スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
深川偽伝18


 私が私であることは、おそらく宇宙が誕生した瞬間か或いはそれ以前から既に決定していたことではあるのだろうが、そんな認識の及ばない領域の話は置いといて、今現在の私が決定された瞬間と言うのはあったはずだ。

 自分の人生が大げさではなく変革されてしまった瞬間。或いはそれは瞬間ではなく、もっと緩やかに浸食するような変革であったかも知れないが。

 ともかく、ある時点で現在の私というものが作られた。

 しかし、私自身は明確にその変革点について覚えていない。ある時点とある時点を比較するに、明確にその間で私は変わってしまっているというのに、その理由について、おかしな事に心当たりがない。

 ――矛盾するようだが原因は、分かっているのだ。

 外的要因として、その存在は否応なく認識されてしまっていて、他の可能性など考慮に及ばないほどだ。

 だが、分からない。
 それがなぜそんなものになってしまったのか、私の中で存在が極大にまで膨れあがってしまったのか、思い出せない。理解も出来ない。

 それをとあるものは一目惚れなどと呼んでいたが、それについては全く持って認めるつもりが無い。なぜなら、私が本当にあいつを――――



 深川偽伝
 十八節 幻影



 狗根国の狩人部隊と言えば、その冠に泣く子も黙るとつくほど、残虐で冷酷な集団として有名である。名目上は先の侵略戦争で耶麻台国を滅ぼした折、多数野に下った魔獣を駆除する部隊となっているが、実態は反乱分子を燻りだし、見せしめに処刑する殺戮部隊である。

 九洲の民であればその名を聞いただけで、悪ければ失神しかねないほど悪名が轟いている。深川(年増)はその実行部隊の部隊長であって、綱紀などあってなきがごとしの反乱軍において、捕虜となった場合の処遇など、運が良くてただの処刑でしかない。

 その前に拷問したいという連中はおそらく三桁では効かず、処刑をしないとすればそれは死ぬ以上に辛い目にあわせたいという、慈悲深さなどカケラもない願望からだ。

 だから、頭が痛い。

 九峪は無力化した深川(大)を殺すとなれば反対するだろう。私に似ているとか、私自身だとかそう言う事を別にしても、一度人として関わってしまったのだから。

 捕虜として反乱軍に連れて行けば、待っているのは脱走と逃亡劇と言う茶番だ。
 無論、例えどれだけ譲ろうが深川(中古)の釈放などあり得ない。だから私は聞くことを聞いたらぶち殺すつもりだった。何度も煮え湯を飲まされているわけではあるし、逃がせば今後もこれまで以上に何かやらかしてくれるだろう。

「別に心配してくれなくても裏切りはしないさ。私も失敗しすぎたからねぇ。忌々しいことこの上ないが、お嬢ちゃんのおかげでさ。ノコノコ戻ったところで死ぬしかない。あのジジイに慈悲など無いんだ」
 深川(賞味期限切れ)はそんな事を嘯くが、信用できたものではない。強かな事は我が身のことのように理解できるので、こんな事であっさり裏切るとは思えない。裏切らないことも無いのだろうが、隙あらばまた寝返るだろう。敵にも味方にもしておきたくない。だから、殺したいのだが。

「九峪。お前が殺したくないなら、私はそれで構わないがな。こいつを連れて反乱軍には戻れないぞ。それくらいは分かるな?」
 九峪はよく分かっていないようで首を傾げる。ああ、いっそこいつも殺したい。

「こいつが今までにした事を考えれば、九洲の民なら誰でもこいつを殺したくなる。殺したくて殺したくてたまらない連中ばかりのところに、連れて行っても殺されるだけだ。そしたらお前はコレの為に戦うんだろう? そんな馬鹿馬鹿しい真似をしに戻る意味はない。折角仲間になった反乱軍を敵に回すだけだ」
 九峪はなんとか理解したのか頷くと、それから暫く黙考して、また戯言をほざいた。

 ――だったら、殺されないように説得しよう。

 面倒くさい奴だ。本当に。そんな論理が通用するものか。してたまるものか。

「身内が殺された奴だっているだろう。家を焼かれた奴だって、大勢いる。実際、伊万里や上乃の里を襲ったのはこいつだぞ? 反乱軍の前の拠点を襲って、女子供まで皆殺しにしたのもこいつだ。目の前で起こっていたら、お前は迷わずこいつを殺すだろ。目の前で起こっていなければ、お前の目の届かないところで起こっていれば、それは無かったことになるとでも言うのか? お前にとってそうでも、他の連中にとってもそうなるわけじゃないんだ」
 そんな事くらい理解できるだろうと、言い聞かせる。

 まぁ無駄だと言うのは知りながら。

 九峪にとって問題なのは過去でも未来でもない。あったかどうか確認しようもない過去でも、まだ起こってもいない未来でもない。今現在、この状況こそが問題なのだ。

 今の深川(パチもん)が弱者であるという、救いの手が必要であるという事が問題なんだろう。ここで私が殺そうとすれば、私からこの女を守るために戦うだろう。

 融通が全く利かない。交渉のしようもない。その上で私は九峪の意志を基本否定する事をしない。するつもりもないのだから。

 ――それでも、嫌みくらいは言わせて貰わなければやるせない事もある。

「わかった。危険だし気も進まないが、こいつを連れて行くんだな?」
 九峪は頷く。ようやく分かったか、とでも言いたそうに。

「……話はまとまったかい?」
 してやったりとでも言うように、深川(汚い)は微笑む。

「ああ。だが、五体満足で捕虜になれるとは思うな。連れて行く以上、最低限の処置はさせて貰う」

 九峪の意向には従う。だが、それを実現するためには色々と障害もある。それらを全て音便に納めようと思えば、本人に無理をして貰うしかない。

「まぁ、あっさり殺されていた方が楽だったと、せいぜい泣き喚きながら後悔しろ」

 皮肉げに笑って、私は深川(売れ残り)の目に、指を突き入れた。






 反乱軍本隊に追いついたときには、既に戦いは終結していた。
 伊尾木ヶ原は死体で溢れかえり、今はその処理に反乱軍が動いている。

 勝つことは勝ったようではあった。しかし損害もかなり出たようで、死体の中には反乱軍のものもかなりの数混じっている。

「辛勝と言ったところか」

 ここで壊滅させた戦力の約半分を実質一人で持たされた私は、労う気にもなれずいくらか不機嫌に呟いた。

 戦力分散させての各個撃破と言うのであれば、開戦を私が来るまで待つべきであったのだろうが、実際はただの陽動だろう。亜衣の事だからいくらか戦力を削ることが出来れば、くらいに考えていたかもしれない。

「……あら、深川さん。もう追いついてきたんですか?」

 めざとく私を見つけて衣緒が駆け寄ってくる。戦死者からの武具の回収と火葬。どうやら亜衣からその仕事の指揮を任されているようだ。亜衣本人は一通り見回してみても姿が見えない。死んでいれば反乱軍は瓦解しているだろうから、先に当麻の街に向かったと考えるのが順当だろう。

「清瑞達はついているか?」
「ええ。星華様や姉様達と街の方へ向かいました」
「当麻の街の方にもまだ残存兵力はあるんじゃ無いのか?」
「多少はあるでしょうが、おそらくさっさと逃げ出すでしょう。星華様が呼びかければ街の中で住民も立ち上がるでしょうし、残っていても問題にもなりませんよ」

 耶麻台国への崇拝と憧憬。長らく狗根国に抑圧されてきたが故に、恐らくは国があったときよりも強固になっているんだろう。そんな事を考えながら、もう一度周りを見回す。

 幹部クラスでは衣緒以外は見あたらない。負傷兵とそれを手当てするもの。死体処理の兵。併せて百五十名くらいか。

「そう言えば九峪さんはどうしました?」
「……あいつなら遅れてくる。足手まといがいるんでな」
「足手まとい?」
「後で引き合わせる。まぁ、それまで少し休むとするか」
「はい、ではあちらに」

 衣緒に促され、簡易指揮所――といっても死体がたまたま無かった原っぱに目印の旗が立っているだけだが――に向かう。いくらか死臭は薄らいだが、それでもくつろぐ空間というわけではない。贅沢を言っても仕方ない環境ではあるが。

「どうぞ」
 そう言って水筒を渡される。軽く口を付けてから返すと、じっと衣緒の顔を見つめる。
「何か?」
「いや、あの亜衣や羽江の姉妹にしては、随分人が出来ているなと思って」
「ああいう姉と妹がいるから、挟まれた私はこうなるしかなかったんです」
「なるほど」
「ふふ」

 亜衣にしろ羽江にしろ、純粋に人に気を遣う人間ではない。亜衣は策謀が先に周り、羽江はそもそも他人を気にしない性格のようだし。

「私には姉様や羽江の様な才能がありませんでしたから」
「才能に人間性が害された? 否定は出来ないな」
「ああ、そう言えば羽江の件。お礼を言ってませんでしたね。ありがとうございました」
「私は何もしてないがな」
 実際、動いたのは清瑞の部隊で私は何もしていない。実際の私の仕事と言うのも、その後の陽動が目的ではあったわけだし。

「いえ、深川さんがいてくれたから、姉様は羽江を救出する策を考えたんだと思います。でなければ、羽江一人のために部隊を動かすことはしなかったでしょう」
「かもしれんが」
「ですから、ありがとうございます」
 満面の笑みで、屈託無い笑顔を浮かべて、礼を言う衣緒は思わずどきりとするほど綺麗だった。

「いい女だな、衣緒は」
「そうですか?」
「そうだ」
「でも、深川さんの方が魅力的です」
 不意打ちのようにそんな事を言われて、一瞬思考が止まる。
 衣緒はどういうつもりでそう言ったのかしらないが、特に表情に変化は見られない。ただの一般的な社交辞令。一般的な切り返し、だったのだろう。

「……世辞でも、そう言われることには慣れてないな」
「え?」
 つぶやきは聞こえなかったようで、衣緒は首を傾げた。なんでもないと否定したが、女として面と向かって褒められることが、そう言えばこれませの人生で一度もなかったことを思い出す。

 ほぼ他人で、それほど興味もない女に言われて、気持ちが一瞬浮き立ってしまった。

「深川さん?」
 急に黙りこくった私を不審がる衣緒。
 私はそれを無視して、自分の意外な弱点をどうしたものか問答していた。






 九峪と深川(足手纏い)が合流するまでに、暇だった私は衣緒に戦の推移を聞いていた。死体の数からかなりの乱戦で、戦闘自体が長時間に及んだであろう事は分かったが、実際の流れまではわかるわけもない。あの亜衣が、正面からの潰し合いを敢えて選んだとも思えず、戦力を分散させた割に反乱軍に損壊が大きいような気がしたからだ。

 実際、亜衣は用意周到に待ちかまえていたらしい。この伊尾木ヶ原と言うのは、当麻の街から南西に向かってのびている平原で、反乱軍のアジトから撤退する方向になる。他にも選択肢はあるが、元々亜衣は当麻の街を攻め事を目的として、現在の場所を反乱軍の拠点としている。そちらに動きやすくなっているのは必然と言えば必然である。

 羽江を餌に反乱軍の本拠地を掴んだ時点で、狗根国軍は掃討部隊を伊尾木ヶ原に動かす。

 それを前提として、亜衣は狗根国軍が配置につく前から、伊尾木ヶ原周辺の森に兵を埋伏させ、逆に不意を打つという策に出たわけである。まぁ、仮に不意打ちが失敗したとしても、敵方の何割かが本拠襲撃に割かれるわけだから、戦力分散は出来る。

 亜衣の策は怖いほどによく嵌った。少なくともこれが囲碁や将棋などの盤面での戦いであったならば亜衣は圧勝していただろう。だが、それでも個々の兵の戦力差があまりに圧倒的に違いすぎた。

 狗根国軍は強すぎて、反乱軍は弱すぎた。装備が違い、練度が違い、経験が違う。

 狗根国軍は三倍の兵力相手に不意打ちされ、それで尚戦いは拮抗した。勿論、予測はしていたのだろう。実際は少なくとも四倍以上の兵力が欲しいと亜衣は思っていたのだし、それが間に合わなかったのだから。

 旗色はどちらに傾くでもなく、ただ同じ割合で消耗していく中、戦況を悪化させる事態が発生した。

 僅かに三十名ほどではあったが、反乱軍の本拠を強襲していた部隊の内、私におそれをなして逃げた連中が合流した。

 三十名だが、反乱軍の兵に換算すれば百人近い戦力。拮抗状態を崩すには、あまりに十分な、決定的な戦力投入だった。

「私も正直駄目かなと思いました。ですが、そのときに唐突に現れたんです」
「現れた?」
「ええ。誰なのか分かりませんが、唐突に」

 その誰かが、崩れかかった戦況を根こそぎひっくり返した。狗根国軍の半数を撫で斬りにしていくと、そのまま姿を消したと言う。

「まるで深川さんや九峪さんみたいでしたよ」
 そんな風に語る衣緒だが、そんな都合のいい存在、そうそういるものでもないだろうう。だが、九峪がそれをやったというのはあり得ない。

「心当たりは無いのか?」
「さぁ。ですが、音羽さんが太刀筋からすると耶麻台国の正統派剣術の使い手だから、耶麻台国縁のものであることは間違いないだろうと」
「顔は?」
「遠目でしたし、顔を隠していたので男の人と言うことくらいしか」
「そうか。しかし、耶麻台国縁の人間だというなら、堂々と味方してくれてもいいようなものだがな」

 何か表だって手を貸せない理由があるのだろうか。負けたときの事を考えると、積極的に荷担したくはないという、趙次郎の様な奴なのかも知れない。そう言う立場でいられるなら、私だってそうありたいものだが。

「消極的にしろ味方してくれるなら、そのうち会うこともあるか」
「そうですね。あ、九峪さん……と」

 ようやく追いついたか。既に日は暮れかかっているから、今日はここで一泊して、明日の朝街の方へ向かうとしようか。

「深川さん?」
 説明をほしがる様な目でこちらを見つめる衣緒。主に、九峪の横にいる奴についてだろう。右目を覆うように顔半分を包帯で覆っているあいつ。

「拾いものだ。九峪になついて離れないんでな」
「そう」
 このご時世、珍しくもないと思ったのだろう。自分の家や家族を奪われ、路頭に迷っている"子供"を見る事くらい。

「貴方、お名前は?」
 九峪の服の裾を掴んだ少女は、無表情のままぽつりと呟いた。

「淺海」

 全く、忌々しい。
 これからこいつの事で頭を悩ませることになるのかと思うと、酷く憂鬱になる自分を感じていた。













続きを読む
スポンサーサイト

【2008/03/30 20:07】 | 小説 | コメント(1) | page top↑
深川偽伝17



 硬いものは脆い。
 硬ければ硬いほど、強固であれば強固であるほど、それは脆く砕けやすい。壊れやすい。

 今にして思えば、あの女の意志はおそらくこの世の誰より、何よりも硬かったのだろうと思う。一見して、誰よりも何よりも強く見える程に。そう誤解させるほどに。

 だから男は砕け散るその時まで、その事実に全く気付かずに……。

 女の死は、何ものよりも強靱であった男の意志さえねじ曲げて――。



 深川偽伝
 十七節 克己



 さて、久方ぶりの設定の話ではあるが、九峪は基本的に善人である。
 善人ではあるが、善行においては――そう自分が信じた根拠に基づいて行動する場合、その選択肢として殺人を肯定できる。

 理由はどうあれ、人を殺すことは出来る。状況が整ってさえいれば、そこに迷いが生じることもない。一度下した決断に対しての冷徹さは、むしろ気まぐれなどは入ることがないだけ、私などとは比べものにならない。

 行動を起こすにあたっての根拠も明快。人命を守るため、である。大抵の場合が弱者であるが、九峪の目にどう映ったかが問題なのだろう。

 人を殺す善人などいないとか、そんなものは偽善だとかそう言う観念論は今は脇に置いておこう。重要なのは、九峪がそう言う人間であるということだ。或いは、そう言う化け物である点だ。

 私は九峪という存在が軍組織の中で上手く活用できると、それほど思っているわけではない。九峪は人を殺せるが、条件がそろわない限り、絶対に誰も殺さない人間でもあるからだ。

 ただの戦闘。単純な戦争。

 それが九峪の目にどう映るのかは知らない。
 それでも、好き好んで殺し合いをする連中――少なくともお互いを殺す事に納得してしまっている輩を、弱者と捕らえはしないだろう。

 戦場で九峪が戦うとすれば、逃亡兵を救うためか、巻き込まれた民間人を救助するため。或いは敵の不意打ちを受けた味方を援護する時くらいだろう。

 何れにせよ戦争に能動的に参加する意志は、やはり無いのだと思う。

 だから九峪は今戦おうとしていない。
 直接的に守るべきものが存在しない状況では、九峪は戦いを選ぶことは出来ない。ここで戦闘を回避することが、結果的に誰かの死に繋がるとしても、目の前で起こっていないことは、存在しないも同じ事だから。

「まぁ、分かってはいたことだ」

 愚痴るでもなく呟いて、向かってくる狗根国の兵隊を吹き飛ばす。

 亜衣の目的は当麻の街の兵力を、僅かでもこちらに向けることで、少しでも決戦を有利に運びたかったのだろう。

 もう一人の私は反乱軍の本拠地を潰すつもりで兵力を率いてきたようではあるから、少なくとも半数。狗根国兵で百人程度は集まっているものと思われる。実際奇襲が完全に成功するのであれば、その程度の兵力でこの本拠地は陥落してしまっていたことだろう。

「しかし、一人で百人はなかなか……」

 九峪はやる気がない。危なくなれば私を攫って逃げるくらいはするだろうが、今はのらりくらりと狗根国兵をあしらっていた。戦うでもなく、逃げるでもなく。

 私にやることがあるから、仕方なしに付き合っている。

「そろそろバテてきたんじゃないかい? 足下がふらついてきたよ」

 ニヤニヤと笑いながら、部隊の指揮を執っている年増。正面に出て来たのは九峪に動く気が無いのを見てからだ。九峪を相手取らなくていいなら、あいつは正面から私を倒すことが出来る。

「しかし、反乱軍も容赦ないねぇ。あんたら二人を餌にして自分たちはさっさと逃げ出すなんて」

 年増は、決定的に誤解していることがある。無理もないと言えるかも知れない。反乱軍が、つい今し方逃げ出したのだと思っている。その程度の連中で、その程度の規模でしかないと思いこんでいる。

 もし、当麻の街に向かっているなどと分かっていれば、即座に撤退を選んだことだろう。

「はぁはぁはぁはぁ」
 私たちだけで陽動が可能になっているのも、言ってしまえばその誤解があってこそだ。ただ自軍に損害を増やすだけのこんな無意味な戦い、指揮官ならば避けるのが定石だ。

 年増の私に対する個人的な執着。

 腹は立つが、気持ちは分かる。初見でそれが自分自身であると理解できたように、私とあれは、多分どこかで繋がっている。そんな気がする。

「くそ、鬱陶しい。おい年増。一体あと何匹いるだ!」
「教えるとでも思ってるのかい? まぁ、そんなに多くはないよ」
「貴様さえいなければまとめて吹き飛ばしてやるんだがな」
「……小娘、お前は自分が万能だとでも勘違いしているのかい? 圧倒的な力があるから、それで何ものをも倒しきれると勘違いでもしているのかい? 自惚れるなよ。殺すだけなら、お前ごときただの一兵卒で釣りが来る」

 年増がそう宣言すると同時に、背後から武器も持たぬ兵士が三人、三方向から同時に襲いかかってきた。あくまで小出しに、私の体力を削ることだけを目的の戦術。それが年増の言う一兵卒で倒しうると言う事なら、見込み違いも甚だしい。

「こんな雑魚、幾ら来ようと、何方向から来ようと、同じ事だ!」

 放たれた左道は三者を同時に屠り去る。爆散した兵士。しかし、血肉の他にばらまかれたものがあった。

 それは紙切れ。左道を封じる左道殺しの呪符。

 どこに仕込んでいたのか、覆うように舞い散った呪符を全てかわしきるなど不可能。その呪符の隙間から、年増と背後の弓兵が、弓矢をつがえているのが見えた。

「終わりだ」

 喜色満面で、嘲笑混じりの宣言。
 視界を覆う矢の雨が、降り注いだ。






 勘違いをしていると、年増は言った。
 そう思ってしまうのは、恐らくは自分自身がその手の失敗をしたことがあるからだろうう。
 文字通り、自分のことのように分かるからだろう。

 だがその言葉は、失敗をしたことがない、失敗から学習する前の私に言えばこそ、効果があるものだろう。

 何ものでも倒しきれるなんて勘違い、この私がしたりするものか。自分が強者であるなんて勘違い、しようと思ってできるわけがない。

 私は軽々に死ぬわけにはいかないのだ。
 特に、こんな下らない場所で、こんな下らない相手に、殺されてやるわけにはいかない。

 万に一つも、億に一つも、あってはならないのだから。

 だから、そういう戦術が私を殺すための手段として存在する事など、当然私は知っていた。前回年増に左封札で煮え湯を飲まされた時点で、その瞬間に気付いていた。

 左封札を使った私の攻略法について、その後も徹底的に思考した。全てを網羅できたとは、流石に思わないけれど、それでも相手が年増である限り、思慮の外の策が来るなど、殆ど確実にあり得ない。私の思考を、私が読めない道理はない。

「馬鹿な――」
「馬鹿は、お前だ」

 左封札。術者に貼られることで左道の発動を禁止する呪符。
 確かに、左道が封じられてしまえば私はただの小娘だ。飛んでくる矢を回避する術はない。

 だが、呪符が触れる前に、私自身に左道を打ち込むことで呪符を回避することは、それ事態は不可能ではない。

「げほっ。ああ、しかし何度もやれるもんじゃないな。別の方法を今度考えないと」
 所詮は付け焼き刃ではある。自分にダメージを与えて回避など、愚の愚策。それでも、決定的な機会を年増は逃した。

「さぁ次はどうする? まだ消耗戦を続けるか? 玉砕覚悟で全軍で挑むか?」
「……ふん。仕方ないな」

 年増は、そう言ってこちらに歩いてくる。

「全軍、そっちの男へ注力しろ。是が非でも足止めしろ。こいつは、やはり私が殺す」
「はじめからそうしろ」

 馬鹿にしたように、馬鹿にしきったように言ってやる。

 現状、最も効率のいい策だろう。私の左道を無効化できる年増が、私の相手をする。その間に物量で九峪を倒す。そう簡単に倒される九峪ではないけれど、戦う気がない今ならば分からない。

「右手の具合はどうだい? 今度は左手も、いや、全身余すところ無く嬲ってやろう」

 左道が効かない以上は肉弾戦。右手の骨折は治っていない。
 片手で勝てるような相手じゃない。両手が無事だったところで、肉弾戦では勝ち目がない。

 結局、私一人ではこの年増だけは倒せない。

「自分を殺すなんて、本当は趣味じゃないんだけどねぇ」
「私はさほど気に病まないが」
「勝てるつもりかい? お嬢ちゃん」
「同じ失敗を、そう何度も続けると思うなよ?」

 ただの肉弾戦で、勝利はない。

 だが、殺人という行為に、肉体の強度など、運動神経の優劣など、怪我の状態など、如何ほどの意味があると言うのだろう。

 子供が大人を殺せない道理など無い。弱者が強者を殺せない道理など無い。

 ただ殺すだけでいいなら、手段など無限に存在している。

「ふんっ!」
 左道を年増の足下に炸裂させる。

 年増には効かなくとも、その下の地面を吹き飛ばし、その土砂を浴びせることで攻撃することは出来る。
「ぐっ――」

 それでも怯まず接近しようとした年増は、おそらく一瞬浮遊感を味わっただろう。悲鳴を上げる暇もなく穴に落ちる。土砂を浴びせたと言うことは、そこに穴が出来たという事。

 それほど深い穴ではない。それでも倒れれば体が埋まる程度には、深さがある。

「殺すだけなら幾らでも方法はある。左道が使えなければ私は弱い? その通りだよ。だが、お前に効かないからと言って、完全に封じない限り、圧倒的な力には違いないだろうが」

 力は変換してやればいい。効率が悪かろうと、元があまりに大きいのならば、人一人殺すにはおつりが来る。

「くそ、こんな、こんな真似、がっ――」
 掘った穴は埋めるに限る。大雑把に左道を地面に打ち込んで、土砂で生き埋めにする。

 力加減を調節したつもりはないけれど、上手い具合に頭だけは埋もれずに残った。

「勘違いしてる、なんて言ったけど、それはどっちの話やら。お前も私なら、これくらいのこと分かっただろうに」
 私のくせに、分からなかったのかと、嘲笑するように、自嘲するように言って、頭を踏みつける。

「――貴様、殺してやる、必ず殺して」
「まぁ、お前には聞きたいこともあるし、暫くそこでゆっくりしてるといい。出来れば老けた自分の顔なんて、一秒でも早く埋めてしまいたいんだが」

 実際、あまりいい気分じゃない。自分の顔を見るのは。自分を客観的に見るというのは。

「お前という盾が無くなった狗根国軍など、鎧袖一触にしてやるから」

 取り囲まれている九峪に向けて、援護の一撃。それだけで、狗根国兵の三分の一は吹き飛んでいた。






 狗根国軍を殲滅するのに要した時間は二時間ほど。始めの一撃こそ小気味いいほどの大打撃を与えたが、直ぐに散開し、持久戦に移行したためだ。それがあの年増の考えた戦術だったのだろうが、実際にやっかいな戦術ではあった。始めに三割近く戦力を削っていなければ、私の方が根負けしていたのは確実だったし、殲滅といっても恐らくは半数は逃げ出してしまっていたことだろう。

 それで、これだ。実際に殺したのは百人程か。

 しかしそうなれば、総兵数が二百近くいた計算になる。もっとも、逃げ出した兵士が一体どのくらいいたかなど正確には判断がつかないので、実際は三百人だったかも知れないし、百人しかいなかったのかも知れない。

 どのみち陽動としての任務は全うできただろう。殲滅してしまった以上、陽動と言うよりは各個撃破になってしまったわけではあるが。

 ともかく、疲労困憊で仕事を終えた私が、尋問のために年増のところに戻ると、そこには九峪とくっついている年増がいたりした。生き埋めにしておいたのがいつの間にか掘り起こされ、あまつさえ拘束もせずにいちゃいちゃしてるのだ。

 気を抜くことも赦されなかった二時間の戦闘を終えた私の出迎えが、そんな光景だったわけである。

 怒りが臨界点を超えて思考がホワイトアウトした。

 結果、反乱軍の本拠地が消滅し、二人がまとめて土に埋まったのは言うまでもない。













続きを読む
【2008/03/23 19:19】 | 小説 | コメント(0) | page top↑
深川偽伝16



 虫の知らせ。
 或いは私の力に関係した直感か、それともあいつの方から何かを送ってきていたのか。
 嫌な予感はその朝起きた時から持っていた。

 それともあの日は悪夢にでも魘されていたのだったか。

 ともかくもうそのときには何かあることを理解していて、自分の人生の岐路であることを予感していたことは確かだ。想定の一つにその後の結果が含まれていたのは、多少は予想していたと言うことなのか。

 その日、あいつは首を吊った。



 深川偽伝
 十六節 救出



 救って欲しいと頼まれたのは宗像三姉妹の末っ子。名は羽江といい、歳は十四。亜衣の話では反乱軍の今後に取って非常に重要な人材であると言うことだ。

 反乱軍の益はそのまま私の益でもある。ならばその救出という仕事に是非は無かった。

 ――無かったが、しかし気にもなっていた。

 その羽江という少女がどんな逸材であるのかは知らないが、まだ十四の子供に過ぎない。あの亜衣が逸材と言うからには、その言葉に間違いは無いのだろうが。

 まぁ、ただ妹可愛さに無理難題を私に頼んだという事でも、私は構いはしないのだが。

 むしろ、そうであってくれた方が、色々な意味で安心できる。

 あまりに切れすぎて、恐ろしいくらいのあの女に、それくらいの人間味があってくれるならば、いざというとき、つけ込める隙になるだろうから。

 ともかく亜衣に依頼されたのはその少女の救出で、しかし世情にも地理にも疎い私が、単身でそんな仕事をこなせるわけもない。

 話では少女は次に攻略対象として亜衣が上げている当麻の街から、火向の国都である川辺城へ移送されるという事なのだが、移送ルートにしろ、襲撃を仕掛ける地点にしろ、私には判断のしようもない。

 そんなことは亜衣も当然分かってはいるので、策も道案内も付けてくれるとはいうのだが……。

「ここで待ち伏せていれば本当に通るのか?」

 山の中をどう歩いたのかもう覚えてもいないが、唐突に出た街道の真ん中で仁王立ちになりながら呟く。

「ああ。程なく部下が戻ってくるだろう」
「しかし乱破の演習も兼ねてとはな」

 無駄なことをしたがらない亜衣らしいと言えばそうなるだろうか。あくまで論理的だというか。

 護送隊襲撃には幾つか目的がある、と私は見ているし実際そうだろう。その一つが乱破部隊の実戦演習と言うことになる。

「経験の少なさが反乱軍にとっての最大の弱点とも言えるからな。悪くはない策、なのだろう」

 私に仕事として依頼してきたのは、想定外の人物が護衛についた場合、最悪全滅することになりかねないからだろう。いざというときの壁役。まぁ、使いどころとしては別に間違ってはいない。

 突出した個の力は確かに脅威ではあろうが、私一人が戦局を左右することはまず無い。九峪にしろ同じ事。私たちが相手にしなければならないのは、普通の兵士などではなく、突出した力を持ち、自軍に莫大な損害をもたらしかねない、そんな化け物ども。

 例えば魔人とか、蛇渇とか。

「深川。部下が戻ってきたぞ。まもなくやってくる」
「そうか。私の出番はありそうか?」
「いや、いらないだろう。護衛も二十人ほどだそうだ。それも羽江一人にと考えれば多いくらいだろうが」
「……中途半端な数だな」

 そもそも捕虜になった少女が未だ生かされているというのは不自然だ。反乱分子である。老若男女に分け隔て無く容赦のない狗根国が、まさか少女が少女であるからという理由で生かしているとは思えない。むろんそっちの性癖を持った輩の玩具として、という可能性は無くもないが、それも調達しようと思えば幾らでも手に入るものだ。

 だから、生かしていると言うことは、利用価値があると言うことだろう。

 亜衣が戦局を左右すると言うほどの、その才能を利用したいが故か、それともその才能を理由にノコノコと現れる連中を罠にかけるためか。或いはその両方か。

「周囲に敵は?」
「探らせてはいるが、何も」
「……ふぅん」

 罠でないならば、二十人という護衛は少数だ。
 狗根国の連中は、既に反乱軍が潰れたとでも、完全に瓦解してわざわざ少女一人の救出になど来ないと、そう思っているのだろうか?

 そこまで、嘗められていると言うことだろうか。

 あり得なくは――ない。圧倒的な力でねじ伏せられたのだ。
 完膚無きまでに玉砕されたのだ。
 再建できるなどと、思う方がどうにかしているのかも知れない。

 それでも、未だ反乱軍のその頭、星華の首を取ってもいないのに、それは油断が過ぎるのではないのか?

 考えはまとまらない。が、まぁ、別にいいだろう。

 事ここに至れば、後はやってしまう以外に道もないのだから。






「かかれぇ――!」

 清瑞の号令と共に、護送隊に向かって強襲をかける乱破部隊。見たところ、その数に見合うほどの化け物が護衛についているという話でもなさそうだ。ただの一般兵。それでも、狗根国の正規兵ではあるから、相手としては反乱軍の一般兵とは格が違う。

 それでも強襲をかけられてしまえば話は別だ。多少腕が立つものを清瑞が相手をすることで、一瞬でケリがついた。圧勝にて任務完遂と言ったところだ。

 一応罠の可能性を考慮して、周囲を警戒しながら縄で拘束されていた少女に近づく。十四という年齢相応か、或いはそれ以下にしか見えない幼い表情。捕虜生活で憔悴しているのか目の下にクマが出来てはいたが、取りあえず自分で歩ける程度には無事なようだ。

「お前が羽江か」
「……誰、おねえちゃん」
「深川と言う。お前の姉に頼まれて助けに来た」
「ふーん。深川。深川ねー。ねーねーねー」
 じとーっと人の顔を凝視して、それから縄を解いてと呟く。

「人にものを頼むときはお願いしますだ」
「じゃあいいよー」
「……」
「……」
 微妙な沈黙が訪れる。

「何二人でにらみ合ってるんだ? 羽江、無事だったか?」
「縄解いて、清瑞」
「ん、ああ――」
「駄目だ」
 縄を解こうとした清瑞を止める。

「……いや、しかし」
「私がいいと言うまで、こいつの縄は解くな」
「はぁ」
 清瑞は呆れたようにため息を吐いて、羽江の縄を解いてしまう。

「それではこれから戻るとき困るだろう。全く貴方も意外と子供だな」
「口の利き方には気を付けろよ、お前等」
 清瑞ははいはいと生返事を返して自分の部隊に撤収の命令を出しに行った。

「…………」
「…………ふふん」

 羽江は鼻で笑って私の脇を通り抜け、清瑞の方へ行ってしまう。

 なんだかよく分からんが、あいつはムカツク餓鬼のようだ。






 反乱軍のアジトまで羽江を連れ帰ると、そこには九峪が待っていた。
 待ちくたびれた様に、私の帰りを待っていた。
 帰るなり渡されたのは亜衣がしたためた書簡が一つ。

 直接言いに来る暇もないのかと、悪態を吐きながら内容に目を通し、それから後ろを振り返った。

 そこには、何もない。ただ覆うように山林が広がっているだけ。

「九峪! どういう事だ、誰もいないぞ!」
 先を行っていた清瑞が怒鳴りながら戻ってくる。

「――くく、はははは、あはははははははっ!」

 清瑞に説明する九峪。その二人に背を向けたまま、堪えきれずに大声で笑う。可笑しい。酷く可笑しい。痛快とさえ言ってしまってもいいだろう。

「どうした、深川。何を」
「ん? いや、呆れていたというか、感心していたというか」
「?」
 当惑する清瑞。しかし、一から全部説明してやるのも面倒だ。
 面倒だし、時間もない。

「清瑞、すぐ部隊をまとめろ。それから羽江をつれてこい」
「わかった」
 言葉に危機感を感じ取ったのか、清瑞はすぐに動いた。困惑は後回しにして。

「やれやれ。本当に恐ろしいな。なぁ九峪」
 九峪は分かってないのか首をかしげただけだ。相変わらずと言ったところか。

「私は恐ろしいよ。できるなら、関わり合いになりたくないくらいに」
 一体誰のことを言っているのかすら、九峪にはやはり分からないようだ。

「――あの女には、未来でも見えてるのか」
 九峪が何かを感じ取ったのか、おもむろに立ち上がると剣を抜いて私の横に並ぶ。

「何か用なのー?」
 やってきた羽江を一瞥し、それから有無を言わせず抱き締める。

「な、何々? いったい何なの? あぅー、くるしー」
「じたばたするな。すぐに、すむ」
 それは直感ではあったが、事態を逆算すれば多分間違いの無いことだろう。

 羽江はやはり罠だったのだ。しかし、目的は私が推測したものと違った。救出に来る部隊を叩くのが、それ自体が目的ではない。
 狗根国は、羽江を必ず救出に来ることを知り、その羽江を取り返した部隊を追跡することで、反乱軍のアジトを見つけようとしていたのだ。

 考えてみれば、狗根国が楽観などしているはずも無いのだ。その理由は、首謀者である星華が見つかっていないから。九洲の希望である、王族が生きているから。しかし、地の利のあるこの地で、星華を探し出すのは困難を極める。だから、あくまで星華の探索を重要課題としているならば、狗根国がこういう形で罠をしかけるのは、至極当然とすら言える。

「見つけた。脱がすぞ」
「え。いやん」
 有無を言わさず来ている服をはだけ、肌を露出させる。背中の真ん中あたりに、黒い染みのようなものがあった。

「こいつか」
 とは言え、追跡される心配を全くしていなかったというわけではない。それが一番怖いことだと、考えていなかったわけではない。清瑞は部下に索敵をさせ続けていたし、痕跡を残さないようにと注意も警戒も怠らなかった。

 それでも尚、追跡できたと言うことは、捜索範囲の外。大分離れた場所から追ってきていたことになる。

 無論そんな真似、普通には出来ない。普通の人間には。

「意外と左道も奥が深いな」
 見たところ、入れ墨ではなくただ墨か何かを付けただけのようにも見える。拭き取ったくらいでは消えなかったので、薄皮一枚ごと剥ぐことになって、羽江は泣き出してしまったが、それは仕方のないことだろう。

 ようは発信器のような役割をするものだったのだろう。

 ただ力としてしか術を行使できない私には無理な小細工だが、だからこそ気がつかなかったと言うべきか。

「深川。部隊は揃えたが――」
「任務は継続だ。羽江を護衛しつつ伊尾木ヶ原へ向かえ」
「――まさか、もう動いたのか?」
「いないと言うことはそう言うことだ」
「お前達は?」
「客が来ている。出迎えている間にお前等は先に行け」
「……武運を」

 清瑞の理解が早くて助かる。やはり使えるな、などと思いながら乱破部隊を見送った。
 気付くのが早かった上に、敵は離れて追跡していたから、まだ襲撃の体勢も整ってはいないだろう。包囲されているわけではないから、抜けることは簡単なはずだ。

「――それにしても、恐ろしい」

 もう一度呟く。何のことだよと、仕方なしにと言う感じで聞いてきた九峪に、亜衣のことだと笑って答える。

「この状況を予測して、部隊を動かしている。決戦に向けて、少しでも相手の戦力を削るために」

 機を読むに長けるのは、優秀な軍師としては当然なのだろうが、しかしそれにしても優秀すぎる。

 九峪はようやく言わんとしていることが分かったのか、小さく頷くとため息混じりに呟いた。

 ――それでもお前には負ける。

「悪いが権謀術数ではあの女とは勝負にならんぞ」
 あきれたように切り返すと、九峪は首を振る。何があろうが、俺とお前が一緒なら無敵だと。

「……言われてみれば、それもそうか」

 楽観ではあると思う。それでも、九峪と一緒ならば私の前に不可能は無く、九峪と戦うなら敵など何処にもありはしないだろう。少なくとも九峪さえいてくれるなら、精神的に私は不死不滅で、無敵で最強になれる。

 思うところが無いわけでもないが、今はその楽観に浸ることにしよう。余計な事を考えて、間抜けに死ぬのは頂けない。

「さぁ、虐殺の時間だ」

 至近に迫った哀れな子羊たちを眺めながら、私は楽しげに呟いた。













続きを読む
【2008/03/16 21:43】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。