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深川偽伝19



 あいつのところに転がり込んだのは、見ていられなかったから。
 誰かが近くにいてやらないと、どうにかなってしまいそうだと思ったから。

 それは、まったくの勘違いではあったわけだけど、それでも、そんな私の行動に感謝はしていたようだった。

 それから、どのくらい一緒にいただろうか。
 時間など問題ではないと思いはするが、私はその間にあいつにとって必要な誰かに、なることが出来ていただろうか。



 深川偽伝
 十九節 友軍



 必要無い気もするが、あの年増が一夜にしてつるぺた幼女になった事の顛末を一応語るとしよう。

 反乱軍にあいつを連れて行く為には、どうしたってその顔をどうにかしなければならなかった。深川の面は亜衣や伊万里達に割れているし、事によれば羽江も知っているかも知れない。

 下手に隠しても何れ露見するだろう。ならばいっそ隠す必要もないように整形してやればいい。

 問題を単純に解決するために右目を抉った。それで終わらせるつもりもなかった。敵に回られても困る。寝首を掻かれる心配もある。両目を奪うくらいむしろ当然の処置だろう。合法的に顔半分を隠せるなら、後は頭を丸めでもすれば誰だか分からなくなるはずだと、そう思ったのだが。

「――どけ、九峪。別に殺そうってわけじゃない」
 私のとれる最大の譲歩。両目で駄目なら両腕か両足だ。勿論、両目を奪った後で、足の腱を切るくらいは考えていたが。

 九峪はそこのそれを守ろうとする。苛々する。誰がどう見たって守られなければならないような人間ではない。

「……やれやれ、嫉妬かい? 怖いねぇ我ながら」
 私と九峪の睨み合いを、茶化すように笑うそいつ。片眼を抉られながら、平気な顔して笑っている。

「九峪と話すよりお前本人に言った方が早いな。これくらいの覚悟は当然あるんだろう?」
「覚悟ならあるさ。だが、人相を変えるくらいなら、こんな不細工なやり方しなくても出来るんだけどね。それくらいお嬢ちゃんも左道士なら理解していると思ったが」
「生憎と私は左道使いではあっても、左道士ではない」

 言葉のニュアンスの意味を、年増は分からなかったようだが、私が何かを知らないという事は伝わったようだ。

「それでこの仕打ちか。まぁ、目玉なんぞまた生えるから構いやしないけどね」
「生えるのか?」
「人体操作は得意分野さ。で、要は反乱軍の連中に私が私であると分からなくすればいいんだろ?」
「変装など却下だぞ。いずればれる」
「変装? そんな温い事はしない。私がやるのは、そう、変態だ」
「…………」

 白い目で年増を見る。何かの冗談か? 変態だってそりゃお前は変態だろう。それも筋金入りの。私より劣悪な環境で育ったせいで吐き気がするような変態になっている事だろう。

「何か勘違いしている様だが、まぁ、やれば分かる。それにはこの色男の協力が必要だ」
 そう言って、年増は九峪の事を抱き寄せる。

 絡みつくように背後から抱いて、艶めかしく、体をなぞるように手を這わせる。

「何の、冗談だ?」
 軽く殺意が芽生える。

「ついでに楽しもうじゃないか。大分溜まってるんだろう? すっきりさせてやらなくてはな」
 年増が九峪の首筋に口付けた時点で、九峪の理性が吹っ飛んだ。獣と化して襲いかかる九峪を、年増は嬉しそうに受け入れていた。



 それから、まぁ夜が明けるくらいまで半日ほど、何故か私まで混ざっての乱痴気騒ぎ。火のついた九峪を宥めるには、相手をしてやるしかないし、その役目を横取りされるのもシャクだったのだから仕方がない。

 ともかく、事が終わった後で気付いたときには、そこには年増と呼べる女はいなくなり、変わりにいかがわしい行為をすると犯罪になりかねない少女が一人いたわけである。

 ――所謂、房中術という奴だろう。

 性行為によって精を循環させる仙術の一つ。あくまで循環なわけだから、この場合性交に加わった私や九峪は逆に歳を取るべきなのだが、恐らくは九峪の精気が尋常ならざる容量の為に、特に変わった様子はない。

「……やりすぎた」
 当の年増改め幼女は、予想外に若化してしまった事に愕然としていた。私としては都合がいい。ギリギリ十代の体になってくれたおかげで、体力面での力関係も逆転したからだ。

 今の状態なら、肉弾戦でも勝てる。

「まぁ、確かに外見からはお前がお前だと分からなくなったな。くっくっく、お似合いだよお嬢ちゃん」
「……ふん」
「妙な特技があって助かったな。両手足切り落とされずに済んだ」
「なんだ、やらないのか?」
「やれば、私が九峪に殺されかねないからな。覚えておけよ。あいつはお前が弱者である限り最強の味方ではあるが、裏切ればその瞬間誰よりも無慈悲な処刑人に変わる」
「裏切る? そのつもりはないし、必要もないだろう」

 高らかに寝息を立てている九峪の胸にすり寄って、頬を染める幼女。

「望外な事だが、ここは存外居心地がいい。お前が離れたがらないのも頷ける」
「……誰に渡しても、貴様にだけはやるつもりはないぞ」
「おかしな事を言う。お前のものは私のもので、私のものもお前のものだろう。何せ私たちは同じ人間だ」
「反吐が出そうになることを言うな。よく似ただけの他人だ」
「やれやれ、分かってるだろうに。まぁいいか。だったらきっちりと分けることにするか。名は体を表すと言うし、まずは名前から」

 確かに、呼称を変えれば見方も変わるかも知れない。
 どのみち、同じ呼び名で通すわけにはいかないし。

「今日から私は淺海。深い川に対して淺い海。短絡だがなかなかいいだろう?」
「少なくとも、覚え易い事は認める」

 そしてそれは重要なことだ。
 女二人を侍らして、寝息を立てる大馬鹿者に覚えて貰うためには、分かり易いというのは何より重要なのである。






 反乱軍にとって街を一つ解放できたというのはこの上なく大きな事だ。
 しかも攻城戦をすることなく城郭付きの街を落とせたというのが、あまりにも美味しい。

 攻城戦をすれば例え勝てたとしても街自体に少なくない被害を与える。折角要塞としても使える城郭を壊すことにもなりかねない。全てを無傷で手に入れると言うのは、流石に亜衣も想定していなかっただろう。

 考え得る最上の結果。人的被害は確かに大きかったが、街一つを拠点として持った事で、志願兵は一気に増えるだろう。それだけの成果である。

「次の攻略目標は去飛か児湯か」
「どちらも小さな街だから落とすのは容易いな。無視してもいいくらいだ。どうせ駐留している狗根国軍もタカが知れている」
「ならばその先の美禰」

「攻略順は趣味の問題だろう。どのみち今回の戦で反乱軍も半壊状態。兵力の補填と調練が終わるまで動けやしないさ」
「かといって、悠長にしていられるだけの時間も無い」

「方針くらい聞いてるんだろう」
「基本的な目標は火向の解放。つまりどこの街を落とすかはともかく、前提として国都川辺の攻略を念頭に置いているはずだが」
「当然そうだろう、が。あそこの守りは堅牢だ。その上、狗根国の精兵千が常駐している。上手くおびき出したところで、野戦ですら必勝とはいかないだろう」

「まぁ、考えるのは亜衣の仕事だ。どうにかするだろう」
「適当だな」
「私が考える程度の事は既に分かってる。そう言う奴だ」

 昼間から淺海と二人、日にも当たらずどうでもいい問答。見張りと言えば見張りだが、実のところ私はそこまでこいつの事を警戒していない。

 間諜としての危険性についてはあまりにも自明だが、今はまだ行動を移すとも思えない。それは自分自身に対する一定の信頼と言ってもいいかもしれない。まだ、こいつは裏切らない。裏切れない。

 ここで例えば星華の首を手みやげにしようと考えたとして、現実的にそれが可能であるとは思っていないだろう。
 殺すことは、確かに可能かも知れないが、その後で確実に自分も殺される。そんな無様な自爆を良しとする奴じゃない。自分の命が第一。何よりも、それが優先される。私との決定的な違いも、或いはそこにあるかもしれない。

 何より、つい先ほど亜衣に聞いた話が本当であれば、反乱軍にいる誰かを暗殺したところで、まるで意味がない。街一つを失った事への対価には、あまりに不足なのだ。それが星華の首であれ、おそらくは。

 淺海にはまだその話はしていないが、恐らくは既に知っているはずだ。九洲の世情に関して、現状ではまだこいつの方が反乱軍より詳しいだろうから。

「――深川さん。いらっしゃいますか?」
 部屋に衣緒が顔を覗かせる。用件は知れていた。

「例の使いが来ましたので、護衛の方お願いします」
「了解した」

 腰を上げると、淺海に目で訴える。妙な真似をすればどうなるか、分かっているなと。

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

 淺海はそう言って、私に子供らしからぬ笑みを向けた。






 星華と亜衣が常駐している執務室に、今は私と知らぬ顔が一人いる。私はその知らぬ顔から二人を警護する為に呼ばれているのだが、そこまで気を使う必要は無かったかも知れない。

 それでも、いつどこから暗殺者が来るとも限らないこの状況で、警戒する気持ちは分からないでもない。まぁ、亜衣も星華も並の暗殺者では返り討ちが関の山だろうが。ちなみに本来こういう警護を担当するべきは、音羽や清瑞なのだが、例によって人手不足の反乱軍は、二人を警護目的で遊ばせておく余裕がないのだった。

「耶麻台国再興軍、か」
 反乱軍、等という小規模なものではなく、再興軍を名乗る連中からの使い。その御旗に掲げられているのは星華と同様、耶麻台国の王族であるらしい。

「既にお聞き及びのことかと存じますが、我が軍は火後にてその国都を開放することに成功しております。火向での反乱の報を聞き、急ぎ参じた次第でして」
 国都を一つ開放。つまり、一度決定的に敗北し、瀕死の状態で奇跡的に街一つを落とすことが出来た反乱軍とは、比較にならない勢力を有していると言う事だろう。

「それはどうも。で、何が目的です?」
 使者に対して不躾けに応じる星華。人間がちっちゃいから、自分より上手くやっている王族がいるのが気に入らないんだろう。まぁ、耶麻台国の再建がこのままとんとん拍子に運んだとして、その後でどちらが上に立つかはその過程でどちらがどれだけ活躍したかで決まるのだろうし、対抗意識を燃やすのは当然といえば当然だが。

 使者の太った男は、その横柄な態度にも気分を害した様子も見せず、ニコニコと人を食った笑みを浮かべている。狸親父というのがこれ程しっくり来る輩も珍しいだろう。星華が交渉する限りに置いて、手玉に取られるのは目に見えているが、亜衣は特に口を出す気配もない。

「目的などと大それた事でもありませんが。取りあえずは、故国を取り戻そうと、志を同じくするものとして、ご協力できるかどうかの確認に参った次第です」
「……それは、そちらの態度次第ですけれどね」
「無論、我々もそれは同様です。そして、私はこの地に参り確信いたしました。下手なさぐり合いなど無意味。直ぐにでも手を取り合い、協力するべきだと」

 再興軍も馬鹿じゃない。反乱軍がもし野党の群れの様なものだったら、協力体制など敷くだけ無意味、とまでは言わないまでも、あまりメリットはないだろう。しかし、それなりに使えると判断したと言うことか。この狸親父の腹の中を探るのは難しいから、はっきりとは分からないが。

「しかし、協力とは言いますけれどもね。火後と火向では互いに連携を取ることも難しい。口約束程度でいいならば、協力はできるでしょうが、現実的にはどうしようもないでしょう」
「無論、今すぐにどうこうと言う話では無いでしょう。しかし、いずれ必ずあなた様方は火向を解放するでしょう。そうなれば、話は別になる。それに、大きな部分で協力出来ないまでも、情報の共有や物資のやりとりなど、まるで何も出来ないわけでもありません」
「そうね。まぁ、それはそうだわ」

 基本的に再興軍は友軍である。それは間違いがない。後々、星華と再興軍の王族とやらの確執から、仲違いする可能性はないわけでも無いが、現状ではどちらも同じ敵を持つもの同士。

「詳しい話はまた次の機会という事になるでしょうが、同盟関係を築けないものかと思うのです。それは後々きっと両軍の為にもなりましょう」
「断る理由は無いわ」
「それはよかった。では、私は一度戻りまして、話をまとめた後また伺いたいと思います。そうですね、そのときは同盟を記念して、何か手みやげでも持ってきましょう」

 狸親父はそう言って出て行った。
 唐突に現れた友軍。それは喜ぶべき存在なのか、後々やっかいになる存在なのか、今はまだ誰にも分からない。






 不確定な未来。
 納得がいかないことばかりの世界。
 それでも最低限、生きていくことに困りはしない。最低最悪でも、私の幸せとやらは、何とか確保できている。

 これからそれが失われる可能性は、洒落や冗談で済ますには多すぎて、考えれば憂鬱になることは確かだけど、それでもなんとか出来るはずだと、自分に言い聞かせる。

 どうにもならない事など、本来何も無いはずだ。

 私の望みは、言葉にすれば本当に他愛もない、小さな事。
 人を一人、守りたいだけ。

 どうしようもない人を一人、守ってやりたいだけなんだから。

「九峪……」

 胸に顔を埋め、寝息を立てるこの男だけが、今の私の全ての望み。













追記:
 四月になりましたねー。春眠暁を覚えない今日この頃。眠い。
 そんな眠気にも負けず、新年度一発目です。ついでに言えば深川のターンは今回で終わりにして、次回から九峪のターンに入ろうかと思っています。主人公が書きたいんだと思う今日この頃。やはり深川一人称で長編を書ききるのは無理だ。いや、無理じゃないけど、九峪が書きたいんだ。

 というわけで次回から真実の九峪が露出します。


 ではweb拍手のお返事。
 3/30。

22:02 男!? また謎が増えた…
 と頂きました。
 謎が謎を呼ぶ、と言いたいが実際火魅子伝って男キャラ少ないからそのうち誰かって事になります。そこまで言うと答えの見当がつきそうなもんですが、まぁそれもまた良し?
 コメントありがとうございました。

 他にも拍手感謝です。

 次いでアレクサエルさんからのコメント。

18もいいですね。
しかし、更新が早い!!! 凄い!!! どうしたのです!!!?

淺海なんてネーミングセンスだ・・・・・・。
深川と深川(大人)どちらが考えたんでしょうね?
本当に目を片方潰したのかな?

亜衣の作戦見事!!! こういう陽動?みたいな使い方をされても深川のように
裏を見れる人間なら怒らないでしょうね・・・・・。
 しかし、衣緒の姉妹談義よかった。 
 大人深川を味方にする・・・・・・・・・。 成功したら利益大ですが・・・・・・・。
前から思っていたのですが、よく原作で、九峪や藤那が情報が大事と言っていますが、
清瑞以外にあまり活用していない気が・・・・・・・・・・・・・・。

 耶麻台国への崇拝と憧憬。長らく狗根国に抑圧されてきたが故に、恐らくは国があったときよりも強固になっているんだろう。 賛成です・・・・。
 まあ、絶対、問題もたくさんあったと思いますが・・・・・・。
 と頂きました。
 更新の早さは別にどうということもないです。ただ少しまじめに書いてみるかという気になっただけです。内容についてはあまりまじめではありませんが(爆

 淺海の名前は短絡的に。まぁ今回語られたような発想で。次同じようなのが出てきたら高山とかになるんでしょうかねぇ(苦笑

 大人深川(現状ロリ)の裏切りについてはあるような無いような。展開次第ですけれども。情報の重要性に対して収集する人が少ない……っていうのはまぁ、確かに。単純に重要な情報を収集できる人が少ないんでしょうが。そこまで入り込める人と言うか。九洲内部であれば、そんなに高度でない情報の大半はだだ漏れになっているでしょうから、逆に清瑞なんて必要ないような気もしますし。(九洲内部なら、民衆全てが間諜と言えなくもないでしょう)。描写がないだけで原作でもやることはやってるんでしょうけどもねぇ。
 コメントありがとうございました。


 次回更新は多分来週。
 では本日はこの辺でヾ( ̄◇ ̄)ノ)) バイバイ
【2008/04/06 21:55】 | 小説 | コメント(1) | page top↑
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コメント
19話もいいですね。
なるほど、これ程の失態(これは大人深川のせいにしたら酷ですが)では、簡単には狗根国には帰参出来ませんね。
三人ですが、これで九峪派と言うか、九峪組の結成ですかね。
藤那の台頭かな? 大人は嵩虎かな?
原作のように、初代姫御子の亡霊に選ばれるのではないのなら、普通なら主流派?の星華や藤那が選ばれるでしょう。 後、官僚組織が整備されてきて、軍部独裁でなくなれば、金を握っている只深と言う可能性も・・・・・。
伊万里、志野、香蘭はとても可能性が低く、特にハーフである香蘭は更に低い。
ナポレオンみたいに余程手柄を立てれば別でしょうが・・・・・・・・・・・。
【2008/04/13 04:41】 URL | アレクサエル #xfGWKbWo[ 編集] | page top↑
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