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深川54
 深川
 五十四話



「九峪、今更だが、言っておきたい事がある」
 星華を追って走る九峪の背中で、深川は唐突に口を開いた。
「なんだ?」
「お前の中から蛇渇をとりさることが出来たとして、そのときお前が炎の御剣の加護をも失っているなら、私とお前はただの火魅子殺しの罪人でしかない」
「……まぁ、そうだな」
 形はどうあれ、火魅子を殺してしまった事実は消えはしない。

「直ぐに殺される事が無かったとしても、行き着くところは多分同じだぞ」
 深川も分かっている。それでもなお、今の九峪には時間が無く、手段など選んでいられない事を。
 最善を求めるならば、同時に最悪に落ちる事を許容しなければならない。どこにも救いのない終わりを迎える事を、認めなければならない。奇跡を求める代償は、大抵破滅でしかないんだから。

「なぁ深川」
「なんだ?」
「結局、お前ははじめ何を願っていたんだ? 剣と鏡で叶えたい願いがあったんだろ」
 九峪は答えるべき言葉がないのか、答える事で終わってしまいそうな何かを嫌ったのか、関係のない問いを口にしていた。

「……ふん、例えお前にだろうが言うつもりはない」
「なんだよ、気になるな」
 おどけた調子の九峪に、深川は重苦しい沈黙を返す。九峪も別にそれ以上聞こうとは思わなかった。

 別に聞かなくとも、今の深川の願いならはっきりと聞いているのだから。

『私だけは、お前の味方だ』

 そう言いきってくれた、ただそれだけで良かった。






 キョウが何事かぶつぶつと呟いた。
 その瞬間九峪の体が背後にはじき飛ばされ、九峪がいた場所には蛇渇が残っていた。ただ、蛇渇だけが残っていた。
 はじき飛ばされた九峪は、後方に控えていた深川にぶつかって、深川を押しのけるような形になって、それが結局深川を庇う形になっていた。
「あっ……」

 胸に灼熱が走った。見れば細身の剣が突き刺さっていて、数瞬遅れてそれが志野の剣である事を判別する。しかし、それを突き刺したのは本人ではなく、煌びやかな衣装に身を包んだ星華だった。
「ふん」
 不満そうに鼻を鳴らす星華。狙った獲物を外した事への不満。だが、これはこれでいいかと、そんな事を考えている顔だった。

「九峪!」
 名を叫び、駆け寄ろうとした深川を星華がひと睨みで黙らせる。彼我の戦力差は歴然。深川では例えどんな策を弄しても今の星華に勝ち目はない。

「ごふっ、が」
 血を吐き出し、崩れ去る九峪。ずるりと剣が引き抜かれ、滴る血が深川の目に焼き付く。

「駄目じゃないか星華。九峪は剣の主。儀式が終わるまで生きていて貰わないと扉が開けないよ」
 キョウが少しだけ困ったようにそう言うと、星華は思い出したようにキョウへと視線を移した。

「私は一体どうしていたのかしら。困ったものだわ本当に。こんな邪霊の甘言に唆されるなんて」
「じゃ、邪霊って酷いなぁ」
「天界の扉なんて私には不要だって言うのに、魔が差してしまうところだったわね。危ない危ない。でも、別に火魅子のである私にはそんなもの必要ないのよ。それはあなたもさっき言っていたとおり。誰かに頼る必要なんて今の私には無いんだから」
「……じゃあ、どうするのかな?」
「あなたをたたき割り、その忌々しい剣をへし折って、この騒動の幕引きとしましょう」

 静かにそう言って、一歩天魔鏡に近づいた。

「そうは行かぬ」
 立ちふさがったのは蛇渇。本来的にキョウと同質の目的を持つ蛇渇もまた、儀式を邪魔するものは敵。
「九峪さんと言う盾が無くなった今、ただ少し強いだけの左道士風情に私が止められるとでも?」
 星華は楽しげに笑う。

「カカカカカ、劣化した火魅子相手ならば、この老骨でも少しは相手になるであろうよ」
「思い上がりも甚だしい」
「思いこみは愚かしい」
「いいでしょう。まず貴方から消え去りなさい、炎の御剣!」
「お主を殺して今こそ我主従の頸木から解き放たれん!」
 こうして最後の戦いは始まった。






 蛇渇と火魅子の激戦は片野城の八割を壊滅させたが、その災厄の渦中にあって尚、その空間は静かだった。
 どくどくと流れ出す血を手で押さえながら、もう目を開ける事もないだろう愛しい人を抱いている深川。最後の最後で守られてしまった。今この場で逃げ出せば、きっと逃げ切る事だって出来る。もう深川には誰も用は無いのだから、追っ手が付く事もないだろう。
 九峪は深川を解放する機会を確かにくれた。それが偶然であれ、深川にとって最悪の形であれ。

「お前が死んでしまっては、何も意味はないだろうに」
 心臓の鼓動はとうに聞こえない。血が流れ出て土気色になってしまった九峪は、それでもまだ暖かみを残している。なんだか、どうにかすればまた目を覚ましてくれそうな。死に顔もただの寝顔に見えてしまう。

「困ったなぁ、これじゃ儀式が出来ないよ」
 避難するように深川と九峪の傍らに飛んできたキョウ。深川はその鏡の精を忌々しげに見つめた。全ての元凶。出来るならばこの場で殺してやりたい。粉々にたたき割ってしまいたい。

「まったく計画が滅茶苦茶。本当なら志野か伊万里のどちかを生贄に願いを叶えるはずだったのにさ」
「何?」
「おかしいと思った事無いかな? そんな事考えもしなかった? 人間から見れば殆ど不老長寿の天空人である姫御子は、一体何処にいってしまったんだろうって。寿命で言えばまだまだ生きていなければならないのに」
 キョウはため息を吐く。

「儀式をすれば術者は命を落とす。鏡の所有者も剣の所有者もね。だから最低限生きていてくれないと困るんだけど」
「それで我が良くば星華を生贄に厄介払いまで済ませてしまおうと思ったワケか」
「オイラにすればどっちでも良かったんだけどね。ようは儀式さえ出来てしまえば。蛇渇はちょっと壊れてるけど、基本的には一緒だよ」
「おかげでコイツはさんざんな目に遭ってきた」
「同情はしないよ。そう言う巡り合わせだったって言うだけ。オイラはオイラでオイラのやるべき事をやってきただけだし、蛇渇もそう。恨み辛みはお門違いだし逆恨みだよ。国家千年の計で動いているオイラには個人の悲劇なんて心底無意味だもの」
「だが、それもこれまでだな」
「うん、どうやらそのようだね。なかなか上手く行かないものだね」
 キョウは屈託無く笑って、深川は鏡に向かって拳を振り上げた。

「ちょっとお待ちなさい」
 そこに、水を差すように現れたのは寝太郎。
「君は?」
「私は寝太郎。竜宮の乙姫の遣いよ、キョウちゃん」
「乙姫の!」
 今まで飄々としていたキョウの表情が一変する。

「約束の千年。果たされた以上はこれでもう終わり。次の千年なんてもう無いのよ」
「そうはいくもんか! オイラ達はやらなくちゃならないんだ!」
「姫御子も、本当にどうしようも無いものを作ってしまったものね。それともこれが千年という時間のなせる業かしら。まぁ、いいわそんな事は」

 寝太郎はそう言って深川の方を見る。死んでしまった九峪を見下ろし、ため息を一つ。

「あなた達の願いは一応叶ったのね。それが例え一瞬であれ、確かにあなた達が望んだ通りに。九峪さんは蛇渇から解放された。二人とも生きたまま」
「一瞬では意味がない」
「一年なら実感が得られた? 百年なら思い残す事もない? でも、そうそう全てが叶うほど現実は甘くないわ」
「そんな事など知るか」
「分かっていた事でしょう。だから、あなたもそれほど悲しんでいない」
 言われて深川は否定はしなかった。

 分かっていた結果。想定の範囲内。それも確かに事実だ。不意の出来事ではあったが、それでも二人とも生き残れる未来なんて、深川には想像も出来ていなかった。九峪にだっておそらくは。それでも、悲しんでいないわけがない。悲しまないわけがない。生涯で唯一心を許せると思った相手の死。心が裂けそうな、泣き叫びたい衝動はのど元まで来ている。

 それを抑えているのは、未だ希望などと言う曖昧なものを持ってしまっているせいだ。

「九峪さんを助けたい?」
「出来ると言うなら、なんだってしよう」
「でも、それはさすがに無理」
「……ならば、後は」
「それでも叶えたい願いがあるというならば、貴方が天界の扉を開けばいい」
「できるのか?」
「貴方なら、一人で扉は開けられるわ。鏡も剣も、今の貴方なら所持できる」
「なぜ?」
「元々天魔鏡の器として蛇渇は貴方に作らせた。蛇渇が蛇渇のやり方で願いを叶えるために、天魔鏡の精霊を殺すものとして」
「……」
「だから、そこのそれは自分が万に一つ殺される事を恐れ、星華に貴方を殺させようとした。なんとも浅はかで愚かしい事だけど」

 深川はキョウを睨み付ける。結局は、キョウがいなければ全て上手く行ったかも知れない。キョウがいなければ、少なくとも今のこの気持ちを味あう事はなかっただろう。

 そっと、天魔鏡に手を伸ばす深川。
「や、やや、やめてよ! オイラはまだ、願いを!」
 阻む精霊の抵抗など無地味。深川の手が天魔鏡に触れたと同時に鏡の中に吸い込まれ、それきり静かになった。

「後は剣を」
 寝太郎に言われ、九峪の亡骸から剣を取ろうとして、ふと手を止めた。

「なぜ、私が剣まで持つ事が出来る? 私は鏡の所持者だろう?」
「なぜだと思う?」
 問いかけるような寝太郎。深川はワケが分からなかった。仮に蛇渇が深川を剣の所持者として作れていたならば、やはりそこに九峪が巻き込まれる要因も無かったはずなのだ。

「貴方は独りじゃないわ」
 寝太郎の言葉に、深川は目を見開く。意味ありげに下腹の辺りに視線を落とした寝太郎。深川は、知らずそこを守るように手を置いた。

「そう、なのか?」
「蛇渇にさんざん体をいじくられた貴方が、まだ子供を産める体だったと言うのは驚きだけど」
「そう、か……」
 まだ、人としての形も成していないだろう、しかし確かに宿った新たな生命。

「どうする?」
 寝太郎の最後の問い。

「私は……」

 深川は最後の選択を迫られた。














【2007/09/02 20:23】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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