからで、始まってすらいないじゃないか」

 冷静になれと囁く理性を無視して、溢れ出した感情は収まりはしない。

「聞いてるのか! 起きろ、起きて、くれ……」

 溢れ出した涙が、九峪の顔に落ちる。

「深川、落ち着いて聞いて」
 亜衣が私の手を掴み、そっと耳打ちする。

「九峪さんはまだ生きてます。それより、あの魔人の他にまだ敵がいます」
「……生きて、る?」
 濡れた瞳で亜衣を見据える。小さく頷くと、厳しい目をこちらに向けた。

「ええ、生きてます。だから、今は敵の方を」
「……九峪」

 そっと掌を九峪の胸の上に置いてみる。ぬくもりと一緒に、確かに伝わってくる鼓動。確かに、生きている。

「ふぅ。良かった」
「落ち着きましたか? でしたら」
「分かってる。九峪の事は頼むよ」
「任されました」

 生きてる。それが分かっただけで、体が軽くなった。同時に、まだ九峪を殺そうとする奴がいる事に、腸が煮えくりかえる。

 生かしておいたら、また同じ思いをするかもしれない。それどころか、今以上に辛い思いを。

「運の悪い奴等め。皆殺しにしてやる」

 殺してやる。呪詛のようにもう一度呟いて、私は敵の気配のする方へと向かった。






 それは奇妙な出会いだった。
 敵として、殺すべき相手として対峙したにもかかわらず、見た瞬間そんな感情が吹き飛んでしまっていた。

 迷い無く、殺してしまえるはずだった。
 だと言うのに、私は止まってしまった。それは相手も同じだったようだ。

「「……誰だ、お前は」」

 奇しくも、同じ言葉を同時に口にしていた。加勢しようと駆けつけた愛宕も、戸惑ってしまっている。

 目の前に、私がいた。

「気持ち悪いな。それも何かの術か?」
「こっちの台詞だ。しかも若返って」

 相手は幾分年増の、しかし見慣れた顔。自分だからこそ分かる。あれは私の顔で、あれは私自身だ。

「名は?」
「深川」
「同じか、クソ。これもあのクソ爺の陰謀じゃ無いだろうな」
「何の話だ?」
「お前には関係ない」
「そうだな。関係ない。自分だろうとなんだろうと、ただ殺すだけだ」

 一度気勢は殺がれたが、それでもやる事に代わりはない。

「ふん、威勢がいいな小娘。勝てるつもりか?」
「五月蠅いなおばさん。黙れよ」

 宣告と同時に力を解放。驚愕に目を見開いたようだったが、その時点で着弾。かわせるわけがない。なんだったのかよく分からないが、どのみちこれで終わり。

 ――そのはずが。

「……はは、はははははっ! そう言う事か。どうした小娘。私は傷一つ無いぞ?」

 無傷だった。殺せなかったのは予想外だが、動揺はそれほどない。向こうと同じ事を私も考える。

 ――私の力は、私自身には通用しない。

 私が二人いると言う事実。それがどんな運命のいたずらであるかは分からない。

 だが、私の力では私を殺せないと言う事実があるだけだ。

「魔人を一撃で消し飛ばした力、真っ向からでは勝てないかとも思ったが。いやはや、これは思わぬ幸運だな。今の貴様を縊り殺すだけなら、赤子の手をひねるのと大差がない」

 力で倒せないなら、残されたのは肉弾戦。体力的にどちらが不利かなど、あまりにも明白だ。

 しかしそれでも、もう一人の年増の私はちらりと愛宕を見てにやりと笑い、踵を返す。

「まぁ、とはいえ万全とは行かない。決着は次にしようじゃないか。気持ち悪いからさっさと殺して置きたいのも山々だが、他にやる事もあるしな」
「逃げる気か」
「貴様を殺すなど、いつでも出来るという事さ。じゃあな、小娘」

 森の闇に消えるように、もう一人の私は消えていった。愛宕が視線で追撃するか聞いてきたが首を振る。今深追いは危険だ。他に敵がいないとも限らないし、そんな場所で意識のない九峪の元を離れるわけにはいかない。

「そっか。深川が言うならそうするよ。ちょっとみっともなかったから、ボクも挽回しておきたかったんだけど」

 あの怪物――どうやらあれが件の魔人のようだが――相手に、足手まといにしかなれなかった事を、愛宕なりに気にしているらしい。

 私は愛宕の頭を少し乱暴になでつけ、笑って見せた。

「機会はこれからいくらでもあるさ。多分、腐るほどな」

 戦いの空気が一層濃くなってきた。そして、私自身にもどうやら戦う理由が出来たらしい。

 もう一人の私。その事に意味があるのかどうかは分からないが、それでも避けて通る事は、出来ないのだろう。そんな確信があった。













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【2007/11/25 22:04】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
深川偽伝05


 第一印象は馬鹿な男。

 単純で不器用で強引で、我が儘で意地っ張り。

 どうしようもない奴だと心底思った。どうしようもないから、どうにかしなくちゃ行けないと思った。

 どうにか出来るのだと、その頃私は本気で信じていた



 深川偽伝
 五節 漂着



 戦いには参加しない。決意表明のように宣言した私だったが、右も左も分からない土地で、これ以上無闇やたらと無目的に放浪する事に意味があるのかと言う正論を、あろう事かあの九峪に言われて少しばかり考えた。

 しかしだからといって戦いに参加しないというのに部外者が居座るのも感じが悪い。重然達海人連中は、元々そのつもりで私たちをもてなしたわけだし、交渉が決裂したのならばさっさと退散するのが普通だろう。

 普通、なのだろうが、実際問題海が荒れて船が出せないとなれば、孤島から出て行く事も出来ない。

「取りあえず商売だな。ともかくこの格好はいい加減どうにかしたい事だし」

 こっちの世界に来てから五日が経つ。初日に返り血にまみれたのが致命的だった。洗濯はしているが元々パジャマなんて寝るときにしか着ないものだから、それほど強度があるわけでもないし、既になんだかオンボロ風味。

 もう少し縫製のしっかりした衣服が欲しい。

 他にも乙女的な問題が色々ある。九峪の言動に従うのは甚だ心外ではあったが、足止めを喰らっている時間を無為に過ごすのにも耐えられなかったので、色々世間話をしながら今後の予定について検討していた。

 世間話の相手は主だって重然か愛宕。重然は頭領としてそれなりに仕事がある――ようには全く私には見えないのだが――ので、愛宕と会話する事が必然多くなった。と言っても愛宕相手では実りのある会話など殆ど出来なかったが。

「ほら、深川触ってみてよ。ここが気持ちいいんだ」

「ぬるぬるしてるな」

「や、駄目だよぉ。そんなに強く触ったら。そこは敏感なんだから」

「ふふ、何を言っている喜んでるじゃないか。体は正直だよ。ほら指に絡みついてくる」

「そんな、あ、駄目そっちは。イかせないで」

「こんなにすり寄ってきて、可愛い奴め。ほら、イけ。イってしまえ」

「あぅうう、イッちゃう、イッちゃうよぉ」


 サウンドオンリーだと怪しい会話だが、実際は愛宕のペットであるウミヘビを触っていただけだ。

「あーあ、物陰に隠れちゃった。駄目だよ深川。ミー君直ぐご機嫌斜めになるんだから」
「気持ち良さそうにしてたと思うがな。それに別に隠れたワケではないだろう。あれはただ遊んで欲しいだけだ」

 証拠に隠れた物陰から尻尾がはみ出て、誘うようにゆらゆら揺れている。

「あ、本当だ。これはきっと深川が綺麗だからだね。本当浮気者なんだから」
「浮気って、お前な」
「すこし綺麗な人見るとデレデレしちゃってさ。ボクもう知らない」

 愛宕が怒ってそっぽを向くと、ご主人様の不況をかった事に気づいたのか、ミー君が慌てて物陰から出てきて、愛宕にすり寄る。

「何よ、知らないよボク。ミー君なんてどっか行っちゃえ。深川にかわいがって貰えばいいじゃない」
「みー」
 悲しそうに鳴くウミヘビ。

「みー」
「…………」
「みー」
「…………」
「みぃ……」

「あー、もうわかったよ。仕方がないから今回だけは許してあげる」
 そう言ってミー君を取り上げ頬刷りをする愛宕。

「みー!」
 嬉しそうなミー君。

 ……しかし待て。いくつかツッコんでもいいだろうか? まずウミヘビは鳴かないだろう。そもそも蛇に声帯なんて無いぞ。音を出すと言ってもせいぜいガラガラヘビの類が尻尾で音を鳴らすくらいなものだろう。

 加えて爬虫類とは思えないその感情表現の豊かさはなんだ? しかも蛇の分際でその辺の猫より頭いいんじゃないのか? っていうか、それは本当にウミヘビなのか?

「えへへへ、やっぱりミー君は可愛いね」
 よしよしと頭を撫でている愛宕を見て、疑問は心の内にとどめておく事にした。

 別になんだって構わないか。害虫の類には見えないし。

 ウミヘビと仲睦まじく戯れる愛宕をぼんやり眺めていると、視界に九峪が入る。

「……まったく」

 何か言わせる前に私は立ち上がる。あの表情、何か困った事があったに決まっている。

 嫌な予感を抑えつつ、私は九峪の元へ向かった。






 九峪に呼ばれ連れてこられた先は、海人達の集落から少しだけ離れた場所にぽつんと立つ、小さな竪穴式住居だった。

 中に入ると重然がいて、床に伏せっている見覚えのある女の様子を見ている。

「おお、来たか」
「どうやら下らない用件のようだな」
 話の内容は聞かずとも察せられ、頭が痛いなと思いながら女を挟んで重然の前に座った。九峪も隣に腰を降ろす。

「取りあえず話を聞けよ。こいつが誰か知っているか?」
「さぁな。何処の誰様かなど知らない……が、会った事はある」

 寝ている女を見下ろす。呼吸は荒く顔は真っ青。その顔は、ついこの間あの反乱軍の砦で見た顔だった。

「確か、亜衣とか言ったか。反乱軍の」

 反乱軍の中で、おそらくはかなり立場も上のはずだが、その女がこんなところにいる。その理由はいくつか考えられたが、方向性としては反乱軍にあまりよからぬ何かが起こったという事になるだろう。

「詳しい状況は俺にも分からん。だが、最悪反乱軍は……」
「既に全滅という事も有り得るな」
「……ああ」

 これから売り込もうとした先が既に全滅しているかも知れない。重然にとっては面白くもない話だろう。

「九峪が見つけたとき聞いた話じゃ、全滅って事は無いみたいだがな。それでもどうやら負けたのは確かなようだ」
「反乱とやらもこれで終わりか。動乱が終われば後に待っているのは支配者からの粛正……と言ったところか」
 苦り切った顔で呟く。

 別に私は構わない。それが理で誰が苦しもうが知った事ではない。だが、そんな状況になると、張り切り出す馬鹿が隣にいる。止める事は……、出来ないし。

 視線を向けてみると、ただ心配そうに亜衣という女を見つめている。コイツに下心や打算は無いとは知っているが、それでも他の女をそうも心配していると、面白くは無い。

「重然。お前等はどうするつもりだ? この状況でまだ狗根国に喧嘩を売るか?」
「冗談だろ。沈む船に乗る阿呆はいない。狗根国を潰したいのは山々だが、勝算無しに身内の命を捨てさせるわけにゃ、いかねぇよ」
「賢明だな」
「お前等の方こそどうするつもりだ? これから本土の方は荒れるぞ。反乱軍が持ち直すにしろ、このまま終わるにしろな」
「ふん。そんな話をすればするほど、どこかの馬鹿の行動が決定されていくだけの話だ」

 睨み付けると視線に気づいて小首を傾げてみせる九峪。自覚は無いようだが、馬鹿なので仕方ないだろう。

「早ければ明日には天候の方は回復する。まぁ、別に俺はお前等にここにいて貰っても構わないとは思ってるがな」
 器量が大きいところを見せるように、そんな台詞を言って重然は笑って見せた。






 誰かを助けたい。救ってやりたいと強く願う心。
 その気持ちは一人の人間として分からないでもない。

 しかし、そのために自分を犠牲にするのはただの馬鹿だ。馬鹿というか、狂っている。
 その誰かが、自分に深く関わりのある人物。家族や親友、最愛の人物と言うならばそれでもまだ納得しよう。
 その人が例えば死ぬかも知れないという場面で、失うくらいならば死んだほうがマシだという思考ならば、確かに理解出来る。

 だが、完全な見ず知らずの、会った事もない赤の他人の為に、命すら投げ出すような真似は、普通の人間には出来ない。

 あいつは笑って言う。

 ――そうでもしなきゃ、こんな力を持ってる意味が無いだろ。

 言い訳がましく、言い訳でしかない台詞を口にして、それでも他に選択肢のない悲劇。

「こんな世界に、来てしまったのがそもそも運の尽きか」

 元の世界であれば、まだ九峪をどうにか出来たかも知れない。否、それも希望的観測に過ぎないけれど。むしろ、この世界であった方が、良かったのかも知れないけれど。

 せめて戦争状態でなければ救われただろうに。荒れた場所で人助けの機会など無限にある。そして少なからず、それは支配者への反逆行為にあたるだろう。生き残りたいならば取るべき道はやはり一つ、なのだろうか。

「ん、うぅ」

 女が呻いてうっすらと目を開ける。もう夜も遅い。起きているものは誰もいないし、この場所にいるのも私と愛宕だけ。愛宕はとっくに寝息を立ててしまっている。

「起きたか」
「……ここ、は」
「石川島、とか言うらしい。海人の島だ」
 亜衣はむくりと起きあがると、焦点の合わない目でこちらを見つめる。


「貴方は、確かこの間の。何故ここに?」
「成り行きさ。それよりその台詞はこっちのものだ。何があった?」
「……私どもは、敗北しました」
 声は沈痛で、取り返しの付かない罪業を抱えた囚人のようだった。それはまさしくその通りなのだろう。

 しかし同情する気は毛頭無いし、そんな事はどうでもいい。

「どういう敗北だ? 壊滅か、瓦解か、分裂か、離散か」
「壊乱、と言ったところです。戦線に魔人を投入され、勝負にもならず退却する嵌めに。そこを突かれ部隊はバラバラ。生き残るために最後に逃げろと指示は出しましたが、それで何人生き残れた事か」
「問題は、だ。問題は耶麻台国の王族とやらが生きているか、死んでいるか、それだけだ」
 亜衣はこちらをじっと見つめる。探るように、疑うように。

「何か言いたそうだな」
「貴方が何者か。聞いても?」
「聞いてどうなる? お前にその裏付けを取る方法あるか? 狗根国の乱破と疑うか? それもいい。私は私の都合で質問しているに過ぎないし、別に話を聞いたからと言ってお前に積極的に協力する気もない」
「はっきりというのですね。まぁ、いいです。星華様であればまず間違いなく落ち延びているでしょう。真っ先に逃がしましたし、護衛に妹と清瑞を付けてあります」
「なるほど。私が聞きたかったのはそれだけだ」
「……そうですか」

 まだ熱が引いていないのだろう。亜衣はぼーっとした目でこちらを見て、それから横になった。

「一つだけ、どうしても聞いておきたい事があるんですが」
「なんだ?」
「なぜ、貴方が添い寝を?」
「随分と寒そうだったからな。死んでしまったら話も聞けないだろう」

 布団などと言う上等なものはない。筵にくるまって寝るより他にないこの場所で、暖を取るには人肌が一番手っ取り早い。

 建前では、そう言う事になる。

「一応、礼は言っておきます」
「口先だけの礼など不要だ。黙って寝るんだな」
「そうします」

 はじめは気にしていたようだったが、やはりまだ体は休息を必要としていたのだろう。程なく亜衣の寝息が聞こえ始めた。

 規則正しく刻まれる吐息に耳を傾けながら考える。

 この礼は、後で必ず体で払って貰おうと。






「……何を鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている」

 九洲本土へと戻るための船の上。共に乗っているのは愛宕と亜衣、それから当然のように九峪。

 今し方、亜衣の方からアジトまでの護衛を頼まれたところだ。散開した反乱軍だが、その主立ったものはそのアジトとやらに逃げ込んでいるはずだという。これから反乱軍を立て直すつもりの亜衣にとっては当然の選択だが、何分病み上がりで体力がない。

 途中、狗根国軍に補足されれば一人では逃げ切れない可能性高く、その時守ってくれる護衛は必要だと言われた。

「放っておけばこの女はそれでも行くだろうし、そうなれば放っておけないのだろう。お人好しだからお前は。だったら私も付き合うしか無いじゃないか」

 九峪はどこか申し訳なさそうな、それでいて私がそう言ってくれた事が嬉しいとでも言うような、そんな顔をする。ああぶん殴りたい。

「確か亜衣だったな。護衛の件は引き受けてもいいが、当然払うものは払って貰うぞ。別に私たちは九洲の人間でもない。反乱軍に殊更肩入れする義理もないんだ」
「あまり法外な要求をされても困りますが、それなりの報償はお約束しましょう」
「何。大したものじゃない。いい加減この服もぼろぼろなんでな。新しい服が欲しいって言うだけだ」
「そんなもので宜しければ」

 亜衣はすこし拍子抜けしたようだったが、実際切実な問題なのだこっちは。九峪は気にしているかどうか分からないが、私にとっては死活問題。

 九峪も拍子抜けと言うか、何かたくらんでいるんじゃないかと疑いのまなざしを向けている。全く失礼な奴だ。私が粗末な格好でいる事に耐えられない、その本当の理由。この朴念仁には一生かかっても分かるまい。

「深川も女の子なんだねー」

 疑心がない故に一人素直に本心を見抜いたのは愛宕だった。

 ――が、

「いちいち口に出して言うな!」

 船頭をしていた愛宕を船から蹴落とし、ちらりと九峪を伺う。

 脳天気に笑っているこの男は、やっぱり何もわかっちゃいないのだろう。













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【2007/11/11 22:33】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
深川偽伝04


「戦う事、それが運命」

 そいつは、澄まし顔であいつの未来を口にした。

「そして、無為に死ぬ」

 それは予言と言えるほど大層なものではなく、私にすら予測可能な事実。
 九峪の力は戦い意外に使い道も無かったし、その思想は自己の破滅を必ず招くから。

「それでも、貴方がそれを望まないというのなら」

 ――片時も離れずに、共に生きろ。

 最後の最期でそんな事を口にしたそいつを、結局私は嫌いなまま。

 嫌いなまま、その言葉を守り続けている。



 深川偽伝
 四節 諸事情



『や、やだ深川。なんか変だよ。ボク怖いよ』
『ふふん。こんなに濡らして悪い子だ』
『あ、あ、駄目だよ。おかひくなっひゃう』
『ほらほら、ここはどう? ぴくぴくしちゃって可愛いわね』
『ひゃん、そこ』
『ん? ここがいいの?』
『うん、そこ。そこがいひの。凄く、感じる』
『じゃあもっとせめてあげる』
『あ、や、もうボク、ボク我慢できないよ~っ! らめぇええ!』

「……って言う夢を見たんだ」
 溜まってるのだろうか。まぁ、色々な意味で溜まってるのは確かだが、主だってそれはストレスだ。

 九峪は困ったような顔でこちらを見ている。その話を俺にしてどうしろと言いたそうだ。

「女に恥を掻かせるな、九峪」
 胸ぐらを掴んでぐいっと引き寄せる。どぎまぎして、視線を泳がせる九峪。

「破廉恥な女だと軽蔑するか? でもな、九峪。欲しいんだよお前が」
 そっと目を瞑る。

 徐々に近づいてくる気配があって、唇にあの感触が――






 ――と言うところで目が覚めた。

「……なんて夢を見てるんだ、私は」
 ややこしい。夢の中でまで夢を見て。しかもどっちも内容が内容だし。

 自己嫌悪に陥りながら周りを見る。あの浜で宴会をした後、重然達の拠点の一つ――沖合にある小さな島――に招かれ、さらにそこでも宴会。若干頭が痛いのは二日酔いだろう。

「あ、起きたね深川。もう昼になっちゃうよ」
 ここは愛宕の家、らしい。簡素な掘っ立て小屋で、お世辞にも家とは呼べそうにない。それでも屋根のある場所で寝られるだけ、野宿するよりは多少マシだった。

「九峪はどうした」
「みんなと相撲取ってるよ。九峪って本当強いねー。ボクも簡単に負けちゃった」
「普通の人間に勝てるわけがないだろ。あんな化け物に」
「その言いぐさは酷いと思うな。深川は九峪の事、好きなんじゃないの?」
「好き? 馬鹿を言うな。あんな奴どうでもいい」
「うわぁー」
 愛宕は馬鹿にしているような同情しているような微妙な声を上げる。

「でも、それにしたってなんでそんな酷い事」
「酷くはない。ただの事実だ」
「そんな事言われたら、傷ついちゃうよ?」
「そんなに繊細な奴じゃない。よく知りもしないくせにいらない同情などするな。あの馬鹿について、私が誰より知っている」
「凄い自信だね」
「それも単なる事実だよ」

 くだらないと吐き捨てて、起きあがると外に出た。天気はあまり良くない。風が出ていて波は高いし、暫くすれば雨になるだろう。こんな場所さっさとおさらばしようかと思っていたが、どうやら足止めを喰らいそうだ。

「そんな事より深川。お頭が呼んでるから、ちょっと来てよ」
 後から出てきた愛宕が、そう言って私の手を取る。
「何の話だ?」
「わかんない。お頭が考えている事はいつもよく分からないから。でもきっと良い事だよ」
「……せめて物騒な話でなければいいんだがな」
「深川はどこから来たの?」
「唐突に話が変わるな」
「だって気になるんだもん。ねぇ、どこから?」
「さぁな。おそらくはおそろしく遠い、どこかだ」
「どのくらい?」
「人間では生きてたどり着けないような場所、だろうな」
「じゃあ、深川は人間じゃないって事?」
「少なくとも、普通の人間じゃ無いのだろう」

 この世界に来た方法はまるきり分からないが、私と九峪が選ばれたのだとすれば、その必然は確かにあるような気はする。共に異端であり、異質であった私たちには、やはり異質で異端な事が起こりえる余地があったのだろう。

「じゃあ、やっぱりそうなのかな」
「何がだ?」
「なんでもないよ。言ってみただけ」
「嘘が下手だな」
「嘘じゃないもん」
 心外そうに頬を膨らませた愛宕。わかりやすい奴だ。

 それから適当な話をしながら、どうやって愛宕から秘密を聞き出してやろうかと思っていると、視界の端に相撲を取っている九峪が見えた。相撲、というよりも集団暴行現場のようにも見える。一対一じゃどう足掻いても勝てないから業を煮やしたのか、それとも九峪がかったるいからまとめてかかってこいと言ったのか。おそらくは後者だろう。私はともかく、表面上九峪は人に好かれる質だ。

「おう、来てくれたか。悪いな休んでたところ」
 声は背後から。首だけそちらに向けると、大柄な重然がこっちを見下ろしていた。

「別に構わないが、話とはなんだ? 下らない事なら殺すぞ」
「おっかねーなぁ、嬢ちゃんは。まぁ、別に下らなくはないさ。お互いに必要な話だと思うぜ」

 重然はそう言って直ぐそこにある洞穴を示した。そこはこの連中の住処であり、主要な話し合いを持つ場所でもある。

 重然達の様な海で生きる人間を、海人と言うのだそうだが、この連中は家を持たない。まったく無いわけではないようだが、主だって洞穴などを利用して生活しているのだという。

 文化、どころの話じゃない。文明すらない。原始人も良いところ。ただ、自分たちは持っていなくとも、知識や道具は流通しているようで、その変がアンバランスな感じはある。

 洞穴の中に入ると、重然は割と広い空間の真ん中に腰を下ろし、こちらにも座るように勧めた。私と愛宕は重然の前に並んで腰を下ろす。

「じゃあ、早速話だがな。お前さん方が何処の誰かは知らんし、詮索する気も無いが、狗根国と事を構えたという話を信じて、一つ頼みがある」
「待て。別に私たちは殊更その狗根国とやらと敵対しているわけでも、敵対したいと思っているわけでもないぞ。あれは成り行きだ。誰の味方でもないし、誰の敵でもない」
「そうは言うが、現実問題この九洲で生きて行くなら、陣営は定めねぇと全部を敵に回す事になるぜ」
「九州……」

 ここが、九州? ふぅん、知らぬ世界で知った単語。まぁ、日本語がなぜかしら通じている辺りで、近しい世界である事は予見できてはいたが、それにしても九州。

「……どうやら、今の九洲の情勢もよく分かってないようだから教えておいてやろう。今九洲には大きく分けて二つの勢力がある。一つは狗根国。お前等が喧嘩を売った黒い連中だ。もう一つが元耶麻台国縁の反乱軍。元々は耶麻台国のものだったこの九洲という土地を、狗根国が侵略したのが十五年ほど前。反乱の目はこの十五年絶えることなく、ここ最近一気に勢力を増して現在では狗根国軍と拮抗した戦力を持つまでに至っている。ここまでは良いか?」

「支配国に対する反乱か。良くある話だな」
 それよりも、邪馬台国? あれはどの時代だったか。千数百年前なのは確実だが。では、やはりこれはタイムスリップ?

「反乱軍が勢いづいているのにも理由はある。なんでも耶麻台国の王族が生きていたらしくてな。それを御旗にその勢いは天を衝かんばかり。しかも、それが女だと来ている」
「女だと何か良い事でもあるのか?」
「何言ってやがる。耶麻台国と言えば女王火魅子。当然女子にしかなれないし、それもこの百年絶えてなかった事だ」
「卑弥呼……か」
 しかし百年絶えて? 卑弥呼が世襲? 継承される位?

 歴史認識と違うのは所詮私が知っているのが千年以上先の知識で、裏付けが魏志倭人伝のみであるためか? それとも、この世界の方が間違っている?

「まぁ、前置きはそんなもんでよ。こっからが俺の話だが……」
「待て。その前にいくつか質問に答えて貰おう」
「あん?」
「知らなくては、決める事も出来ないからな」

 おそらくは重然の話、その回答への影響は微塵もないだろうが、それでも聞いておかなくてはならない。これは、多分重要な事だ。些細なようでいて、決定的に。






 重然が原人の割に知識と知性がある奴で助かった。
 情報を聞き出すのは割と簡単だったし、話しぶりからすればそれなりに正確な情報でもあるようだったから。

 こんな原始的な生活をしていて、それだけの情報を持っている事実は少しばかり気にかかったが、知性のある人間が知識を欲するのに理由はいらないという一般論でここは片づけておこう。どのみち掘り下げても私には真相にたどり着けるだけの暇はない。

 話を聞いた上での結論。この世界は単純な過去ではない。平行世界、という認識が多分一番近いのだろう。九洲も火魅子も私の知っているそれとは別物で、しかし限りな近しい。だが、決定的に違うのは、方術や左道、そして五天と呼ばれる異世界の存在。

 要するにファンタジーなのだ。お呼びでない事この上ないが、ここはファンタジーな世界だったのだ。

「…………」
「……おい、話に戻って良いか?」
 黙りこくって考え事をしていた私に、遠慮がちに重然が話しかけてくる。

「……ああ、話の内容はある程度予想できるが一応聞いてやろう」
 その上、結論は既に出ているのだが。

「お前達の腕を見込んで頼みがある。近々狗根国の連中とやり合う事になるんで、手を貸して貰いたい」
「断る」
「即決だな。だが、まぁ話は最後まで聞け。俺たちが叩くのは狗根国の増援部隊だ。狗根国が部隊を船で火向に揚陸させようとしていると、確かな筋からの情報でな。これを撃退したい」
「規模は?」
「そう多くはない。川辺城への人員補給が目的だろうからな。反乱軍が何時まとまった兵で攻め寄せるとも限らない。それを恐れての事だろう」
「お前等も反乱軍、と言う事でいいのか?」
「いや、正確に言えば違うな。だが、加わりたいとは思っている」
 重然はそう言ってにやりと笑った。

「なるほど。高値で売り込むために、手みやげが欲しいと言ったところか」
「察しが良いな。まぁそんなところだ」

 九峪の人とも思えぬ身体能力。
 私の人あらざる特殊能力。

 何をどう考えたところで、それは戦うためのものでしかない。

 もし、本当に運命などと言うものがあって、私たちに力がある事に意味があるのだとすれば、その方向性はあまりにもはっきりとしすぎている。

 ――だから、これはやはり必然で、起こりえるべき事がついに起こってしまったのだと、そう思って。

「はっ」
 口元が歪む。湧き上がるこの感情はなんと表現するべきか。

「冗談じゃないね。何を好きこのんで私達が貴様等の為に命をかけなければならないというのか」
「もっともだな。だが、九峪は乗り気だったぞ」

「あいつは単純で乗せられやすい。困っている人間がいれば助けたくもなる。狗根国とやらの非道を説けば、その子細など詳しく調べもせずに、一も二もなく加勢するだろう。だが、見誤るな。それはお前達九洲の人間の戦いだ。お前達の誰かが死のうが、敗北して更なる弾圧を受けようが、それでも構わないと始めた戦いだ。そんなものにあいつを巻き込まないでくれ。筋違いな上に見苦しい。でかい図体しているくせにやることがせこいんだよ、重然」

「はっはっは、随分と言ってくれるじゃねぇか。怖いのか? 九峪を失う事がそんなによぉ」
「怖いのか、だと。九峪は私の全てだ。私は九峪のためだけに生きている。あいつが幸せになるためになら、ありとあらゆるものを捧げる。身も心も、必要であれば命だろうが」
「だったらあいつのやる事を邪魔するような真似はするなよ。九峪が望んで俺達と戦うと言っているなら、それを邪魔するのは違うだろ」

「九峪が本当に望んでいるなら、どのみち私には止められない。だが、これはそんなものじゃない。これはあいつが本当に望む戦いなんかじゃ無い。根本的なところで勘違いをしているぞ、重然。あの馬鹿は守るために弱者に加勢する事はあっても、勝ち馬に乗るような欲求はない。この戦が勝ち戦で、しかもお前達から仕掛けるというなら、あいつの戦う理由なんて一つもない。そんな戦いに勘違いで向かわせてたまるものか」

 言葉を切り、立ち上がると座っている重然を見下す。

「一つ言っておく。私は誰より九峪を理解し、誰より九峪を想い、誰よりも九峪の事を考えている。その私の行動が、ただの一つでもあいつの意思や望みにそぐわない事などあると思うな。昨日今日会った赤の他人に、私たちの事を何も知りもしない糞共に、そのことで下らない説教を喰らうのは非常に不愉快だ。次は殺すからな」

 踵を返す。昼飯にしようと、軽い運動を終えてこちらに向かってくる九峪の姿が目に入る。

 ――ああ、不愉快だ。

 取りあえず、いつ捕ったのか、巨大なタコを頭に乗せてはしゃいでいる、あの馬鹿に腹いせするとしよう。













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【2007/11/04 21:03】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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