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深川偽伝15



 目的の為に手段を選ばないどうしようもない人間と、手段のために目的を選ばない最悪な人間。
 私はそのどちらにもなりうると言われたことがある。

 確かに選り好みをしない性格ではあるし、倫理観の希薄さと欲望に対する素直さには些かの自信がある。

 ――だが、それでも。

 それでも私にも理性と呼べるものはあるし、ポリシーだってプライドだってある。手段を選ぶことは出来るし、手段のために目的を見失うこともない。時々、行きすぎることはあるにせよ。

 だから周囲の私に対する畏れというのは、恐らくは半分以上が虚構であり、勝手に肥大化した私という存在に対するものなのだろう。

 私だって鬼や悪魔ではない。

 変な力を持っているだけで、中身は普通の女の子なのだ。



 深川偽伝
 十五節 親切



 反乱軍の勢力は少しずつではあるが、しかし順調に増えてはいる。大敗後ではあるが、狗根国が大規模な反乱が起きたことに警戒して、締め付けを強化しているのが追い風になっている。粛正を畏れて避難してくるもの。このままではどのみち立ちゆかないという閉塞感から消去法的に立ち上がるもの。狗根国への反感は逆に増しているとすら言える。亜衣は予想済みの結果のようだが、果てさてこの女は一体何処まで読んでいる事やら。正直敵にはあまり回したくない。

「狗根国への反攻作戦ですが、第一攻略目標は当麻の街です。狗根国正規兵二百。九洲兵四百。東火向ではそこそこの規模の街ですから、ここを押さえられれば反乱軍も一気に勢力を盛り返すことが出来るでしょう」
「必要戦力は?」
「八百が目標ですが、状況によっては早めに仕掛けます」
「それはなぜだ?」

「単純に軍を維持する都合です。幾ら反乱軍が兵站に有利な部分が多いとは言っても、ただでさえ狗根国に搾取されている状態で、無尽蔵に物資が補給できるわけではありません。兵員増加と糧秣を天秤にかければ後五日。それが限界点です」
「そこが過ぎれば自壊するってことか」
「そう言うことです」

 なんとも綱渡りな事だと思いながら、状況を説明してくれた蘇羽哉と言う女を見つめる。歳は上だろう。星華よりも少し上くらいに見える。私が一人補佐する人間をよこしてくれと、実質的なパシリを要求したらこいつが来た。まぁ、そこそこ有能ではあると思う。宗像の巫女らしいがあまり清楚というイメージは無い。

「明日には決戦へ向けての評定が開かれると思います。深川さんや九峪さんの配置はそのときにでも決まるんじゃないでしょうか?」
「まぁ何処だっていいけどな」
「……でも、その傷で戦場に出るんですか?」

 蘇羽哉はそう言って私の右手を見る。相変わらず完治には至っていない。まぁ、骨は殆どくっついているとは思うが、完全にとなれば後一週間かそこらはかかるだろう。清瑞の方は軽傷だったのか直りが早いだけなのか、既に包帯などは巻いていない。鍛えてくれと言ってきたのはいいが、あいつはあいつで乱破を育成しなければならないからそれほど暇があるわけでもないし、ここ三日は見ていないが。

「おそらく魔人対策の予備兵力として配置されるだろうからな。まぁ、どのみち左道士である私にこの程度の怪我は関係がないが」
「それでも乱戦になれば」
「私には九峪がいるからな。特に問題はない」
「ああそうでしたね。愚問でした」

 蘇羽哉は納得と頷く。

「ところで一つ頼みがあるんだがな」
「はい、なんでしょう」
「人を呼んできてくれないか」
 私がその名を告げると、蘇羽哉は意外そうな顔をして出て行った。

「怖いこと、するわけじゃないですよね?」
 去り際に一つ念を押すようにそんなことを聞いて。






 緊張した面持ちで目の前に座っている小娘。
 唐突な呼び出しに不信感を抱いているのだろう。客観的に見て仲が悪いというのは共通した認識ではあろうし、主観的にも否定するには及ばない事実。

 何を仕掛けてくるのか、それが不安。
 しかし警戒心を働かせてみたものの、目の前に座る私に敵意がないことが明白。

 故に困惑する。

 私はそれを楽しむように、小娘を見つめる。

「数日中に反乱軍も動くらしい。訓練の方はどうだ?」
「え。いや、別に順調だと思うけど」
「伊万里が部隊長でお前が副隊長だと聞いたが、そんな曖昧な答えでは不安だな」
「私たちは大丈夫だよ。でも、他のところは分からないし。――って、そんな話がしたかったの?」

 益々怪訝そうにこちらを見つめる小娘。困ってる顔はそれなりに愛嬌がある。

「落ち込んでいるかと思ってな。少し心配していた――」
「はぁ?」
 あからさまに馬鹿にしたような顔をする上乃。そんな戯言誰が信じるとでも言いたそうだ。

「確かに勝負には負けたけど、九峪はちょくちょく顔出してくれるし、別に今までと変わった事なんて無いもん。小憎らしいけど、何も変わらないよ。てっきりそのことで文句言われるのかと思ってたんだけど」
「今が平時で、お前が本当にただの小娘なら、私はとっくの昔にお前を殺してる」

 淡々と事実を口にすると、上乃は何故か不敵に笑った。

「ようやく本性出したわね」
「私は裏表が無い人間だ。出すも出さないも無い」
「じゃあ、なんで? いいから殺せばいいじゃない。簡単にやられてなんかやらないけど」
「お前は何のために生きてる、上乃」
「何――、て」

 抽象的な質問に、咄嗟に答えることが出来ない上乃。

「私はあの馬鹿の為に生きてる。否、あの馬鹿のためだけに生きている」

 なぜ、こんな事をこんな小娘に語っているのか。それは同じ男に堕ちてしまった女への、単なる同族意識か。それともただの気の迷いか。

「私は私の事など知ったことではない。あの馬鹿の為に私がどうなろうと構わない。あらゆる事は容認できる、つもりだ」
「そんなに、好きなの?」
「好き、か。そんなくだらない感情であるものか。これは、もっとどろどろとした、或いはざらざらとした、酷く歪でねじ曲がった感情だ。恋だの愛だの馬鹿馬鹿しい。そんな夢見がちなものなど一欠片だって存在していない」

「……素直じゃないのね」
「お前のごとき小娘に理解は求めない。いやそもそも他人に理解できるとも思ってない。だが、それはそういうものだ。だから、私はお前をぶち殺したくても我慢できる」
「意味が分からないんだけど」
「ああそうだろう。お前の頭には何も期待していない」
「自覚はあるけど、正面切ってそうはっきり言われると流石にむかつくんですけど」

「自覚があったのか。それは幸いだな。だったら簡単に要約してやろう。私はお前に利用価値があると思うから殺さない。どうだ? わかりやすいだろう」
「まぁね」
「それとな、九峪に言い寄りたければ好きにすればいい」

「いいの?」
「九峪がお前を選ぶというならそれはそれだ。それがあいつの為になるなら黙って譲ってやるさ」
「……それで、納得できるって言うの?」
 そんな話は信じられない。上乃の瞳はそう語っている。

「……少なくとも、簡単に今の位置を譲るつもりはない」
 譲れる相手が、存在していると思っているわけでもない。

 それでも私は九峪に比べればあまりに脆い人間で、だと言うのにこれからあの馬鹿としか言いようがない頑丈な男の盾にすらなると決めているのだ。

 この小娘に変わりがつとまると思っているわけでは全くない。それでも、いつ何が起こるか分からないのは確かだ。

 動乱の時代。数日後にどんな状況であれ、見切り発車しなければ自壊するしかない、どうしようもない組織。そんなものに加わっている以上、覚悟だけは必要だろうから。

「まぁ、お前なんぞに九峪をやる様な事態になったら、どのみち私たちもおしまいだろうからな。そんな状況ならお前は真っ先に死んでるだろうし無意味な話だが」
「かっちーん。なによ! 結局九峪独占する気満々なんじゃない! だいたい私がただ話してるだけでヤキモチ焼いて九峪に八つ当たりするくらいベタ惚れのくせして、よくもまぁそんな口先だけの嘘がつけるわけね」

「誰がいつ妬いたって……? ふふふ、おもしろい事を言うじゃないか小娘」
「何が小娘よ。歳同じくらいじゃない。まぁ、あんたが老けてるのは確かだけど。ぷぷぷ」
「……やっぱり殺されたいか、お前」
「上等よ! 怪我人相手だからって手を抜くと思ったら大間違いよ。気に入らないならかかってこいっ」

 取りあえず、好いた惚れたの事情は別にして、この小娘を一度凹ませておくことにしよう。






「で、ぼこぼこにされたと。はしゃぐのも結構だけど、実戦に影響は残さないように」
「ふん、無論だ」
「……しかし、少し意外です」
 上乃にボコにされようが容赦なく仕事を持ってくる鬼が、似合いすぎな眼鏡をくいっと上げてほほえむ。

「一応人間関係に気をつかえるのですね」
 いやみったらしい敬語に腹が立つ。何を言わんとしているかは分かるが、そう言う表情を向けられると無性に腹が立つ。

「何を言っているか意味が分からないな」
「九峪さんを譲る気は無いにしろ、あの子を無碍にすれば折角の戦力が減ってしまう。自棄になられて戦場で死なれでもしたら痛手もいいところ。形だけとはいえ恩を売って、反乱軍内で殆ど唯一有効活用できそうな人脈を、軽々に失いたくはないでしょうし」

 腹は立つが、それ以上にその冷徹な思考に冷や汗すら浮かぶ。謀でこの女に勝てる気が全くしない。悔しいことだがそれは事実だろう。

「想像力豊かだな」
「ええ、それが仕事ですから」
 自分の思考を微塵も疑っていない。疑う理由は無いんだろう。それでも、一度失敗しているのも事実。しかし、この女が判断を誤ったとすれば、その要因はどこからもたらされたのだろうか。この女の率いる組織が一度負けているという事実は、とても残酷なことを証明している様な気がする。

「それで、あなたの仕事ですが」
「なんだ? 正直竹簡と睨めっこは好きじゃないんだが」
「それはそれでやって頂かないと困るんですが、今回は別の仕事です」

 亜衣はそう言って眼鏡をもう一度くいっと上げる。視線に茶化すような様子はない。至って真剣だ。

「どうせろくな話じゃないんだろう」
「受ける受け無いを含めてそちらで判断して貰って構いません。これは極々個人的なお願いでもありますから」
「仕事じゃないのか」
「受けて頂けるなら仕事になります」
「で?」

 亜衣は一拍おいて口を開いた。


「妹を、救い出して欲しい」

 淡々とした言葉の裏に隠された切実な想い。
 鉄面皮にあるまじきそんなものが見えた気がして、私は楽しげにほほえんだ。













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【2008/02/17 20:50】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝14


 才能の発露、その瞬間を垣間見た者は一様に言葉を失う。
 幾億人に一人いるかどうか。本来人が到達する事の出来ない神域に立ち入る事を赦されし、選ばれた人間。

 彼女はそんな場所にいる。一人孤独にその頂に立ち、遙か彼方にいる凡人達との差を思う。

 誰も私を理解できないだろう。

 そして、私も永劫彼らを理解できないだろうと。



 深川偽伝
 十四節 手加減



「さぁ、両者調理を初めて既に半刻近くが経過しておりますが、そろそろ料理が出来るのではないでしょうか。随分待たされましたが、ここでもう一度予想をお聞きしたいと思います。どうでしょう星華様」
「どうもこうも、いい加減さっさと終わって欲しいんですけれど。亜衣、こんなことしてて大丈夫なの?」
「うっわぁー。お祭りの最中にそう言う事言うと引いちゃいますよ。支持率落ちちゃいますよ?」
「降着など誰も望んでいないのよ! 祭りだって言うなら少しは私を楽しませなさい」

「うへぇ、そんな事言われても。あ、では次に審査員のお三方にお話をお聞きしたいと思います」
「こら蘇羽哉話をあqwせdrftgyふじこ――」
「えー、聞こえないきこえなーい。衣緒さんどうでしょう?」
「はい。遠目ですが見ている限り上乃さんの方は基本に忠実な丸焼きの様ですね。火加減の調整も上手くやっているように見えますし、期待してもいいのではないでしょうか。深川さんの方は地面に掘った穴の中で焼いているようですけど、正直何がどうなっているのか私にも分かりかねますね。大変楽しみです」

「食べられるものが出てくるかも分からないのに楽しみとか大人の発言をしてくれる辺り、実況としては大変嬉しいです。ありがとう、衣緒さんっ。さて、それでは続いて音羽さんに……って」
「うぅ……、お腹空いたぁ」
「泣きが入ってますね。上乃さんの焼き牡丹の香りがまたいいですからねぇ。正直私もご相伴にあずかりたいのですが……」

「蘇羽哉さん、私が残すとでも思っていますか?」
「はい、愚問でしたね。希望的観測でした。ごめんなさい取らないのでそう殺気だって睨まないで下さい。なんで料理の解説してるだけで四面楚歌なんでしょう? 私何か悪いことしたでしょうか?」
「口が悪いのよあなた」

「星華様、そんなご無体な」
「もうすこし歯に衣着せないと、そのうち消されちゃいますわよ?」
「いえ、反乱軍にそんな陰湿な人はいないと私は確信していますので! ですよね、星華様」
「そうですわね。ただ陰湿にではなく直接的に後悔処刑されるだけの話かもわかりませんけれど」

「えぇー。冗談にしても笑えませんよぉ。やだなぁ、星華様は暗い冗談が好きで」
「九割方まじめな話なんですが、まぁ信じない方が幸せなこともあるかも知れませんわね」

「いやーな事を聞いてしまって若干鬱ですが、そんな些末な問題は置いといて最後に今回の騒動の原因である色男の九峪さんにお言葉を貰いたいと思います。特に深川さんの料理については謎が多いので、本当に料理なのかどうかも含めて解説してただけると助かるんですが…………、え、なんですって? あいつの料理だけは二度と食いたくなかった? これはやはり深川さんの料理はクソまずいんでしょうか。審査員がなんだか気の毒になって参りましたが、お仕事ですので頑張って頂きましょう」

 蘇羽哉が言い終えると同時に、上乃が声を上げた。

「出来たー! 出来た出来た出来たよ!」
 そう言ってイノシシの丸焼きを皿に移すと切り分け始めた。刃物を入れた瞬間表面がぱりっと割れ、柔らかい中の肉から嘘のように肉汁があふれてくる。香草のおかげでほのかに香り付けされた肉は、まるで完成された芸術品のようである。

「おおっと、これは凄い! 本当に美味しそうだぞ上乃選手! 星華様、お言葉を一つ!」
「……ふぅん。まぁ高貴な私が食べても問題なさそうね」
「食べたいならはっきり仰らないと音羽さんに食い尽くされますよ?」
「お黙りなさい蘇羽哉。取りあえず衣緒が毒味をしてからよ」

 衣緒は毒味役と言われて引きつった笑みを浮かべながら、自信満々に皿を差し出した上乃と、皿の中身を交互に見る。
 それから意を決したように、切り分けられた肉を口に運んだ。

「こ、これは……」
 口に一口入れて、それからすぐにもう一切れに箸がのびる。
「美味しい。すごいです、これはただのイノシシの香草焼きじゃない。焼き加減の微妙さや、塩加減の調整もそうですけど、ただのイノシシではこの味は出ない。まさか、これは伝え聞く伝説の……」

「ふふふ、さすが衣緒さん。気付きましたか」
 上乃が得意げに胸を張る。
「私が料理勝負なんて言い出したのも、最高の食材が運良く手に入ったからなのよ。これは山人の中で言い伝えられている伝説のイノシシ。その名も黄金牡丹よ!」
「お、黄金牡丹! なんか凄い名前ですけど、解説よろしいですか衣緒さん」

「私も小耳に挟んだことがあるだけですが、極希に生まれるらしいんです。輝く毛並みを持つイノシシ。その足は通常のイノシシの三倍速く、捕らえることは非常に困難と聞きますが、しかしその肉はこの世のものとは思えぬ美味とされてます」
「なんと、上乃選手! まさか食材までもこだわり抜いた厳選素材。しかも伝説級のものを持ってくるとは! これは勝負あったか! どうでしょうか星華様?」

「ふぉうへ。ほれほほのひょうひははかはか」
「って何ちゃっかり食べてるんですか! しかもお口いっぱい頬張っちゃって、王族のくせに意地汚すぎですよ! 品格はどうしたんですか品格は!」
「ふん。ん、ごっくん。ふぅ。……蘇羽哉、あなただって知ってるでしょう? この十五年、品格など気にしては生きてこれなかったこと」

「はい、それは勿論。ですが、いま言う台詞じゃないですよね? しかも両手に自分の分を確保したまま。片方私にも下さい」
「嫌よ。これだってかろうじて確保したんだから」
「かろうじて?」
「残りはほら」

 そう言って星華が視線を向けた先には、牡丹の丸焼きに群がる連中をなぎ払いながら、高速で肉を口に運ぶ音羽の姿があった。その顔が至福の表情なものだから、絵面的にかなりシュールな事になっている。

「欲しければあなたもあそこに行くのね。無論、命をかけることになるでしょうが」
「……諦めます。ぐす、食べたかったなぁ。さて、しかしこの状況で三番目の審査員、九峪さんは食べることが出来たの……ってあれ?」

 九峪の前には先に上乃が切り分けておいた肉の載った皿がある。しかし、その肉は一口手を付けられただけである。

 九峪の前に立った上乃は、その様子に明らかにショックを受けていた。

「どうして、九峪? おいしく無かったの? 九峪、嫌いな料理だった?」

 九峪は無言でクビを振る。泣きそうな上乃に、申し訳なさそうな九峪。

「なぁに、気にすることはないよ上乃」

「おおっと深川選手も料理が完成したようです。しかし、これはどういう事だ? 皿の上に置かれているのは白い固まりだぁーっ! あれが料理だとでもいうのでしょうか!?」

「深川、そんなものでどうする気?」
「そのちんけなものをさっさと下げな。九峪は知っているからおまえの料理など口にしなかっただけさ。だってそうだろう? これから最高の料理が食えるというのに、そのまえに残飯など口にしたくはない。そんなもので胃の容量を消費するのはもったいないものな」
「……なんですって」

「なんならお前も食べてみればいい。凡人がたどり着けない境地というのを知ることが出来るだろう」

 私はそう言って皿を審査員席の前に置き――この時点で牡丹の丸焼きは既に跡形もなかった――、皿の上の白い物体におもむろに取り出した金槌を振り下ろした。

「おおっ。まるで卵の殻でも破るように、白い壁が割れて行きます、そしてその中には――」
「――鳥? でも塩で包んで焼くなんて。そんな事したら塩見が効き過ぎて食べられたものじゃ」

 外側の塩を全て砕いて取り除き、中から鳥を取り出す。皿にそれをまっぷたつに割ると、中から出てきたのは、何種類かの野菜が含まれたご飯だ。

「これは、なんだかよくわかりませんがおもしろい料理です! 美味しそうな臭いが一気に溢れてここまで漂ってきているが、一体全体味の方はどうなんだーっ!」
 白熱する蘇羽哉の解説。それに誘われるように、衣緒と音羽がご飯を口に持っていく。

「――っ!!」
「ほぁっ!!」

 絶句した衣緒と、訳の分からない奇声を上げた音羽。

「ど、どどどどうなんですか、衣緒さん!」
「……こ、こんな」

 衣緒の頬から涙が零れる。

「泣くほどまずいの? 衣緒?」
 気になるのか星華も問いただす。

「いえ、感極まってしまって」
「あぅあぅ。美味です。非常に、非常識なまでな美味です。犯罪ですこの味は」
 二人とも泣きながら食べるのを止めない。

「……そんな。こんなわけのわかんないもの」
 上乃は色めきだって自分も箸を取ったが、料理を口に運んだ瞬間に停止した。

「上乃。お前はよくやったよ。最高の食材で出来る限りの調理をしたんだろう。だが、相手が悪すぎたな。例えお前が得た食材が百万頭に一匹の幻のイノシシだったとしても、私の腕は数億人に一人の領域だ。例え凡百の食材だけであろうとも、半分腐ったものしかなかったとしても、私が料理でお前に負けることは無い」
「う、うぅ」

「私の勝ちだ」

 崩れ落ちる上乃。私は料理に群がる観衆達をすり抜け、一人その場を後にした。






「少しは手を抜けなかったのかって?」

 夜になって行為の合間。少しの休憩の間に九峪はそんな事を言ってきた。

「料理に嘘は吐きたくない」

 妙なところで素直だと気持ち悪い、なんて九峪は言う。

「ふん。いらない才能さ。料理は嫌いだし、私の料理を受け入れてくれる人間はいない」

 美味しいと食べてくれるのはいいが、人間は慣れてしまう。私の料理に慣れた人間は、舌が肥えすぎてふつうのものでは満足できなくなる。

 それは、この世界では最悪の事だ。何であれ食べられるものは食べなければならない。えり好みの出来ない状況で生きていかなければならないのだ。肥えた舌など不必要の極みである。

「だからか? 審査員が気の毒なんて嘗めた事を言ったのは?」
 九峪の上にのしかかりながら嫌みを言ってやると、九峪は本当のことだろ、と逃げる。

「結局私の料理も一口しか食べなかっただろう。お前」
 それはそれで傷つくんだけどな。しおらしく言うと鼻で笑われた。

「本当に傷つくぞ、この野郎」
 泣き真似をしたところで、九峪の劣情に火がついたらしく、押し倒された。


 ――手など抜けるわけがない。

 こいつを失うかも知れない、その可能性があるというなら、その可能性が目の前にあるなら、それを撃滅することこそ、私の生きる目的なのだから。













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【2008/02/10 22:13】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
深川偽伝13

 雨が降っていた。

 錆びたトタン屋根に当たる雨音が煩い。でも、それ以上に自分の心臓の音が煩かった。

 人も寄りつかない廃屋は、血と臓物の臭いで息苦しい。

 原形を留めない肉片が三人分。それは男だったのか、女だったのか、年寄りだったのか、若者だったのか、もう誰にも分からない。

 乱れた格好でその地獄を見つめながら、私は確かに笑っていた。



 深川偽伝
 十三節 反乱軍



 少しばかり時間が経過した。
 私はこの世界に来てから数週間ぶりにまともな(?)着衣に着替え、反乱軍のアジトとやらでダラダラとしている。

 趙次郎とその里の連中は、現在漏れなく反乱軍の麾下に入り、戦えるものは兵卒として、それ以外のものは雑用としてあくせく働いていた。星華にした事は私と九峪が反乱軍に入る条件で口止めしてある。連中は私と九峪に恩を感じると同時に、汚名返上のため文字通り命をかけて働くだろうし、いざというときに進んで捨て駒になってくれるはずだ。星華とすれば、それなりに便利な駒が手に入ったとでも思っているのかも知れない。

「深川、起きているか」
 天井の染みを数えていると、亜衣が戸口から顔を覗かせた。このアジトに来てからと言うもの、日課のように私のところに顔を出す。ついでに言えば仕事を手伝わされる。

「また寝ているのか」
「そう言うな。ずっと野宿だったからな。天井がある生活が懐かしいんだ」
 戯言を口にすると、亜衣は構わず入ってくる。半裸で寝転がっている私を見下ろしながら鼻を小さく動かし顔をしかめる。

「毎晩お盛んな事だ」
「欲求不満か? なんなら混ぜてやろうか」
 九峪の夜の相手は、日をおかなければなんとか一人でも大丈夫そうだ。だが、それでもあいつはやはり絶倫だ。日が昇って随分経つこんな時間までごろごろしているのも、半分はそれが理由だったりする。

「遠慮しておく。それより今日は評定があると言っておいただろう」
「ああ、そうだったか」
「まだお前達の事をよく知らない者もいる。挨拶くらいはしておけ」
「やれやれ、面倒な事だ」
 起きあがると一つ伸びをして固まった体をほぐす。袖を鼻に持ってくるとアレの臭いが僅かに残っていた。

「まぁいいか」
「……着替えろ」
 亜衣の冷徹な一言に苦笑しながら、仕方なしに服を着替えることにした。






 一度大きな敗北を喫してしまった反乱軍。
 傍目に見てそれはあまりに致命的な敗北だった。僅かに見えた希望の光が潰えたと、多くの民が嘆いたことだろう。狗根国を討つなどやはり不可能だと、恐らくは大半の民が思ってしまった。

 再起を図ろうと躍起になってはいるが、志願兵はそれほど増えないだろうと言うのが亜衣の見解である。

 元々寡兵ではあった。それが益々酷くなるという、おもしろくもない事実を評定で発言して、更に士気を下げる。趙次郎達を追い出せないのも一つはそれが理由にある。一人でも兵は欲しい。このままではまともな戦争すら出来そうになかった。

「しかし、その状況下で尚、勝つ気でいやがるのか」

 評定で主に語るのは軍師の亜衣。反乱軍の実質的な指揮官。その態度に迷いはなく、自らの勝利を微塵も疑っていない。

 視線を巡らせば話を黙って聞いている連中の顔にも悲壮感はない。一度大敗を喫したというのにそのことで落ち込んでいる様子もなかった。まだ勝てると、終わっていないのだと分かっているかのように。そう、信じ込んでいるように。

「……当面は兵が定数に至るまで直接的な行動は自重し、兵の調練が主な仕事となります。狗根国の我ら反乱軍の残党狩りもまだ手は緩んでいませんので、周囲の警戒も怠ること無きように」

 話の締めくくりに、亜衣はこちらに視線を向けた。

「それから、紹介が遅れましたがそこのお二方が新たに反乱軍に加わって頂くことになりました。大半の者は顔を覚えているかと思いますが」

 視線が一斉にこちらを向く。新入りに対して少しは剣呑な感情が向けられるかとも思ったが、どちらかと言えば期待と羨望の色が濃い。

「深川殿と九峪殿です。正式な配置はまだ決まっていませんが反乱軍の今後に大きく関わるお二方ですので、各人それを肝に銘じておくように。では解散」

 亜衣の最後の言葉はなんだか脅しの様でもあったが、それだけ買ってくれているというのは悪い気はしなかった。

 各人堅苦しい評定が終わったと出て行く中で、一人がこちらをじっと見つめている。話があると言いたげな視線だった。こっちは起きてすぐ評定で、早めの昼食でも摂りたいと思っていたのだが、どうやらそれは先送りにしなければならないようだ。

「九峪。お前はどうするんだ? これから。ふぅん、あの小娘どものところにか。何、別に怒らないさ。ナニをしたらどうなるかくらいはちゃんと分かってるんだろう? うん、ならいいさ。適当に鍛えてやればいい。私はどうやら予定が出来たようなんでな」

 私はそう言って立ち上がるとその場を後にした。






 黒髪をポニーテールに。額当てに黒づくめの衣装。先の敗戦で折ったのか、左手を布でつるしている。会うのは二度目になるが、私と話をしたがるとは少し意外だった。

「確か清瑞、だったか」
 部屋まで吐いてきたその乱破は、戸口のところで立ち止まってこちらを見つめている。

「覚えていたのか」
「好みの顔だったからな」
 韜晦するように言って笑うと、清瑞は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「頼みがある」
「……ふぅん。意外なことだな。私に頼みか。自慢じゃないが人から頼み事をされるのは珍しいんだが」
 何故か誰も私に貸しを作りたがらないのだ。まぁ、賢明だとは言えるが、ほぼ初対面で分からないのだろうか?

「私を、鍛えて欲しい」
「…………」

 閉口する。鍛えて欲しい。まぁその欲求は分からないじゃない。つい最近決定的な敗北を喫したわけだから、今反乱軍に残っている者など、大半は自分の力不足を感じていることだろう。だが、私に頼むというのは如何なものか。

「頼む相手を間違っているんじゃないのか? 私は左道士で、お前は術など使えないのだろう? 剣術や体術が習いたいなら九峪に頼むんだな。まぁあいつは素直に教えてくれるかは分からないが」
 あれで九峪は偏屈だから、相手はしてくれるかも知れないが、技なんかは教えてくれないだろう。だいたい女が戦いの場に出ること自体不満だと言うし。

「その九峪から言われたのだ」
「あいつが私に鍛えて貰えと?」
「亜衣さんの仕事の手伝いをしているのは知っている。空いた時間でいいんだ」
「ふぅむ」

 さてどうしたものか。端的に言って面倒なんだが。そもそも自分より肉弾戦に置いては強いだろう女をどう鍛えたものやら。九峪も面倒だからと私に押しつけおってからに。

「まぁいいか。ようは強くなりたいんだろう?」
「そうだ」
「だが、その怪我ではろくな訓練はできんな」
「……お互いに」

 忘れる無かれ、私の右手も包帯でがんじがらめだ。あの年増に指を全滅させられたのだからもうすこしかかるだろう。私も傷の治りは早いほうだが、それでも九峪みたいな変態とは違う。

「と言うわけで少し頭を鍛えてやろう。なぁに、すぐに愉しくなるさ」
 私はそう言って清瑞の腕――折れていない方――を掴んで連行する。正直な話、亜衣の仕事の手伝いは私一人が手伝ったくらいでは減らないのだ。体のいい生贄が転がり込んできたのだからせいぜい利用してやるとしよう。






 脈絡とかそう言うことは全部吹っ飛ばして、えらく唐突にそれは始まった。多分きっかけはあの小娘が九峪にマジ惚れしてしまっていて、この私に、事もあろうにこの深川様に宣戦布告をしてきたことからだと思う。泥棒猫の小賢しい挑戦を受けたのはいいが、なぜか対決方法は素手喧嘩ではなく料理対決になったのはどんな運命の悪戯か。単に景品である九峪が血を見るのを嫌がったせいかもしれない。まぁ「俺のために争わないで」なんてリアルに耳にした日には本人が血祭りになったわけだが、相変わらず堪えているのかは疑わしい。

「そんなわけで始まりました、第一回九峪争奪杯、仁義なき料理勝負。解説の星華様。これはどういう勝負になるのでしょうか」
「そうねぇ。まぁ正直なところ山猿と露出狂の対決なんて興味ないんですけれども、猿が料理を知っているかどうかが勝負の分かれ目ではないかしら」
「なるほど。しかし山人には山人なりに料理という概念はあると思うのですが」

「どうかしら? 基本的に焼いて塩をかける以上の食べ物を見たことがありませんけれど」
「辛辣なお言葉ありがとうございます。ああっと、山人出身者からの視線が痛いですね。実況席がなんだか一瞬で針のむしろになってしまいました。続いて審査員であるお三方にお話を聞きたいと思います。まず、反乱軍一の料理上手、破綻した姉の舌すら一般人同様にうならせる究極の料理の鉄人。宗像の衣緒さんです」

「蘇羽哉、お姉様に聞こえてますよ」
「え。あ……」
「それはともかく勝負の行方ですけど、正直お二人ともよく存じませんのでなんとも。ただ深川さんは九洲の出身ではないという事なので、どんな料理が出てくるか楽しみです」
「あぅ、亜衣様申し訳ありません! 後でなんでもしますので、今はご勘弁を。それでは次に毒でも何でも皿まで食う! 反乱軍一の大食漢、音羽殿です」

「あらあら蘇羽哉さん。言うに事欠いて誰が大食漢ですって? 漢って……。私少し大柄ですけど一応女なんですけれど」
「はぅっ! 私ってばまた本音と建て前が大逆転してる! 冗談ですよ音羽さん。でも大食って事は否定しないんですね」
「いちいち一言多いですよ、蘇羽哉さん。後で顔を貸して下さいね」

「ニッコリ言われたぁー! 出来ればこの勝負が永遠に終わって欲しくない。まだ始まってもいないのにそんな心境になって参りました。では最後に三人目の審査員、あなたが審査しないで誰がする、この勝負の発端。新生反乱軍最強の色男、九峪さんだぁーっ!!」

 無駄に熱い蘇羽哉の実況。九峪はため息を一つ吐いてぽつりと呟いた。

「え? 審査員に同情する? それは一体どういう意味なのでしょうか? 詳しく伺いたいところですが勝負開始の時間となりました。いい加減さっきから外野からさっさと始めろの大合唱で私もぶち切れ寸前です。では勝負開始ぃ~!」

 なぜこんなお祭り対決になっているのか訳が分からん。だが、勝負事で手を抜く気もない。しかしどうして手料理対決なのか。不利ではあるが殴り合いだって私は別に構わなかったんだがな――どうせ左道で吹っ飛ばすし。

「ふふふ、悪いわねぇ深川。この勝負私の勝ちよ」
「そう言うことは勝ってから言え、上乃」
「そこまで言うからには、自信があるんでしょうね。だったら誓ってよ。勝ったら私に九峪を譲るって。あんたは大人しく引っ込んで二度と私たちの前に現れないって」
「ああ誓う誓う。誓ってやるが、だったらお前も誓えるんだろうな?」
「……いいわよ。どうせ私が勝つんだから」

「さぁいい感じに白熱して参りましたが、音羽さんが既にお腹を空かせてイライラしているようなので、出来れば私を殴りに来る前にお二人にはちゃっちゃと作ってしまって欲しいです。正直そう言う前フリいらないんだ」
「蘇羽哉、慣れないことさせて一杯一杯なのは分かりますけど、あなた少し落ち着いた方がいいわ」

「星華様はやはりお優しい。しかし私めも一度仰せつかったからには例え後で粉みじんにされようともこの任務を果たす所存です。と、言っている間に両者調理に取りかかったようです。上乃さんは、あれはなんでしょうか衣緒さん」
「へぇ。あれは牡丹ですね。はらわたを取ってその中に香草詰めて肉の臭みを消してるんだと思います」
「なるほど。ただの山猿かと思いきや、上乃選手なかなか高度な技術も持っているようです」

「ぶっちゃけ、ただのイノシシの丸焼きですけれど」
「星華様の痛烈な一言! 少し庇おうと思ったんだけど全部台無しだーっ!」
「丸焼きですか。丸焼きはいいです。美味です美味」
「おっと。香ばしい臭いにすでに音羽さんの涎がこぼれ落ちそうになっている! 丸焼きで失敗などよほどのアホでもあり得ませんから、これは上乃選手かなり優位に立ったか! 一方深川選手の方ですが……。これは、一体、何をしているんだ? 衣緒さん?」

「さぁ、私にも何がなにやら。あれは塩? で何かを包んでそれを更に何かの葉っぱで包んで。え!」
「おおっと、深川選手事もあろうにせっかくなにやらやっていたものを地面の中に放り込んだぞ。一体なにがどうなっているんだ? これが料理と言えるのか? それとも試合放棄なのか?」
 会場に混乱が広がっている。比較的原始的な調理法を取ったつもりだったがこの辺りではあまり無いらしい。それならそれでいいだろう。開けてみてのお楽しみ。

「何? 諦めたの?」
「誰がだ? そっちが時間かかりそうなものを作ってるから、それに会わせただけさ。小ぶりとはいえ丸焼きにどれだけ時間がかかると思っている。もう少し空気を読んで料理を作れないのか?」

「本当においしいものを食べられるなら時間なんて関係ないじゃない」
「それだけの腕がお前にあるかな? 丸焼きをただ焼けばいいと思っているような、あそこら辺の奴らと一緒じゃないといいがなぁ」
「なめないでよ。これは、これだけは得意なんだから!」

「くく、まぁ楽しみにしてるよ」
 勝敗など既に決定している。だから後は九峪への釘差しの為に、空鍋でも竈にかける事としよう。













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【2008/02/03 23:35】 | 小説 | コメント(0) | page top↑
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