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深川30
 深川
 三十話



 自らを鼓舞し続けなくば、立っていることもままならない。
 僅か三百の守り手に、八百の軍勢は強大に見えた。

 敵は必勝を期してこの戦に挑んでいる。当麻へ向かった軍勢が引き返してくるまでと決め、ひとときも休むことなく攻め寄せるだろう。あちらにしても背水の陣。激しい戦いが予想された。

 音羽は元は将軍職にあった父の恩恵で今の立場にいる。
 無論女にしては大柄な身体と、復興軍でも屈指の槍の使い手としての立場もある。

 だが、それでも籠城戦など経験はないし、本格的な戦争というのも初めてだ。小競り合い程度の戦ならば気負いもしまいが、自分の双肩に復興軍の運命がかかっているとなれば、硬くならぬ方がおかしい。

 ――私に、やれるだろうか。

 代わりはいない。
 初陣で大任を任された事になるが、それも信頼故のことだと割り切る。

 ――私なら出来ると考えて下さったのだ。

 期待に応えなければならない。それが尊崇する火魅子からのものとあれば、奮い立たねば武人ではない。

 何処かでそれが自己欺瞞だと知りつつ、それでも信じ込むことで自らを支える。

 音羽は悲壮感にも似た覚悟を決めて、もう一度狗根国軍を睨み付けた。






 戦いそのものは拮抗していたと言っていい。音羽は良く守ったし、狗根国軍は良く攻めた。彼我の戦力差から言えば狗根国軍に分はあったが、死にたくないという意志と、逃げ場がないという現実。加えて火魅子が何とかしてくれるという心の支えがあって、士気を維持し続けられたことが要因だろう。

 半日激しい攻防が続き、その日は何とか凌げそうだと言う状況だった。明朝には当麻に向かった別働隊が狗根国軍の背後に回り込んでいる。凌ぎきった時点で復興軍の勝ちは動かないものと思われた。

 ――だが、しかし。

 突如狗根国軍は部隊を翻し、川辺城へと転身をはじめた。音羽は状況が読めずに困惑する。どのみち当麻に残っている兵力だけでは追撃は難しい。僅か半日の攻防とは言え、明確な勝ち戦をしたわけでもなく、大多数のものには初めての戦いである。被害の大きさと疲労具合を考えればとても動かせるような状況ではなかった。

 それに、誘いであるとも限らない。こういうときにこそ、火魅子の判断が欲しいというのに、その火魅子はまだ帰ってはいなかった。

 自分が持ち場を離れるわけにも行かず、どう判断すべきかも分からない。それが適切かどうかは分からないまでも、どのみち音羽にはその場に留まる以外の選択肢はなかった。

「それにしても、遅いな」
 火魅子であれば戦場をまっすぐ突っ切って戻ってくることだって出来るだろうに、姿は現さないまま。持ち場を離れるわけにはいかないまでも、捜索に誰か出した方がいいのかも知れないと悩む。

「こんな時に清瑞がいれば」
 川辺まで乱破を送り込むにしても、撤退中の狗根国軍の斥候と出くわさないようにたどり着けるものは不在だった。万に一つなど有り得るわけもないというのに、音羽は名状しがたい不安に襲われていた。

「音羽さん」
 掛けられた声に顔を向ければ、一軍を率いて当麻に向かったはずの志野だった。

「志野殿。なぜここに……」
「当麻の街での攻防が到着前に決着してしまったので、亜衣さんと相談して少し早いけれど引き返してきたの。早朝になってこちらの状況を把握するよりも、先について置いて兵を伏せておいた方が何かあったとき即応できますので」

「なるほど」
「あの、火魅子様は?」
 当然いるべきだと思った日魅子がいなかったことに、志野は不思議そうに訊ねる。それに、音羽はなんと答えたものかと返答に窮し、黙り込んでしまった。

「まさか」
 志野が最悪の展開を予想した事に気づき、それはないと首を振る。
「戦いが始まる少し前に街を出られた。なんでも確かめたいことがあるのだそうだ」
「確かめたいこと? こんな状況の時に?」

「…………」
 志野は黙って自分を見つめる音羽の視線に、何か良くない事が起こったのだと察する。

「それは、早々に狗根国軍が撤退したことに何か関連があるのですか?」
「それは分からない。が、多分無いだろう」
「では、一体……」
 本当は察しが付いていた。志野は誰よりも感情の機微に聡い。音羽が自分に言いにくいようにしていることで、結論は既に見えていた。でも、理解はしたくなかった。

「……志都呂、と言ったか。川辺城に偵察に向かって戻っていない。その報せを聞いて」
「そう、ですか……」

 ああやっぱりと思うと同時に、急に周囲の現実感が消え失せた。

 そして何故? と問いただす。志野は志都呂の能力を知っている。誰よりも信頼している。過剰に見誤ると言うこともなく、出来ることと出来ないことの区別くらいは付く。間違っても、ただの偵察如きをしくじるような人ではない。

 ならば何故? 一体どうして志都呂は帰ってこないのか。

 無理矢理頭を理性的に働かせることに努め、湧き上がる感情を押しとどめようとする。結果としていつも浮かぶ柔らかい人好きのする笑みは消え失せ、能面のような感情のない面を晒す。

 音羽はその表情に気圧され、自分の意志と無関係に一歩後退っていた。

「すみませんが、音羽さん。亜衣さんに伝令を出しておいて下さいますか。火魅子様の事も含めて。私が戻るのが筋でしょうが、あの方に万が一があっては困ります。清瑞さんに頼んだ方が確実かも知れませんが、今は急いで私が向かった方が得策でしょう。何か起こっているのだとすれば、時間が惜しいですし」

「それは、構わないが」
 大丈夫かと問おうとして、音羽は言葉を引っ込めた。慰めも励ましもいらないと、能面のような顔が訴えているような気がしたから。

「では、宜しくお願いします」
 志野は静かに頭を下げて、音羽の前から立ち去った。






 川辺城へと向かった日魅子。心はバラバラで今自分が何を考えているのかも上手くまとまらず、ただそこに行かなければと言う思いに押されるように。

 余人ではその何の変哲もない森の中に、変化を見つけることなど出来なかっただろう。夥しい血を地面と周りの木々が吸った痕跡を、知覚できるのは野生の獣でもなくば不可能だ。だが、火魅子としての能力は迷いもなくその場所へ日魅子をもたらした。そして、なけなしの痕跡から、そこが最期の場所であることを日魅子に教えていた。

「志都呂……」
 名前を呟くと同時に湧き上がってくる優しい笑顔。

 それほど知っているわけでも無い。それほど親しいわけでもない。日魅子にとってその死は本来心を痛めるだけの価値など無いものだ。一人の兵が死んだ。ただそれだけ。今は戦時であり、自分は戦争を起こした張本人。そんなものに心を砕いている暇などありはしないのだ。

 指揮官として、表向きはどうあれ内面は兵士の命など駒のように扱わなくてはならない。戦争とは、その命を使って勝利をもぎ取るものなのだから、駒の一つの死を悲しむ意味はない。その死をもって勝利へとつなげることこそが求められているのだから。

「…………」
 そんなことは分かっていて、知識としてなら嫌と言うほど刷り込まれていて、火魅子としての自分が割り切れ、切り捨てろと、心を軋ませる。悲しんでいる振りなどするなと、人間らしくあろうとするなと、少女としての日魅子を責め苛む。

「出来るわけ、ないじゃない」

 人を捨て、神になれるのならば辛いことなど無くなる。それでも、それを切り捨てる事など出来ようはずもなかった。

「私は、姫島日魅子なんだから」
 溢れ出す涙は止められなかった。志都呂を失った事で、悲しむ人間を知っていたから。あの顔が涙に染まると思うだけで、やりきれず、悔しくて、自らがふがいなかった。

 それでも……、いや、だからこそ泣くのはお門違いだ。今泣いているのは、志都呂が死んだことを悲しんでいる涙ではないから。志野に恨まれるのが辛くて、怖くて、自分の為に涙を流しているのだから。そんなものは、志都呂にも志野にも失礼なだけだ。

「カカカカカ」
 不気味な笑いが、日魅子の頭上に降り注ぐ。
 まるで日魅子の涙を嘲笑うかのように。

「何を泣く炎の女王」
 魔界の瘴気を衣のように身に纏い、現れた骸骨を日魅子は驚きにも似た表情で向かえた。それが魔界の黒き泉で人外の力を得た人間であることも、火魅子の知識から瞬時に理解したが、それでも外見の醜悪さは日魅子にとって九洲に来てから最悪のものだったから。

「何者」
 明らかな敵。そしてこの場所にいるという事は、日魅子にとっても今一番会いたい相手には違いない。そう知りつつも、問いただしていた。

「狗根国左道士官、蛇蝎。以後お見知りおきを、火魅子」
 しわがれた声とともに、カチカチと耳障りな音がなる。唇も無くむき出しの歯が打ち合わさって鳴る音だ。

「蛇蝎ね。貴方が、志都呂を殺したの?」
「志都呂? ああ、あの乱破の事か。儂が殺したわけではないが、似たようなものかの」
「そう」
 日魅子の身体を炎が包む。怒り任せに発動された炎は、ムチのようにしなって蛇蝎を打ち据えた。

「カカカ、これは溜まらんな」
 しかし、蛇蝎は笑いながらその炎のただ中で変わることなく立っている。日魅子はそれをみて小さく舌打ちした。

「影か」
「察しの通りじゃ。カカ、それにしても高が乱破の一人を殺された程度でなぜお主ほどの者がそれほど怒るのか。乱破など所詮使い捨ての駒。敵陣で死して普通であろうが」

「そう言う事じゃない!」
 荒れ狂うように日魅子の力が増す。木々がなぎ払われ、周囲は一面焦土と化した。

「そも乱破の死など敵のせいにする方がどうかしておる。殺した者がいるとすれば、死地であることを承知で送り込む指揮官、お主の方であろうが」
「……! わかって、る」
 表情を歪めながら、蛇蝎の正論を噛み締める。

「やれやれ、今代の火魅子は戦の常識すら介せぬか。これは理解が必要な事ではない。そうあるべき当たり前の事だ」
「分かっている、それくらい」

「いいや、分かっておらんな。まぁそうあってくれた方が好都合というもの。せいぜい迷うがいい」
 カカカ、と哄笑をあげて消え去っていく蛇蝎の影。日魅子は忌々しそうにそれを睨み付ける。

「ああ、言い忘れておったが、あの乱破ならばまだ生きておるぞ。取り戻したくば、川辺へ……」
 笑いと共に消えた蛇蝎の影。
 最後の言葉の意味を吟味する。志都呂が生きている。誘いだろう。100%罠だ。生きているというのもなんの根拠もない。

 分かっている。いや、分からない。
 可能性がゼロに等しくとも、それがゼロでないというのならば……。

「待ってて。今、助けるから」
 自分に言い聞かせるように呟いて、日魅子はもう目と鼻の先の川辺へと足を向けた。













追記:
 ………………やはっ! 久しぶりの更新になってしまって申し訳ない。忙しかったんだよ、忘年会とか忘年会とか忘年会とか。酒のみまくってたワケじゃないけどね。多分。
 年末すぎて暇になってきたので深川の続き書いてみました。過去編を今年中に終わらせるために明日も更新する……と思う。半分くらい書いてるからきっと大丈夫でしょう。なんの保証もないけど。


 ではweb拍手のお返事でも。
 12日分。うわぁ~、随分前だなぁ。

23:43 ストレートに言ってしまいますが、幻聴記の続きが読みたいです。
 と頂きました。
 ストレートに言って頂いて何よりです。年末年始で少し頑張ってみようかなぁと思います。正直何の話だったか思い出すところからはじめなければならないのですが。
 コメントありがとうございました。

 続いて22日分。

22:23 come on!
 と頂きました。
 お待たせしていて(色々と)何の話か分からないのですが、色々と頑張りたいと思います。
 コメントありがとうございました。

 他にも叩いて頂いた皆様に感謝申し上げます。


 では本日はこの辺でヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ
【2006/12/27 19:21】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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