スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
深川偽伝09



 私はあいつ等にとっては所詮後から現れた部外者で、だからそのときの状況がどんな因果から生み出されたものであるか分からない。
 私が知っているのは結末だけ。

 ――人が、一人死んだ。

 それ自体特別な事ではなかったが、死んでしまった状況は確かにいくらか特別ではあったのだと思う。

 少なくとも関わってしまった人間は、あいつにとって特別だった。

 絶対の悲しみを知り、それで崩壊する脆い精神であればむしろ救いがあっただろう。しかし、そうはならなかった。

 強くできているあいつは、精神までも絶対的に強かった。砕けることなく、全てを受け止められるほどに。受け止めてしまうから、受け止められるから、意志はより強固に、揺るぎないものになってしまう。

 或いはその頑なな心は、あいつなりの逃避なのかもしれないけれど。ただ、そういう風に壊れてしまっただけなのかもしれないけれど。

「不本意だけど、後はあなたにお願いする」
 死んでしまう少し前、まるで自らの死を悟っていたように私に零していたことを思い出す。

 責任を感じたわけではない。わけではないが、同じ男に嵌ってしまった女として、そいつの続きをしてやりたくなったと言うのは嘘ではない。

 否。恐らくは、私は狂喜すらしていたのだろう。

 これで私があいつに一番近づけると。誰よりも近くにいられるのだと。

 それが繕わぬ私自身の真実の気持ち。



 深川偽伝
 九節 所在



「ねぇ、伊万里。九峪ってちょっといいよね」
「なんだ突然。また病気か」
「病気って言い方はひっかかるなぁ」

「少しいい男と見ればすぐに惚れるんだから、病気としか言いようがないだろう」
「伊万里が堅すぎるんだよ。私が尻軽みたいにいわないでよー」
「十分軽いと思うが」
「むー。でも、今回は絶対違うんだから」

「どう違うんだ?」
「違うじゃない。ほかの男どもとは何もかも。むしろ同じところを探す方が難しいんじゃない?」
「それはたしかにそうかもしれないが。少なくとも強さという点においては化け物じみている」

「守ってもらっちゃったしね。突然私と狗根国の連中の間に割り込んできたと思ったら、瞬きする間に蹴散らしちゃって。その背中がね、なんかこう、すごい大きくってさ」
「ふぅん」
「心臓に雷でも落とされちゃったみたいに、ずっきゅーんって」
「よく分からないな」
「今回はね、私ちょっと本気だよ? こんな気持ち、今までにないもん」

 上乃はそう言って一人にやける。伊万里はそれをみて呆れたようにため息をついた。

「命を救ってもらったんだ。恩義を感じるのも、確かに特別に思えるのもかまわないとは思うよ。でも上乃。あの人たちを本当に信用していいのかどうか、まだ分からない」
「何、それ? だって私たち命がけで助けてくれたんだよ?」
「普通に考えれば、確かに敵であるはずはないけれど。でも、気になるんだよどうしても。あの目が」
「目?」

 伊万里は顔をしかめ、何かを振りはらうように首を振る。

「ちゃんとした事は分からない。でも、気になってしまうんだ」
「……まさか伊万里も九峪のこと?」
「は? って、違う違う。別に私は九峪さんのことなんか。そりゃたしかに鬼のように強いし、一度手合わせ願いたいとは思うけど、そう言う感情は無いよ」
「本当に?」
 じと目で伊万里を見つめる上乃。

「本当だ。私がおまえに嘘を吐いたことがあったか?」
「結構あると思うけど」
「う、そりゃたまにはあるけど、大事なことはちゃんと正直に伝えるだろう」
「……ま、別に伊万里がそうでもいいけどね。ただ、私これだけは譲らないから」
「だから何を勘違いしてる」
「負けないからね、伊万里」

 上乃はそう宣言して立ち去る。伊万里は疲れ切ったように肩を落とすと、ぼそりと呟いた。

「私が気になったのは、九峪さんじゃないんだけどな」

 伊万里と上乃の住む山人の里に着いていた。三十名という人数が新たに迎え受けられるほど、流石に許容量はない。元々山人の集落というのは、その生活形態からあまり大きな規模にはなり得ず、よほど大きなところでも人口が百を超えることは珍しい。そんな場所に三十名も人が入り込める道理がないのだ。

 三十名の中からこの里に残るものは数名。後は他の里へとまた移動することになる。留まるもの、また動くもの、どこへ動くのか。その辺りの差配はこの里の長老である、趙次郎という男がやっていた。立派な体躯の偉丈夫ではあったが、里一つをとりまとめるだけあって多少の知性も滲ませていた。加えて言うなら、上乃の父にして、伊万里の養父でもある。

「剣の手入れかい。精がでることだね」
 声に驚いたように顔を上げた伊万里。愛用しているのだろう長刀を研ぐ手が、微かに動揺にふるえていた。

「いつからそこに?」
「今し方だが、それがどうかしたのか?」
「いえ。気配を感じなかったものですから」
「ふぅん。何か考え事でもしていたのかい。あなた程の手練れが私ごときの気配に気づかないなどと」

「私など。獣の気配にならば聡いのですが、どうも人の気配を探ることは苦手で。上乃なんかにはよく性格が大雑把だからだって言われるんですけど」
「大雑把なのはむしろ上乃って娘の方だろうが」
「本当に。でも、ある部分では確かに私は上乃より大雑把なんでしょう」

「ある部分とは?」
「さて、ね。ところで何か私に用ですか」
「いくつか、聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
 伊万里は本人は隠したつもりだろうが、明らかに警戒していた。いや、脅えていたと言ってもいいのかもしれない。知らず、研いでいる途中の剣を握りしめている。

 ――さて、一体どうしてこうも警戒されているのか。

 私としては聞きたいと言えばそれが一番聞きたいのだが、個人的な趣味は後にしておこう。時間は有限なのだから、余計なことをしている暇もない。

「つい先だって、この近くで大きな反乱があっただろう? 耶麻台国の王族を担ぎ上げて、近年まれに見る勢力にまで膨れあがったという。結果的に潰されて、私たちが救ってやった奴隷たちもその影響によるところが大きいのだが、それでも誰もが思っていたという。多分、狗根国に対するとすればこれが最後の機会であり、もう二度と次はないだろうと」
「そうですね」
「だから、分からないのだよ私は。多勢の狗根国軍相手にたった二人で切り込む度胸も実力も持ち合わせている輩が、なぜその反乱に加わらなかったのかと。このままでいいと思っていたわけではないんだろう?」

「勿論です。少なくとも、私と上乃は反乱軍に参加するつもりでした。ですが養父がそれを許さなかったのです」
「長老がか」
「私はともかく、上乃は一人娘ですし、その気持ちは分からないでもないのですが」
「無視して参加しようとは?」
「それも考えてはいましたが、もしいけば勘当すると言われてしまっては。せめて、もう少し反乱軍が大きくなれば、養父の考えも変わるだろうから、それまで待とうと」
 しかしその前に反乱軍は蹴散らされた。

「結果としては長老に見る目があったと言うべきかな」
「どうでしょう。自惚れるつもりはありませんが、私たちがそこにいれば、何かできたんじゃないかとも思います」

 伊万里はそのことが心底悔しいようで、私への警戒も忘れてじっと刀を睨み付けている。

「何か、できたか。聞いた話だと狗根国は魔人を用いていたらしい。生憎だが、あれの前ではたかが凄腕の人間など無意味だ」
「――魔人。狗根国はそこまで」
「だから、確かに自惚れだよ。自分さえいればどうにか出来たなどと言うのは」
「でしょうね」
「仮に、王族がまだ生き延びていて、反乱がまた起きたらどうするんだ?」

 聞くまでもない質問だと思ったが、一応聞いておくことにした。

「何をおいても馳せ参じます。遠くで報せを聞くだけというのは、もうごめんですから」
 そう言った伊万里の瞳に、迷いは一切無いように思われた。






 この先どうなるのかなんて、明確には何一つわかりはしなかったが、そんなものは生きている限り当たり前で、むしろ健全なのだと思いこむ。将来が見えない不安を回避したいから、せめてどんな未来であれ、これだけは変わらないというものを一つは持っていたい。
 私にとってそれは九峪であり、九峪のために存在している事だけは、たとえ何があっても疑いようがない。

 ――疑う余地は、無いのだが。

「ねぇ、九峪は深川とどういう関係なの?」
 いけしゃあしゃあとそんな事を聞いている小娘に、グーパン二、三発叩き込みたい気分になってしまったのは、私が狭量だからだろうか?

 ちなみに「なんだろ?」とか困った顔で答えている馬鹿には、その十倍は叩き込んでやりたいのだが。

「恋人同士とか、そういうんじゃ?」
 上目遣いで、恥ずかしそうに聞いている小娘。九峪は一瞬面食らった後、腹を抱えて大爆笑してる。
 ――ああ、やめだ。殴るとかそんな優しいマネは全部無しだ。ありとあらゆる方法で拷問してやる。本気で泣かせてやろう。

「ち、違うの? でも二人っきりでずっと一緒なんでしょう?」
 逆に九峪の反応に上乃の方がとまどっている。九峪は顔に引きつった笑みを浮かべたまま、頬をぽりぽりと掻く。なんて言っていいものか、自分でもよく分からないというように。
 まぁ、せいぜいよく考えて言葉を選ぶことだ。それがおまえの遺言になっても私は責任を取りかねる。九峪に向けて放つべく手のひらに力を集中させながら、今や遅しと九峪の言葉を待つ。

 しかし、九峪はなかなか答えなかった。

「ねぇ、はっきり言ってよ。じゃないと、私も――」
 態度を決めかねると、小娘は言いたいようだった。

 それをみて、九峪はもう一度困ったようにほほえんで、ようやくなんとか見つけた、それらしい言葉を口にした。


 ――あいつは、家族、みたいなもの。

「――――」
「――――」

 沈黙は、私と上乃二人のもの。

 ――好きだとか嫌いだとか、そう言うこと考えなきゃならない奴じゃないさ。

 追い打ちのように、九峪は口を動かした。


「~~~~~っ!!」

 何かを叫びたくなって、必死で堪えた。顔から火が出たかと思うほど、熱くなってしまっている。力を霧散させた両手で頭を抱えて、潰れてしまえとでも言うように力を込める。

 今、自分が感じている感情がなんなのか分からない。落胆なのか、憤りなのか、喜びなのか、悲しみなのか。

「それって、好きってことじゃ無いの?」

 確認するように上乃は聞くが、九峪は首を振る。そんなものじゃないのだと。

 私はきっと九峪にそう言ってもらえたことが嬉しくて、悲しくて、憤ろしい。

 面と向かってあいつは絶対そんな事を言わないから。言えばいいのに、言わないから。

「……そっか。そうなんだ、じゃあいいよね」

 悶える私を余所に、小娘はそう言って九峪に抱きついていた。

「……く、阿呆が」

 文脈を捉えろ。どこをどうすればそこで良くなるんだよ。まったく、九峪もはっきり言ってや……れ……

「ん、はぅ」

 全てが真っ白になった。九峪はふりほどきもせず、上乃を受け入れ、抱き返している。

 なんだ、それは。

 なんなんだ、それは。

 舌を絡めるような濃厚なキスを交わして、そのまま上乃の体を地面に押し倒す。

「――――」

 目の前の光景の意味が分からない。

 私は呆然とただ、目の前で九峪と上乃の包容を見つめていた。













続きを読む
スポンサーサイト

【2007/12/23 23:08】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝08



「九峪の事、どう思う?」
「どう、とは?」
「感想を聞いてみたかったの。貴女、容赦なさそうだから」
「率直に言えば最悪だな」
「最悪?」
「ああ、紛う事なき最悪だ。なんなんだあれは?」
「何って、言われてもね」
「お前以上に知っている奴はいないだろう」
「馬鹿なのは確か」
「それは議論するのもばからしいほどの事実だろう。だが、そう言う事じゃない」

「分かってる。貴女の言いたい事は」
「だったら答えてくれ。あれはなんなんだ?」
「分からないわよ。強いて言えば、化け物なのかな」
「化け物か」
「ある意味で、貴女も同じでしょう。だから、もしかしたら私より、貴女の方が九峪の事が分かるかもと思った」
「一緒にされたくはないな。少なくとも私は人間さ」
「それはどうだろ」
「喧嘩を売っているのか?」
「私が売ったとして、貴女買わないんじゃない?」
「買わないさ。あの化け物を敵に回したくもないしな」
「慎重ね」
「命に関わることだろう。私はお前じゃないんだ」
「私だからってどうだって言うのかしら。九峪は、別に私なんか本当はどうでもいいのよ?」

「かもしれん」
「そこは否定しなさいよ」
「ふん。否定してどうなる。あいつはおそらくはただの一度も私たちを見た事がない。理解する気もないだろう」
「馬鹿だからね」
「それだけというわけでもない」
「その心は?」
「あいつなりの防衛本能だろう。あいつが自我を保つためには、結局不都合な真実には目を瞑るしかない。そう、それ以外に道などあり得ない」
「それは違うと思うよ」

「何処がだ?」
「九峪は目を背けたりしない。背けているのは、いつだって私たち」
「私が目を背けている?」
「みんな一緒よ。現実なんてものは、常に見続けていいものじゃないし、見続けられるものじゃない。そういう風に私たちは出来ていない」
「あいつは、違うと」
「だからかな。見ていて悲しくなっちゃうのは。そんなに辛い思い、自分からすすんでしなくてもって、思ってしまう」
「……」
「だから、私は少しでも九峪を救いたいと思う」



 深川偽伝
 八節 執着



 奴隷護送中の狗根国兵五十名。
 奴隷の逃亡を防止する意味もかねて、その布陣はそれなりにばらついていた。隊列の前後に十五名ずつ。のこりの二十名は五人一組で、隊列の間に入って監視をしている。

 護送という目的上、逃亡阻止に重点を置いたその布陣は、奇襲を全くと言っていいほど考慮していなかったようだ。

 襲撃に入ったどこかの馬鹿は、その点で運が良かった。中程の小隊――と言う区分で狗根国が分けているかはしらないが――五名に不意打ちし、瞬く間に切り捨てた。

 その腕前は見事と言うほか無い。相手は仮にも一国の正規兵。素人相手にならばともかく、訓練を受けている相手をなで切りにするとは、並の使い手ではない。

 同時に、もう一人馬鹿が切り込んでいた。そちらは槍を得物としているようだったが、腕の方は遜色ない。同じように五人を切り捨てると、片端から奴隷達を解放し、同時に次の敵へとかけていく。

 馬鹿二人の策は、中央からそれぞれ両端に向けて敵を制圧していくもののようだ。

「――馬鹿が」

 凄腕ではあるが、所詮二人。不意打ちで五人を切り捨てる事はできても、待ちかまえる相手を一人頭二十人全て倒せるものか。狗根国軍とは二度やり合っている。その実力はよく分かっていた。

「九峪は槍使いの方に行け。長刀使いは私が援護する」

 九峪は頷きもせず私を置いて走り去る。こっちも全力で駆けてはいるが、到底ついて行けない。たかが人の二十人やそこら、九峪であれば問題は無いはずだが――

「――っ」
 少し急ごうとして、足を止める。

 違和感。決定的で致命的な違和感。

 何かが違うと訴える第六感を信じて足を止めた。

 目を凝らす。何か見落としはないか。不自然な点は無いかと。

「それ、か。否、あれだな」
 呟いて、歪んだ笑みを口元に浮かべる。見抜いた自分を褒めたい気分と、今の今まで気づかなかった間抜けさ。見抜いたところで、どうするべきかという逡巡。

 そんなものをほんの刹那だけ思考して、私は"奴隷に向かって"左道を放った。

 舞い上がる人の破片。同時に奴隷達の何名かの、ギラついた殺気がこちらに向けられた。

「たかが護送で二段構えとは恐れ入る」

 違和感の正体。それはあまりにも布陣がお粗末すぎた事。つい先日まで内乱が生じていた土地で、その土地の領民を護送するのにしては、あまりにもお粗末。どんな馬鹿が指揮官であれ、そんな楽観は持たない。

 護送をわざと襲わせ、反乱分子をあぶり出す策。そんなところか。

「手の込んだ事をするが、この程度で――」

 敵が前提より増えた事で、危険は増した。長刀使いと、槍使いの二人は囲まれていて、九峪は……囲いを作る暇を与えず敵を蹂躙している。

 そして私の方へ、わらわらとわき出してきた敵が寄ってくる。

「哀れな奴等だ」

 私がしたのは、ただ指先を向ける事だけ。それだけで、ぱたぱたと人が倒れる。何も、派手に臓物をまき散らすだけが力の使い道ではない。もっと綺麗に、殺そうと思えば出来るのだ。

 周りで味方が次々と倒れ、それを恨みと怒りに変えながら、必死に私を殺そうと走る狗根国兵達。その一人一人から感じる視線に、私は自分の中の暴力的な部分が満たされていくのを感じる。

「くく、はははは、まるでゴミだな! 無駄を悟れ、このゴミ共!」

 おかしくて堪らない。涙が出るほど愉快だ。これほどまでに、人を虫けら扱いするのは楽しかったのかと、今更ながらに気づいた。

「あはは、ははははははははははははっ!」

 大声で笑って、殺して殺して、殺し尽くして、その快楽に溺れていた私は、その時周りが全く見えていなかった。



「――――は」


 ちくりとした痛みが首筋に走り、景色がぐらりと歪んで、四肢から力が抜ける。
 糸の切れた人形のように地面に崩れ落ち、空が見えた。青い空に鳥が一匹飛んでいるのが見える。しかし、今は寝ている場合ではない。早く起きて、残りのゴミを掃除しなくては。

 そう思ったが、体に力は入らなかった。

「ごきげんよう、もう一人の私」
 聞き覚えのある声。青い空を、見慣れた顔が塞いでいた。

「う、あ――」
 口が思うように動かない。呻いただけの私を見て、もう一人の私は嬉しそうにほほえんだ。

「死にはしないはずだが、当分は動けないよ。くく、いい様だな小娘」
「ぐ――」
 年増はそう言って頬を叩く。視界がぐらついたが痛みは感じなかった。毒で、体が痺れているせいだろう。

 ――この状況はまずい。

「お前の左道は大したものだが、他はからっきしだなぁ。熱中しすぎて背中が完全にお留守だったぞ。くく、人殺しはそんなに楽しかったか?」

 年増の周りを、誰かが囲む。いや、囲んでいるのは動く事も出来ない私の周り。視界の範囲に入っているのは、妙な格好をした男達。多分、年増の部下か。

「ああ、楽しいだろうよ、それだけの力があれば。力を思う様使うのは心地いい。これ以上ない快楽だ。自分の力で他人をひれ伏せるのは更に気持ちいい。人一人の人生を終わらせてやるなど、神にでもなったような気分だ。そうだろう?」
 まるで自分の事のように分かるのだと、年増は言う。分かるだろう、自分の事なんだから。

「けれど今は惨めだろう。最高に惨めなはずだ。調子に乗っていた自分が踊らされていただけだと知ったとき、その感情はどうだ? そんなに睨むなよ。分かっている。心地いいほど、憎悪が湧くだろう。自分の馬鹿さ加減を思い知らされて。なぁ、小娘」
 確かにその通りだ。いちいちそう言う事で、お前が私を煽っているのもよく分かる。分かりすぎるほどに。

「くっくっく、では、そろそろお別れ――ぶぼぁっ!」

 視界から、年増が消えた。何かが一緒に横切った気がしたが、別に確認の必要はないだろう。私の動かない体は、おそらくはあの年増の部下に抱えられて、視界が動く。目の前に九峪がいた。

「き、貴様動くな! 動けばこの小娘の命は――」
 人質にされている、らしい。それもまた惨めな立場だが、相手がこの年増で良かった。顔面を蹴り飛ばされて鼻血をだらだら垂れ流している、間抜けな自分で本当に良かった。自分の間が抜けている事に感謝するなんて、思いもしなかったが。

「そうだ。動くなよ」
 九峪はじっとこっちを見つめている。その目に非難の色もないし、心配している様子もない。ただの確認。

 私は、気力を振り絞って口元に笑みを浮かべた。

「殺れ」

 九峪の姿が霞む。一歩目踏み込んだ足が地面を陥没させ、そうなっている気づいたときには、既に目の前にいる。伸びた手が、年増の部下の両目をえぐっている。びくんとけいれんして私を取り落とし、九峪がそれを抱えた。

 次の瞬間には九峪は私を抱えたまま離れていた。

 ――なんだ、やらないのか。

 感じた疑問を視線に込めて九峪を見ると、若干困惑した表情で私を見返す。
 多分、年増があまりに私に似ているので、判断を保留したのだろう。今すぐ私があいつは敵だと言ってしまえば、直ぐにでも殺しにいくだろうが。

 生憎と、今私は口がきけなかった。






「大丈夫ですか?」
 長刀使いと槍使いは無事だった。少なくとも私を心配出来る程度には。むしろ一番の重傷は私だったわけだが、しかしそれも――

「ああ、痺れも大分取れてきた。本調子にはほど遠いが、会話も出来るしな」
 まだあちこちしこりが残っているような感じだが、自分で立って動ける程度には回復したのは、既に日も沈もうとしている頃だった。

 あれから本当の奴隷だったものたち三十名ほどと共に、山中に身を隠した。元が山人達ばかりなので、特に問題らしい問題も無く、寧ろこの上ない順調さで、その場を離れる事が出来た。

 今はあの二人の里へと向かっている途中だ。今日は野宿という事になりそうだが、これだけの大所帯だし特に問題も無いだろう。
「それはよかった。随分遅くなりましたが、お礼を言わせてください。助力ありがとうございます」
「別に私はお前達を助けたいと思ったわけでもないがな」
「それでも、助かりました」
「ふん」

 長刀使いの少女。名は伊万里と言ってかなりの美人だった。歳は少し上のようだが、同年代と言って問題は無いだろう。それだけの若さであの腕前。天性のもの、と言うにしても少し行き過ぎな気がする。まぁ、でたらめな世界なのは今に始まった事ではないので、その辺は納得するしかないのだろうが。

「それから、九峪さんも。上乃が危ないところを救って頂いて」
 もう一人の槍使いは名を上乃と言った。こちらは同い年か少し下の少女だが、強さという点では伊万里とそう違わないだろう。

「ほんと、ありがとう。私一人だったらちょっとやばかったかもしれないよ」
 そんな事を言いながら九峪を見つめる上乃の視線は、なにやら熱いものがある。

 九峪は頭を掻いて照れていたが、私はそれをじと目で見つめる。

「……ふん。やばかったかも知れないじゃないだろう。お前等確実に死んでいたさ」
 馬鹿にしたように言うと、上乃が睨み付けてきた。
「何よ、その言い方。助けてくれたのは感謝するけど、助けて貰わなくたって私一人でどうとでもできたわよ」
「思い上がりも甚だしいな。どうしてそこまで自分の実力を過大評価出来るのか理解に苦しむ」
「むっかぁ! だいたいアンタは助けるも何もただやられて足引っ張ってただけじゃない。九峪が言うならともかくアンタに文句言われたくはないわ」

「情勢が見えていなかったのか? 確かに私はへまをしたし、死んでいたかも知れないが、私が奴等の策を見抜かなければ、気が抜けたところで不意打ちを食らっていたんだぞ? お前等だけなら気づきもしなかっただろうが」
「ふん、確かに気づかなかったけど、別にそれならそれでまた戦えば勝ってたわよ!」
「忠告として言っておいてやるが、戦闘に置いて彼我の戦力を冷静に分析出来ない輩はどれほど強くとも必ず負けるときが来るぞ。特に、お前程度の実力なら殺す方法などいくらでもあるんだからな」
「喧嘩売ってるの?」
「忠告と言っただろう。私は優しいんだよ」

 思い切り侮蔑を浮かべてほほえんでやると、上乃は切れたのか飛びかかってきた。

「上乃! いい加減にしろ」

 一喝。伊万里の放った言葉は、反射的に背筋を伸ばしたくなるような凛とした響きを持っていた。

「深川さんの言うとおりだ。私たちだけじゃどうにもならなかったよ。それは事実だ」
「でも……」
「でもじゃない」
「だって……」
「だっても無し」
「……ぶー」

 上乃はへそを曲げたのかそっぽを向いてしまう。伊万里はやれやれと溜息を吐いた後、こちらに向き直り頭を下げた。

「済みません、失礼な事を言って」
「いや、いい。私もからかいが過ぎた。あんた達の実力が大したものであることに疑いはない。それは私も認めている」
「ありがとうございます」
「だが、それだけにあんな無鉄砲な真似に腹が立ったんだ。義憤で立ち、正義を成そうとするのは結構だが、勝てない勝負を挑むのは自殺と変わらないし、救われるべき彼らにしたところで迷惑なだけだ」

 視線を野営の準備をしている奴隷だった山人達に向ける。伊万里はもっともですと呟いて、恥じ入るようにうつむく。

「――何より、あんなつまらない場所で死なせるには惜しすぎる」

「え?」
 言葉の意味を計りかねて、小首を傾げた少女。少女と言っても、割に背も高くスタイルも抜群な伊万里は、既に大人の女として完成しているように見える。
 長い黒髪も、きつめの目も、白い肌も、赤い唇も、全てにおいて美しい。

 これだけの素材にして、更に剣の腕まで超一流と来ている。

 そんなものを、失ってたまるものか。

「あの、深川さん?」

 熱の籠もった私の視線に、さらに戸惑いを深める伊万里。その表情も、堪らない。


 ――実に不謹慎で、今現在私の考えている思惑とは相反するところが多々あるのだが、それでも正直なところ、私はこの娘を泣かせてみたいと本気で思ってしまっていた。













続きを読む
【2007/12/16 21:00】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝07



 私は無知だった。
 そのくせ全てを知ったような目で周りを見下して、上手く行かない何もかもを自分以外の責任と決めつけていた。

 尊大で自信家で自意識過剰で誇大妄想癖があっただけなのだと、それすら気づかないほどの愚かさ。

 あいつは逆に、上手く行かない何もかもを自分のせいにして、他人から見れば成功の部類に入る様な事まで失敗と断じ、ありもしない最善を求めていた。

 自分の愚かしさに気づいたのは、別にあいつのそんな姿を見た事ばかりが理由ではないけれど、出会わなければ気づきもしなかったのは事実だろう。
 あいつのおかげで私は少しだけ変わって、しかし私はあいつになんの影響も及ぼせなかった。

 それまでの私は喜劇を演じるただの道化でしかなかく、あいつはこれからもたどり着けない理想だけを追い求める、悲劇の主人公であり続ける。

 私があいつに執着し始めた理由は、きっとそのことが気に入らなかったから。ただ、それだけなのかも知れない。



 深川偽伝
 七節 決意



 また、二人きりになった。

 意識の戻らない九峪と、確実にあるであろうもう一人の私の再来襲。出来る事なら一刻も早くこの場を離れ、星華探しに戻りたかった亜衣と、九峪を見捨てていく事などそもそも選択肢の中にない私。愛宕は最後まで迷っていたようだったが、愛宕の目的自体は亜衣と同じだった。

 別れは必然で、そのことに特に感慨はない。

 ただ、早く九峪が目を覚まさないかと、その顔をじっと見つめながら思うだけ。元々、私自身はコイツさえいれば他には何もいらないのだから。

「全くいつまで寝ているつもりなんだろうな、コイツは」

 驚いた事に、九峪に目立った外傷は無かった。見たところ骨にも内臓にも異常はなさそう。あれだけの一撃を食らって、文字通りかすり傷しか負っていない。まるで何かに守られていたかの様に。

 それなのに、意識が戻らないのは寝坊なのか、それとも頭でも打ってしまったのか。確率は後者が圧倒的に高いのだが、私はただ寝坊しているだけと疑ってもいない。

 疑いたくないだけ、かも知れないけれど。

 寝顔が安らかだから、悪い想像が出来ないせいでもある。

 それでも叩き起こす事をしないのは、色々と考え事をしていたかったから。
 私の事。
 九峪の事。
 これからの、事。

 もの思いに耽るのは現実逃避でしかないだろうが、ずっと現実ばかり見続けるのは、それはそれで疲れるのだ。

「ああ、そうだ。こんなロクデナシに付き合っているから、疲れるんだ。気苦労は絶えないし、報われないし、落ち着く暇なんてありゃしない。少しは気遣って欲しいものだよ。私はこんなにも――」
 こんなにもお前の為に尽くしているというのに。

 それでもお前は私の事を、きちんと見る事が出来ないのだろうか。

「なぁ、九峪。全ては私が好きでやってる事だから、別にお前が何も思わなくともそれはそれで自由だけど。それでも、私はお前と違うから。悔しいけれど別の生き物だから。だから、疲れるんだぞ」

 頭を抱えるように抱きながら、嫌みを言ってみても変化はない。

「少しくらい褒美を貰ったって、別に構わないよな」

 覆い被さるように頭を下げて、九峪の唇に唇を重ねる。触れた瞬間しびれるような感触が体中を駆けめぐり、脳がとろける。

 ただ、この程度の触れ合いだけで、こんなにも刺激が強い。少しだけ離して、もう一度、今度は少し強く口付ける。柔らかい感触。それはまるで毒のように全身に巡った。

「ほぅ」

 吐息を吐きながら顔を上げる。分けもなく涙ぐんでしまった、私のぼやけた視界に、こちらを凝視する九峪の瞳が映っていた。

「――っ」

 言葉にならない。九峪は目を丸くして私の事を見上げていて、その表情が一層恥ずかしさを助長する。

「お、起きたのか。い、今のは違うぞ。別になんでもない。ただお前がいつまで経っても起きないから、気付けにだな」
 どんな言い訳だと自分で感じながら、そんな訳の分からない弁明をしていると、九峪はぽつりと呟いた。

 ――なら、もう一度してくれ、と。

「ば、起きたならもう必要ないだろ! ええい、いつまで寝転がっている。さっさとどけ馬鹿!」

 膝枕していた九峪の事を放り投げ、あわただしく立ち上がる。ほてった頬をさまそうとぺちぺちと両手で叩き、それから向き直ると既にしっかりと立ち上がった九峪がいた。

「……体は大丈夫か?」
 九峪は一つ頷く。

「ならいいな。行くぞ。ここにいつまでもいるとまた敵が来る」
 九峪はもう一つ頷いて、それから辺りをきょろきょろと見回した。

「愛宕と亜衣なら先に行った。お前がいつまでも寝てたからな。後を追いたいところだが今からではもう無理だろう。とにかく今はこの場にいる事が一番拙い。行くぞ」
 アテはないが、もうこの場にはいたくない。いたたまれない空気を振り払うように、私は九峪に先立って歩き始めた。






 驚きは前ほど無くなっていたが、嫌悪感は前より酷くなった。

 山間部に集落を見つけるたび、そんな事を繰り返していた。

 虐殺の跡。反乱への粛正にしても酷すぎる。民を根絶してしまえば統治する事も出来なくなり、戦争の意味自体が消失すると言うのに。

 狗根国は狂っているらしい。

 それとも、これが本来の戦争の姿で、たまたま酷いところだけを見せられているのだろうか。

 分からない。分からないが、九峪でなくともこれでは狗根国に反目したくなる。看過されるのは性分じゃないが、どうにかしなくてはならないのだという事は、私にすら感じられた。

 右も左も分からない山中で、死体を埋めるのが仕事のような数日を過ごし、ようやく開けた場所に出たとき、少しだけ私は自分の認識が間違っていた事を知る。

 たまたま見つけた狗根国軍。その目的は護送。連れられているのは数十人はいる枷を嵌められた人々。

 奴隷。

 つまり、あれは虐殺ではなく資材調達だったのだろう。抵抗するもの、奴隷として使えないものは殺し、生活の基盤を目の前で焼き払い、生きる希望を消し去った、その結果。

 生産性という点に置いて、国に直接利益をもたらさない山人を選出した点などを考えても、一応考えてはいるようだ。

 それが正常であるかどうかは知らないが、論理的な行為である事は確かだ。

 私の嫌悪感は半分になったが、九峪は論理的なだけに倍増したようでもあった。

 奴隷として連れて行かれる人々を、今にも助けに駆け出しそう。私はそれをさせないために、後ろから羽交い締めにするように抱きついている。
 狗根国兵は五十人ほど。魔人はいないようだし、私と九峪であれば駆逐する事は可能かも知れないが、正面からと言うのは少々頭が悪い。

「落ち着け馬鹿。暴れるのは簡単だし、奴等を倒すのもまぁいい。だが、お前は責任を取る気がないだろう」

 私の言葉に九峪は首をひねる。

「……ふぅ。まぁ、別にお前の行為が変わるとは思っていないし、言うだけ無意味だというのも知っているが、あらかじめ教えておこうと思ってな。奴隷として連れて行かれているあの山人共は、残らず家もなく、備蓄していたであろう食料品もない。これはわかるな。なら、ここで私とお前で救い出したとして、その後はどうする? 今のところは不遇ではあろうが、狗根国も人材として必要だから命の心配だけはない。死なない程度に――或いは死んでも構わない程度かは分からないが、とにかく飯もくれるだろう。だが、私たちは助けても放り出す以外にない。アフターケアも出来ないのに助けたところで、ありがた迷惑にしかならんぞ」

 実際はどうだろう。山人なのだから、取りあえず獲物を捕る術は知っているだろうし、何とか糊口を凌ぐ事くらいは出来るのかも知れない。しかし、それでも狩猟での生活は農業に比して不安定なのは確かだ。たまたま獲物が捕れなければ、それだけで餓死する。どの辺りまで面倒を見るのか、その線引きを考えずにただ助けるのは、見ようによっては殺すのと大差がない。

「線を引くのはお前だ九峪。どうでもいいから助けたい。いいだろう。別に私は止めないさ。個人的には狗根国にはイライラさせられてるからな。連中に嫌がらせが出来るなら私は喜んで手伝う。だが、お前はそれで納得するのか? あいつ等を救いたいというなら、ここは戦場じゃないだろう」

 九峪は私を後ろから抱きつけたまま、黙ってその言葉を聞いていた。馬鹿だ馬鹿だと言っても、私の言っている事が理解出来ないわけじゃないだろう。

「さぁどうする? ん、なんだその目は。捨てられそうな子犬の目で私を見るな、鬱陶しい」

 九峪を解放して、溜息を一つ。要するに、だったらどうすればいいと、コイツは聞いているのか。少しは自分で考えろと言いたいところだが、考えるのは私がやると宣言した事もあった事だし。

「極論すれば、絶対的な救いなどお前が何をやったところで訪れない。不幸は何処にでもあるし、一時の幸福がそのまま更なる不幸に繋がる事だって珍しい事じゃない。だがまぁ、今この状況で考えるなら、要するにあいつ等を奴隷という哀れな運命から解放したいんだろう? なら、なぜあいつ等が奴隷にならなければならないか、その根底を考えろ。そう狗根国がこの九洲の地を統治しているから。例えばここで、私たちが何らかの方法で衣食住の保証をしてやった上で助けたところで、狗根国はもう一度兵を差し向けるだけだろう。ならばどうするか。単純な事だ。狗根国に支配されない、狗根国の勢力が及ばない場所を用意してやればいい。二度と人狩りなど出来ないように、あいつ等が踏み込めない場所になればいい。無論今の九洲にそんな場所はないから、やるというなら狗根国を追い出す事から始めるべきだ」

 説明が長いと、九峪が不満を漏らす。どうやら馬鹿すぎて話について行けないらしい。かみ砕いて説明しているつもりだったが、要点を言わなければ駄目か。

「やるべき事は、星華や亜衣がやっていたのと同じ事だ。狗根国に喧嘩を売り、代わりにこの地を統治する。兵を募り、軍を編成し、官を育て、法を制定し、王を頂き、国を建立する。そこまでやらなければ、救えないだろうさ」

 九峪が妥協しないというなら、あくまで自分を貫くというなら、そこまでしなくてはならない。いや、そこまでしても、本当はどうにもならないのだが。

 それでも九峪は、それをやるだけだと、迷いもなく言い切ってしまう馬鹿だ。ただの高校生二人が、国を一つ興してみせるなど、それには奇跡は幾つ必要だと言うのだろう。十か、百か、それとも千を超えるのか。

「……わかった。やるというならまぁ、付き合うさ。だが、一つだけ聞いておく。やる事は人殺しだ。戦争だ。ロクな事じゃない。誰かの幸せのために、誰かを殺すという点に置いて、それは狗根国のやっている事と何も変わらない。それでもお前は出来るのか?」

 九峪は黙って私の事を見つめる。

 その瞳に映るのは絶対なる意思。ああ、やっぱり無駄だった。自分の判断の矛盾に、気づいていないわけでもないだろうに、それでもそうするより他にないのだから、私の質問はただの嫌がらせにしかならない。良心の呵責を煽って、苦しめるだけの行為。

 九峪は知っているんだ。馬鹿なりに分かってる。

 分かっていて、どうにもならないのだ。

「すまない。失言だった」

 いや、と九峪は一言だけ口にして、切なそうな横顔を見せた。

 こいつにこんな顔をさせたくなくて、私は一緒にいるというのに、なんて事を言ってしまったのか。

 悔恨で自分を殺したくなる。ギリリと歯がみして、奴隷達を見下ろす。

 ふと、視界の端を何かが横切って、護衛の狗根国兵へ突っ込んで行った。

 喚声が上がる。

「全く、馬鹿は九峪だけじゃなかったか」

 忌々しいと舌打ちして、九峪に目配せする。


 否応なく、戦いは始まっていた。













続きを読む
【2007/12/02 22:37】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。