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深川偽伝20



 俺が思うにあいつは著しく何か勘違いしてやがる。

 俺が聖人君子だとでも?
 俺が善人?

 笑わせる。


 ――俺は、ただの面倒くさがりのくそったれだ。



 深川偽伝
 二十節 雨天



 おかしな世界に流れ着いて今日で果たして何日目か。面倒なので始めから数えて無かったが、一月は軽く経過してると思う。初夏だった季節も大分暑くなってきて、日差しは夏真っ盛り、ではあったのだが本日は土砂降り。野外での訓練に付き合ってることが多い俺だが、今日は暇を持てあまして縁側で庭を眺めている。

「あ、九峪さん。こんなところにいたんですか」
 名前を呼ばれて顔を上げると、普段からよく訓練を見てやってる山人の娘、伊万里がそこに突っ立っていた。

「んー、伊万里も暇か? 暇ならまぁゆっくりしていけや」
「まあ、暇と言えば暇ですけど。上乃が探してましたよ?」
「上乃がねぇ。まぁほっといてもその内嗅ぎ付けてくるだろ」
「それは、多分そうですけど」

 上乃と言うのは伊万里の妹分で、俺に惚れてる女の子だ。容姿スタイルなかなかの上物だ。いつかものにしたいとは思うのだが、世の中そうそう上手く行かない。二人の間には、と言うか俺の身の回りには分厚い障害があるのだ。

「それにしても、凄い雨ですね」
「全くだな。こう雨だと暇でいかん」
「深川さんは?」
「あいつはあいつで忙しいみたいだ。まぁ頭良い奴はやることが多いんだろう」
 余計なことまで気を回しすぎなのだとは思うが、あれは生まれ持った性分だから口を出すだけ無駄だろう。

「……聞いてみても良いですか?」
「なんだ、突然」
「いえ、ふと疑問に思ったもので。実際九峪さんは、深川さんをどう思ってるんです?」
「前に上乃にも聞かれたけどな。あいつは空気みたいなもんだよ。いるのが自然すぎてどうと言われても困る」

「好きなんですか?」
「好きって言われりゃ、まぁ別に嫌いじゃないんだろうが、距離が近すぎてよく分からん」
「それだけ、特別なんですね」
「特別は特別だろうけどよ。上手く言えねーな。あいつとの関係ねぇ。なんなんだろ?」
「聞かれても私は知りませんよ」

「そもそもあいつといつ知り合ったんだっけ。そんな昔じゃないはずなんだが、さっぱり覚えてないな。気付いたらそこにいたし」
「その時から、ずっと今みたいな関係ですか」
「いや、今とは違ったな」
「へぇ。どういう風に?」
「少なくとも、そのときの俺には、好きって言える奴がいたからな」

 伊万里は驚いた様な顔をする。

「まぁ、こっ恥ずかしい昔の思い出だ」
「どんな、人だったんです?」
「なんだ、気になるか?」
「少し」
「そうだな、少し、どことなくだが、伊万里に似てるかもしれないな」

「え?」
「気が強くて、芯が強くて、凛としてて。長い髪が綺麗で」
「や、ちょっと九峪さん。そんな見つめないで下さい」
 顔を赤くしてそっぽを向く伊万里。初々しいのぅ。

「くーたーにー。何伊万里口説いてるのよ」
「お、上乃」
「もう、本当油断も隙もないんだから。深川も心労が嵩むね、こりゃ」
「いーんだよあいつは好きで苦労してんだから」
「ちょっと同情するわ」

 唐突にやってきて、寝転がる九峪の頭を持ち上げ、膝枕するように座る上乃。

「で、九峪の好きだった人の話? おもしろそうね、聞かせてよ」
「別におもしろい事でも無いだろ」
「参考までによ。九峪をどうやったら陥落できるか」
「んー、十年早い小娘」
「と、いいつつ尻を撫でないでよ」
「嫌か?」
「別に、九峪になら何処触られても、嫌じゃないよ」
 ポッと顔を赤らめる上乃。伊万里はそのやりとりを見て呆れ顔だった。

「で、どんな人だったのよ」
「どんなって言われてもな。いろんな意味で最高の女だった」
「いろんな意味って?」
「あらゆる意味で、って言ってもいいかな。他の全てが色あせるくらいに」
「…………」
 頬をふくらませて不満そうな上乃と、何か変なものでも見るような目で俺を見ている伊万里。

 得心がいかないのか、伊万里は疑問を口にした。

「そんなに、そこまで言うほど好きだったのに、今は深川さんと一緒にいるんですか?」
 最高の女を手放した理由。あまり積極的には思い出したくもない過去。かといって、忘れることも出来ない過去。

「ん、まぁ死んじまったもんは仕方ないだろ。流石に俺にもどうにもならんしな」
「……あ、すみません」
 悪いことを聞いたと思ったのか、謝る伊万里。
「気にするな。忘れようと思って忘れられるものでもないし、忘れるつもりもない」
 それでも伊万里は申し訳なさそうだったが、上乃は特にそう言うのは無いようで。

「でも、それじゃ私も深川もあんまりだと思う」
 死んだ女にまで嫉妬を燃やしていた。
「あんまりってなんだよ」
「死んだ女がそんなに好きなら、いっそのこと一生一人でいればいいじゃない。代用品みたいに見られてるのは、すんごい失礼」
「いや、それはないって」

「嘘」
「ないない。誰かと誰かを重ねるような真似しないっつーの。上乃は上乃、深川は深川。あいつはあいつだ」
「本当にそう思ってるの?」
「当然だろ。お前等じゃ代用品にしても物足りないからな」
「…………」

 上乃は無言で俺の眉間に肘を落としてきた。
「おほぅっ!」
 激痛に膝枕から転げ落ちる俺。上乃は死人にむち打つように、追加でケリを見舞って来て、俺は土砂降りで視界が霞むような外へとけり出されてしまった。

「ばっかじゃないの! 死んじゃえ馬鹿九峪!」
 荒々しい足音を残して去っていく上乃。俺は雨に打たれながら、激痛の走る眉間を押さえて、ため息をついた。






 雨が上がって綺麗な夕日が見える頃、変わらず暇な俺は街に出て喧噪の中に身を置いていた。狗根国から解放された事で住民の表情は明るい。長年の苦しみから解放されて、自由を味わっている。ただ息を吸うだけのことでも、今までとはまるで違うというような、そんな表情。

 楽観ではあるだろう。これからも反乱軍が勝ち続けなければ、この表情はあっさり絶望に染まるのだ。だから、負けられないのだろう。負けてはならないと、思えるのだろう。

 他人事の様に思う。言葉の上では理解できるが、それはあまり意味の無いことだ。だから、戦に加わることも無いだろう。そのせいで負けるとしても。そのせいで、こいつらが泣くことになるとしても。

「おや、九峪さんではありませんか」
 街の真ん中で声をかけられ、振り返ると音羽がいた。女で俺より身長が高いから異様に目立つ。俺もこの世界じゃ割と身長は高い方だから、二人並んでいるとかなり目を引くだろう。お互いそれを気にする性格でもないが。

「奇遇だな。音羽は何か用事か?」
「槍を鍛冶屋に出してまして。それを受け取りに」
「ふぅん。鍛冶屋か。ついて行ってもいいか?」
「別に構いませんけど」

 音羽は気さくに応じて歩き始める。

「そう言えば九峪さんの剣も大分傷んでいましたね」
「ああ、そう言えばそうだな。まぁどうせ敵から奪った奴だから」
「どうでしょう。一本きちんとしたものを拵えてみては。これから行く鍛冶屋はこの辺りでは腕利きですから」

「んー、まぁ確かにそれはそうかもな」
「……あまり乗り気じゃありませんか? でも、いざというとき剣が折れたりしてしまっては、それこそ命を落とすことにもなりかねませんよ」
「刃は欠けるもの、刀身は折れるもの。所詮剣など消耗品に過ぎない。だから、剣を選ぶ内は半人前だってのが持論でね」

「愛着とか、湧きません?」
「何? 音羽って自分の槍に名前とか付けてたりするのか?」
「……駄目ですか?」
 大柄で大人っぽい音羽だが、首を傾げたその仕草は、どこか子供っぽい。やばい、ちょっと萌える。

「別に良いと思うけどね。そっちのが一般的なんじゃねーの?」
「ええ。やっぱり慣れた得物を使った方が、戦いやすいですし。どんな武器を持っても強いというのが、それは確かに一番良いんでしょうけど、私はそれほど器用じゃありませんから」
「言うほど不器用にも見えないけどな」

「いえ、私など全然です。得手としている槍ですら、まだ使い慣れたものでないと自在には操れません」
「音羽ならそこそこ使えれば大抵の敵には問題ないと思うけどな」
「そこそこの敵ばかりであれば、それでも良いのでしょうけれど」

 敵はそこそこではない、ということか。それは確かにその通り。狗根国軍は強い。万全で挑みたくなる気持ちも、分からないじゃない。

 鍛冶屋の前にさしかかって音羽は頼んでいた槍を半金と引き替えに受け取る。長身の音羽が操る事を前提にするにしろ、規格外の長槍だ。三メートル近いだろう。こんなもん使ってるから、他の槍がしっくり来ないんだと思うが、うっとりとしながら槍に頬をすり寄せている音羽を見ると何も言えない。

 音羽の普段のしっかりとした姿とのギャップを楽しんでいると、男が一人鍛冶屋の前に現れた。同じように武器を預けていたらしい男は、フードを目深に被ってさらに顔を覆っているので、人相はよく分からなかった。変な格好の奴だなと思ったが、俺からするとこの世界の人間全般に言えることなので、それが本当に辺かどうかも一概に言えない。こういう輩も、実は結構いるのかも知れない。

 男は剣を受け取ると、鞘から僅かに抜き仕上がりを確かめ、無言で礼金を渡す。そのまま立ち去るかと思ったが、こちらを見るとぼそっと一言つぶやき、忌々しげな視線をよこした。

「……?」
 何が言いたいのか、言葉の意味がよく分からなかったが、男は言うだけ言って溜飲を下げたのか、それとも他に用事でもあるのかそこから立ち去った。

「はっ、私ったら。すみません九峪さん、一人でぼーっとしてしまって」
 ようやく正気に戻った音羽がこちらに向き直る。

 俺は何となく視線で男の姿を追っていたが、直ぐに男の姿は人混みに紛れてしまった。






「『贖え』、か?」
「ああ、確かにそう言ってたぜ」
「またどこかで恨まれたか」

 心当たりが無いな、とあまりにも嘘くさい事を平然と呟いた深川は、湯上がりの濡れた髪を丹念に拭いている。一緒に入っていたのか、もう一人のちっこい深川……、じゃなかった淺海も夜風で髪を乾かしている。俺も行けば良かったか、と思ったが残念ながら留主の館の風呂は混浴ではないのだ。あくまで現状はだが。

「聞く限り、その男とやらは伊尾木ヶ原で反乱軍を助けた男と特徴が合致するようだが」
 淺海は知り合いか? なんてどうでも良さそうに聞いてくる。

「特徴って言っても、顔隠してる男で剣を持ってるって事だけだがな」
「そんな怪しい形の輩がそんなに多くいるか」
「いないのか?」
「街を回っていれば見当くらいつくだろう」

 そう言われたが、街と言ってもそれほど大きなものじゃない。人口だってせいぜい千人かそこらだろ。それだけしか知らないのに、全部が分かったような事を言う方がどうかと思うが。

「まぁ同一人物だったからといって、どうという話でも無いだろうが」
 深川はばっさり切り捨てると、あらかた乾いたのか、髪を拭くのを止めて燭台の炎を吹き消した。

 衣擦れの音。ぱさりと衣が落ちる音。
 急に訪れた闇に、視界は真っ暗だが気配だけで大体深川の動きは分かる。

 そっと、手が頬に触れる。風呂上がりの割に、ひんやりとした手のひら。
 それからするりと腕が頭を抱え、顔に柔らかくて、部分的に硬いものが二つ触れる。
 心臓の鼓動が高鳴っているのが分かる。

 俺のものか、深川のものか。

 冷たいと思っていた肌が、一気に熱を持って行く。

「……あー、そういえばな」

 腰を抱き寄せながら、言っていなかった事を思い出す。

「その男って、日魅子の――――だったぞ」

 深川の爪が、後頭部にめり込んだ。

「ぬおっ、痛てえっ! 深川爪、爪! 背中くらいなら良いが、頭皮はやめろっ! はげたらどうする」
「――あいつの、なんだって?」

 殺気か、恐怖か、強ばった声。

「何って、知ってるだろ?」
「そんな馬鹿な話があるのか?」
「あったんだから、あるんだろう」

 深川の腰を抱いて、そのまま押し倒す。これ以上頭皮を破壊されるのは勘弁だ。

「……贖えか。ふん、あの痴れ者め」

 何かに納得したように、したくも無かったかのように毒ついた深川の口を塞ぐ。

 話はやることをやった後に、もう一度することにしよう。

 ――事が終わって、もし覚えているようだったら。













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【2008/04/20 20:48】 | 小説 | コメント(1) | page top↑
深川偽伝19



 あいつのところに転がり込んだのは、見ていられなかったから。
 誰かが近くにいてやらないと、どうにかなってしまいそうだと思ったから。

 それは、まったくの勘違いではあったわけだけど、それでも、そんな私の行動に感謝はしていたようだった。

 それから、どのくらい一緒にいただろうか。
 時間など問題ではないと思いはするが、私はその間にあいつにとって必要な誰かに、なることが出来ていただろうか。



 深川偽伝
 十九節 友軍



 必要無い気もするが、あの年増が一夜にしてつるぺた幼女になった事の顛末を一応語るとしよう。

 反乱軍にあいつを連れて行く為には、どうしたってその顔をどうにかしなければならなかった。深川の面は亜衣や伊万里達に割れているし、事によれば羽江も知っているかも知れない。

 下手に隠しても何れ露見するだろう。ならばいっそ隠す必要もないように整形してやればいい。

 問題を単純に解決するために右目を抉った。それで終わらせるつもりもなかった。敵に回られても困る。寝首を掻かれる心配もある。両目を奪うくらいむしろ当然の処置だろう。合法的に顔半分を隠せるなら、後は頭を丸めでもすれば誰だか分からなくなるはずだと、そう思ったのだが。

「――どけ、九峪。別に殺そうってわけじゃない」
 私のとれる最大の譲歩。両目で駄目なら両腕か両足だ。勿論、両目を奪った後で、足の腱を切るくらいは考えていたが。

 九峪はそこのそれを守ろうとする。苛々する。誰がどう見たって守られなければならないような人間ではない。

「……やれやれ、嫉妬かい? 怖いねぇ我ながら」
 私と九峪の睨み合いを、茶化すように笑うそいつ。片眼を抉られながら、平気な顔して笑っている。

「九峪と話すよりお前本人に言った方が早いな。これくらいの覚悟は当然あるんだろう?」
「覚悟ならあるさ。だが、人相を変えるくらいなら、こんな不細工なやり方しなくても出来るんだけどね。それくらいお嬢ちゃんも左道士なら理解していると思ったが」
「生憎と私は左道使いではあっても、左道士ではない」

 言葉のニュアンスの意味を、年増は分からなかったようだが、私が何かを知らないという事は伝わったようだ。

「それでこの仕打ちか。まぁ、目玉なんぞまた生えるから構いやしないけどね」
「生えるのか?」
「人体操作は得意分野さ。で、要は反乱軍の連中に私が私であると分からなくすればいいんだろ?」
「変装など却下だぞ。いずればれる」
「変装? そんな温い事はしない。私がやるのは、そう、変態だ」
「…………」

 白い目で年増を見る。何かの冗談か? 変態だってそりゃお前は変態だろう。それも筋金入りの。私より劣悪な環境で育ったせいで吐き気がするような変態になっている事だろう。

「何か勘違いしている様だが、まぁ、やれば分かる。それにはこの色男の協力が必要だ」
 そう言って、年増は九峪の事を抱き寄せる。

 絡みつくように背後から抱いて、艶めかしく、体をなぞるように手を這わせる。

「何の、冗談だ?」
 軽く殺意が芽生える。

「ついでに楽しもうじゃないか。大分溜まってるんだろう? すっきりさせてやらなくてはな」
 年増が九峪の首筋に口付けた時点で、九峪の理性が吹っ飛んだ。獣と化して襲いかかる九峪を、年増は嬉しそうに受け入れていた。



 それから、まぁ夜が明けるくらいまで半日ほど、何故か私まで混ざっての乱痴気騒ぎ。火のついた九峪を宥めるには、相手をしてやるしかないし、その役目を横取りされるのもシャクだったのだから仕方がない。

 ともかく、事が終わった後で気付いたときには、そこには年増と呼べる女はいなくなり、変わりにいかがわしい行為をすると犯罪になりかねない少女が一人いたわけである。

 ――所謂、房中術という奴だろう。

 性行為によって精を循環させる仙術の一つ。あくまで循環なわけだから、この場合性交に加わった私や九峪は逆に歳を取るべきなのだが、恐らくは九峪の精気が尋常ならざる容量の為に、特に変わった様子はない。

「……やりすぎた」
 当の年増改め幼女は、予想外に若化してしまった事に愕然としていた。私としては都合がいい。ギリギリ十代の体になってくれたおかげで、体力面での力関係も逆転したからだ。

 今の状態なら、肉弾戦でも勝てる。

「まぁ、確かに外見からはお前がお前だと分からなくなったな。くっくっく、お似合いだよお嬢ちゃん」
「……ふん」
「妙な特技があって助かったな。両手足切り落とされずに済んだ」
「なんだ、やらないのか?」
「やれば、私が九峪に殺されかねないからな。覚えておけよ。あいつはお前が弱者である限り最強の味方ではあるが、裏切ればその瞬間誰よりも無慈悲な処刑人に変わる」
「裏切る? そのつもりはないし、必要もないだろう」

 高らかに寝息を立てている九峪の胸にすり寄って、頬を染める幼女。

「望外な事だが、ここは存外居心地がいい。お前が離れたがらないのも頷ける」
「……誰に渡しても、貴様にだけはやるつもりはないぞ」
「おかしな事を言う。お前のものは私のもので、私のものもお前のものだろう。何せ私たちは同じ人間だ」
「反吐が出そうになることを言うな。よく似ただけの他人だ」
「やれやれ、分かってるだろうに。まぁいいか。だったらきっちりと分けることにするか。名は体を表すと言うし、まずは名前から」

 確かに、呼称を変えれば見方も変わるかも知れない。
 どのみち、同じ呼び名で通すわけにはいかないし。

「今日から私は淺海。深い川に対して淺い海。短絡だがなかなかいいだろう?」
「少なくとも、覚え易い事は認める」

 そしてそれは重要なことだ。
 女二人を侍らして、寝息を立てる大馬鹿者に覚えて貰うためには、分かり易いというのは何より重要なのである。






 反乱軍にとって街を一つ解放できたというのはこの上なく大きな事だ。
 しかも攻城戦をすることなく城郭付きの街を落とせたというのが、あまりにも美味しい。

 攻城戦をすれば例え勝てたとしても街自体に少なくない被害を与える。折角要塞としても使える城郭を壊すことにもなりかねない。全てを無傷で手に入れると言うのは、流石に亜衣も想定していなかっただろう。

 考え得る最上の結果。人的被害は確かに大きかったが、街一つを拠点として持った事で、志願兵は一気に増えるだろう。それだけの成果である。

「次の攻略目標は去飛か児湯か」
「どちらも小さな街だから落とすのは容易いな。無視してもいいくらいだ。どうせ駐留している狗根国軍もタカが知れている」
「ならばその先の美禰」

「攻略順は趣味の問題だろう。どのみち今回の戦で反乱軍も半壊状態。兵力の補填と調練が終わるまで動けやしないさ」
「かといって、悠長にしていられるだけの時間も無い」

「方針くらい聞いてるんだろう」
「基本的な目標は火向の解放。つまりどこの街を落とすかはともかく、前提として国都川辺の攻略を念頭に置いているはずだが」
「当然そうだろう、が。あそこの守りは堅牢だ。その上、狗根国の精兵千が常駐している。上手くおびき出したところで、野戦ですら必勝とはいかないだろう」

「まぁ、考えるのは亜衣の仕事だ。どうにかするだろう」
「適当だな」
「私が考える程度の事は既に分かってる。そう言う奴だ」

 昼間から淺海と二人、日にも当たらずどうでもいい問答。見張りと言えば見張りだが、実のところ私はそこまでこいつの事を警戒していない。

 間諜としての危険性についてはあまりにも自明だが、今はまだ行動を移すとも思えない。それは自分自身に対する一定の信頼と言ってもいいかもしれない。まだ、こいつは裏切らない。裏切れない。

 ここで例えば星華の首を手みやげにしようと考えたとして、現実的にそれが可能であるとは思っていないだろう。
 殺すことは、確かに可能かも知れないが、その後で確実に自分も殺される。そんな無様な自爆を良しとする奴じゃない。自分の命が第一。何よりも、それが優先される。私との決定的な違いも、或いはそこにあるかもしれない。

 何より、つい先ほど亜衣に聞いた話が本当であれば、反乱軍にいる誰かを暗殺したところで、まるで意味がない。街一つを失った事への対価には、あまりに不足なのだ。それが星華の首であれ、おそらくは。

 淺海にはまだその話はしていないが、恐らくは既に知っているはずだ。九洲の世情に関して、現状ではまだこいつの方が反乱軍より詳しいだろうから。

「――深川さん。いらっしゃいますか?」
 部屋に衣緒が顔を覗かせる。用件は知れていた。

「例の使いが来ましたので、護衛の方お願いします」
「了解した」

 腰を上げると、淺海に目で訴える。妙な真似をすればどうなるか、分かっているなと。

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 淺海はそう言って、私に子供らしからぬ笑みを向けた。






 星華と亜衣が常駐している執務室に、今は私と知らぬ顔が一人いる。私はその知らぬ顔から二人を警護する為に呼ばれているのだが、そこまで気を使う必要は無かったかも知れない。

 それでも、いつどこから暗殺者が来るとも限らないこの状況で、警戒する気持ちは分からないでもない。まぁ、亜衣も星華も並の暗殺者では返り討ちが関の山だろうが。ちなみに本来こういう警護を担当するべきは、音羽や清瑞なのだが、例によって人手不足の反乱軍は、二人を警護目的で遊ばせておく余裕がないのだった。

「耶麻台国再興軍、か」
 反乱軍、等という小規模なものではなく、再興軍を名乗る連中からの使い。その御旗に掲げられているのは星華と同様、耶麻台国の王族であるらしい。

「既にお聞き及びのことかと存じますが、我が軍は火後にてその国都を開放することに成功しております。火向での反乱の報を聞き、急ぎ参じた次第でして」
 国都を一つ開放。つまり、一度決定的に敗北し、瀕死の状態で奇跡的に街一つを落とすことが出来た反乱軍とは、比較にならない勢力を有していると言う事だろう。

「それはどうも。で、何が目的です?」
 使者に対して不躾けに応じる星華。人間がちっちゃいから、自分より上手くやっている王族がいるのが気に入らないんだろう。まぁ、耶麻台国の再建がこのままとんとん拍子に運んだとして、その後でどちらが上に立つかはその過程でどちらがどれだけ活躍したかで決まるのだろうし、対抗意識を燃やすのは当然といえば当然だが。

 使者の太った男は、その横柄な態度にも気分を害した様子も見せず、ニコニコと人を食った笑みを浮かべている。狸親父というのがこれ程しっくり来る輩も珍しいだろう。星華が交渉する限りに置いて、手玉に取られるのは目に見えているが、亜衣は特に口を出す気配もない。

「目的などと大それた事でもありませんが。取りあえずは、故国を取り戻そうと、志を同じくするものとして、ご協力できるかどうかの確認に参った次第です」
「……それは、そちらの態度次第ですけれどね」
「無論、我々もそれは同様です。そして、私はこの地に参り確信いたしました。下手なさぐり合いなど無意味。直ぐにでも手を取り合い、協力するべきだと」

 再興軍も馬鹿じゃない。反乱軍がもし野党の群れの様なものだったら、協力体制など敷くだけ無意味、とまでは言わないまでも、あまりメリットはないだろう。しかし、それなりに使えると判断したと言うことか。この狸親父の腹の中を探るのは難しいから、はっきりとは分からないが。

「しかし、協力とは言いますけれどもね。火後と火向では互いに連携を取ることも難しい。口約束程度でいいならば、協力はできるでしょうが、現実的にはどうしようもないでしょう」
「無論、今すぐにどうこうと言う話では無いでしょう。しかし、いずれ必ずあなた様方は火向を解放するでしょう。そうなれば、話は別になる。それに、大きな部分で協力出来ないまでも、情報の共有や物資のやりとりなど、まるで何も出来ないわけでもありません」
「そうね。まぁ、それはそうだわ」

 基本的に再興軍は友軍である。それは間違いがない。後々、星華と再興軍の王族とやらの確執から、仲違いする可能性はないわけでも無いが、現状ではどちらも同じ敵を持つもの同士。

「詳しい話はまた次の機会という事になるでしょうが、同盟関係を築けないものかと思うのです。それは後々きっと両軍の為にもなりましょう」
「断る理由は無いわ」
「それはよかった。では、私は一度戻りまして、話をまとめた後また伺いたいと思います。そうですね、そのときは同盟を記念して、何か手みやげでも持ってきましょう」

 狸親父はそう言って出て行った。
 唐突に現れた友軍。それは喜ぶべき存在なのか、後々やっかいになる存在なのか、今はまだ誰にも分からない。






 不確定な未来。
 納得がいかないことばかりの世界。
 それでも最低限、生きていくことに困りはしない。最低最悪でも、私の幸せとやらは、何とか確保できている。

 これからそれが失われる可能性は、洒落や冗談で済ますには多すぎて、考えれば憂鬱になることは確かだけど、それでもなんとか出来るはずだと、自分に言い聞かせる。

 どうにもならない事など、本来何も無いはずだ。

 私の望みは、言葉にすれば本当に他愛もない、小さな事。
 人を一人、守りたいだけ。

 どうしようもない人を一人、守ってやりたいだけなんだから。

「九峪……」

 胸に顔を埋め、寝息を立てるこの男だけが、今の私の全ての望み。













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【2008/04/06 21:55】 | 小説 | コメント(1) | page top↑
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