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深川偽伝12



 あいつはまるで愚痴のようにいつも繰り返していた。
 いつもいつも、意味の分からないことを繰り返していた。

 嫌だ嫌だと譫言のように。

 そんな愚痴を言うのも私だけだと、至極迷惑なことすら言われた。

「運命って、変えられないよね」

 結局何が言いたいのか私にはまったく持って分からない。分からないから適当に答えた。

「変えられるようなものは運命とは言わないだろ。だが生憎とそんな悲嘆を持てるのは運命を知る事が出来る輩だけだ。人様が知ることの出来る運命など所詮想定の範囲を逸脱するものじゃないよ」

「そうね。確かに、方法ならある」

 それきり黙り込んだそのとき、既に決意は固まっていたのだろうか。

 あいつがどんな運命を知っていたのか、どんな運命を呪っていたのか、私は知らない。

 結果として、その運命から解放されたのかどうかも。



 深川偽伝
 十二節 敗者の生き様



 九峪と魔人の戦いは長引きそうだった。簡単に決着はつきそうにない。魔人の攻撃は九峪にかすりもしないし、九峪の攻撃は魔人にかすり傷しか与えられない。加勢をすれば倒すことは容易だろうが、それでは九峪の矜持に傷が付く。最大の敵が去った今、確実に負けるという状況でも無ければ、やはり手出しは控えるべきだろう。

 せめて横やりが入らぬようにと周囲を警戒する。僅かに残っていた狗根国兵も、蛇渇と深川がいなくなったことで逃げ出し、周囲には誰もいない。

 ――誰も、いない?

 年増に翻弄されたり、予想だにしていなかった敵が出現したりですっかり忘却していたが、この里の連中は何処に行ったのだろうか。事前に気付いたとは言え、里のもの全員が逃げ出す時間があったとは思えない。何人かは燃えている家の中で死んでいるとして、気付いて抜け出し、狗根国兵や魔人にやられたものの死体が一つもないのはどういう事だろう。

 いくらなんでも、全ての民が逃げ出せていたとは思えない。全員で神隠しにあったでもあるまいし……。

 そんな疑問を抱いていると、唐突に長老の、つまりは趙次郎の家が爆発四散した。一瞬の閃光の後爆風が駆け抜け、顔を庇うように上げた腕を下げたときには、見事に家だったものがなくなっていた。

 そして、その瓦礫の中を悠然と歩いてくる女が一人。とても不機嫌そうだ。とてつもなく不機嫌そうだった。

 唐突な出来事に九峪と魔人が固まってしまっている。女はそんな一人と二匹を無視したまま、こちらに大股で歩み寄り、噛み付きそうな剣幕で怒鳴った。

「この里の長は何処へ行った!!」

 ご立腹の理由はどうやら趙次郎らしい……が、状況がよく分からない。

「知るか」
「匿うと容赦しませんわよ。あの男、よりにもよって、この私を売ろうとしやがりました!」
「まて、言葉遣いがおかしい。取りあえず落ち着いて顔でも洗って出直してこい。煤で真っ黒だぞ」
「落ち着いてます。落ち着きすぎて怖いくらいだわ。ええ、今の私なら冷静にあの男を縊り殺せるでしょう。くく、亜衣が止めるくらいのえぐい拷問にかけてやるわ」
「趙次郎がお前を狗根国に売って、この里の連中を見逃してもらったと言うことか?」
 怒り心頭の女、星華は引きつった笑みを浮かべながら頷いた。

「九洲の民として恥ずべき事だわ。長くこの地を安んじてきた耶麻台王族への最大の不敬。一族郎党皆殺しが当然です」
「だから落ち着け」
「落ち着いていると言ってるでしょう。貴方の方こそ全裸でそんなことを言っていて恥ずかしくないんですか。知らないんだったら知るべきです。だからこの言葉を貴方に贈るわね。人として恥を知れコノヤロウ」
 言ってることがめちゃくちゃだ。怒りが脳をいい感じに駄目にしているらしい。少しむかついたが、星華のあまりのだめっぷりにこちらの毒気が抜かれてしまう。

「好きで裸でいるとでも思うのか?」
「あら、違いましたの? まぁどうでもいいです。見るからに痴女なあなたの乱行など見るに堪えないですがそれだけに見なかったことにしてもいいです。そんなことはどうでもいいですから、さっさとあのクソ野郎の居場所をゲロしなさい」
「だから知るかと言っているだろう。こっちも立て込んでるんだ。捜し物は自分で探せこのクソアマ」

「ふん、知らないんじゃ仕方ないわねぇ」
「って、本当に一人で行く気か? まだこの周囲は狗根国残党が潜んでいる可能性がある。死にたくなければ離れるな」
「ず、随分と気を遣った台詞を吐くのね。貴方服を脱ぐと優しくなったりするの?」
「素で質問するな阿呆」
 ちなみに脱ぐと凄いのは今更言うまでもないだろう。優しくなるかどうかは知らないが。

「……ふぅ。わかりました。ではさっさと終わらせて……って魔人!」
 ようやく状況が見えてきたのか、魔人に驚く星華。……こいつ、馬鹿なのだろうか?

「ま、魔人って流石に私一人じゃ。あら、貴方怪我してるし……、何かあったの?」
「取りあえず黙ってろ」
 ……疑問系は必要ないようだな。

 ――こいつ、本物の馬鹿だ。






 闖入者のせいで水を差されたが、九峪と魔人達の戦いはすぐに再開された。星華は魔人二匹を相手に互角に渡り合う九峪に、単純に驚き感心していた。憧憬の念すら抱いていただろう。

 自らにその力があれば、少なくとも反乱軍が壊滅することは無かった。そう思ってしまっているのかも知れない。

 戦いは紙一重の攻防が続いてはいたが、九峪の動きに安定感がある。前回は身を切るほどの緊張を味わっていたが、今回は安心して見ていられた。九峪の背中に余裕すら感じられたかも知れない。それでも決定打を欠き、いつまでも戦いを終わらせられないのも事実だ。

「いい加減時間切れだな」

 待っているのも飽きてきた。九峪の戦いを邪魔はしたくなかったが、これ以上長引かせて余計な邪魔が入る方が困る。無いとは思うが年増や骸骨が増援を引き連れて戻ってくれば、魔人の相手などしていられない。

 そう思って、一歩だけ前に出た。

 ――来るな。

 一瞬だけ九峪がこちらを向いて、視線でそう告げた。
 そして、背中で語る。

 ――もう終わらせる。

 二体の魔人。破壊槌のようは一撃が同時に九峪に直撃した。
 また吹き飛ばされる。今度は駄目かも知れない。一瞬そんなことが頭の中を駆けめぐったが、結果は全くの真逆だった。

 九峪を攻撃したはずの二体の魔人が、見えない壁にはじき飛ばされたかのように吹き飛んだ。

「――何をしたの?」
 星華も目を丸くしている。あり得ないものを見たのだ。気持ちは分かる。

「合気、だろう。多分」
「合気?」
「簡単に言えば相手の力を利用して、そのまま相手に返してやる技だ」
「そんな事が」
「あんなもの相手にやろうっていう発想が、そもそも馬鹿だな」

 タイミングを計り損なえば挽肉になる。だが、それも完全にものにしたのだろう。紙一重の戦闘も、そもそもそのタイミングを知るため。

 魔人は二匹ともまた起きあがってきたが、もはや勝敗は見えている。事実、九峪は一分と待たずに、魔人二匹を殺して見せた。






「この馬鹿親父! 殺してやる! 殺してやる!」
「馬鹿娘が! 誰のためにやっていると思っている」

 馬鹿二人の声が夜の森に響いている。一方は上乃。もう一方は趙次郎。
 親子喧嘩にしては物騒なことに、剣を抜いて斬り合っている。上乃の事を趙次郎があしらっているというのが正確な見方かも知れないが。

「誰のためよ! まさか私の為だなんて言うんじゃないでしょうね! 冗談じゃない、私は人を売って生きていけるほど恥知らずじゃないんだよ!」
「お前だけなものか。この里のものを守る義務が儂にはあるのだ。それがなぜわからん!」
「祖国を裏切ってまで守るべきものって何よ。あんたがしたことがどういうことだか、本当に分かってるの?!」

 上乃の剣に鋭さはない。実の父親に向けられるものだからなのか、心があまりにざわついていているせいか。

「もう滅んでしまった国に尽くして何になると言うのだ! 現実を見ろこの馬鹿娘。救ってくれも守ってくれもしない、無くなった国に忠義立てたところで、ただ死んでいくだけだ!」
「そんなこと! 耶麻台国は滅んでなんかいない。星華様だって生きてるし、私みたいに、みんながまだ滅んだなんて認めてないんだから!」

 趙次郎の剣は逆に落ち着いていた。切り返す意志があるなら、すぐさま上乃のことを切り捨てられるだろう。

「なのに! ここで星華様を売ったりしたら、全てなくなっちゃうじゃない! この馬鹿親父!」
「無くなってしまえばいいのだ! 中途半端な幻想などがあるから、お前のように皆が惑う。もはや戻らぬ国など思って、死んでいくなど見るに堪えん」
「そんなもの! ただ狗根国に食いつぶされて死ぬより、何倍もマシだって言ってるのよ!」

 一際甲高い金属音が響いた。

 上乃の剣が趙次郎の剣にはじき飛ばされ、くるくると宙を舞って地面に落ちる。
 上乃は悔しそうに父親を睨め付ける。父親を相手に、まるで親の敵でも見るように。

「――殺せよ、馬鹿親父」
「聞き分けろ、上乃。今は分からずとも、いずれお前も儂に感謝するのだ。父の判断は間違っていなかったとな」
「そんな日が来るわけ無い」
「人の心は変わるものだ」

 趙次郎はそう言って、剣を納めた。

「人の心は変わるもの――、それは養父上自身のことでしょう」
 二人の戦いを見ていた伊万里が、寂しげに口を開いた。

「伊万里。お前もか」
「養父上と戦うつもりはありません。その考えを否定するつもりも」
「伊万里?」
「ですが、私や上乃の事も理解して欲しい。逃げたいのならば一人でどうぞ。私も上乃ももう大人だ。自分の進むべき道は、自分で選ぶ」

「拾ってやった恩も忘れて、そんな口をきくか」
「私にも譲れぬものはあります。養父上にとって生き抜くことがそうであるように、私と上乃にとって、耶麻台国復興とはそう言うものです」
「……行くというなら、儂が殺す」
「邪魔するというなら、私も退くつもりはありません」

 お互い剣を抜いた。
 決着は一合で。

 剣を落とし、趙次郎が膝をつく。

「伊万里……」
 上乃が不安そうな顔で伊万里を見つめる。伊万里は少しだけつらそうな顔をしたが、すぐにそれも引っ込めた。

「私は行きます。間に合うか分かりませんが、星華様をお救いに」

 趙次郎は打たれた手を押さえながら、忌々しげに伊万里を睨め付ける。

「……こんな事なら、こんな事なら貴様など育てるのでは無かった。貴様がいなければ上乃も妙な考えを持つことも無かっただろうに」
「…………」
「馬鹿親父! 私は私の意志で決めたんだ。伊万里が悪いみたいな言い方は止めろ!」
「違うとでも言うのか!」
「見苦しいよ! 親父、かっこわるすぎる。もう勘当でもなんでも勝手にしろ! 行こう、伊万里」
「ああ」

 立ち去ろうとする二人。趙次郎はその背中に、何か声をかけようとして、遮られた。

「全員、その場を動くな」
 凛とした、女の声。静かに、しかし威圧的に響き渡った。

 凍り付いたように固まる里の住民。その中を、星華は進んでいく。

「あなた達、一体何をしたのか分かっているんでしょうね」
 夜気より冷たい星華の言葉に、全員が震え上がった。趙次郎の独断でとはいえ、結果としてやってしまった裏切りの意味。それが分からないものなどいなかった。罪悪感と後悔が押し寄せ、今にも崩れ落ちそうだ。

「生きて、いただと」
「生憎でしたわね。死んでいなくて」
「……馬鹿な」
 愕然としている趙次郎。星華は片眉をつり上げ、苛立つように宣告した。

「馬鹿はあなたです。この十五年。狗根国を相手に戦い続け、敗戦をくり返しながらも生き延びたこの私が、この程度で死ぬとでも思ったのですか?」
「いや、自慢にならんぞ、それ」
 一応冷静にツッコミ。

「痴女は引っ込んでて下さいますか?」
「喧しい。お前が生きて自慢げに口上述べられるのは誰のおかげだ」
「……九峪さん?」
「あれは私のものだ。つまり私のおかげだ」
「強引じゃありません? まぁいいですけれど、邪魔はしないでください。咎人は断罪されねばならぬのです」
 星華はそう言って、趙次郎を見据える。

「ただ逃げるだけならば、まだ肝要にもなりましょう。手を貸さぬと言うのも得心できる話。しかし、裏切るという行為だけは許せません。私を裏切ると言うことは、この国を裏切るという事です。土着の神を捨て、火魅子への信仰を放棄し、九洲を見捨てると言うことです。そんな輩は狗根国よりも質が悪い。万死に値します」
 何人かが星華の言葉に腰を抜かした。

 耶麻台国王族の言葉とは、それだけの重みがあると言うことだろう。裏切り者の烙印など押されてしまえば、絶望する以外にないくらいに。

「……が、今はいちいち全員の首を落としているほど暇な状況でもない。全てを扇動した長老の首一つで手を打ちましょう」

 星華の視線は上乃へ向かう。

「あなたが討ちなさい。本来ならば一族郎党皆殺しのところですわ」
 上乃は目を見開き、星華と趙次郎を交互に見つめる。

「わ、私が、親父を……」

「それとも、二人とも罪人として死ぬほうがいいかしら? 別に私はどちらでも構わないけれど」
 罪人という言葉に脅されて、上乃は震える手で剣を握る。おぼつかない足取りで、父親の元へとゆっくりと歩みよる。

「……殺れ、上乃」
 趙次郎は座り込むと、自分から首を差し出した。

「で、でも、親父」
「殺らんか! すべての責は儂が負う。お前等に罪など無いのだ」
「……でも、こんなの!」
「殺れぇっ!」

 怒鳴り声に追い立てられるように、上乃は剣を振り上げた。

 両目を堅く瞑って、頭の中が真っ白になったまま。

 しかし、振り下ろした腕が途中で止まる。

「無理、だよぉ。私に親父を殺すだなんて」
「この甘えん坊が!」
 趙次郎は上乃から剣をひったくり、自分の首に突きつける。

「星華様、この不敬の始末、私めの命一つで本当に納めて下さいますか?」
「開祖姫御子に誓って」
「感謝します。それでは、御免」

 両腕に力を込め、剣を持つ腕を引く――はずだったが。

「はぁ、やっぱりか」
 趙次郎はピクリとも動かなくなった剣に困惑する。振り返れば、九峪がその剣先をつまんで押さえていた。

 その瞳に浮かんでいるのは、憤りや後悔がない交ぜになった、何とも言えない感情の渦だった。

「星華。あいつを殺すというなら、九峪と私はお前につきあえないぞ」
「え? な、なんでですの?」
「私はむしろ殺しておくべきだと思うんだが、九峪がなぁ」

 目の前で感動的な親子の絆を見せられて、その上自分で潔く果てようとする趙次郎を見て、動かないわけもなかった。

 趙次郎にしてみれば、いっそ死んだ方が楽だろうに。

「離してくれ。けじめは取らなければならない」

 必要なことだと、趙次郎は言うが、九峪はそんな事理解できない。

「死して責任を取るって言うのか。しかしそれも安易だな」
「生きていていい理由がないだろう。どうあれ、確かに罪は罪だ」
「ふん。罪とも感じていないくせに」
 馬鹿にしたように言ってやる。

「お前はただ娘が可愛くて仕方のないだけの、ただの馬鹿親だ。子離れも出来ないほど見苦しいな」
「――――」
「お前等まとめて命は私が拾ってやろう。だから、一生恩に着ろよ」

 不遜に言い放ち、星華を見る。不満は随分と溜まっているように見えたが、しかしため息を一つついただけだった。













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【2008/01/13 21:52】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝11



 誰よりも何よりも、ただ満たされたくて。
 私の心は永遠に潤うことのない、底に穴の開いた器のよう。
 常に注ぎ続けなければ、すぐさま乾いて、注ぎ続けても決して満たされることはない。

 色々なもので満たしてみようとするけれど、いつも徒労に終わってしまう。

 同時に私は恐れてもいる。

 もし一度でも、心の底から満たされてしまえば、私はもうそれから離れられなくなる。
 知ってしまえば、きっと私は狂ってしまう。
 狂ってしまって、何もかもを台無しにしてしまう。

 だから私は乾いたままでいい。

 乾いたままではいずれ壊れてしまう。それでも、狂ってしまうよりはまだマシだ。



 深川偽伝
 十一節 唯一無二



 月も出ていない深更。真の闇に囲まれて、視界は完全にゼロ。
 むろんそんな中を行動できるわけもないから、夜襲をするとは言っても最低限松明は炊いている。

 元々深い森の中。木々に遮られてよほど近くまで迫らなくては見つかる心配もない。
 見つかるような距離まで近づければ、それで夜襲は成功すると言うことでもある。

 今がまさにそのギリギリ。

 木々の間からちらりちらりと、松明の火が見え隠れしている。距離にして五十メートル無いだろう。

 九峪が五十と言ったその兵数が、一体どれだけアテになるかは知らない。だから考慮にも入れない。
 どのみち私一人で全て相手になど出来ない。こう闇が濃くては、私の術では敵味方巻き込んで殲滅してしまう。

 それはそれで話が早いのだが、今後を考えれば利用できる者は一人でも多く生かしておきたい。
 何より九峪まで巻き込んでしまったら目も当てられない。

 故に、大量虐殺するとすれば今このとき。敵味方入り乱れる前に、極大の一撃を叩き込む。

 ――そのつもりだったんだがな。

 おかしい。あからさまにおかしい。こんなことは初めてだった。

「力が――使えない?」

 元々なにか体系だった論理の裏打ちがあるわけでもない。ただ、感覚的に使えてしまっていた力。この世界に来て、それが左道と言うものなのだと知ったが、それでもそれは言葉を知っただけで、今まで通り何も変わらないはずだ。

 体の奥底、精神の水底よりあふれ出してくる曰く形容しがたいあの感覚が今はない。

「参ったな、これは」
 力が使えない私など、ただの標的でしかない。普通の状態ならばまぁそれなりに動けはするが、今はそれすら叶わないと来ている。

 原因は一体何か。それを探って取り戻しているだけの時間も無い。

「極めつけが、これか」

 小さく舌打ちする。雲間が切れ、わずかばかり刺した月光に巨木の周囲が照らされ、同時にそれまで感じていなかった気配がわき上がる。
 この時代の何処の誰とも似つかない、奇抜な格好をした集団。一目であの女の配下だと知れた。

 恐らくは元々私たちをつけてきていたのだろう。だとすればあの女もどこかでこちらを見ているのか。こいつらを生け贄に、また私に隙を作らせる算段かもしれない。

「……無駄な抵抗は止めろ。生かして捕まえろと、深川様からのご命令だ」
 左道士の一人が唐突に口を開き、降伏勧告を迫った。らしくはない行動に警戒しながら、嘲笑を浮かべて言葉を返す。

「ろくな理由じゃないんだろう。ここで死んだ方がいくらかマシだろうに」

「勘違いするな。お前も左道士ならば、敵にならずとも良いはずだ」
 言葉の意味は理解しかねる。左道士であれば、狗根国につくのが当然だという口ぶりだが。まぁ、今はその真意を計っているときではない。

「いいや敵だね。厳然として敵だ。私が左道士であるかどうかなど問題ではない。くだらない連帯感を押しつけるなよ、気持ち悪い。だいたいあんな女の言うことを大人しく聞いてやるほど、私は度を超えたお人好しじゃあないんだよ」
 巨木から背中を離す。同時に左道士たちは構えた。私が左道を使えないことを知らない以上、捕らえるとなれば殺す気で来るだろう。包囲された状態で同時に攻められれば、たとえ左道が使えようが無事にすむとは思えない。

 ――やれやれ、結局私は力不足だな。

 まぁ、雑魚は雑魚なりにやれることもある。力不足ではあっても役不足ではない。少なくとも私はそう信じている。何も出来そうにない、今このときも。

「いいや、十分役不足さ」
 声は真上から。心を読んだかのようなその声に、反射的に小刀を振るう。しかし、その手を押さえ込まれる。

「隙が多すぎると教えてやっただろうに。学習しない小娘だな」
「貴様の言うことなどまじめに聞くと思うのか? この年増が」
 麻縄をつかんで巨木からぶら下がりながら、年増は愉快そうにこちらを見下している。こっちの手をつかんだままくるりと回転して着地すると、ますますその笑みを深めた。

「――なぜ、左道が使えない。そう考えていたんだろう」
 図星だったが、なぜそれが分かる? 分かっていると言うことは、コイツが何かをしたと言うことか。

「ああ、私の言うことなど聞く気がないんだったな。では教えるだけ無駄か」
「何を、した」
「教えて下さいお願いします深川様と私の足をなめながら懇願したら教えてやらなくも無いぞ」
「誰がそんな真似」
「いいのかそんな態度で? 今のお前はただの小娘。縊り殺すなど造作もない」
「やってみろよ」
「くく、お前、自分が殺されないとでも思っているのか?」

 年増の蹴りが鳩尾にめり込んだ。呼吸が止まる。膝が落ちて、捕まれていた手から小刀も落ちた。

 それで終わりではなかった。年増はつかんでいた私の手、その指を取ると躊躇無くへし折った。

「――――!」
 折られたのは人差し指か。激痛が脳天まで駆け上り、落ちかけた意識が強引に引き戻される。
「誠に申し訳ないのだが、確かに今お前を殺す気は無いよ。楽に殺してやる気なんて更々無い。なぁ、おまえも私なら分かるだろう? 殺して下さいと懇願するようになるまで可愛がってやるからな」

 そう言って、中指も折った。

 痛い。痛くて泣きそうだ。折った上にこの年増はその指をぐりぐりと捻って愉しげに笑っている。もうなにもかもどうでも良くなって、止めてくれと言ってしまいそう。無条件で謝ってしまいそう。何でもするから助けてくれと、無様を晒してしまいそう。

 ――これでも、私は普通の女子高生だからな!

 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、ありったけの殺気を込めて年増を睨み付ける。そんな表情をすればするほど愉しいようで、薬指も追加で折られた。

「くっくっく。悲鳴を上げないのは大したものだ。偉いよ小娘。よしよし」
 馬鹿にしきって、人の頭をなでて。

「しかし、まぁその格好はなんだ? この里の連中に輪姦されたのか? いや、お前がむざむざやられるわけもないから、誘ったのか。私とも思えぬ無様だな。この売女が」
「……ぐ」
 痛みで言い訳も出来ない。年増は折った指三本を鷲づかみにして、私の腕を振っている。

「まぁ、そんなに好きなら後で私の部下たちに可愛がらせてやるさ。そう言う拷問も嫌いじゃない」
 自分でやる方が好みだが、なんて狂った事を言ってまた笑う。

「ああ、そう言えば期待しているかも知れないから今の内に教えておいてやろう。お前の男は来ないぞ。いや、正確に言えば来られない、か。何せ、向こうには私などお呼びもつかないお方が向かっているからな」
 生きて会えるとは思わないことだ、と年増は囁いた。

 その瞬間、唐突な明かりに闇が引き裂かれた。見れば、里が燃えていた。






 傷みに気を逸らされていて気づかなかったが、いつの間にか狗根国軍は里へと侵攻してしまっていた。九峪は五十とその数を見積もった。それ事態は誤りではない。だが、五十の編成が問題だった。

 深川率いる狩人部隊。つまりは左道士が十名ほど。一般の兵士が三十名ほど。そして、それらを統括する、最悪の存在がいた。

「カカカ、なかなか粘るのぅ」
 カチカチと、無機質な音が響く。その男――であるかどうかすら判別できない異形故に生じる笑い声。頭蓋骨に皮を張り付けただけと言った面。全身から発せられる瘴気。魔人二体を従え、悠々と九峪の事をあしらっている、本物の化け物。

「蛇渇様。こちらは首尾良く」
「ご苦労深川。こちらもすぐにカタを付けよう」

 九峪の動きは悪くない。伊万里あたりから借りたのか、剣を構えたまま人の目には霞む速度で動き、魔人二体の攻撃をかいくぐって、蛇渇という異形に斬りかかる。近くを超えた一刀を、しかし異形は避けることすらしない。九峪の剣はまるで霞を斬るが如く、手応えもなく空を切るばかりだった。

 左道も使えない私は無様に荒縄で縛り上げられ、この危機をどうにかしてやることも出来ない。

 逃げろ、と叫びたかった。
 しかし、その言葉は無意味と知っている。逃げ出しはしない。逃げられるわけがない。あいつにとって私がどんな存在であったところで、見捨てるなんて出来るわけがない。

 だから、そんなあいつだから、私はただそのことが気に入らなくて、でもどうにもならないから、せめて少しでも手助けできるようにと。

 初心は大事だ。私のこの気持ちは、決して揺らぐことのないもの。変わることのないもの。ただ一つの、真実。

「なかなか頑張ったが、これで仕舞いとしよう」
 蛇渇はそう言って全身に纏った瘴気を手のひらに収束させた。あれは、体の内に留めておけぬほどの、莫大な力の残滓なのか。

「禍し餓鬼」
 言霊に乗せられ、禍々しい気が放たれる。真正面から突進していた九峪に、避けるすべなど――

 決定的で致命的な瞬間。まるで時が止まったかのように、私には全て見えていた。

 蛇渇の術が、九峪に当たる直前で無効化されるのも、そのまま九峪が蛇渇を斬りつけるのも。

「がぁっ!?」
 困惑混じりの苦鳴。完全に不意をつかれ、食らうはずのない攻撃を食らってしまった。

「蛇渇様!」
 深川が叫ぶ。困惑はこちらも同じ。否、この場にいた全員が同じだった。
 私も例外ではない。

 ――が、それでも誰より早く、刹那の間に冷静になる。だって九峪だし――と言うよく知るものならばこれ以上ない説得力のある言葉を知っているが故に。

 拘束と言っても歩けるように足に枷はない。

 困惑の空気がもたらした、わずか一秒程度の間隙。その間に一歩を踏み出し、気づいた二歩目で間合いの外へ、三歩目で振り切り、蛇渇に渾身の一撃を入れて、そのまま体勢を崩した九峪の元へと飛び込む。

「九峪!」
 九峪はこちらを見向きもしない。ただ、微かに口元に笑みを浮かべて、私を拘束する荒縄を切り落とした。

「って、何服ごと全部切り裂いてるかーっ! 一着しかないんだぞこのぼけ!」
 たとえ着の身着のままぼろ雑巾の様に成り果てたパジャマであっても、例え汗や怪しい分泌液やら血やらが塗り込めれたものとは言え、この世界で衣食住の中で衣は意外と手に入らないものなのだ。

「――と、まぁ怒るのは後にしておくか」
 敵の首魁が傷ついたことで動揺は与えたが、残念ながら畳みかけるほどの戦力は――

「ん、どうした九峪? 何、背中に貼り付いてた?」
 言い訳するように九峪が私に見せたのは、蚯蚓が這ったような字が書かれた札だった。そんなものを持っていた覚えがないから、きっと誰かが悪戯したのだろう。

 この騒ぎが始まる前、私は服を脱いでいて、着たときは無かった。ならばその後に貼られたもので、あの年増の仕業となる。何の目的で?

 該当事項は、一つしか思い浮かばなかった。

「くく、なるほどな、こんな、こんなちんけなもので」
 平時に誰かに教えられたというなら、普通に好奇心に駆られていただろう。だが、今は自分の間抜けさに腹が立つ。そして、その憂さを晴らせるかと思うととても嬉しい。

「――ぐ、小僧。貴様一体何も――」
「引っ込んでろ、このクソ骸骨!」
 意外性にやられた敵が言う、もっともベタな台詞を吐こうとした蛇渇に、景気付けの一撃を見舞う。流石に上手く相殺されたが、それでも傷に堪えるのか、魔人を盾に後ろに下がった。

「あはははは、気持ちぃー。どうした年増! なんか顔色が悪いんじゃないか? さっき威勢がいいこと言ってたよなぁ。もう一度言ってみろよ」
 暗い雷が闇の中を駆けた。深川の部下が残らず消し炭となり、里を焼き払った兵士の半数も巻き添えを食らった。

「あー。そう言えば、お前自身には私の力が効かないんだったか」
 深川だけ、屍の中に立って卑屈に笑っている。
 肉弾戦では勝ち目がない。全くないわけでもないが、分は悪いだろう。

 そういうときの為の役割分担。九峪の方を見れば、九峪は蛇渇の方を――

「――退いたのか」

 魔人二匹を残して蛇渇の姿が消えている。そのことで、少しだけ冷静に戻る。討ち漏らしたという若干の悔しさと、消えてくれたことに安堵していた自分に気づいて。

「あいつは、ここで殺しておくべきだったかもな」
 殺せていたか、なぜか自信がない。単純に左道士としての力を比較しただけで、あまり勝ち目はないと冷静な部分で判断していたからかも知れない。

 同時に、奇跡だろうが偶然だろうが、手傷を負わせることが出来た今このときしか、倒す事は出来なかったのではないかと、思ってしまっている。

「魔人二匹に年増か。まぁ、それだけでお腹一杯だが――、って年増も逃げやがったし」
 背中を見せてダッシュしている年増。九峪に追い掛けさせれば簡単に捕らえられるだろうが、逃げた先でもう一度あの蛇渇がいたら、各個撃破されてしまう。九峪一人でも、私一人でも勝てる気がしない。

「まぁいい、じゃああいつらを……。なんだ九峪?」
 九峪が私の事を守るかのように、一歩前に出る。

「お前、何を」
 考えているのか。それは分かる。分かるが、一度死にそうな目にあっている。ついこの間。逆に私は倒している。ここはどうあれ私が出るべき場面のはずだ。

 だが、九峪はそれをよしとしない。これからもまた魔人が出てくるとすれば、いや、間違いなく何度と無く戦う羽目になるだろう。その時、また負けるようなことがあれば、誰かを失うかも知れない。

 弱い自分を肯定できない。いつか負けて失うというなら、今このとき負けて死した方がまし。そんな、馬鹿以外何者でもない事を考えている。

「――わかった。だが、せめて一匹私にまわせ」
 少しでも負担を減らしてやろうと提案するが、九峪は首を振る。視線の先は私の右手。ひどい有様だ。実は未だ泣きそうなほど痛い。見ればますます痛いので努めて見ないようにしている。

「私が使う左道に、こんなものは関係ないよ」
 それでも、九峪は首を振る。

 ――これ以上、俺の深川を傷つけられたくない。

「は?」
 頭の上の方でボンと音が鳴った気がする。言った本人が照れて顔を赤くしていて、それを見てますますこっちが赤くなる。

 ――俺の。俺の? 俺のって、え、っていうか、その、あれ、あれれ?

 九峪は踵を返すと、空気を読んだのか今の今まで黙ってこっちを見ていた、行儀のいい魔人達に向かって駆けていく。

 九峪の動きはもはや人の域になく、二匹の魔人の波状攻撃を全て避けながら、的確にダメージを与えていく。

 その本来ならば感動を禁じ得ない活躍も、今の私には夢うつつで、ただ状況も無視してゆるむ頬を押さえる事に精一杯だった。













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【2008/01/05 22:52】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝10


 普段はあまり考えないようにしている。
 私にとってあいつは何より必要であっても、あいつにとって私は、必ずしも必要だとは限らないのではないかと。

 献身はあくまで一方的な行為で、明確にあいつから何かを求められた事など、ただの一度すらない。

 私は本当に必要なのか。

 いつか、その答えを聞くときが来るのだろうか。



 深川偽伝
 十節 惑い



 九峪と上乃。二人の逢瀬は、九峪が私に気づいたことで唐突に途切れた。

「……何か用?」
 上乃が小さく舌打ちしながら尋ねてくる。

「何か、用……だと」
「見ての通り取り込み中なの。邪魔だから消えてよ」

 険のある言葉に頭に血が上る。コノコムスメ、コロシテヤロウカ?

「九峪、場所移そう」
 立ち上がった上乃はそう言って九峪に手を差し伸べるが、九峪はこちらをただじっと見たまま、青い顔をして固まっている。

「九峪? そんな人放っておいて……」
「小娘。少し黙っていろ」
「――何よ、捨てられたからって」
「黙らないなら黙らせてやろうか?」

 ああ、自制がききそうに無い。本当に殺してしまうかもしれない。

 危機を悟ったのか、九峪が上乃に行くように促した。上乃は不満そうな顔で一度こちらを睨み付けた後、すごすごと退散していった。

 沈黙が降りる。

 蛇と蛙の睨み合いのように重苦しい雰囲気。

 私は九峪に重圧をかけるために口を開くことを止め、九峪はおそらく言葉が見つからなくて何も言えない。

 沈黙はどれだけ続いただろうか。

 破ったのは第三者だった。

「――あら、確かあなた」

 声の方を振り向くと、どこかで見たような女が立っていた。どこで見たのだったか、しばらく考え込んで、それからため息を吐く。

「なんだ、生きてたのか」
「ぶっ! 勝手に殺さないで下さいますか。私がそう簡単に死ぬものですか。この私が!」
 自信満々に言い放った女に失笑を返す。

「しぶとさだけは一人前か。なるほど使えないなりに指揮官としての一応の適性もあるらしいな」
「ぐ、いちいち失礼な。まぁ今は言い返す言葉もありませんが」
「だったら少し引っ込んでいろ。今は貴様と漫才している暇はない」

 唐突で意外な再会で、少しだけ気が殺がれてしまった。九峪に向き直った私は、いくらか落ち着いていたと思う。






 生きていた星華。今回の目的はどうやら反乱軍再編の為の兵力募集らしい。この辺りの戦力は先の反乱失敗で失い、残存勢力をまとめてみても大した規模にはならない。ある程度まとまった戦力が期待できるのは、まだ反乱に加わっていなかった者達と言うことになる。

 だが、当然の事ながら旗色は非常に悪い。何せ、一度失敗しているのだ。今度こそ成功するはずだと言われていた反乱での失敗。これはあまりにも大きい。傍観に徹しながらも、もしかすればと願いを託していた民たちの期待を、真っ向から裏切ってしまっているのだ。同じ指揮官が再起を図ろうと画策しても、明確な勝機の提示無しには従うものなど出てこない。

 だから人集めは難航しているらしい。それでもその中でこの里を、このタイミングで訪れた星華は、きっと運だけはあるのだろう。

「あなた、さっきから何してますの?」

 星華に趙次郎の場所を教えた後戻ってくるまでの間、私は九峪に腹いせをしていた。九峪は一応自分が悪いと思っているのか、抵抗の無意味を悟ったのがされるがままだった。一度上乃が止めに来たが、にらみ返すと悲鳴を上げて逃げていった。所詮小娘。私の敵ではない。

「裏切り者を粛正してるんだよ。まったくこの下半身独立思考型生物め。言えば、私が幾らでも相手してやるって言うのに」
「? まぁ、よく分かりませんが、それくらいにしておいたら? 死んじゃいますわよ」
「このくらいで死ぬものか。いや、死なせるなどもってのほかだ。くく、地獄に堕ちても安心して責め苦に耐えられるように今から調教してやる」
「う……、それはそれとして、あなた方にも話があったのですけど」
「なんだ?」
 逆さ吊りの九峪の顔面にローキックを入れるのを一端止める。ふぅ、いい汗掻いた。

「亜衣が世話になったと聞きました。あれは私の姉のようなものですから、礼を言わせてもらいます」
「別にいい。借りは後で本人に返してもらうからな」
「そうですか。それともう一つの話なのですが」
「力を貸せと?」

 星華は黙って頷いた。まぁ、そんなところだろう。

「あなたは魔人を倒せるほどの左道の使い手だと。その力を是非お貸し下さい」
「いいよ」
「ああ、そうでしょうとも、そりゃいいなんて言うはずがありませんでしたわね、聞いた私が馬鹿でしたわって、いいのかよっ?!」

 盛大にノリ突っ込み。この姫様。本業はお笑い芸人だろうか?

「誘っておいてなんだその反応は。いやなら別にそれでもいいが」
「……なんか、拍子抜けですわね。もう少しあれやこれや言われるものと覚悟しておりましたのに」
「事情が変わってきたのはこっちも同じと言うことだ。まぁ、それでも条件は付けさせてもらうが」
「可能な範囲でなら聞きましょう」

 九峪に視線を向ける。

「私とコイツは常に一緒だ。何があろうと、どうなろうと。その邪魔だけしなければいい」
「そんなことでいいなら」
 星華は少しだけほっとしたように首肯する。どんな難癖つけられるだろうかと、心配だったのかもしれない。

「やれやれ、これで手ぶらで帰るという最悪の事態だけは避けられそうですね。成果無しだったなんて言ったら亜衣に何を言われるか」
 ぼやくように零した星華の言葉が引っかかる。

「なんだ、この里はやはり協力しないと?」
「仕方がないと言えばそうですけど。私たちが負けたのが悪いのですから」
「ふぅん。しかし伊万里と上乃は協力すると言っていたはずだがな」
「ここの長が、行くならば私を殺してから行けと」
「で、すごすごと帰ってきたのか。くっくっく、おめでたいな」

「な、なんですか。あなたならもっと上手くやるとでも」
「生憎と交渉ごとには向かない性格でな」
「でしょうとも」
「もう行くのか?」
「長が今晩くらい休んで行けと。もうすぐ日も暮れますし。明日日の出と同時に立ちます」
「ならばそれまでにすませておかなければな」

「何をです?」
「色々とけじめだよ」
 首をひねった星華を無視して、九峪のことを見つめる。何とも言えない表情をしている男の顔面に、私はもう一度ローキックを叩き込んだ。






「なぜ、養父上はああも頑なに反乱に反対するのだろう」
 私と九峪に食事を持ってきた伊万里が、零すようにそんなことを言った。
 殆どが竪穴式住居のこの里で、寝床を借りるとしても結局は野宿。里のはずれの巨木の下が、私と九峪の寝床だ。

「可愛い娘を失いたくないんだろう」
 ありきたりな理由を口にしてみたが、伊万里は納得している様子はない。
「養父上も分かっている筈なんだ。このままではジリ貧で、遠からずこの里にだって狗根国の害は及ぶ。奴隷として誰かが連れて行かれるというなら、その時は結局戦いになるだろうに。ならば今ここで奮起した方が」

「そう言ってやったらどうだ?」
「言いました。しかし、聞き入れてはくれません」
「ならば単に臆病なんだろう。自分の命が惜しいだけの俗物と言うことだ」
「そんなことは無いです」
「なら、なぜだと思う?」

 聞き返しても、伊万里は答えられない。

「あまり悩んでも仕方がないだろう。要はお前がどうしたいかだ」
「私は星華様について行きたいと思っています。ですが、出来れば養父にも反対はして欲しくない。快く送り出して欲しい」
「わがままだろう」
「そうでしょうか」
「死地に我が子を快く送り出せる親は、世間一般じゃ鬼畜って言うんだ」

「それでも時が時です」
「あっちの小娘はなんて?」
「上乃ですか? 上乃も黙って出て行くつもりのようです。強引に止めるなら、ぶっ倒しても出て行くって鼻息も荒く息まいてましたよ」
「心が決まっているならそれでいいだろう。お前にとってどちらが大事かと言うだけの話だ」

「……そうですね」
「明日の早朝にここを立つらしい。行くのなら、準備はしておけよ」
「お二人も来るんですよね?」
「成り行きでな」
「それは頼もしい限りです」
 伊万里は嬉しそうに笑って戻っていった。

「そう、何もかもが自分に都合良く動くわけじゃない。特に人は、誰もが思い通りになど動いてくれるわけもない」
 独り言を呟いて、自嘲的に笑う。

「そんなことは分かっているし、誰より知っているのにな。それでも勘違いしていたのか、私も。私が必要としているものが、私を必要としてくれているとは限らないというのに。私の変わりなど、幾らでもいるという可能性に、目をつむってきたのか」

 考えることもおぞましいと、必死で耳を塞いで。

「そんな私を傷つけまいと、お前は無理をしてきたのか? 無理をして、私に付き合ってくれていたのか? 私のごっこ遊びを痛々しく思って」

 目の奥が熱い。喉が渇く。息が苦しくて、めまいがする。

「だとしたら、そんなものはいらない。私が不用ならそう言え。お前の前から消えてやろう。私は、私はただ、お前のもっとも必要とする人でありたいだけなんだから」
 それが叶わぬと言うなら、存在している意味すらない。

「……」
 声にならないつぶやきが聞こえて、九峪が抱きついてきた。微かに体が震えている。

 ――お前の変わりなんて、何処にもいない。

 ――俺には、お前しかいない。

 ――お前だけを、俺は――

 不安にさせてすまないと謝罪して、お願いだからそんなことを言わないでくれと懇願して、絶対に離すものかと両の手に力を込める。

 苦しいほどに抱きしめられて、それでも芽生えた疑念は消えない。

 今はどんな言葉も虚ろに響く。

「抱いてくれ、九峪。今は言葉はいらない――」

 こんなものはそれこそ誤魔化しでしかないと分かっている。

 それでも、今はただ肉欲に溺れていたかった。






 ――甘く見ていた。

 正直なところ、九峪の上乃に対する行為が、色々溜まった末の出来事で、だったら枯れるまで搾り取ってやれば、そんな気の迷いも無くなるんじゃないかと、そう考えた。

 私も満たされることだし一石二鳥。しかしそれは希望的観測でしか無かったようだ。

「や、やりすぎだこの馬鹿」

 足腰が立たない。この絶倫色欲魔め。ずっと行動を共にしていて、これまでそのことに何の考慮もしなかったのは確かに私が悪かったが、それにしてもいつもこれでは私の体が持たない。

 今は九峪の方も大分疲れてぐったりとしてはいるが、しかしそれでももう一回とかおねだりしてきそうではある。

 考えてみれば体力無尽蔵の再生力が単細胞生物並みのこの男ならば、とうぜんそっちの方も尋常ではないのだと思い当たってしかるべきだ。

 ――とはいえ、他の女とやらせるのはシャクだしな。

 どうにかいい方法は無いものかと自問自答していると、九峪が唐突に起きあがった。

 それに驚き、数瞬遅れて私も異常に気づく。

「空気が変わったな」

 これは、戦場の空気。闇から殺気が零れている。夜陰に乗じてやる気か。

「くっ、まったくこんな時に」
 ふらふらな足腰でなんとか立ち上がると、九峪の方に目を向ける。

「おい、九峪。敵がどのくらいいるか分かるか?」
 気配だけから、そんなことが分かるのか疑問だったが、ものは試しと聞いてみる。

 九峪はあっさりと五十ほどと答えた。本当に分かるのか、この男は。

「五十、か。学習能力が無いのか、それとも別働隊か。まぁどっちでもいいか。お前は星華や伊万里に知らせてこい。その間に私は網を張っておく」
 こくりと頷いて、九峪は走っていった。

「はぁ」
 ため息を吐いて、巨木に寄りかかる。汗やら何やらで体はべとついて不快極まりない。気を抜けばすぐに崩れ落ちそうなほど、足腰は参っているし、到底殺し合いをするコンディションではない。

 最悪、死ぬかもしれない。

「ふ、是非もない」
 少なくとも、憂さ晴らしに最適だろう。

 そんな事を考えて、私は笑った。













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【2008/01/01 20:37】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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